宇宙のくじら

桜原コウタ

文字の大きさ
上 下
38 / 56
第一幕/出立

[家出]第2話‐4

しおりを挟む
 「こちらラファエル・ホープキンス。これからオーバーブーストを使用し、大気圏外へ突入する。オーバーブーストと共にNMジェルを使用するが、万が一の為にも各員は再びシートベルトや安全帯で身体しっかりと固定されていることを確認すること。繰り返す、シートベルトや安全帯で身体がしっかりと固定されていることを確認すること。」
ラファエルは再びボタンを押して、艦内通信を切った。NMジェルを使用しても、完全に加速によるGは消しきれない。少しとは言え身体に負担が掛かることを考えると、周囲の安全が確保でき次第に医療班を動かした方が良さそうだ。その後の事を考えながらラファエルはオペレーターに声を掛ける。
「今、本艦は技州国のどこら辺に居る?」
「現在、本艦は施設から20㎞北西の位置に居ます。」
オペレーターの返答に頷くラファエル。
「十分だな。直ちにNMジェルの活性を。総舵手、艦を北西の方角へ向けて上昇、そのままオーバーブーストを使用して一気に大気圏を抜けるぞ。」
「サーイエスサー!」
総舵手は操舵寛を動かし、機首を上げながら[ストレリチア]を北西の方角へ向ける。オペレーターがキーボードをリズミカルに叩くと、艦橋に鎮座している円柱から[ストレリチア]のホログラムが出現する。初めて起動した円柱を、興味深そうに顎髭を撫でながらラファエルは観察する。
「NMジェル活性。」
オペレーターの一人が口にしながらキーボードを操作すると、青色だったホログラムが中心部分から徐々に緑色へ変化していった。
「装甲間のNMジェル、完全に活性化しました。」
「分かった。進路上に何も障害物等は無いな?」
「航行中の旅客機、及びシャトル無し。宇宙ステーションも本艦直線状は通過しません。」
ラファエルは頷くと総舵手に顔を向ける。
「総舵手、オーバーブーストの起動準備を。」
「サーイエスサー!オーバーブーストの起動準備を行います!」
ラファエルの指示に総舵手は返事をすると操舵感右隣のパネルを操作する。操縦桿の上部がスライドし、赤いボタンが出てきた。
「オーバーブースト起動準備完了!いつでも起動可能です!」
「よし。艦橋の各員も、自分の椅子にしっかりと身体が固定されていることを再確認してくれ。」
ラファエルは艦橋全体を見渡しながら言った。艦橋のスタッフは頷き、シートベルトで身体が固定されていることを確認すると、「大丈夫です!」「確認完了しました!」と報告の声を上げる。ラファエルも自分の身体が固定されていることを確認すると、目を閉じた。心臓の鼓動が少し早い。手も微かに震えて、少し落ち着かない。先程の事もあるが、オーバーブーストの実使用で緊張しているのだろう。何回もシミュレートはしてきたが、やはり本番とはわけが違い、失敗の許されない緊迫感をひしひしと感じる。それに、宇宙航行機単独による大気圏突破は人類初である。誰もやったことのない未知への挑戦からくる不安。そして、そんな偉業を一国家のいざこざで行うなどと、負い目を感じている部分もある。
‐仕方ないよな、ここまで来てしまったし。後戻りなんて出来ねぇよな‐
ラファエルは静かに息を吐くと、ゆっくりと瞼を開ける。
「各員、大丈夫の様だな・・・」
ラファエルは総舵手を見る。
「よし、総舵手。オーバーブーストの起動!」
「サーイエスサー!オーバーブースト起動!」
総舵手は返事と共に操舵感のボタンを押し込む。艦橋内に何かを吸い込むような音が響く。刹那、その音が止み、時が止まったかの様な沈黙が流れた。永遠かと思える沈黙。次の瞬間、何かが割れたような甲高い破裂音と同時にラファエル含む艦橋のスタッフは椅子に軽く押さえ付けられるかのような感覚に襲われた。急加速によるGは装甲とNMジェルによって軽減され、身体には最小限の負荷しかかからない。音量はかなり抑えられているが、オーバーブーストの甲高い音とソニックブームによる空気の破裂音が耳を覆いつくしている。耳障りな音に苦い顔をしつつもラファエルは姿勢を正し、真っすぐ前を見据えた。メインモニターの風景は録画の早送りの様に、空が段々と濃い蒼に浸食されていき、やがて宇宙の深蒼な風景へと様変わりした。オーバーブーストの駆動音も、もう聞こえなくなっている。地上から十㎞程度の高度は取っていたものも、経った数秒で宇宙空間に出られるとは。ラファエルは驚きで目を見開く。
「現在、地表から300㎞。」
総舵手が声を張り上げる。ラファエルはハッと思い出し、急いで総舵手に指示を出す。
「総舵手、オーバーブースト停止!同時に進行方向と逆側に姿勢制御ブースターを最大出力で噴射!」
「サーイエス!オーバーブースト停止!姿勢制御ブースターを最大出力で噴射!」
総舵手は操舵感のボタンをもう一度押した。オーバーブーストは停止したらしいが、モニターの風景は代わり映えせず、本当に止まっているかどうかわからない。パネルと操舵感のトリガーを素早く操作して姿勢制御ブースターを噴射させる。モニターはE動力使用時特有の蒼い噴射光で覆われる。いきなり逆の方向に強い力が掛かった為か、ラファエルを含む艦橋スタッフは前につんのめった。
「速度低下を確認。相殺まで計算・・・後20秒!19・・・18・・・」
‐20秒・・・長いな・・・‐
[ストレリチア]の姿勢制御ブースターの出力は決して低い訳ではない。逆にその巨体を動かすためにかなり高い出力を誇っているはずなのだが、その全てを使っているのにも関わらず、艦体の速度を制御可能なラインまで低下させるのに20秒も掛かる。改めてオーバーブーストの化け物じみた加速、それを使用してもなお空中分解しない[ストレリチア]の頑強さに驚愕し、それと同時にこれらを設計・開発した前国家元首と、引き継いで完成させたおやっさん達技州国のエンジニアにラファエルは偉大さを感じた。
「3・・・2・・・1・・・速度制御範囲内まで低下。」
「姿勢制御ブースター停止!」
オペレーターの言葉の後に、総舵手は素早く反応してパネルを操作する。モニターに映っている噴射光が徐々に弱まっていき、最後には蒼い粒子を残しつつ消えていった。浮遊感が身体に纏わりつく。
「よぉーし、オペレーター達は現在位置の把握と周囲の状況を確認してくれ。」
前につんのめった勢いでシートベルトが思いっきり食い込んだ腹部を、痛みで顔をしかめて擦りながら、ラファエルは指示をだした。オペレーター達は返事をし、各々キーボードを操作しながら空中に浮かんでいるモニターを確認する。
「現在、地球から450㎞付近。近隣の人工物は国際宇宙ステーション。右舷から七十五㎞程離れています。」
ラファエルは腹部を擦っていた手を顎鬚の方持っていき、考えるような仕草を取りながらオペレーターの報告に「そうか」と小さく返事をする。国家元首が何か仕掛けてくるとすれば、宙間無人航空機による妨害だ。その航空機は、主に[UNSDB]の宇宙ステーションや人工衛星に配備されているが、国際宇宙ステーションにも十機配備されている。恐らく、動かすのはそれだとは思うが、流石に他国の機関が関与している宇宙ステーションのものを勝手に動かすのは開発者特権を使用しても難しいはず。それに、七十五㎞と[ストレリチア]との距離もそれなりに近い為、戦闘となれば宇宙ステーションに被害が出かねない。他国からの顰蹙と反感、合衆国に[ストレリチア]の存在の露呈を避けている国家元首としては悪手に過ぎない。一巡り考えたラファエルは、安堵した様子で息を吐いた。だが、用心に越したことはない。念の為、国際宇宙ステーションの方は警戒しておいた方がよさそうだ。
「艦前方、異常なし。」
「後方にも障害や以上は見当たりません。」
二人のオペレーターが立て続けの報告にラファエルは頷く。周囲の確認が終われば、後は最大船速で地球圏外へ出るだけだ。
「!左舷斜め30度程下方、50㎞地点でワープアウト反応!」
「何だとっ!」
ラファエルは身を乗り出し、報告したオペレーターの方を見る。
「ワープアウトまで3・・・2・・・1・・・。」
モニターがオペレーターの報告した方向を映し出す。小さなワープアウトの発光。パッと見、何がワープしてきたのか分からない。
「拡大します」と、オペレーターがキーボードを操作すると、メインモニターの映像が少しぼやけた後に拡大したものに切り替わる。デルタ翼に装甲に覆われている無機質なキャノピー。間違いなく、それは国際宇宙ステーションに配備されているものと同じ、デブリ処理用の無人航空機が六機。[ストレリチア]と同様の、蒼い光の帯を作りながら真っすぐこちらへ向かってきている。
「っ・・・!」
怪鳥の、劈く様な甲高い音に思わず艦橋に居る全員が耳を塞ぐ。この音は緊急時と、有事の際に相手への威嚇に使われる警告音だ。理由が理由なだけに滅多に使われる事はなく、長年宇宙軍に所属しているラファエルでさえ、聴いたのは宇宙軍に配属されたての時以来だった。
「再びワープアウト反応!今度は艦正面、右舷・・・後方からもです!」
警告音は収まったが、まだ耳を痛そうにしているオペレーター。オペレーターが報告した箇所を映し出すモニターには、ワープアウトの光が点々と映し出されている。
「ワープアウトしてきた無人機は全二十五機。全て[UNSDB]の宇宙ステーションや人工衛星に配備されているものです。」
「囲まれたか。やられたな・・・」
ラファエルは忌々しく呟いた。[ストレリチア]の兵装を使えば一瞬で片が付くだろう。しかし、75㎞先に国際宇宙ステーションがある。戦闘の余波で被害が出る可能性が高い。もし[ストレリチア]の兵装が間違って当たれば、それこそ国際問題に発展する。国家元首はそれを見越した上で、国家元首は無人機達を[ストレリチア]の周辺にワープさせたのだろう。実質無人機は足止めにしか過ぎず、本命はラファエルが居ない宇宙軍の小型宇宙航空艦を地上から打ち上げて完全に包囲するつもりだ。‐良かったな、仕事ができて‐
「艦長、いかがいたしましょう?」
オペレーターの一人が不安げな表情でラファエルを見る。実戦闘になるかもしれないこの状況。訓練は行っていたが、実戦経験など無いスタッフ達が不安を抱くのは無理もない。地上での一件で堪えた人員もいるだろう。やはり戦闘は避けるべきだ。
「最大船速で前進、無人機の包囲網を強行突破する。総舵手、行けるか?」
「ちょぉぉっと、待ってください!」
艦橋全体に少し情けなさそうな叫び声が大音量で鳴り響く。ラファエルのスクリーンにミハイル・カークマンの顔が映し出されていた。額に汗が浮かび上がっている。
‐こいつといいアキレア様といい、勝手に通信を繋げるのが流行っているのか?‐
ラファエルはうんざりしつつ、「何だ?」とミハイルに問う。
「ああ、すみません。勝手に通信を繋いでしまって。状況は概ねハッキ・・・じゃなく、何となく雰囲気で把握させていただきました。艦長、円柱のレーダーを[S・H・Cモード]に切り替えてくれませんか?」
「ハッキングしてんだろ・・・」とミハイルに聞こえない様に呟きつつ、オペレーターに頷いて指示を出す。突然聞こえてきたミハイルの声に少々困惑した様子を見せつつも、オペレーターは頷き返し、キーボードを操作する。円柱のホログラムが[ストレリチア]から網目の球体へと移り変わった。球体の中にはまた小さい球体があり、中央の球体の下部には「SUN」と表記されている。
「よし、太陽系のホログラムに切り替わりましたね。そのホログラムの何処かに光る点があるはずです。艦長、オペレーターさん。どこにあるか分かります?」
ラファエルは、スクリーンからホログラムに視線を映し、観察する。「Earth」即ち地球の隣の球体「Mars」・・・火星の近くで淡い光を放つ点が確認できた。
「あった。火星付近だな。」
「分かりました。事前説明するのを忘れてしまったのですが・・・いや、本当にすみません。これは〝対象〟の場所を探知できるレーダーとなっております。」
‐んな重要なモノ、さっさと説明しておけよ・・・‐
ラファエルは呆れてスクリーンのミハイルは冷ややかな視線を送る。「すみません」と必死に謝るミハイル。
「と、とりあえず〝対象〟は現在火星付近に居るということですね。ここでご提案なのですが、一気に火星までワープドライヴ使って移動してしまった方が宜しいのではないのでしょうか?」
「・・・どうしてだ?」
ラファエルは提案の意味も有効性も理解できていたが、それでも艦長という立場上、そしてミハイルの事をまだ信用できていない事から、真剣な表情に切り替えてあえてミハイルに聞いた。
「一つは単純に時間の短縮から。現状だと無人機を撒くのに少々時間が掛かってしまうと思いまして。それと万が一・・・本当に万が一ですが、[ストレリチア]に何かしらの損害が見られて航行不能になってしまったら、そこで私達は〝終わり〟ですから。」
ラファエルは無言で聞いている。ミハイルは少しビクビクしながらも話を続けた。
「二つ目は、火星に跳ぶことで周囲を気にせず無人機達を迎撃出来るという点です。この無人機はワープドライヴ搭載型ですから、恐らくこちらの行先を解析して直ぐに追ってくるでしょう。ですが、所詮はデブリ処理用の無人機。こちらとの性能と兵装の差は天と地との差までありますし、傷一つつかないでしょう。周囲に戦闘の邪魔となるものさえなければ、後はこちらのものですよ・・・生意気なことを言ってますよね、すみません。」
少し興奮して話している所、ハッと我に返りいきなりしょげるミハイルに対し、「いや」とラファエルは首を横に振る。
「分かった。その提案に乗ろう。では、艦内通信でワープドライヴの使用を・・・」
「艦長!各無人機、本艦まで後20㎞です!」
‐乗組員の安全の為に勧告する暇も与えないってか‐
艦内通信を行っている時間はなさそうだ。ラファエルは舌打ちし、大きく溜め息を吐く。
「艦橋各員、これから緊急ワープを行う。ワープが苦手な人は、今の内に薬を飲んでおけ。」
艦橋のスタッフ全員が驚いた様子で一斉にラファエルを見る。中にはワープと聞いただけで顔色を悪くしているスタッフも居た。
「しかし艦長・・・!」
オペレーターの一人がラファエルに異議を唱えようとしたところを、ラファエルは片手を挙げて制止した。
「わかっている。俺だってこんな手段は取りたくないさ。だが、ミハイルとかいう小僧が言った通り、今の状態で強行突破しようものなら撒くのにも時間が掛かるだろうし、要らぬ損害も出したくない。だったら周囲に何もない所で、迎撃して〝後顧の憂いを断った〟方が良い。そう判断したまでだ。」
ラファエルは口角を上げて笑顔を作り、オペレーターを安心させようと試みる。あまり効果はなかったようで、まだ不安が残る顔で「承知いたしました」と自分のデスクに向き直し、デスクの下から錠剤を取り出して口へ運んだ。そんな様子を見たラファエルは少し気恥ずかしくなり、ポリポリと頭を掻いた後に艦橋全体を見渡した。
「理由はさっき説明した通りだ。みんな不安なのは分かるが・・・頼む、協力してくれ。」
「少佐・・・艦長の判断なら信用できます!少し不安があるのは確かですが、大丈夫です!」
ラファエルの懇願の声に、いの一番に返事をしたのは総舵手だった。他のスタッフも続く様に「承知致しました!」や「艦長を信じます!」と返事をした後、‐苦手な人は薬を飲みつつ‐ワープの為に各々の作業に取り掛かった。異議を唱えたオペレーターも「大丈夫です」とラファエルに向かって笑顔を作り、作業に取り掛かる。
「みんな・・・」
艦橋スタッフの暖かい態度に、思わず涙ぐむラファエル。そんな空気を察してか、ミハイルは「失礼しました」と小さく言った後、ラファエルのスクリーンから姿を消した。ラファエルは少し鼻を啜った後、メインモニターを見る。無人機の姿は今だ小さいが、それぞれはっきりと形が分かるまで近づいてきている。
「ワープドライヴ、起動準備出来ました!」
「よし、ワープを開始しろ!」
‐俺もワープは苦手なんだよな‐
宇宙軍所属なのに情けない。ラファエルはそう思いつつゆっくりと瞼を閉じた。
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ローファンタジーの導入ってこんなかんじだよね!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:2

息子へ初めて贈ったもの。

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:1

ホワイトストーン

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

懲りない

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

運命の切符

O.K
エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

処理中です...