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第4章 魔王城の決戦編

最終話 虹を呼ぶ者

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最終話 虹を呼ぶ者


 困っているセトカにすがるような視線を向けられ、ライムも困惑している。

「そ、そうね、とりあえず練習するしかないわね。日常生活を送れるぐらいの力加減を体に叩きこんで。それから……」

「夜の生活はやめたほうがいいぜ、セトカ」

 バレンシアが言った。

「うっかり背中に爪でも立てたら、そこから真っ二つになっちまう」

 レンジはその光景を想像してぞっとした。

「優しくするから!」

 セトカが懇願した。王宮の客室の時と、まるで逆だった。

 その時、城壁の穴から、風が吹き込んできた。
 その風は、さっきまで魔王であった灰を巻き上げ、玉座の間をくるりと一周すると、また穴から出ていった。空気の動きが、灰の舞う形でくっきりと見えた。
 そして風に乗った灰が穴から飛び出して、夜に溶けていった。
 最後の灰が吹き去って行く時、赤く光るものが灰の中から現れた。それはいくつも出現し、すべてがレンジに向かってふわふわと飛んできた。

「あ」

 レンジの中に、赤い光が吸い込まれていった。
 その体が同じ色のオーラで包まれた。

「魔王の、経験値だわ」

 ライムが言った。
 バレンシアが興奮して叫んだ。

「赤玉が何個だったいま? 20個? 30個? あんなの見たことねえぞ! 凄え凄え」

 赤玉とは、紫、藍、青と続くモンスターの魂の最高ランクに位置するものだった。赤に近いほど経験値が大きくなるが、その分、それを持っている魔物も高レベルとなる。
 最高レベルの赤色の魂、つまり赤玉を、一体で複数持つ魔物すら稀なのだ。バレンシアの驚きはそこから来ていた。

「さすがは魔王ですねぇ。赤玉いっぱい。私も味わってみたかったなあ!」

 ミカンがうらやましそうにモジモジしている。

 そうして彼女たちが騒いでいる間、レンジは自分の体に起きた異変に戸惑っていた。魔王を倒した経験値で、レベルがぐんぐんと上がっていくのを感じる。
 レベルドレインの解除によりレベル6に戻ったことで、もう冒険者をやめ、これからは背伸びせずに普通の暮らしを送るつもりだったのに。
 その生活設計が、早くも崩れつつあった。

 だが、その夜に起きた奇跡は、それが最後ではなかった。



 ……レンジの体に、紫色に光る球が吸い込まれた。

「なんだ?」

 また、今度は緑色の球がふわふわと飛んできて、レンジの体の中にすいっ、と入っていった。

 さらに光る球は続いてやってくる。
 見ると、球は壁の穴からやって来るようだった。

「なんだよ、これは、おい」

 バレンシアがその様子を見て、壁の穴に近寄った。
 その頬をかすめるようにして、いくつもの光る球が玉座の間に飛び込んでくる。
 その数がだんだんと増え始めていた。

「え、これはなに?」

 ライムが慌てて杖を構える。
 うろたえる彼女たちの目の前で、光る球はさらに増えていった。
 そのすべてが、レンジの体に吸い込まれていく。

「経験値? なんでいまごろ。いったいどこから?」

 バレンシアが身を乗り出すようにして穴の外を見た。そして、目を見開いて叫んだ。

「なんだこりゃあ!!」

 尋常ではない驚き様だった。足が震えている。

 ライムも走り寄って、外を見た。
 そして、ハッとした顔でレンジを振り向いた。

「そうか……忘れてた。あなた、オメガボルトで、魔王軍を……」

「えっ、あ! その清算って終わってなかったのかよ。なんでいまごろ!」

 バレンシアがライムに訊ねる。
 ライムはぶつぶつと言う。

「……そうか。デコタンゴール王国は南の端。レンジの倒した魔物たちの魂は、南に向かって飛んできた。でもそれがレンジのところにたどり着く前に、私たちは空間転移魔法でここ、魔王城に飛んだから、魂たちもすぐに反転してこっちに向かってきてたんだ」

 ライムは、指でモンスターの魂の軌跡を再現した。

「それが今、ようやくたどり着いたってことね。南の端から、この北の端の魔王城まで」

 ライムがそう言っている間にも、光る球は増え続け、奔流となってレンジの元へ飛び込んでいった。

「凄い凄い! 凄いであります!」

 マーコットがまた飛び跳ねている。

「あ、あ、あ」

 レンジは自分の体に起きている劇的な変化を把握しきれず、戸惑っていた。

 モンスターの魂は上位のものから、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の7色に分類されている。
 今、そのすべての種類が入り混じりながら、レンジの元へ飛んできていた。

「ちょっと待てよ。魔王軍を倒した経験値って、おい。スライム5兆匹どころじゃねえ。北から南から、東から西から、魔王軍全軍分の経験値がレンジ1人に入るってのかよ!」

 イヨが絶句した。
 それは膨大すぎて、想像することさえできない、とてつもない規模だった。

 光る球の奔流は、7色に輝きながら、夜空からレンジに向かって降り注ぎ続けた。その勢いは増すばかりだった。
 ライムは見た。雨が止んで、かわりに7色の光が降ってきている空を。光は、南の端から、北の端まで、途方もなく巨大な弧を描きながら、夜空を横断していた。

 全員の顔を、7色の光が照らしている。
 ライムが、光が流れ込んできている壁の穴を背にして、レンジを見た。

「レンジ、あなたは、きっと後世の人々にこう呼ばれるでしょうね」

 ライムは目を輝かせて言った。

「虹を、呼ぶ者!」




 遠く、デコタンゴール王国のそばにある難民キャンプで、人々が夜中に起き出した。寒さに震えながら、みな、テントを出て、夜空を見上げていた。
 ボロきれをまとい、裸足で立っている少女もまた、その奇跡を見ていた。闇の中に輝く、一筋の美しい光を。

 その夜、北方諸国に生きる人々がみな、夜空にかかる虹を目撃した。
 その虹は、南の空と北の空を結ぶように、広大な弧を描いていた。
 はじめて経験するその奇跡に、ある者は祈り、ある者は顔を輝かせ、またある者は涙した。
 だれもが感じていた。虹を見た時の習慣のとおりに。これは、なにかいいことが起きる兆しなのではないかと。その思いは、すべての人々の胸を躍らせた。
 その一夜は、北の国々にとって、忘れられない夜となった。




 7色の光に包まれたレンジは、いつの間にか落ち着きを取り戻していた。光の奔流はまだ続いている。

「レンジ……?」

 セトカが心配そうに、その顔を覗き込む。

「大丈夫だよ、セトカ」

 レンジはそう言うと、セトカの体を抱き寄せた。

「あ、だめ、レンジ。わたしまだ力の加減が……」

「大丈夫」

 レンジは優しい声でそう言うと、小さく指を振った。

「あれ?」

 セトカは自分の手のひらを見て、驚いていた。

「結婚しよう。セトカ」

 レンジはそう言うと、セトカに顔を近づけた。うろたえていたセトカは、やがて自然に力を抜き、レンジに身を任せた。

「はい……」

 マーコットが指をさして叫んだ。

「あー! チューしてるであります!」

「どさくさに、なにやってんだ、てめえら!」

 バレンシアが怒鳴っている。

「あらあら」

 ビアソンは口に手を当てている。

 顔を離したレンジは、微笑みながら指を鳴らした。
 すると、レンジとセトカの体は空中に浮かび上がり、その周りを、7色の光が包んだ。

 いつの間にか、レンジはタキシードに。そしてセトカはウエディングドレス姿になっていた。

「わー! 花嫁衣装であります!」

 またレンジが指を鳴らした。
 今度は、ほかの全員が空中に浮かび、その姿が変わった。騎士の鎧や、魔法使いのローブが消え、きらびやかなドレス姿になっていた。

「なんだこりゃあ!」

 身長2メートルのバレンシアは、自らのドレス姿にうろたえてわめいた。

「意外と似合ってるわよ」

 かわいい大きな黒いリボンをつけたライムが言った。ライムも赤いドレスを着ていた。

「あらあらあらー」

 ビアソンが両手で頬を挟みながら、空中をくるくると回っている。

「マーコット、お前」

 青い色のドレス姿のイヨが、紫色のドレスを着たマーコットの頬を指さした。
 その頬に刻まれていた、ヘンルーダ公国の国鳥のまぬけな顔が消え去り、元のほんのりと赤い頬に戻っていた。

「あれあれ?」

 マーコットはドレスの下に手を突っこみ、自分の股のあたりをもぞもぞと探った。

 さらにレンジが指を鳴らした。

 魔王城の殺風景な壁は、白く塗られていた。その壁の全体から、赤い垂れ幕が下がった。床には、一面に上等な絨毯が敷き詰められた。
 周囲には色とりどりの花が溢れ、人形の楽隊が行進しながら、楽し気な音楽を奏でていた。そしてぬいぐるみたちが壁に並んで愉快なダンスを踊っている。

「こんな素敵な結婚式に参列できるとは、光栄ですぅ」

 ミカンが瞳を輝かせている。

 花婿と、花嫁の後ろには、巨大な鐘が揺れていた。玉座があった場所だ。鐘はその涼やかな音で、2人を祝福していた。

 キラキラと虹色の光が舞っている。世界中の海の輝きが、ここに集まったかのようだった。

「セトカ」

「レンジ」

 宙に浮かんだまま、2人は見つめあい、ふたたびその顔を寄せ合った。

「おめでとう!」

「おめでとう!」

「おめでとうございます!」

「結婚おめでとうであります!」

 口づけをする2人を、みんなが祝福した。
 そのすべてを、7色の光がいつまでも包みこんでいた。



 ――スライム5兆匹と戦う男・完
(次回 エピローグ)
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