宇宙のくじら

桜原コウタ

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幕間・1

【出航前夜】第1話

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「あなた?まだ起きているの?」
カール・H・ユングヴィが、明日の荷物の中から引っ張り出したアルバムを眺めている中、妻のマーガレットが声を掛ける。アルバムの中はスキューバダイビングで撮影したで鯨の写真。カールは壁に掛けてある時計を見る。時刻はとっくに0時を回っていた。
「ああ、そうだな。そろそろ寝ないと明日に支障が出そうだ。」
笑顔でそう答えると、カールは自分のキャリーバッグの中にアルバムを仕舞った。

 一か月前。カールとマーガレットは、テレビでニュース番組を流しながら写真を整理していた。どれの写真も、ホエールウォッチングやダイビングで撮影した鯨の写真ばかりだ。テレビの内容は[UNSDB]の大型プロジェクトの発表会見の生放送。海洋学者である自分たちには無関係だが、番組表を見ても何も面白い番組が無かったので、何となく流しているだけだ。マーガレットは鼻歌を歌いながら此間撮ったばかりの、二人が認める今季のベストショットともいえる写真を眺めている。カールはそんな妻の様子に微笑み、テレビに視線を映した。丁度、今回のプロジェクト代表であるガブリエル・ホープキンスが壇上に上がる所だった。少しきつそうな白いシャツにカーキ色の作業ズボン。衣類の上でも分かる、鍛えられ上げた筋肉。こげ茶色の髪は短く刈り上げられており、肌は健康的に日焼けしている。いかにも人に威圧感を与えそうな容貌だが、浮かべられている人懐っこい笑みから微塵もそんな事を感じさせない。ガブリエルは演台の前に立つと、白い歯を見せながらニコリと笑った。
「皆様、ポシビリティ・ジャーニープロジェクト発表会見にお集まり頂き、誠にありがとうございます。」
ガブリエルは一礼し、話を続ける。
「本プロジェクトの概要は人類の太陽系外への進出、及び調査を目的としております。ポシビリティジャーニー・・・まさに人類の可能性への旅路と言うわけです。」
ガブリエルはプロジェクトの詳細を説明し始めた。20名程の宇宙飛行士や科学者が、最新鋭の大型探査艇でヘリオポーズのその先・・・太陽系外へ進出し、太陽系外の惑星や物質、エネルギーを探査し、その中で人が長期的に活動できるかどうか、即ち人類の生存圏を広げる為に調査を行う。探査隊は何回かに分けられ、最初の第一次太陽系外探査隊は、約3年間の調査を行う。搭乗する探査艦には技州国主導で開発され、簡単な食糧プラントと有事の際の脱出用シャトルが搭載されている。
「足早に説明致しましたが、まぁ、大体の事はお手元の資料に記載されております。あ、ご参加していただいたマスコミの皆様の会社や、関係各所にはもう少ししっかりとした資料をお渡しいたしますので安心してください。では、お次にこのプロジェクトに参加する第一次太陽系外探査隊のメンバーを紹介致しましょう!」
ラファエルは再び白い歯を見せ‐少々暑苦しさを感じるが‐ニコリと笑う。
「まずこの私、[UNSDB]所属宇宙飛行士のガブリエル・ホープキンスから。今回の探査隊の隊長を務めさせていただきます。」
ガブリエルは仰々しく頭を下げた後、その口から探査隊のメンバーが挙げていく。功績や所属と共に、次々と挙げられていく宇宙飛行士と科学者の名前。あまり他の学者との交流がない夫妻でも、科学誌やニュース等で聞いたことのある人物も探査メンバーに含まれていた。メンバー紹介も残り二人になったところでガブリエルは一呼吸置いた。
「さて・・・残るメンバーは二名だけとなりましたが、この二人は宇宙とは全く関係のない人物でして・・・」
ガブリエルはモジモジしながら舞台袖に居るスタッフに目配せしている。どうやら、残り二名の名前を言おうかどうか迷っているらしい。ガブリエルは決心したように頷き、口を開いた。
「私個人で推薦して、まだメンバーに加わるか交渉中なのですが・・・本日この場で発表致します!」
ガブリエルは勿体振る様にタメを作り‐きっと彼の頭の中ではドラムロールが流れているのだろう‐改めて口を開く。
「残り二名はカール・H・ユングヴィとマーガレット・L・ユングヴィ夫妻!」
刹那の静寂、そして。
「はぁ!」
不意にテレビから発せられた自分たちの名前に、カールはテレビを凝視しつつ思わず立ち上がる。マーガレットは手に持っていた写真を取り落としたのも気付かず、唖然とした表情で硬直していた。
「宇宙と言う大海に赴くには、海洋学者からの目線も必要かと思いまして・・・そういった意図で推薦致しました。」
騒めき始める会場。宇宙関連抜きにしても、夫妻はあまり有名どころの学者ではなく、初めて名前を聞いた記者も居るだろう。記者の一人が手を挙げる。
「他にもお二方を選んだ決め手と言うものはあるのでしょうか?」
「ふっふっふっ・・・それはですね・・・」
その後も会見は進んだが、突然の事態によって夫妻の頭には内容が入ってこず、ただただ呆然とテレビを眺めている事しか出来なかった。会見が終わってCMへと切り替わった途端、カールは椅子に崩れる様に座り込んだ。
「何なんだ?さっきのは・・・」
カールの言葉にマーガレットは静かに首を横に振る。言いえぬ不安が二人を包み込んだ。
 一時間程二人は座り込んだまま動かなかったが、少し頭の中を整理できたのか、カールはふらつきながらも立ち上がり電話の所まで向かった。横にある電話帳を開いて電話のダイヤルボタンを押す。1、2秒呼出音が鳴った後に電話が繋がった。
「はい、こちら[UNSDB]技州国本部です。」
「ああ、すみません。ガブリエル・ホープキンス氏に連絡を繋いでもらえませんか?」
カールが電話を掛けたのは[UNSDB]の技州国本部。
「ガブリエル主任なら、まだこちらにお戻りになられておりませんが・・・失礼ですが、お名前を伺っても宜しいでしょうか?」
「すみません、忘れていました。カール・ユングヴィです。」
不審感を露わにする受付の口調に、「しまった」とカールは慌てて名乗る。名前を聞いた受付は「ああ・・・」と納得した様な声を上げた。
「カール様ですね。明後日、ご自宅にガブリエル主任がお伺いする予定ですが・・・もしお急ぎでしたら、後ほどご連絡を差し上げますが如何致しますか?」
明後日に家に来る。カールは眉間に皺を寄せつつ考えたが、今話されても頭に入れられる自信が無いのと、直接顔を見て話した方が良さそうだと判断し、受付に何時頃来るのかを確認した後、受話器を降ろした。
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