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第2章 魔神回廊攻略編
第27話 河童と雷神
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第27話 河童と雷神
巻き上がる気流の中心で、ライムはレンジが今までに聞いたことのない構造の魔法言語を口にした。
「オン・アニチ・マリシエイ・ソワカ」
すると、ライムの顔に浮き出ていた古代文字のような文様が、顔の表面から離れ、頭部のまわりを、円を描くように回転しはじめた。
「まさか、と、東方魔術……?」
レンジは絶句した。子どものころ、祖父に寝物語に聞かされた魔法が、目の前に展開されていた。もちろんその目で見るのは初めてだった。
「たしか、あの文字は……ヴォン字か?」
回転する文字に囲まれたライムの魔力が、異常に高まっているのがわかる。そばにいるだけで、顔の皮膚がピリピリと痛んだ。
ライムの瞳のなかの虹彩が、白く光りながら回転している。その回転が、速度を増していく。
「全員! 魔神から離れて!」
ライムが放ったとは思えないほど大きな声が、祈りの間全体に響いた。なんらかの拡大魔法の作用だろう。
その言葉を聞いた騎士たちが、すぐに剣を引いて後退する。
攻撃から解放された魔神は、全身にギラギラとした輝きを放った。削られた防壁を修復しているようだった。
「ライム!」
バレンシアが剣を構えたまま苛立って吼えた。今にも魔神に飛び掛かっていきそうだ。
「いいから待ちなさいメスゴリラ!」
汚い口調でバレンシアを制したライムが、レンジとその隣のマーコットをちらりと見て言った。
「この1発のあと、私しばらく動けないから、あとよろしく」
そして魔神のほうに向きなおり、杖を突きあげて、そして振り下ろした。
「東方魔術! 河童(カッパ)・雷神太鼓(ライジンダイコ)!」
その言葉ともに、杖の先から巨大なエネルギーが放たれた。目には見えないが、その大質量に沿って空間が曲がっていくように感じられた。
見えない力は真っすぐに魔神に向かい、その頭の上の天井付近に滞留した。
見るまに、そのエネルギーは、ぼわぼわと真っ黒な黒雲となって膨れ上がっていく。
「か、カッパ、……河童? 東方の妖怪か?」
聞きなれない東方言語に戸惑うレンジの見つめるその先で、黒雲のなかに黄色い光が走った。
次の瞬間、ビカビカッという目がくらむような光とともに、衝撃音が鳴り響いた。
ドドンッ!
魔神の頭部に雷が直撃していた。
ギャアアアアアッ
魔神は頭を振って苦悶した。
そして、続けざまに黒雲から雷が落ちてくる。それらはすべて、真下にいる魔神に直撃した。ただの落雷ではない。至近距離にもほどがある。すぐ直上なのだ。
凄まじい音と光。その威力は、魔神の異常な苦しみ方でわかる。
魔神は長い腕を伸ばして、天井付近に浮かぶ黒雲を払おうとした。しかし、雲は一瞬散ってもすぐに元に戻り、雷を落とし続けた。
ドン、ドン、ドン、ドドンッ!
その音が、魔神の悲鳴と重なって、大神殿に響き渡っている。落雷の振動が大気を震わせ、離れているレンジたちの体をも激しく叩いていた。
「そうか。雷神は、東方世界の雷の神様だ。でも河童は……?」
レンジは、そうつぶやいたあと、ハッとして右の手のひらを開き、親指を折った。
「アルファ」
そして人差し指、中指、と続けて折りながら言った。
「ベータ、ガンマ、デルタ、イプシロン……」
今度は左手。
「ジータ、イータ、シータ、イオタ……」
レンジは、最後の左手の小指を折りながら、自分の指がすべて折りたたまれているのを確認して、唾を飲み込んだ。
「カッパ……。だ……、第10階梯魔法」
信じられなかった。レンジの最強魔法は第2階梯の風魔法ベータ・ジールドだ。今までに色々な冒険者とパーティを組んで戦ったが、どんなに腕自慢の魔法使いでも、第4階梯までの魔法しか、使うところを見たことがなかった。
ギムレットたちが活躍していた時代には、第5階梯魔法を使う猛者たちがいたというのは、聞いたことがあったが、今は昔。廃れて田舎町に成り下がったネーブルの冒険者には、第4、いや第3階梯の魔法を1つでも持っていれば、十分活躍できた。
しかし、そんな常識などすべて吹き飛ばすような衝撃だった。
第10階梯魔法?
嘘だろ。
あらためて考えても、おとぎ話の世界だ。
だが目の前で起きていることは現実だった。
あれほど攻撃が通らなかった魔神が、ライムの魔法攻撃で大ダメージを受けている。
「ライム様あああああ」
レンジがライムに向かって拝むように両手を合わせた。輝く魔力の渦の中心で、気流を纏うその姿は、それだけでご利益がありそうなほど、神々しく見えた。
グオオオオオオッ
魔神の体が傾いた。ふらついている。明らかに弱っていた。
その時、魔神に向かって走る影があった。
「まだだめ!」
ライムが杖を構えたまま、叫んだ。セトカが荒れ狂う雷のなかに飛び込んでいくのが見えた。
「ここが好機だ!」
「セトカ!」
ライムの悲鳴。
一瞬のことだった。全員が、息を止めて、それを見ていた。
頭上の黒雲から放たれる、高エネルギーの塊が黄色い閃光となって降り注ぐなか、セトカの刃が、それらすべてをかいくぐり、魔神の顔に突き立った。
そのまま、真下に体重をかけ、切り裂いていく。
「うおおおおおおおっ!」
セトカの雄叫びが響く。
ギャオオオオオオッ!
魔神がよろめいた。そして、黒雲が晴れた。さっきまでの激しい雷などなにもなかったかのように。再び、壁のかがり火に囲まれた古の神殿に千年の静寂が戻ってくる。
グオオオオオッ!
胸元まで体を切り開かれた魔神は、体液を噴出させながら、その場から逃げるように祭壇のほうへと向かった。這いずる蛇体の航跡が、ナメクジのそれのように見えた。
「と、とどめを!」
ライムがそう言ったあと、ふらりと倒れる。それをとっさにレンジとマーコットが支えた。
「総員、突撃!」
セトカの号令に、ギムレットが、バレンシアが、生き残った騎士たちが、全員剣を振り上げて怒号を上げながら、走り出した。
巻き上がる気流の中心で、ライムはレンジが今までに聞いたことのない構造の魔法言語を口にした。
「オン・アニチ・マリシエイ・ソワカ」
すると、ライムの顔に浮き出ていた古代文字のような文様が、顔の表面から離れ、頭部のまわりを、円を描くように回転しはじめた。
「まさか、と、東方魔術……?」
レンジは絶句した。子どものころ、祖父に寝物語に聞かされた魔法が、目の前に展開されていた。もちろんその目で見るのは初めてだった。
「たしか、あの文字は……ヴォン字か?」
回転する文字に囲まれたライムの魔力が、異常に高まっているのがわかる。そばにいるだけで、顔の皮膚がピリピリと痛んだ。
ライムの瞳のなかの虹彩が、白く光りながら回転している。その回転が、速度を増していく。
「全員! 魔神から離れて!」
ライムが放ったとは思えないほど大きな声が、祈りの間全体に響いた。なんらかの拡大魔法の作用だろう。
その言葉を聞いた騎士たちが、すぐに剣を引いて後退する。
攻撃から解放された魔神は、全身にギラギラとした輝きを放った。削られた防壁を修復しているようだった。
「ライム!」
バレンシアが剣を構えたまま苛立って吼えた。今にも魔神に飛び掛かっていきそうだ。
「いいから待ちなさいメスゴリラ!」
汚い口調でバレンシアを制したライムが、レンジとその隣のマーコットをちらりと見て言った。
「この1発のあと、私しばらく動けないから、あとよろしく」
そして魔神のほうに向きなおり、杖を突きあげて、そして振り下ろした。
「東方魔術! 河童(カッパ)・雷神太鼓(ライジンダイコ)!」
その言葉ともに、杖の先から巨大なエネルギーが放たれた。目には見えないが、その大質量に沿って空間が曲がっていくように感じられた。
見えない力は真っすぐに魔神に向かい、その頭の上の天井付近に滞留した。
見るまに、そのエネルギーは、ぼわぼわと真っ黒な黒雲となって膨れ上がっていく。
「か、カッパ、……河童? 東方の妖怪か?」
聞きなれない東方言語に戸惑うレンジの見つめるその先で、黒雲のなかに黄色い光が走った。
次の瞬間、ビカビカッという目がくらむような光とともに、衝撃音が鳴り響いた。
ドドンッ!
魔神の頭部に雷が直撃していた。
ギャアアアアアッ
魔神は頭を振って苦悶した。
そして、続けざまに黒雲から雷が落ちてくる。それらはすべて、真下にいる魔神に直撃した。ただの落雷ではない。至近距離にもほどがある。すぐ直上なのだ。
凄まじい音と光。その威力は、魔神の異常な苦しみ方でわかる。
魔神は長い腕を伸ばして、天井付近に浮かぶ黒雲を払おうとした。しかし、雲は一瞬散ってもすぐに元に戻り、雷を落とし続けた。
ドン、ドン、ドン、ドドンッ!
その音が、魔神の悲鳴と重なって、大神殿に響き渡っている。落雷の振動が大気を震わせ、離れているレンジたちの体をも激しく叩いていた。
「そうか。雷神は、東方世界の雷の神様だ。でも河童は……?」
レンジは、そうつぶやいたあと、ハッとして右の手のひらを開き、親指を折った。
「アルファ」
そして人差し指、中指、と続けて折りながら言った。
「ベータ、ガンマ、デルタ、イプシロン……」
今度は左手。
「ジータ、イータ、シータ、イオタ……」
レンジは、最後の左手の小指を折りながら、自分の指がすべて折りたたまれているのを確認して、唾を飲み込んだ。
「カッパ……。だ……、第10階梯魔法」
信じられなかった。レンジの最強魔法は第2階梯の風魔法ベータ・ジールドだ。今までに色々な冒険者とパーティを組んで戦ったが、どんなに腕自慢の魔法使いでも、第4階梯までの魔法しか、使うところを見たことがなかった。
ギムレットたちが活躍していた時代には、第5階梯魔法を使う猛者たちがいたというのは、聞いたことがあったが、今は昔。廃れて田舎町に成り下がったネーブルの冒険者には、第4、いや第3階梯の魔法を1つでも持っていれば、十分活躍できた。
しかし、そんな常識などすべて吹き飛ばすような衝撃だった。
第10階梯魔法?
嘘だろ。
あらためて考えても、おとぎ話の世界だ。
だが目の前で起きていることは現実だった。
あれほど攻撃が通らなかった魔神が、ライムの魔法攻撃で大ダメージを受けている。
「ライム様あああああ」
レンジがライムに向かって拝むように両手を合わせた。輝く魔力の渦の中心で、気流を纏うその姿は、それだけでご利益がありそうなほど、神々しく見えた。
グオオオオオオッ
魔神の体が傾いた。ふらついている。明らかに弱っていた。
その時、魔神に向かって走る影があった。
「まだだめ!」
ライムが杖を構えたまま、叫んだ。セトカが荒れ狂う雷のなかに飛び込んでいくのが見えた。
「ここが好機だ!」
「セトカ!」
ライムの悲鳴。
一瞬のことだった。全員が、息を止めて、それを見ていた。
頭上の黒雲から放たれる、高エネルギーの塊が黄色い閃光となって降り注ぐなか、セトカの刃が、それらすべてをかいくぐり、魔神の顔に突き立った。
そのまま、真下に体重をかけ、切り裂いていく。
「うおおおおおおおっ!」
セトカの雄叫びが響く。
ギャオオオオオオッ!
魔神がよろめいた。そして、黒雲が晴れた。さっきまでの激しい雷などなにもなかったかのように。再び、壁のかがり火に囲まれた古の神殿に千年の静寂が戻ってくる。
グオオオオオッ!
胸元まで体を切り開かれた魔神は、体液を噴出させながら、その場から逃げるように祭壇のほうへと向かった。這いずる蛇体の航跡が、ナメクジのそれのように見えた。
「と、とどめを!」
ライムがそう言ったあと、ふらりと倒れる。それをとっさにレンジとマーコットが支えた。
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