異世界で小学生やってる魔女

ちょもら

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第三章 魔女と天使の心臓

昔のプロローグ ⑦ 天使になりたい

 友達の輪の中に入る事が出来なかった。輪の中が無理だったから輪の外で仲間を作った。でも、結局輪の外の仲間も私は自ら手放した。

 簡単な作業だった。多頭崩壊を起こした拠点内部の画像やホームレスのおじいさんへの暴力行為を警察の人や保健所の人、そして他の愛護団体へ送りつけるだけの簡単な作業。その作業による事の顛末は、今まさに私の目の前で報道されていた。

 テレビに目を向ける。夕方の報道番組の一コーナーでは多頭崩壊を起こした動物愛護団体の特集が組まれていた。行き過ぎた愛護精神だの、自分の正義を疑わなかった者の末路だのについてコメンテーター達がそれぞれ議論しており、それに加えて現代における遺棄動物の問題点などに関しても専門家を交えた上で語られている。

 彼らの話の殆どに興味はない。けれど特集の最後に流れた、拠点にいた保護動物は全て他の愛護団体により保護されたという情報だけでも十分見る価値はあった番組だと思った。

 テレビを消して布団を被る。けれどしばらくすると二匹の犬が布団の中に潜り込んで来た。

『……っ、……もう。……くすぐったいよぉ』

 言葉ではそう言うものの、彼らを拒絶したい気持ちなんて私の中には微塵も存在しない。私は彼らを抱きしめながら静かに目を閉じた。

『私は二人がいればいいや。人付き合いは……もうめんどくさい』

 一年生の時には分かりきっていた事だった。私に人付き合いは向いていない。一年生の頃に友達を失った経験はもとより、保育園の頃も特別親しい相手を作れた試しはなかった。そもそも輪の中でさえ仲間も作れないような出来損ないは、輪の外にも仲間を求めるべきじゃなかったんだ。

『人間ってめんどくさいね? 二人はこんなに素直なのにね』

 ポンタとティッチを撫でる度に喜びに満ち溢れた声が聞こえて来る。私にはこれで十分だ。これさえあれば十分だ。これ以外に欲しい物なんて何もない。

 物心がついた頃から何度も考えた事がある。どうして私は人と違うんだろう。どうして人は私と違うんだろう。周りの人達は幽霊のような、妖怪のような、そんな怪しい光を見る事が出来ない。周りの人達は動物の気持ちをわかってあげる事が出来ない。周りの人達は誰かの嘘を疑う事が出来ない。私が当然のように出来る物事が彼らには出来ない。

 同じく、周りの人達が当然のように出来る物事が私には出来ない。人付き合い? 思いやり? 協調性? なんだそれ。

 そこから導き出される答えは一つしかなかった。私はやっぱり普通の人間ではないのだ。もしかしたら人間でさえないのかもしれない。天使とか、悪魔とか、妖精とか、女神とか、魔女とか、吸血鬼とか。そういう人の形をしただけの人外の仲間なんだ。だとしたらそれはとても喜ばしい事だと、そう思った。

 天使。天使かぁ。いいな、それ。

 私は人間が嫌い。理性を持つからこその人間なのに、理性のたがを外して怒り狂う人間なんか特に大嫌い。だからきっと、私が自分を好きになれる日も一生来ないんだ。私は天使のようになれそうにない。どれだけ笑顔で取り繕っても、私の胸にはいつも怒りが渦巻いている。結局私も人とは少し違うだけの人間に過ぎないという事だろう。

 猫の気持ちを代わりに教えてあげたら何で怒られるの? 犬を捨てて被害者ぶる馬鹿にお前が死ねって思っちゃうのは間違った感情? それを直接言って自分のした事を気付かせてあげるのはいけないの? あなたは被害者じゃなくて加害者なんだって教えてあげないとあの子はまた同じ事を繰り返すんじゃないの? それでもこの感情を飲み込んで、私もあの子を慰めるべきだったの? それが思いやりなの?

 自分達の正義を信じて疑わないあの人達はどうすればよかったの? 私もあの人達と一緒に動物を愛して、その愛情の分だけ人間を傷付けないとダメだった? 飼い猫の治療に専念して、それでも飼い猫の為に苦渋の決断で安楽死を選んだ先生を追い詰めるべきだったの? 人間の友達がいなくて、その分拾った子犬の事を最大の親友として愛していたあのおじいさんは? 友達を連れて行かないでと泣きながら懇願していたあのおじいさんを、私も一緒に蹴り飛ばした方がよかったの? それが協調性なの?

 ……ほんと。めんどくさいよ。人付き合いって。

『……もう人間のお友達はいらないや。二人とパパさえいてくれるならそれで十分』

 最近、胸が痛いと思う事が多くなった。前まではなかった感覚だ。これは罰なのだろうか。人間じゃないくせに人間と仲良くなりたいだなんて願った罰。もしそうだとしたら、その罰は甘んじて受け入れよう。私はもう誰かと関わる気はない。誰かと関わる度に嫌な思いをするんだ。この子達さえいてくれるなら、私はもう……。




 そう、理解したはずなのに。

『……』

 秋が終わり、冬が近づく。朝の散歩もコートが必須な気温になった。正直、体も寒さに縛られて動くのも億劫になってくる。

 そんな私とは打って変わり、ポンタとティッチは全身で喜びを表現しながら朝の散歩を楽しんでいた。犬は喜び庭駆け回ると童謡にもあるように、犬とは本来寒い国の生き物だ。二人にとってはこの寒ささえも散歩を楽しむスパイスになるのだろう。体を動かして寒さを蹴散らす。とても健康的で素晴らしい事だ。

 ……なら、体を動かせない子はどうなるんだろう。縄に繋がれ、満足に動けず、ただただ寒さを凌ぐしかないのだろうか。そんな犬が今、私の目の前にいる。

 早朝の散歩コースであるいつもの公園に、犬を連れた飼い主が二人いた。一人は私でもう一人は見知らぬお姉さん。けれど次の瞬間、公園内の飼い主の数が一人減る。そのお姉さんはブランコに大型犬のリードを括り付け、そのまま公園を去ろうとしていたのだ。

『何してるの?』

 私は彼女に問いかけた。パパ以外の人間と言葉を交わしたのはいつ以来だろう。まさか久しぶりの会話がこんなものになるなんて、思いもしなかった。

『捨てるの?』

 お姉さんは私の呼びかけに足を止め、その場で振り返る。

『だったら何?』

 そしてたった一言だけ放ったその言葉で、私は彼女が決して相容れない存在である事を認識した。

『この子、お姉さんの事が大好きだって言ってる』

 ブランコに繋がれた大型犬に手を伸ばす。彼は素直に私のお触りを受け入れたものの、その視線は常にお姉さんの方を向いていた。視線を向けるだけじゃ飽き足らず、立ち去ろうとするお姉さんを追いかけようとしているけれど、その度に張り詰めたリードが彼の首を強く締め上げた。

 これだけ体の大きな彼の事だ。きっと本気を出せば人間なんて簡単に噛み殺す事が出来るのだろう。それだけの武器を持っているのに、彼の闘志はこんな細い紐と飼い主への忠誠心を前にはなす術もなく殺されてしまうのだ。

『あんたもその二匹が十歳になるまで育てればわかるよ。あちこちにクソを撒き散らすし、夜鳴きで近所から苦情が来るし。保健所にも連れてったけど、今は飼い主の都合じゃ引き取ったりはしないんだってね。やってらんねえっつうの』

 彼の毛並みからは艶が見当たらない。相当なおじいちゃん犬であるのは一目瞭然だった。

『だから捨てるんだ。十年も育てたのに。今でもお姉さんの事が大好きなのに』

『……あのさ』

 お姉さんが私の目の前までやって来る。彼はお姉さんが近づいて来たのが嬉しいようで、老体に鞭を打ちながら必死に尻尾を振り回していた。けれどお姉さんは彼と触れ合える距離までは近寄っては来なかった。リードの張り詰める音だけが静かな公園にそっと響いていく。

『私に最後まで面倒見ろって言いたいんでしょ? でも見てわからない? 私もうこいつの事好きでもなんでもないの。面倒なんだよ。こいつを連れ帰ってまたクソでも漏らされたら私絶対こいつの事ぶっ飛ばすけど、それでも私に連れて帰れって言うの?』

『……』

『ひでえ子供』

 それだけ言ってお姉さんは踵を返した。僅かな迷いも見せずにこの場を立ち去るその背中が語っている。もはや彼女の中には彼への未練など微塵も存在しないのだと。空き缶やペットボトルを捨てるのと同等の気持ちしか持ち合わせていないのだと。

『……』

 言いたい事は沢山あった。言わなきゃいけない事だって沢山あった。でも、言葉が浮かんで来ない。彼女を捩じ伏せる正論が何一つ思いつかない。

 彼女が間違っている事はわかる。彼女がどれだけ自己中心的な行動をしているのかもよくわかっている。……でも、私は馬鹿だ。どんなに頭を捻っても反論の言葉が出て来ない。だっていくら考えても彼女の言う通りなんだ。彼女が彼を連れ帰った所で、彼を待ち構えるのは虐待の日々に違いない。

 開き直るってずるいなぁ。絶対に口喧嘩で負けないもん。……あぁ、そうか。だから開き直る事は卑怯なんだ。絶対に負けない方法だから。

 胸が痛い。他人と距離を置く事でしばらく安静だった胸が久しぶりにざわつく。こういう思いをしたくないから孤独を選んだのに、この世界はやっぱりダメだな。どこもかしこも人間が多すぎるよ。

『……ここにいたら寒いよ? うちに行こ?』

 私は彼のリードをブランコから解き、私が唯一信頼する人間が待ち構える我が家へと連れて行った。




『ごめん。流石に許可出来ない』

『……』

 でも、私が唯一信頼しているその人も今回ばかりは首を縦に振ってはくれなかった。

『別にその女の人の肩を持つわけじゃないよ。でも、介護が必要な生き物のお世話はトヨリが思っている程簡単なものじゃない。血の繋がった家族が相手でも、本気で嫌いになる事だってある』

 介護士をしているパパの事だから、そういう家族を何度も見て来たのだろう。パパの意思はとても硬い。

『それに、これからずっとこうするつもり? 可哀想な動物を見つける度に連れて来て。それを繰り返した人達がどうなったか、トヨリも見ただろ?』

 また、私の考えなしな行動もパパの意思をより強固な物にする要因になっていた。でも、本当は違うんだ。彼が介護の必要な老犬である事も、私が考えなしに動物を連れ込む事も、実は決定的な問題じゃない。一番の問題は……。

『……なにより、パパの稼ぎじゃこれ以上は限界なんだよ。ポンタとティッチだけでも月に三、四万は使ってる。その子の場合は医療費だってかなりかかるだろうし、そうなったらもう……』

 お金がない。どんな悲願も、どんな希望も、たった一言で退けてしまう魔法の言葉。その言葉を使われたら、私に出来る事はもう一つしかない。卑怯で、卑劣で、開き直るにも等しい最低な行動。こうすればどんな状況であろうとお父さんは首を縦に振らざるを得なくなる。それをわかった上で、私はその行動を実行したのだ。

『……トヨリ』

『……』

『やめなさい。…….なぁ、トヨリ』

『……』

『子供にそんな事をされる親の気持ちも考えてくれ……』

『……』

 土下座だ。私はパパの前で土下座をした。自分が力のない子供である事、女である事、そして何よりパパの唯一の家族であるこの立場を余す事なく利用し、パパの良心を踏み躙った。

『……パパ。この子十歳なんだって。犬の寿命って十年くらいなんでしょ?』

『……』

『……十年も一生懸命飼い主さんを好きで生き続けたのに。一番弱い時に、面倒だからって理由で捨てられるなんて……あんまりだよ』

『……』

『お願いします。もう新しい子を連れて来たりしません。お世話も全部私一人でやります。お小遣いも誕生日プレゼントも全部いらないです。……だから、この子が生きている間だけ助けてあげてください』

 パパは快く二つ返事で許可してはくれなかった。難色を示しながら、眉を顰めながら、それでも唯一の家族である私の為に仕方なく首を縦に振ってくれたのだ。

 私は卑怯な手段に手を染めた。自分の弱さを武器にして、こうすればパパは絶対に断り切れないとわかった上でこのやり方を実行した。そんな卑怯者の私だ。こんな私に罰が下るのだって仕方のない事なんだ。

『ほらトヨリ。もう頭を上げて』

 彼の飼育を許可してもなお頭を上げようとしない私にパパが呼びかける。私の肩に手を伸ばし、体を揺さぶり、なんとか体を起こそうと試みる。

『……トヨリ? ……おい。おいトヨリ! トヨリ⁉︎』

 私が頭を上げないのではなく、上げられないような状況に陥っていたとパパが理解するまでそう時間は掛からなかった。この日から私は原因不明の高熱に魘される事になったのだ。
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