異世界で小学生やってる魔女

ちょもら

文字の大きさ
109 / 236
第2.5章 魔女と日常の話

しおりを挟む
 蚊

 全ての始まりはテレビのニュースだった。その報道を見ながらサチが呟く。

「デング熱……」

「エンブレム?」

「デ、ン、グ、ね、つ! 母音ぴったりじゃん。ラップの才能あるよ」

 才能あると言いつつもどこか呆れ顔でサチは言葉を続けた。

「蚊が持ってくる怖い病気だよ。本当は日本にはない病気なんだけど、海外渡航者が持ち込んじゃったみたい」

 ニュースによると、そのデング熱とかいう病気を持ち運ぶ蚊がこの近辺の公園で確認されたとの事。現在は殺虫作業が行われていて、それが終わるまでは公園への出入りは禁止らしい。サチはその事をとても警戒しているようだ。

「何年か前にも代々木公園に出たってニュースがあったんだよねぇ……。怖いなぁ」

「へー、大変ですね。ダイチの病院行って来まーす」

「こらこらこら」

 サチに腕を掴まれた。

「私の話聞いてた?」

「はい」

「じゃあ何で行こうとしてるの?」

「……ダイチ、最近ギブスが取れてリハビリが始まったんです。力になってやりたいじゃないですか。私達、これが最後の小学校夏休みなんですよ? 最後の夏休みを病院で過ごすなんてあんまりだ……。夏休みが終わる前に治してあげたいんですよ!」

「本音は?」

「昨日うちのクラスの和泉って奴がダイチの見舞いに行ったらしいんですよ、あいつ父親が菓子メーカー勤めらしいんですよ、それもう絶対お見舞い品でお菓子貰いまくってるじゃないですか、行ぎだい行ぎだい行ぎだい行ぎだい……っ!」

 サチは頭を抱えた。

「素直に言ったんだから行かせてください」

「それは素直じゃなくて開き直ってるって言うの」

「でも私が行かないとあいつの回復長引きますよ?」

「うっ……」

「小学校最後の夏休みなんですよ? いいんですか? そんな貴重な時期を病院なんかで過ごさせて。あいつの最後の夏休みがサチの判断に委ねられているんですよ? わかってるんですか?」

「正論を建前に使うのってズルいなぁ……。あー、もうわかったわかった。じゃあハイ」

「え」

 私はサチに抱えられ自室へと運ばれた。そして。

「よし。これなら行ってもいいよ? 行ってらっしゃーい!」

「……」

 冬物コーデでがんじがらめにされた上での外出許可が降りた。

 一分後。

「死ぬ」

 私は帰宅した。帰宅っていうかエレベーターが上って来るのも待てずに家に戻った。

「おかえりりいちゃん。随分早かったね? 蚊とか全然寄って来なかったでしょ?」

「代わりに死神が寄って来ましたよ」

 汗を存分に吸い込んだマフラーを取り払うとズシリとした重量が私の両手に纏わりついた。まるで絞る前の雑巾を持っている気分だ。

「ていうか帰宅な訳ないじゃないですか! これ脱ぎに来たんです!」

 私はサチの前でマフラーだのコートだのニット帽だのを全て投げ捨ててやった。露出した肌に突き刺さる冷房の風が泣けるくらい気持ちいい。

「あ、コラ! ダメだからね! 厚着しないならお出かけは許しません!」

「極端なんですよ!」

「でも万が一デング熱に罹ったら死ぬかもしれないんだよ?」

「脱水になったら万が一どころか確実に死ぬんですけど……」

「だって心配なんだもん……。ねぇ、本当にそんな毎日通わないとダメなの? 一日くらい休もうよ。あの蚊共が死に絶えるまでの辛抱だから」

「サチ、実家行った時にお母さんの蚊は偉大みたいな事言ってませんでした……?」

「所詮蚊なんて害虫だから」

 柔軟な思考の持ち主だった。しかし参ったな。サチの過保護が炸裂してこれ以上折れてくれる気配がない。ここは私が折れるしかないか。

「……わかりました。じゃあ今日は行くのやめておきます」

「本当?」

「そこまで頼まれたら断れませんよ。あ、でもダイチの母ちゃんには言っておきますね。おたくの坊ちゃんの治りが遅れたらそれはサチが裏で手を回したからだって」

「りいちゃん、もしかして私を脅迫しているのかな?」

 サチは苦い表情をしながらも、しかし私の悪あがきが響いたのだろう。根負けしたとばかりにため息をついた。

「わかったよ……。わかったけど、でも蚊の対策だけはちゃんとして? 虫除けだけじゃ心配だもん。厚着が苦しいならドライアイス口に詰めるとかしてさ」

「馬鹿じゃねえの」

 ダメだサチのやつ。暑さで脳がやられてるよ。

「私の目的はダイチんとこの見舞い品なんですよ! 今アイスなんか食って腹膨れたらどうするんですか!」

【お前も馬鹿かよ】

 いきなり出てきて悪態をついて来たメリム。暑さでイライラしていた事もあり、このまま燃えるゴミ箱にシュートしようと思ったものの。

【お前、たまに自分が魔女だって事忘れるよな】

 メリムのアドバイスによって私は正気を取り戻したのだ。

「は? ……あ、そっか! 魔法があった!」

 私とした事が……。こんな基本的な事にも気がつかないなんて。

「いやー、悪いメリム。今回ばかりは返す言葉もねえわ」

【そうだろ?】

「で、どうする? どんな魔法使う?」

【そりゃお前、今日の最高気温は三十度なんだから体温を三十度下げる魔法だろ】

「馬鹿野郎」

 メリムも馬鹿だった。なんだこの家。馬鹿しかいねえよここ。みんな暑さで頭やられちまったんじゃねえのかな。

 そして私達は再び言い争う。見舞いに行くべきか、やめとくべきか。行くとして防虫対策はどうするか、暑さ対策はどうするか。そう言うのを話し合って話し合って話し合い続けて。

「わかりました! じゃあ電車とバス乗りついでめっちゃ遠回りして病院行きます! その公園には絶対近づかないようにしますから! それでいいですね?」

 これが私とサチの妥協点となった。




 ダイチの容態は魔法の影響で人間離れした回復力を見せていた。当初の医者の見立てでは、ダイチは今年中に退院出来るかも怪しいとまで言われていたのに、今じゃ八月中の退院を目標としたリハビリ生活が始まっている。つまり入院期間はたったの二ヶ月。それはもう目を見張る回復っぷりと言えるだろう。

 ……ぶっちゃけさ。正直やり過ぎた感はあるよ。ダイチの見舞いに行った時、ちょうど医者と看護師がダイチの病室から出てくる所と鉢合わせた事があるんだけどさ。なんか医者達があの回復力は学会発表物だのなんだの言ってたのを聞いちまって……。

 だからと言って今から回復速度を戻すのもそれはそれで不自然だし、ならいっその事さっさと全快させて退院させる。この病院とはそれを最後に縁を切る。これがベストな選択だと私は思ったわけだ。

 夏休みが始まってまだ十日とちょっと。夏休みは残り一ヶ月近く続くものの、遊べない夏休みなんてそんなの休みとは言えないし、一日でも早くダイチを退院させてやりたい所だ。でも本来は入院数ヶ月の予定が二ヶ月まで短縮されてんだぜ? 本当は心の底から恩着せがましくダイチに絡んで感謝を求めたい所だけど、魔法で回復を早めている以上それが出来ないのが魔女の辛い所だな。

 ただ、ここから先はあいつも苦労する事になるだろう。なんせあいつはこの二ヶ月ずっと寝たきりだった。この二ヶ月間、じっと安静にしている事があいつの仕事だった。けれどリハビリ生活が始まった今、ここから先はあいつの努力がそのまま治療の成果に繋がって行く。

 私としても筋力の衰えは最低限になるよう調整はしたつもりだ。この二ヶ月間、骨の接合だけに注力したわけじゃないのだ。骨の回復と同時進行で身動きの取れないあいつの筋組織を適度に破壊したりもした。破壊と再生を繰り返したあいつの筋肉は、他の骨折患者に比べれば萎縮の度合いも少ないだろうけれど、それもどこまで効いているのかはあいつ自身にしかわからない事だからな……。

 ともかく、私にやれる限りの事は全部やったんだ。お前もリハビリ頑張って、さっさと回復してお袋さんとアキを安心させてやれよな。

 遠回りに遠回りを重ね、本来の三倍の時間をかけて到着した総合病院。この病院にはリハビリ器具が充実した屋内リハビリ施設と、散歩をメインに据えた屋外リハビリ施設が存在する。

 スマホを見てみると時刻は十七時前。当初の予定ではリハビリ開始前にあいつの病室に行って、あいつがリハビリしている間にお見舞い品を食い漁るはずだった。でもこの時間ともなると、今頃ダイチはリハビリを終えてシャワーを浴びに向かっている所だろう。あいつがシャワーを浴び終えて病室に戻るのが先か、私が奴の見舞い品を完食するのが先か。面白い勝負じゃねえか、興奮して胸が高鳴るね。

 私は病院の中廊下を出て、一旦屋外リハビリ施設のある中庭へ向かう。ダイチの病室がある外科病棟への近道なのだ。……が、しかし。

「……」

「……」

 そこで私は冬物コーデでがんじがらめにされた謎の物体と遭遇した。不審者極まりないその姿に私の警戒心が一瞬で沸騰しかけたものの、しかしその物体はどうやら私の知る人物らしい。

「……よう。……有生」

 だって中からダイチの声がするし。

「ダイチか? お前何だそれ……?」

 ダイチは絞り出すような弱々しい声色で答えた。

「いや……ちょっと前にお袋とアキが来てさ……。蚊がやばいらしいから、全身にラップを巻くか冬物を着るかしないと……、屋外でのリハビリは……、許さねえって言われてよ……」

「……そっか」

「馬鹿な親と妹だって思うだろ……?」

「……そうかな?」

 私はダイチから目を逸らした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

通販で買った妖刀がガチだった ~試し斬りしたら空間が裂けて異世界に飛ばされた挙句、伝説の勇者だと勘違いされて困っています~

日之影ソラ
ファンタジー
ゲームや漫画が好きな大学生、宮本総司は、なんとなくネットサーフィンをしていると、アムゾンの購入サイトで妖刀が1000円で売っているのを見つけた。デザインは格好よく、どことなく惹かれるものを感じたから購入し、家に届いて試し切りをしたら……空間が斬れた!  斬れた空間に吸い込まれ、気がつけばそこは見たことがない異世界。勇者召喚の儀式最中だった王城に現れたことで、伝説の勇者が現れたと勘違いされてしまう。好待遇や周りの人の期待に流され、人違いだとは言えずにいたら、王女様に偽者だとバレてしまった。  偽物だったと世に知られたら死刑と脅され、死刑を免れるためには本当に魔王を倒して、勇者としての責任を果たすしかないと宣言される。 「偽者として死ぬか。本物の英雄になるか――どちらか選びなさい」  選択肢は一つしかない。死にたくない総司は嘘を本当にするため、伝説の勇者の名を騙る。

異世界配信〜幼馴染みに捨てられた俺を導く神々の声(視聴者)

葉月
ファンタジー
コルネ村で、幼なじみであり恋人でもあったユリアナと、ささやかな幸福を分かち合って生きていたロイド。 だがある日、ユリアナは女神の愛子として目覚め、国王の命により王都へと連れ去られる。 突然、日常を奪われ、運命に引き裂かれたロイドは、抗う術も持たぬまま、否応なく大きな流れへと呑み込まれていく。 これは、奪われたものを取り戻すため、そして理不尽な運命に抗おうとする、一人の少年の物語である。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

『召喚ニートの異世界草原記』

KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。  ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。  剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。  ――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。  面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。  そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。  「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。  昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。  ……だから、今度は俺が――。  現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。  少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。  引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。 ※こんな物も召喚して欲しいなって 言うのがあればリクエストして下さい。 出せるか分かりませんがやってみます。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...