宇宙のくじら

桜原コウタ

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第一幕/出立

[旅路]第6話-5

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 全ての客席‐空席も含め‐に向かいハルカは深々と頭を下げた後、背筋がピンっと伸ばした綺麗な姿勢で、自らが降りてきた階段を上っていった。その様子を見た後、マコトは固まっている腕と足を伸ばしつつ、天を仰ぐ様にシャトルの天井を見る。シャトルの暖かな照明でも、疲れた目には少々眩しい。
「で、どうだったかい?」
不意に隣に座っていたノブヒトがマコトに声をかけた。突然声をかけられマコトは一瞬ビックリして伸ばした姿勢のまま少し飛び上がった。
「あはは、ごめんごめん。驚かすつもりはなかったんだ。ただ、結構集中して聴いていたようだからさ。」
マコトは飛び上がって崩れた姿勢を正す為に椅子に座り直す。
「別に興味があるわけではないんです。命に関わることもありましたし。ただ・・・」
一度口を閉ざし、シャトルの天井や、シート、床を少々しみじみとした表情で見ながら、再び口を開いた。
「ただ、本当に様々な技術が使われてこのシャトルが出来ているんだなぁ、凄いなぁって、感心しました。」
「そうだね。人が宇宙に進出する様になって結構な年月が経つけど、ここ数十年、技州国のお陰で技術が大分発達して、その技術に支えられて比較的安全に宇宙に出られるのは、本当にすごいことなんだよ。」
「本当にそうですね」とノブヒトの言葉に返事を返しながら、マコトはシートに深く座り込み、再び天井を見る。多少、目の疲れが取れてきたのか、照明を見ても先程まで眩しく感じなくなった。
「本当に・・・そんな技術がこのシャトルの至る所に使われているんだよな・・・不思議だな。」
二人の話を聞いていたのか、前の席からユウヤが顔を出さずに声のみ掛けてきた。
「特にこのシート!寝心地最高じゃないか。これならゆっくりと宇宙旅行を満喫できそうだな!」
ポフポフとシートのあちこちを触るユウヤ。確かに、シートは高級ベッドにも勝るとも劣らない座り心地であり、大袈裟ながらもこれなら何処でもぐっすりと眠れそうな気がする。マコトも自分が座っているシートを触りながらそう思ったが、ふと会話の流れを思い出して、苦笑いしながら「たぶん、シートには技州国の技術は使われてないと思うよ」と、ユウヤに声を掛けた。
「え、あ。そうなの?そうかぁ・・・てっ痛てててて。」
言葉と共に伸びをするユウヤの脇腹に痛みが走った。「大丈夫?」とマコトはシートから立ち上がって前の席の頭部分から顔を出し、ユウヤの様子を伺う。ユウヤは脇腹を擦りながら「ダイジョウブダイジョウブ」と平気な事をアピールするように脇腹を擦っていない方の手でマコトに手を振ってみせた。
「若宮の手刀が割りといいところに刺さってな。これが結構痛いのなんの。なんか武術でもやってたのか?」
まだ脇腹を擦りながらスズネの方を向く。スズネは恥ずかしそうに少し顔を赤くしながら「なんもやってないよ」と小声で呟いた。
「しかし、今日過ごしていて思ったんだけどさ。委員長ってユウヤになんかこう・・・当たり強いよね。空港でもバンバン背中叩いていたし。学校ではあまり交流が無いから分からなかったけど。」
マコトも不思議そうな表情でスズネの方を向いた。スズネはブンブンと首を振り、
「別になんか恨みがあったり、そんなんじゃないよ?空港ではなんか不安そうだったから元気付けようと叩いただけだし。さっきも命に関わることとか説明してそうだったから軽く注意しただけだし・・・」
「にしては、結構痛いんだが・・・?」
ユウヤがジーっと細い目でスズネが見る。不安そうだったから発破をかけるために背中を叩いたのは多少なりとも分かるのだが、流石に軽い注意で脇腹を手刀で刺すのは少々度が過ぎている気がする。マコトはそう思い、先程と同じように不思議そうな表情で首を傾げながらスズネを見る。
「ホント、ナニモナインダヨ?」
釈明するかの様にスズネは答えようとしたが、二人の視線の圧からか、少し片言になってしまった。逆にそれが怪しさを増してしまい、二人の圧がさらに強まった。それに耐えかねたスズネは頬膨らませ、
「そもそも、恨みとかなんかあったら旅行に誘ったりとかしないじゃん・・・」
と不機嫌そうに答えた。流石にやり過ぎたかと思い、ユウヤはバツが悪そうな表情をしながら頭を掻く。
「悪い、怒らせるつもりはなかったんだ。何もなければいいんだし。ただ、少し驚いてな。」
マコトも反省し、少し項垂れ気味に「ごめん」と呟いた。そんな二人の様子を見て、スズネは申し訳なく思ったのか、
「いや、こちらこそごめん。先に謝るべきなのは私の方だったよね。私も少しやり過ぎたと思ってる。痛かったよね。脇腹大丈夫?」
と、様子を診る為にユウヤの脇腹に手を伸ばした。その時、
《パシャッ》
と、カメラのシャッターが切られるような音がした。三人は驚いて音のした方を向くと、ノブヒトがニコニコしながら自分の携帯端末のカメラを三人に向けていた。
「いや~。青春だなっ!て、思って。実はさっきから結構撮っていたんだけど。」
写真を撮られていた三人は暫くポカンと呆けていたが、
「何をやってるんだ?この教師は?」
ユウヤは、ノブヒトの行動にため息を吐きつつ呆れ顔言った。マコトも「こんな先生だっけ?」と、苦笑いを浮かべる。スズネは恥ずかしくなったのか、少し頬赤らめて伸ばしていた手を引っ込めた。自らの行動で場の空気が、自らが望む仲直りムードの方法に向かなくなった事を察したノブヒトは「あー」と後頭部を掻きつつ、
「女の子の手刀で怪我する程、一ノ瀬君はヤワじゃないだろ?ぱっと見た感じ大丈夫そうだし。それに、生徒達が自分で解決しそうだったら、それを見守るのも教育ってものなのだよ。ハッハッハッ。」
と、弁解を述べたが、
「何かしてもらおうとはアテにはしていないが。」
「こういった所を勝手に写真に撮るのは、教員の前に一人の大人として流石に違うと思う。」
「うん。僕もちょっと・・・」
と、三人の総攻撃に遭い、ノブヒトはしょんぼりしつつ「ごめん」と呟いた。そんなダメ養護教諭の様子を「ちょっと言い過ぎちゃったかな?」少し気にしつつ‐ユウヤは「あまり気にするな」と言っているが‐、スズネは「ごめん、ちょっと診せてね」と再びユウヤの脇腹に‐少し躊躇いがあるかのように‐手を伸ばし、その様子を診る。そんな二人を見たマコトは、「どうせボクはダメ教員ですよぉ」としょんぼりしているノブヒトを横目に、椅子に深く座り直し、ゆっくりと目を閉じた。周囲の話声が聞こえてくる。前の席のユウヤとスズネのやり取り。ノブヒトの呟き。他の乗客の話声。子どもの寝息。
‐まだそんな絵本読んでんのかよ。‐
マコト跳ね上がる様にシートから飛び起き、周囲を見渡した。声の主はいない。マコトはゆっくりと息を吐きつつシートに座った。額に冷や汗が流れる。ここまでの長旅で少し疲れて、嫌な記憶が思い起こされただけだ。自分にそう言い聞かせてマコトは携帯端末を起動させ時計を確認した。後もう少しで出発の時間だ。
「大丈夫かい?」
ふと、隣を見るとノブヒトが心配そうな表情でマコトを見つめていた。
「突然飛び起きるものだからびっくりして。何かあったのかい?」
「いえ、大丈夫です。先生が心配する事は何も。少し疲れていただけです。」
普通、疲れていただけで急に飛び起きたりはあまりしない。心配しながらもマコトの言葉に疑念を抱いていたノブヒトであったが、
「そうかい?大丈夫ならいいんだけど。本当に何かあるのであれば言うんだよ?先生は、いつでも生徒の味方だから。」
これ以上詮索するのは良くはないと判断し、話を切り上げた。マコトは再びふぅっと息を吐き、シートの背もたれに体を沈めた。折角の宇宙旅行だ、さっきの事は忘れよう。再び自分に言い聞かせた後、マコトはもう先程の声の事は考えない様にした。
「あ、そうだ。」
ノブヒトがいいことを思いついたように声を上げ、マコトの肩をトントンと叩く。
「天野君、ボクと席、交換しないかい?」
突然の提案に、マコトはシートに沈めた体を起き上がらせノブヒトの方を向く。
「え?でも、どうして?」
「ほら、もし〝くじら〟がいたらさ、窓側の方がよく見えるだろ?」
ノブヒトはニコニコしながら窓を指さす。マコトはその提案に躊躇いを見せた。
「だけど、その席は先生の知り合いから譲り受けたものじゃ・・・」
「別にいいんだよ、さっきのCAさんにはボクが説明するし。さっきの無礼のお詫びさ。それに・・・」
ノブヒトはマコトの躊躇いを打ち消すかの様に微笑んだ。
「一教員、大人として、生徒や子どもにはより多くのものを見てもらいたいものなのさ。特に君たちの年齢はね。」
ノブヒトのその微笑みにつられたのか、マコトは自然と頷いてしまった。カツカツと前の方からヒールの音が聞こえてきた。
「さ、急いで。」
ノブヒトはいそいそと足元の収納スペースから荷物を取り出す。マコトも自分の荷物を取り出し、ノブヒトと入れ替わる様に窓際の席へ移動した。席に座ったマコトは、これでいいのかと席を入れ替えたノブヒトの方を見る。その視線に気づいたノブヒトは、マコトに向かってにっこりと笑みを見せ、親指を立ててサムズアップをしてみせた。
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