宇宙のくじら

桜原コウタ

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第一幕/出立

[旅路]第6話-9

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 シャトルに軽い衝撃。何かが小さく爆発するような音。青白い光がシャトルを包む。突然の発光にマコトは目を細めた。体に軽く掛かるG。何事かと窓の外を見たら、そこには白い雲と広がる青い空の景色が飛ぶように流れていた。「え?」と、驚きつつ窓から後方を見ると、そこには小さな陸地‐先程まで自分達が居たマスドライバー施設の様なものも‐が見える。その陸地もどんどんと小さくなっていき、ついには見えなくなった。ようやくマコトは自分達が乗っているシャトルが電磁誘導式のマスドライバーから超高速で射出されたのだと気が付く。唖然とした表情で再び窓の外に目を移す。そこには雲海と暗い蒼と青のグラデーションが一面に広がっていた。マコトは唖然とした表情をしながらも、外の景色の雲海と空のグラデーションの美しさに目を奪われた。次第に、徐々にだが雲海が離れていき、空のグラデーションを暗い蒼が支配していく。
[追加ブースター点火]
突然イヤホンから流れた音声に小さく飛び上がり、現実に引き戻されるマコト。同時に体にさらにGが掛かるのを感じた。窓の外の景色がどんどん加速していき、遂には暗い蒼一色となった。前の席から小さく呻き声が聞こえてきた。恐らくマスドライバー内の会話で絶叫マシンに難色を示していたユウヤであろう。実際、見えていなくてもマコトにはユウヤの引き攣った表情が目に浮かんだ。いつも余裕そうなユウヤが弱っている姿を考えると、少し可愛く、そして可笑しく思えてきてマコトは小さく笑った。体に掛かるGにも慣れ、マコトはゆっくりと目を閉じながらシートの背もたれに背中を預けた。「準備には時間が掛かったが、打ち上げられたら一瞬」と感慨深そうに思っていると、徐々に体に掛かっていたGが軽くなっていき、最終的には体に独特な浮遊感が纏わりつく。シートベルトが無ければ直ぐにでも体が浮かんでいきそうだ。
「追加ブースター燃焼終了。切り離します」
外からガコンっと音がするのと同時にイヤホンから音声が流れる。マコトが目を開けて手元の端末を見ると、そこにはシャトルから細長い台形の物体が離れていく図が表示されていた。
「おっと・・・」
マコトが滑らせた手から端末が離れた時、端末は落ちるのではなくふわっと宙に浮いた。マコトは慌てて端末を掴んだ後、まさかと思い窓の外を見る。そこには暗い蒼はなく深く黒い風景が広がっていた。窓から後方を見たマコトは大きく目を見開いた。深く黒い空間の中に見える蒼く輝く円。太陽系で唯一生命体が存在する惑星。発達した科学力で太陽系の全ての惑星を調査しても生命体はここにしか存在しなかった。美しき水の惑星。全体像は見えないものも、正しくそれは地球であった。
「ホント・・・打ち上げられたら一瞬だな・・・」
マコトは再び唖然とした表情をしながら窓から顔を離した。ふと視線を感じ、その方向を唖然とした表情のまま向くと、肘掛けに頬杖を突いているノブヒトがニコニコしながらマコトを見ていた。
「いや~一瞬で宇宙だねぇ。5分も経ってないんじゃないかな?で、窓から何が見えた?」
マコトは小さく「地球・・・」と呟くとノブヒトは‐当たり前のことながらも‐少し驚いてから「ちょっとごめん」と急いで‐シートベルトが邪魔しつつも‐身を乗り出し窓の外を覗いた。外の光景を見たノブヒトはマコトと同じく大きく目を見開き、口から感嘆の声を上げた。
「ほへ~絶景だね~。ニュースやらドキュメントとかの映像では良く見るけど、実物だとやっぱり迫力が違うね。うん。」
ノブヒトはうんうんと頷きつつ、マコトの膝にのしかかっていた体をシートまで戻した。その目は子どもみたいにキラキラと輝いていた。他の乗客たちも次々と窓の外を見始め、その雄大な景色から驚愕と感嘆の声が聞こえてきた。
「皆様、もうご覧になっているかと思いますが、本機後方に私たちの青い惑星、地球がご覧いただけます。ですが、座席の関係上見にくいお客様もいらっしゃいますので・・・」
沢渡の声と共に、窓の風景がマコト達から見た景色とは違う角度の青々とした地球を映し出した。
「こちら、機外カメラで撮影している映像となります。機外カメラの操作は各席にコンソールがございますので、是非ともご利用ください。直接見るのとは迫力が違いますが、どの席からでもご覧いただけます。」
試しにマコトは自分の席にあるコンソールを操作してみる。窓の映像が切り替わり、恐らく反対側の席からから見た地球が映し出された。「へぇ~」とノブヒトもコンソールを弄り始め、窓に映し出される地球が‐偶になにもない宇宙空間も映し出されたが‐コロコロと角度や大きさを変えていく。
「すごいもんだね~。宇宙シャトルにこんなのもついているのか。ホントよく出来てるよ。これなら見えない所に〝くじら〟が出てきても大丈夫だね。」
一通りカメラを弄り終え元の映像の戻したノブヒトは、感心の声を上げつつマコトに向かって笑顔を見せる。「そうですね」とマコトも笑顔で頷き、視線を窓の映像に移した。青々と輝く地球。よくよく見てみると薄っすらと雲や陸地も見える。窓の映像を眺めている中、突然カメラからの映像が切れたのか、元の漆黒の世界が映し出された。
「皆様、宇宙から見える地球をご堪能頂けましたでしょうか?その地球ともしばしのお別れです。只今からワープドライヴを起動して、火星へ向かいます。皆様、シートベルトのロックは掛かっておりますが、そのまま席に座ってお待ちください。」
ワープドライヴ。マコトはその言葉を聞いた瞬間全身に鳥肌が立った。出発前の説明で聞いた時はさほど緊張はしなかったものも、いざ起動前ともなるとやはりというか緊張してしまうもの。マコトは緊張で生唾を飲み込みつつ、〝くじら〟の情報収集で読んだ宇宙関連の記事や雑誌、出発前の説明を思い出していた。技州国元国家元首、アイク・ローゼンバーグが提唱し、完成させたワープドライヴ。アイク亡き現在でも彼が残した設計図から生産が可能であり、生産された数々のワープドライヴも安定して動作している。だが、理論や根本的な仕組み等が、他国おろか技州国内の誰にも明かさなかった・・・いや、解らなかったというべきか。どう動作しているのか、どう跳んでいるのか、場所の指定はどうやって行われているのか、そういった事が現在でも解っていないのだ。一応、設計図から「こう作れば動けると」いうことは解ってはいるのだが、理論が分かっていない為、彼が設計したものしか作られておらず、彼が設計したもの以上と以下のワープドライヴは現在でも開発されて状況である。その「誰も解らない」というその不透明さ、信用のなさから、空港でのユウヤの様に不安に思ったり、その存在を嫌悪する人もいる。マコトも起動が目の前に迫っている中、空港でユウヤが感じたと思われる不安を、ひしひしと感じていた。SF小説や映画の中でもあるまいし、本当にそんな事が可能なのだろうか?今まで事故はなかったが今はどうなるのだろうか?緊張と思考が入り混じる中、機内のスピーカーからイヤホンと同様の音声が流れ始めた。
[ワープドライヴ起動準備開始。ワープドライヴ起動準備開始。]
「とうとう・・・か」と呟きつつ、マコトは緊張した面持ちで椅子に座り直し、姿勢を正した。隣のノブヒトはかなりリラックス‐少しワクワクした様子を隠しきれていないが‐した状態で座っていた。前に座っているユウヤも体をガチガチに強張らせ、肘掛けを掴んでいる手に力が入っている。スズネも、いつものあっけらかんとした雰囲気ではなく、真剣な眼差しで正面を向いている。
[ワープドライヴ起動準備完了。ワープドライヴ起動まで残り10、9、8,7・・・]
起動した瞬間シャトルが爆発しないだろうか?ちゃんと火星に着くのだろうか?どこか変な所に跳ばされないだろうか?
[3、2、1・・・]
「ワープドライヴ起動します。」
起動音と思われる重低音が機内に鳴り響いた。ブィンと重低音が鳴り響いている中、マコトの視界が歪んでいく。目の前のシートの背もたれが歪んでいく。いや本当に目の前が見えているのか?自分は本当にシートに座っているのか、いないのか?全ての感覚も歪められ、指先から少しずつだが粒子状にバラバラになっていくのを感じる。指先、腕と足、体、頭。
「なんだよ・・・これ・・・」
マコトは口にするも、そもそも口なんてあるのだろうか?確認しようと口を触ろうにも手の存在すら怪しい。全てがバラバラになった時、酷く、自分という存在が小さくなり、シートも、シャトルのフレームも、宇宙も、全てが一つに溶け合う感覚に襲われる。溶け合っているものも、ちゃんと〈自分〉というものが存在している。だが、上も下も、左も右も無い。マコトは必死に現状を確認しようと目‐と思われるようなもの‐を開けようとしていた。目の前を光の粒子が覆いつくし始めた。マコトは驚きつつも今、自分がその中を高速で駆け抜けている事が‐なんとなくだが‐感覚で分かった。流れていく光の粒子。まばゆく輝くそれを美しいと感じつつも、「自分はいったいどこにいるのだろう?」、「この光の粒子はなんなのだろうか?」と、疑問も生まれ始めた。どうも疑問を抱く脳はあるようだ。光の粒子の中を駆け抜けていく〈自分〉。速度もどんどん加速していく。加速する度に周囲の粒子の密度が濃くなっていった。粒子が〈自分〉を完全に覆いつくさんとしたその時、光の粒子達が点滅し、大きく輝き始めた。あまりの眩しさに何とか目を細めようとした。一瞬、世界が暗転した。マコトは瞬きをした。視界にはワープドライヴのカウントダウンから見つめていた、前のシートの背もたれがあった。頭がくらくらする。体の感覚もおかしい。マコトは頭を抱えつつ、何とかシャトルの窓を見てみると、そこには大きな赤い惑星・・・火星が見えた。
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