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第2章:胸の奥からクレッシェンド(10)

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「あ、そうだ!」
 遥奏が、何かを思い出したというふうに、左の拳で右の手のひらで打った。
「今日はね、秀翔に聞きたいことがあるの!」
 目をキラキラさせて、僕の顔を覗いてくる。
「二つ質問です! まず一問目! 私の良いところを十個教えてください!」
 唐突すぎる……。
 しかも、十個も!?
「僕らまだ出会って三日目なんだけど!」
「もう三日目だよっ!」

 無茶苦茶だと思いつつ、「特にない」なんて言うのは失礼なので、なんとか捻り出してみる。
「一つ目、歌声がきれいなところ」
「やったー!」
「二つ目、思ったことを素直に口にできるところ」
「いいね、いいね!」
「三つ目、うーん……弟さんに漫画を買ってあげるところ」
「我ながら良き姉だー!」
「四つ目、えっと、そうだな……」
「えー! もっとあるでしょ!」
「今考えてるんだよ」
「考えなくてもあるじゃん!」

 突然、遥奏が身を乗り出して、僕に顔を近づけてきた。
 少し顎を引いて、かすかに震えた声で言う。
「顔がかわいいとか」
 瞬間、呼吸が止まった。

 満月のようにまんまるな瞳、口元に向かってゆるやかに盛り上がる鼻筋、チョコレートの黒いかけらがついた薄桃色の唇。
 全身が磁気を帯びたかのように、遥奏の顔に吸い寄せられる。

 じーっと僕を見て、返事を待つ遥奏。
 血液の流れが早い。

 どう、答えるべきなんだろう。
 「かわいくない」と答えるのは当然無礼だし、かといって、僕なんかが「かわいい」と人の顔を判断するなんて。
 オレンジジュースで潤っていた口の中が、ドライヤーを当てられたみたいに急速に乾いていく。

「えっと、か、かわ……」
「なーんてね!」
 そう言って遥奏は元の姿勢に戻り、舌を出しながら笑った。
「秀翔、めちゃくちゃ焦るんだから!」
「べ、別に焦ってなんか……」
「はいはい。まあ今の答えは、また言える時に聞かせてね!」
 そう言って、遥奏はまたブラックコーヒーを一口飲んだ。

「じゃあ次は二問目! 私に直してほしいところを……そうだなー、こっちはあんまり多くなくていいから、二つ!」
 僕は、これを仕返しするチャンスだと捉えた。
「一つ目、人をからかってくるところ、二つ目、初対面の人のスケッチブックをいきなりのぞいてくるところ、三つは、相手のペースを考えずにどんどん話すところ、それから……」
「二つでいいって言ったじゃん!」
 テーブルの下で脛を蹴られたので、「四つ目、暴力的なところ」を追加しておいた。
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