百花征く剣 ~ 殺して奪うか、“えっち”して複製するか ~

凪山キコ

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第四章 モノ・インフィニティ編

147 見知らぬ草原と戻れぬ階段

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 気づいたとき、俺は見たこともない草原のど真ん中に立っていた。

 視界を遮るものは何もなく、どこまでも続く緑の草の海が、風に揺れている。膝ほどの高さまで伸びた草は陽光を受けて淡く輝き、波紋のようにうねりながら地平線へと溶けていった。空は高く澄み渡り、雲の影がゆっくりと大地を横切っていく。
 遥か彼方には、深い緑を湛えた森が帯のように連なり、ここが文明から隔絶された場所であることを静かに告げていた。風に乗って運ばれてくる土と草の匂いだけが、この広大な草原に確かな生命の気配を刻んでいる。

 ――だが、今はそれどころではない。

(とにかく血を止めないと!)

 このままでは、何もできないまま失血死する可能性すらある。

(くそっ! やはり〈回復魔法〉は封印されているか)

 これでは〈完治2エクストラヒール・セカンド〉は使えない。

(何かないか……何か、血を止める方法……)

 魔法・武術系のスキルは〈空間魔法〉を除き、すべて封印されている。
 戦闘に直接関係なさそうなスキルはいくつか残っているが――

(あ、こいつが残っていた!)

 それは〈スキル・称号付替〉だった。

(これで〈捕食変生〉と〈超再生(魔)[8]〉を俺に付けて、アイテムボックスにある、昔履いていたトロールの革のブーツを削って飲み込めば――)

 あっという間に、失っていた左手が再生した。
 どうやらミノルには、俺がストックしていたスキルまでは確認できなかったらしい。もっとも、ストックしているスキルの大半は魔物用なのだが。

(しかし、この〈超再生〉……結構、魔力を食うな。体の半分が消えたら、さすがに再生は無理そうだ)

 ともあれ、最初のピンチは脱した。
 あとはエヴァルシアに帰るだけ――のはずだが。

(ここはどこなんだ? 今は十二月末のはずなのに、まったく寒くない。別の大陸だったりしたら、さすがにキツいぞ)

 そう思いながら周囲を見回した、そのとき――

(……階段?)

 俺の真後ろ、草原のど真ん中にぽっかりと空いた更地に、上へと続く階段が出現していた。途中で途切れているように見えるが、その先は、まるで別空間へと繋がっているかのようだ。

(ここ、もしかしてダンジョンの中か!?)

 すぐに階段へ向かおうとしたが――

(進めない!? どういうことだ?)

 俺は、階段のあるエリアに足を踏み入れることができなかった。
 登り階段ということは、これまでのダンジョンと同じなら、一つ前の階層、あるいは地上へ戻るためのもののはずだ。だが俺は、この階段を通らずにここへ来ている。つまり、この階段からは戻れないということか?

 そのとき、階段の上から人の声が聞こえてきた。
 俺は即座に透明化し、様子を見ることにする。

(このまま人前に現れたら、真っ先に殺されるな。俺、ゴブリンだし。〈空間魔法〉が使えなかったら、詰んでいたかもしれない……)

 階段を降りてくる人影を注視すると、随分と若い。
 男の子が三人、女の子が三人。装備や雰囲気から見て、新人冒険者の六人パーティのようだった。

(明らかに新人だな。しかも、まだ一度も実戦を経験してなさそうな、新品の武器と防具……となると、階段の上は地上か?)

 目の前に、地上へ続いていると思われる階段があるにもかかわらず、俺はそこへ行けない。
 つまり、この先へ進み、ボス部屋の先にある転移魔法陣で帰るしかないということか。

(ゴブリンの姿のまま、ダンジョンアタックするしかないのか……)

 俺は、今使えるスキルを洗い出し、現状で何ができるかを整理することにした。

(あれ? ミノル、〈念話〉を残してやがる。今の俺が使ったら、会話できるのか?)

 そう思って〈念話〉を試みると、

『そのスキルは、このダンジョン内では使用できません』

 という、機械的なアナウンスが頭の中に流れ込んできた。

(くそっ……まさか、そんなダンジョンがあるとは)

 ならば〈空間転移テレポート〉はどうだ?

『その魔法は、このダンジョン内では使用できません』

(マジかよ……こいつも使えないのか)

 見渡す限り、地平線まで続くこの草原と森。次の階段がどこにあるのかも分からないというのに、〈空間転移テレポート〉が使えないとは。
 となると、空を飛ぶしかないか? 羽があれば……エリュシアから複製した〈捕食変生〉ならいける――いや、素材がない。

 共有空間を探し回ったが、限られた者しか閲覧できない共有空間には、俺はアクセスできなかった。

(くそっ……ミノルが俺の名前を変えたせいで、アクセスできなくなっている。セキュリティを高くしたことが、まさか自分の首を絞めることになるとは)

 《万紫千紅》の誰もが取り出せる共有空間にはアクセスできるが、こちらから物を入れることはできない。

(取り出し専用とか……余計な機能つけたな、俺)

 ともあれ、今アクセスできる空間には、空を飛べる魔物の素材はなかった。

(仕方ない。羽がある魔物を食うまでは、徒歩でいくしかない)

 俺は改めて、今の状態で使えるスキルと、亜空間から取り出せる物を精査する。

(ミノルがスキル封印を途中で面倒になってやめたせいで、かなりの数は残っているが……)

 魔法は〈空間魔法〉以外は全滅。武術系は一つも残っていない。
 ただし、〈身体強化[10]〉、〈気配察知[9]〉、〈気配遮断[9]〉、〈魔力感知[9]〉は健在だ。逃げに徹するなら、なんとかなりそうではある。

(戦闘で使えそうなのは……〈挑発[9]〉、〈威圧[9]〉、〈催淫[9]〉、〈魅了[9]〉、〈誘引(性)〉あたりか。装備は指輪類と、ミスリルのロングソード、バトルハンマー……いや、スキルがない今は武器は使えないな)

 着ていた防具は、ゴブリンになったときにすべて脱げ落ち、向こうに置いてきたらしい。
 指輪は、ヴァンパイアロードから手に入れた〈性別変更の指輪〉、〈絶対状態異常付与の指輪〉、それに最近リディアがよく使っている〈スキル・称号奪取(性)の指輪〉と〈スキル複製(性)の指輪〉がアイテムボックスに残っていた。

 〈性別変更の指輪〉と〈絶対状態異常付与の指輪〉があるおかげで、〈催淫[9]〉や〈魅了[9]〉、〈誘引(性)〉は使える。
 だが――致命的なことに、攻撃手段が一つもない。

(魔物スキル自体はあるが、対応する肉や皮がないから使えない。〈爪[8]〉はゴブリンでも使えるが、爪が脆すぎて引っかく程度が限界だ。武器を作ろうにも、インゴット類は全部、アクセス不能な共有空間……いや、待て――リーファリアからもらった岩山があった!)

 リーファリアからもらった岩山には、わずかだが鉱石が混ざっていた。
 鉄鉱石を見つけ、〈分解(空間)〉で純度の高い鉄へ精製し、〈合成(空間)〉で鉄の棒を作り出す。

(まあ、無いよりはマシだ。最初は、これで撲殺していくしかないな……しかし、服はどうする?)

 今の俺は、完全に裸だ。
 さすがに何か身につけたいが、今着られそうな装備は魔女のローブしかない。だが、これは女性専用装備である。

(……仕方ない。女性化するか)

 俺は〈性別変更の指輪〉を使い、ゴブリンのメスになった。
 おそらく、この世界でゴブリンのメスは、俺しか存在しないだろう。

 魔女のローブは、着ると同時に俺の体に合わせて自動的にサイズが変化した。

(こんな機能があったとは知らなかった)

 そのとき、俺は一つ、重大なことを思い出す。

(あっ! 女性になったら使える魔法があるじゃないか!)

 ストックに入れていたため、ミノルに封印されていない魔法が、もう一つあった。〈聖魔法〉だ。
 せっかくだからと、女性専用称号である《聖女》も自分に付与すると――

『ゴブリンセインテスになりました』

 という、無機質なアナウンスが響いた。

(セインテス……ゴブリンの聖女、ってことか? もしかして、スキルや称号の有無で魔物の種類自体が変わるのか)

 ゴブリンが〈短剣〉のスキルを得れば、ゴブリンファイターになるのかもしれない。
 “ゴブリンセインテス”になったことで、魔法に関しては明確に強化された感覚がある。

 ――なら、このまま行くしかないな。
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