黒乃の短編集

黒野ユウマ

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本と生きる少年

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 無口で大人しく、何をしても仕返しをしてこない。
そう思われたが最後、ストレスを抱えている奴らは僕のような人間を標的にする。
世間一般で言う「心ない言葉」を投げ、時にはその身に拳を振り上げる。
例えるなら、無邪気な子どもがおもちゃを乱暴に扱うように。小さな命を弄ぶように。

「あ~、邪魔邪魔!」
「そんなとこ突っ立ってんじゃねぇぞチビ! どけよ!」

 思いきり背を押され、よろめく。僕から関わりを持たずとも、彼らの視界に入るだけでこのやりとりは成立しているようなもの。
可能性としては9割、ほぼ100%の確率で何かしら僕に関わっては心にヒビを入れていく。馬鹿な奴らだ。

 さぞ、気分が良いものだろう。家では口うるさい親に制圧されている奴らも、この時だけは自分が優位に立てるのだ。
奴らにとって僕は、ほぼ毎日身近にいる、無料で叩き放題のサンドバッグだった。
人間にとっては、一番手近なストレス発散方法なのかもしれない。自分より弱い誰かを傷つけて、優位に立つことが。

 彼らにとって僕は、人形のようにも見えるのだろう。けれど、残念ながら僕は人形ではなかった。
生身の肉体があれば考える脳もあり、傷つけられれば「痛い」と正常に反応する痛覚もあるし、何かしらを感じ取る心もある。


(疲れたな)

 飽きることなく繰り返される、不毛な関わり。僕がそこに居るだけで、彼らは何度でも言葉のナイフを投げていく。
僕はただ、普通に息が出来れば良かった。誰と関わらずとも、ただ静かにその場にいさせてくれればよかったのに。

(現実世界の空気は苦しい)

 僕にとっての楽園は、たった一つ。――辺り一面本に囲まれた、図書館だった。
学校の図書室にも寄るけれど、たまに奴らが来ては僕が読んでいる本を取り上げ邪魔をする。時には、読んでいる本の内容を笑う時もある。
ここに来るのが一番だった。誰も騒ぎ立てない静かな場所で――ここには、色々な世界が詰め込まれている。

(今日はどの世界に行こうかな)

 人が言葉で紡いだ世界が、ここには無限にある。
時には海の中、時には廃れた街、時には大国――現実でならありえない世界にさえ、ここに来ればトリップが出来るのだ。

 物語の中の「誰か」に意識を集中させて、現実と離れた世界を楽しむ。この時が、……この時だけが、僕にとって至福の時間だった。

 何もかも、忘れられるのだ。
毎日繰り返される不毛な出来事も、それを受けている時の心の動きも。

(……できることなら、ずっとここに閉じこもっていたいけれど)

 たった一冊の世界が、僕にとっての味方だ。この世界だけは、僕を不用意に傷つけることもない。
現実逃避と言われてしまえばそれまでだけれど。僕にとっては、ここが全てだ。
今の僕にはここしか心を落ち着かせる場所が、無い。


 本を持つしかないこの手が、どこかの誰かの手と繋がることはあるのだろうか。
外にいる、手を繋いでいる子どもたちを見ながら――ふと、そんなことを考えてしまっていた。
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