宇宙のくじら

桜原コウタ

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第一幕/出立

[旅路]第6話-3

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 待合室を出た一行は、今まで案内してくれた[JST]の女性職員を先頭にし、施設内を歩く。幾つかの検査場を通過し、暫くすると飛行機に乗り込む際と同じような搭乗橋に辿り着いた。搭乗橋の窓から、ちらりと自分達が乗り込むシャトルが見える。美しく流れるような流線形の機体。マコトは見えた景色に胸を躍らせながら歩を進めた。搭乗橋を渡り終え、機内に入った三人の目に映ったのは、一流ホテルかと思わせる様な豪華な廊下だった。あちこちに刺繍が施されており、見た目からして踏み心地がよさそうな絨毯。照明もデザインが凝られており、暖かな光を放って、より高級感を生み出している。廊下の両端には部屋が複数あり、「TOILET」、「SHOWERROOM」、「KITCHEN」など、その部屋を象徴するようなマークと共に金色のプレートに名前が彫られていた。廊下を先へ進むと、一枚のドアに突き当たる。そのドアを開けると、シャトルの機内とは思えない程、広々とした客室が三人を出迎えた。廊下とはまた違ったデザインの絨毯と照明。そして、一人分には十分すぎる程の大きさのシートが窓際に二列ずつ並ばれている。見た目もふかふかして、待合室に設置されていたソファが安物に見える。よく見ると、シートは可変式になっていて、ベッドとしての役割も備わっていた。足元には仕切りが見えており、展開することでシートを一つの部屋として機能させることができ、プライベートにも配慮されている。三人は自分達が想像していた斜め上を行く光景に目を奪われていた。すでに親子と男女、老夫婦は自分達のシートに着座していた。男の子がはしゃいでシートの上で跳ねている。とても宇宙シャトルとは思えない内装に、内心興奮を覚えつつもそれを抑えて、三人も自分達が座るシートを探す。端末の座席表を見つつ、到着したその席の窓側には眼鏡を掛けた男性が座っていた。静かに本を読んでいるその男性は髪がぼさぼさで、無精髭も生やしていて、あまり冴えない風貌だった。黒いシャツに黒い上着、黒いズボン。黒ずくめのその男性は、三人に気が付くと本を閉じ、ピントを合わせる様に眼鏡を上下に動かしながら三人を見つめる。
「あれ?君たちは・・・」
男性は思い出そうと苦悶の表情でこめかみを叩く。
「ああ、うちの学校の!確か若宮スズネさんと、一ノ瀬ユウヤ君、それに天野マコト君・・・だったね。」
思い出したのか、表情がパッと明るくなり三人を見た。逆に三人は名前を言い当てられてことに驚きつつ、自分達の学校の関係者と言う男性に対して、戸惑いと不信感を抱いていた。特にユウヤは、警戒の糸を張り詰めているのが周囲からも感じ取れる程だった。だが、同時にどこかで見たことがあるようなという感覚にも襲われる。
「あはは、そうか。そんなに顔合わせた事ないしね。警戒されてもしょうがないか。」
男性は笑いつつも、「自分のことを覚えていないのか」という少々残念そうな目で三人を見つめた。
「では、改めて。ボクは君たちの学校の養護教諭を務めさせていただいている、黒峰ノブヒト。あまり保健室とか利用していない人にとっては全校集会で軽く挨拶した程度かな?えーと、名刺、名刺っと・・・」
ノブヒトが足元の荷物から名刺を探している中、「あーっ!」とスズネは思い出したかの様に叫んだ。何事かと他の客が一斉にスズネ達の方を見た。それに気付いたスズネは周りにペコペコと頭を下げる。ユウヤとマコトも思い出し、警戒を解いた。黒峰ノブヒト。確かに彼は三人の学校の養護教諭である。普段はヨレヨレの白衣を着ており、冴えない風貌がさらに冴えなくなっているが、「笑顔が素敵」「よく話を聞いてくれる」と評判の教諭だったはず。ノブヒトはホッと胸を撫でおろし、名刺を探すのをやめてシートに座り直した。
「しかし、先生が何でここに?それに待合室では見かけなかったけど・・・」
と、スズネがふと思いついた疑問をそのまま口に出した。確かに、旅行の為に貯金しているならまだ可能性はあるが、一教師の給料では宇宙旅行は決して手が届かない。
「実は先生、大金持ちなんだ~って、冗談は置いておいて。お金持ちの知り合いがチケットを購入していたのだけど、急遽行けなくなっちゃってね。それで、勿体ないから代わりに行ってくれないか、とチケットを送ってくれたんだ。」
ノブヒトは自分の携帯端末を横に振りつつ三人に見せる。
「で、昨日業務終了後に飛行機に大急ぎで乗って種子島に着いたのは良かったんだけど、テンション上がっちゃって。居酒屋で食べたり飲んだりしていたら二日酔いになっちゃったんだ。いや~、自分がお酒とかに弱いって事、すっかり忘れてたよ。施設までは耐えられたけど、待合室に通されたら一気に気持ち悪くなって。それでずっとトイレに籠っていたんだけど、出てきた時に丁度施設の人に会ってね。時間だからって直接案内されたってわけ。」
恥ずかしそうに笑みを浮かべつつ、ノブヒトは後頭部を擦りながらも、同時にお腹を擦っていた。
「で、ボクの事はこの位にして。ボクからも、君たちはどうしてこの旅行に?」
スズネがこれまでの経緯をノブヒトに話した。自らの親の事、その親からチケットを渡された事、この旅行に興味を抱いていたマコト達を誘った事。途中頷いたり、リアクションを取りつつ、ノブヒトはスズネが話す内容に耳を傾けていた。「よく話を聞いてくれる」という評判に偽りはないようだ。スズネが経緯を話し終えた後、ノブヒトは感心した様にウンウンと頷きつつ、口を開いた。
「そうか、若宮さんの両親は[UNSDB]の職員だったのか。凄いじゃないか。宇宙開発の最先端に携わっていて。」
「そ、それほどでも」と少し気恥ずかしそうにするスズネ。
「そして、天野君と一ノ瀬君は若宮さんのお誘いで今回の旅行に参加した、と。」
そう言いつつ、ノブヒトはスズネの後ろに立っているマコトとユウヤを交互に見た。
「そうっす。若宮が言った通り、マコトはこの旅行に興味を持っていて、俺はそれの付き添いって感じっすね。」
ユウヤは頭の後ろで腕を組みつつ、少しラフな姿勢でノブヒトに言った。「そうかそうか、なるほどね。」とノブヒトは頷きつつ、ふと何かに気づいた様に自分の携帯端末を起動させた。
「おっと、もうこんな時間か。ごめん三人共、長々と立たせちゃって。ささ、自分の席に座って、座って。」
ノブヒトに促されて、三人は携帯端末で改めて自分達の座席を確認する。指定されていた座席はノブヒトの隣と前の席だった。軽く話し合った結果、ノブヒトの隣にはマコトが、前の席にはユウヤとスズネが座ることになった。席に座りマコトが足元の格納ボックスに自分の荷物をしまうと、ノブヒトが話しかけてきた。
「そういえば、どうして天野君はこの旅行に興味を持ったんだい?」
ノブヒトの問いにマコトは少し恥ずかしそうに頬掻きながら、口を開いた。
「この前、海王星付近でくじらの様なものが目撃されたってニュースで取り上げられて。僕、幼い頃から絵本の「宇宙のくじら」の大ファンで、本当に〝くじら〟が宇宙にいるんじゃないか、なんて思っているんです。それで目撃情報があった海王星に行けるっていうこの旅行に興味を持って・・・実際に行けるとは思わなかったけど、誘ってくれた委員長には心から感謝しています。」
マコトは、今の状況がかなり恵まれていることを嚙みしめながら答えた。海王星への旅行。〝くじら〟に会えるかもしれない。全てが夢の中の様だと、マコトは思っていた。自然と手に力が入る。マコトが少し感傷に浸っている中、会話が聞こえていたのか、ノブヒトの前の席からひょこっとスズネが頭を出した。
「よせやい、天野君。感謝しているなんて、少し恥ずかしいじゃないか~。けど、ここまで喜んでもらえると誘った甲斐があったってものだよ。」
スズネはシートから頭だけを出した状態で少しはにかんだ様子を見せる。
「委員長には感謝してもしきれないくらいだよ。実際に〝くじら〟に会えるかどうか分からないけど、それでも、こうやってチャンスが出来たのは紛れもなく委員長が誘ってくれたからだよ。本当にありがとう。」
マコトから改めて感謝の言葉を述べられ、再び照れる様子を見せ、頭を引っ込めるスズネ。そんな二人の様子を見つつ、ノブヒトは微笑みながら無精髭が生えた顎を撫でる。
「天野君は「宇宙のくじら」の影響でこの旅行に興味を持った、と。しかし、天野君は本当に「宇宙のくじら」が大好きなんだねぇ。先生が幼い頃に流行った絵本だけど、今時の子にここまでの熱意を持ったファンが居るなんて、先生驚きだよ。あ、いや馬鹿にしているわけではないんだよ?」
マコトの表情が一瞬曇ったのを察してか、ノブヒトは両手を振って訂正する。
「逆に凄いって思っているのさ。今まで生きてきて、一つの事にここまで熱意を持ち続けられるのは、称賛されるべきことなんだよ。」
マコトは褒められた事に気恥ずかしさを覚え、顔を俯かせながら少し顔をにやけさせた。そんなマコトを見て微笑んだノブヒトは、ふと思い出したかの様にマコトに問う。
「そういえば、天野君。〝くじら〟に会ってどうするんだい?」
マコトは突然の質問にきょとんとしつつも、笑みを作り、さも当然の様に答えた。
「いえ、会うだけで十分です。それ以上もそれ以下もありませんよ。」
アイナからも聞かれた質問。同じように答えるマコト。それを聞いたノブヒトは少し驚きつつ‐一瞬、複雑な表情をし‐直ぐに先程と同じ様に微笑んだ。
「そうか・・・うん、それもそうだね。」
口元は微笑んでいても、眼鏡の奥の表情はマコトには‐他の誰にも‐察する事は出来なかった。
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