誰がゲームの設定に従うと思いまして?

矢島 汐

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 殿下……ジオ様と心を通わせても、未だに問題は変わらず山積している。

 まずジオ様の名誉回復。
 それからキシュタールに私を諦めさせる。
 可能なら少女達の心情を確かめ節度ある付き合いを促す。。
 そうなると婚約者がいる場合は婚約自体を解消するしかないのだが……それはさすがに私の手が及ぶものではない。
 とにかく、最終的にはこのおかしくなった学園を元の形に戻すのが目標だ。

 図書館の書庫にある小さな机でノートを広げながら、現状をつらつらと綴って整理をしていく。
 『魔術騎士と花の淑女』というゲーム自体の情報は書かない。なぜなら……

「ライラ、私の評価は地に落ちている。ゆえに最早どうでもよい。お前につきまとうあの男を排除するのを最優先にしろ」
「つきまとうと言っても見つけたら話しかけられるくらいですので。ジオ様の不当な評価こそ目下最優先課題です」
「……お前、意外に曲げないな」
「ええ、わたくしの眩しい方。わたくしの望みはあなた様の幸せですから」

 微笑んで小首を傾げれば、ジオ様は諦めたようにため息をついて髪を掻き上げる。
 本当に、仕草ひとつでもひどく魅力的な方だ。
 机を挟んでその様を見る私の顔は、いつもより笑みがゆるんでいるだろう。

 この方が私を想っていてくださるなんて、思いもしなかった。
 異性の中では少し気安くしてくれているかもしれない。そう考えてはいたけれど、まさかこんな関係になれるなんて。
 いや、正確にはまだ正式なお付き合いをしているわけではないが。

 十日前に互いの心を打ち明けた後、ジオ様は折れかけた心を持ち直し、すぐさま行動を起こした。
 今までなぜか隠すようにしていた婚約者のことを含めた現状を王城へ報告し、完璧に資料を揃えて婚約解消について相談したのだ。

 実のところ、王城では学園内の現状について既に把握していたようだ。あちらではジオ様の苦言が正常なものであること、行き過ぎているのはキシュタールと共にいる少女達であるときちんと判断が成されている。
 ただ王城側にも何かの考えがあるらしく、何か直接的な被害が出るまで学園に手を加えるつもりはないとのこと。むしろジオ様が何も手を打たないままもうしばらく時間が経っていたら、国王たる父君に見限られていたと……
 かなりの瀬戸際にあったジオ様だが、自分が惰弱なせいだと笑うだけだった。それを聞いた私は……さすがに微笑みが崩れそうだった。

 婚約解消についてなど諸処の手続きが全て終わるまで、私とジオ様はまだ親しい友人と呼ぶべき関係である。
 たとえ誰もいない書庫にこもっていたとしても、振る舞いには気をつけるべきだ。

「とは言え、どうするか……あの顔を見れば所構わず苦言を呈したくなる。ひどく拙い罵倒が口から出てきそうになるのを耐える瞬間は、非常に屈辱的で不快だ」
「わたくしも好ましくはありませんね。胸を高鳴らせても気味の悪さしか感じません」
「お前がもし奴の前で蕩けた顔を見せたなら、私は剣を抜くかもしれん」
「そうしたらまたおかしな風にねじ曲げられた噂をされてしまうので、どうか抑えてください」
「フン……」

 ジオ様はあれから私に指一本触れない。
 しかし棘のある言葉は甘やかな声で発せられて、それだけでも胸が熱く苦しくなってしまう。
 この感覚と、あの強制的に植え付けられる感情を、どうして間違えることができようか。

「現在学園内で魔道具を使う許可を申請している。今しばらく待て」
「魔道具……呪術除け、でしょうか?」

 あのルールに縛られる感覚。
 それが人間よりもっと高位の存在、それこそ神の思し召しだとしたら、人である私は抗うことなどできない。数多の書物による歴史でそれは証明されている。
 しかし実際こうして私達は抗えているのだ。ならばこれは人の手が及ぶ事態であると断言できる。

 考えられるとしたら、身の内にある魔力を使う術だ。
 物体に作用する魔術と、精神に作用する呪術。それらを合わせて私達は術と呼んでいる。
 おそらくキシュタールは私達に術をかけ、特定の状況で思い込みを誘発させているのではないかと、私は考えている。

 しかし、学園内では授業以外でそれらの術を行使することが禁じられている。意図的な魔力の流れを自動判定し行使を禁じる結界が学園内に敷かれているので、行使をする手前の魔力を集中させる段階でも罰則対象になるのだ。

 それに反応がないのなら、キシュタールのそれは術ではない……とは断じられない。
 人間には稀に、生まれた時から無意識にひとつの術を垂れ流すかのように行使している人間がいるのだ。
 私のような特殊能力とは違う、特異体質者と呼ばれる彼ら。彼らは行使する術にかなりのばらつきがあり、人によっては特異体質なのか判別がつかない程度の弱い術を使い自覚のないまま一生を終えることもある。
 動物に好かれやすい。勘が鋭い。決して道に迷わない。飛び抜けて頑丈。植物を育てるのが上手……本当に、様々なのだ。

 キシュタールがその特異体質者だとすれば、行使しているのは呪術だろう。
 魅了、印象操作、暗示……いや感情の植え付けかもしれない。あまり聞かないが、そのような呪術があるのは知識として知っている。

「さすがだな。お前と話していると結論が早い」
「お褒めくださり、ありがとうございます」
「ああ。用意したのは呪術除けと、念のため魔術除けの両方だ。お前と情報を共有できたから他のいくつかの書類と共に申請できた。父上の方から学園側に許可を出すよう手を回していただいたので、明日明後日には届く。肌身離さず身につけろ」
「はい」

 魔道具は魔術を閉じ込めた道具と言えば簡単だろうか。
 ただ身につける魔道具は非常に高価で、力ある魔術士か王族上位貴族、中位貴族なら家長のみが持つレベルである。
 私も呪術除けの魔道具はお父様からいただいているが、学園内は結界があるために特別な理由がない限り魔道具を身につけることも許可されていない。
 評価が著しく下がっているジオ様に学園長が許可を出してくれるのかが不安だったが、父君である陛下からの指示ならすぐに従うはずだ。
 しかし、王族ともなれば相当なレベルの魔道具を用意するのかもしれない。普通に私にも貸与してくれるようだが、よいのだろうか。

「……本来ならあれにも身につけさせるべきだが、おそらくもう私の言葉には耳を傾けんだろう」
「王女殿下、ですか?」
「ああ。そも、私の言に従ったとしても手遅れだがな。同盟国との婚約解消が内々に決まった。相手はおおらかで気質のよい男だったのだが……」

 王女を含めた少女達は、あそこまで人が変わる程術を受け続けているのだ。
 いきなり術を絶てば反動で強い異常を来すし、術を退けられたとしても身の内に溜まったキシュタールの魔力をきちんと治療して抜かないと完全な解呪にはならない。
 たかが恋心が、とは言えない。この恋は呪いだ。
 そしてそれを察していた私は自らの思い込みに嫌悪して、なるべくキシュタール達に近づかなかった。私が傍で窘め続ければ、もしかしたら少しは……

「……王女殿下は」

 彼女は確かに高飛車な言動が多かったが根は素直で、自分が誤解を招く言葉を口にしてしまうのをいつも気にしていた。
 今は兄君を蔑む目で見るようになってしまった。私へと敵意を向けるようにもなってしまった。
 ……私を慕ってくれていたうちの、ひとりだったのに。

「ライラ、同情することは許さない」

 私の心の内を見透かしたように、彼がぴしゃりとそう言い放つ。

「お前が抗うことができたあの力に、あれは抗えなかった。私が抗いきれず地位を失ったのと同じように、感情に支配された分だけ罰は訪れる。自らの立場を忘れる王族は、臣民の上にいるべきではない」
「ですが、わたくしは……」

 『魔術騎士と花の淑女』を知っていたから抗えた。そう言えるだろうか。
 恋をした記憶を知っているから。そうも言える。
 だがやはり一番は……

「わたくしは、恋をしていたから抗えただけです。この心がなければ、流されていたかもしれません」
「…………」
「王女が道ならぬ恋をしたことは、おそらく許されません。ですが恋知らぬ少女が甘美な魔力を伴った恋に取り付かれたことに、わたくしが同情の一欠片を落とすことすら許されませんか?」

 私はもう、彼女達のことを好ましいと思えない。
 たとえどんな理由や背景があろうとも、キシュタールを囲んで率先してジオ様を貶めた事実があるのだ。そんな人達を、笑って許すことができない。

 だが慕ってくれた過去があるのだ。好ましいと思った記憶があるのだ。
 おそらく彼女達は私に同情などされたくないだろう。今この時が彼女達の幸せの頂なのだから。
 しかし傲慢な考えとわかっているが、哀れだと思ってしまう。恋ではないものを恋と思わされて、人生を棒に振ることになってしまう彼女達を。
 狂おしい恋から覚めた時、彼女達はどうなってしまうのだろう。
 もしかしたら本当に恋が芽生えていて、尚もキシュタールを慕うのか。それともやはり……

「……『秋薔薇の淑女』は慈愛に満ちあふれ過ぎている」
「いいえ、これは決してよい感情では……それに、その呼称はやはり少々恥ずかしく思います」
「私は気に入っているがな。秋薔薇は香り高く重厚な色合いで好ましい」

 口の端を持ち上げて笑うジオ様は、真っ直ぐ私の目を見ている。
 そう言えば私の瞳の色は、秋薔薇のひとつに例えられることもあった。
 余計なことを思い出して目を逸らしてしまうと、彼は低く笑い声をあげる。
 その調子で私は先程言っていたことがひとまず受け入れられたのだと知り、またからかわれているとも気づいて恥じ入った。

「ジオ様。あまりおからかいにならないでください」
「お前が私の言動ひとつで顔色を変えるのは、いつ見ても心地が良い」
「ですから、そういうところが……」

 気安い関係。未だに恋人ではない、だけど限りなく近い私と彼の距離。
 これが誰憚ることなく寄り添う位置まで詰められるかは、あと二週間後にかかっている。

 ――『魔術騎士と花の淑女』のシナリオ通りにいけば、二週間後に夜会が催される。
 定期的に学園内で開かれる、貴族平民関係なく参加できる小さな社交場だ。
 そこで悪役のアンブロジオ殿下は今までの罪を暴露され皆に嘲笑され、会場から逃げ出そうとしたところでやってきた王城からの使者により王位継承権を剥奪され、辺境の小さな領地に封じられる。
 ゲームをプレイした時は〝そこまでする程の嫌がらせだったか?〟と思ったが、現実のジオ様は嫌がらせなんて何一つしていない。ルールに抗い続け、今まで苦言だけに留めてきたのだ。

 負の感情は、正の感情より抑えこむことが難しいと思う。
 それを常識的な範囲に留めていたジオ様の努力は、周囲によって全て無駄にされた。
 これ以上ジオ様の輝きを曇らせない。濡れ衣を着せられて断罪、など私は絶対に許さない。

 そのために、私の方でもいくつか手を打っている。
 うまくいけば、キシュタール自体をどうにかすることも可能だろう。
 これをやってしまうと、私はこの学園にいられなくなってしまうが……先んじて卒業条件をクリアすれば卒業資格はもらえる。

 私の学園生活など、ジオ様の名誉と比ぶべくもない。
 彼は私と共にいる意味を知って、私を望んでくれたのだから。

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