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2章

2章 8話

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「妖精女王様!」
「プリメール、世話をかけました」
草木が揺れ、神々しい光を纏いながら妖精女王様は地上の土を踏む。
「は……はじめまして」
おっかなびっくりしながらも礼儀正しく目線を合わせる愛那。新藤くんもそれに続く。
「こちらこそ初めまして。可愛らしい恋人達」
妖精女王様の微笑みにぽわんと魅了される少年少女。
場の空気が緩まないうちにとあたしは声を張り上げた。
「無礼を承知で申しますが、お聞きしたいことがたくさんあります」
「……そうですね」
女王様の睫毛が揺れる。
「プリメール。まずは貴女に謝らなければなりませんね。初めから全てを打ち明けていなかったことを」
細い手をぱっと広げると、木々を背に巨大なスクリーン映像が現れた。
円卓の間に重々しい雰囲気で座す妖精たち。契約妖精育成協会の幹部たちだ。
「──以上のことから、私は現状の契約制度を見直し、対象となる人間の情報をより詳細に集めるべきと考えます」
声を張り上げているのはシーシアスだ。
「また契約終了後の元契約者との協力体制につきましても明確な期限を設け、以後は記憶を抹消する等の措置を取るべきではと考えます」
幹部たちがざわめき出す。
「記憶抹消はやりすぎでは?」
「しかし人の善性など時と共に変わる。元契約者であろうと我々をいいように使う可能性が無いとは言い切れん。私は賛成だな」
「静粛に。妖精女王ティターニア、今のシーシアスの提言をどう思われる」
水を向けられたタイミングで女王様の顔が大きく映し出された。
「……シーシアス。貴方の意見は重く受け止めましょう。しかし今根拠として述べられていた内容は些か結論を急ぎ過ぎている。慎重に動く必要があるでしょう」
顔色ひとつ変えず切り返す女王様に、シーシアスは解りやすく顔をしかめた。
「──慎重さを欠いているのはそちらでは?」
「口を慎め、シーシアス!」
「よいのです」
他の幹部を制し、二羽が壇上で見つめ合う。
「……人の世は目まぐるしく変わることを貴女もご存知だろう。今は平和だとしても様々な要因ですぐに荒む。こちらが選んだ者以外の人間を関わらせることは、その荒みを妖精界に持ち込む危険があるのだ。そうやっていつまでも先延ばしにして……」
「私達の選定基準が絶対だと?」
女王様の瞳がすっと細くなる。
「過度な自信は傲慢に繋がります。私達が人間を選ぶばかりではない。人間が私達を選ぶことだってあるのですよ」
「今そんな話は──」
「双方そこまで!時間により今回はこれまでとする!シーシアスは根拠資料をまとめ直して再提出するように!」
幹部が慌ただしく二羽を取り囲む。
会議はなし崩しに終了となり、映像もそこでプツリと切れた。
「……これは」
思わず実在の妖精女王様をじっとりと睨んでしまう。
あんなかわし方をされたらシーシアスがブチ切れるのも無理もないだろう。当然やったことを擁護はできないけど。
「そんな目をしないで頂戴、プリメール。──私は妖精女王などという大層な名前を引き継いではいますが、有無を言わさぬ程の権力を握っているわけではありません。シーシアスもああ見えて人望がありますから、彼の意見を一旦却下はしたものの完全に押さえつけることはできなかった」
「むしろ火に油注いでませんでした?」
「彼が強硬手段を取るのは時間の問題でした。対策を講じる必要があった」
無視かよ。
……いや、違う。まさか……
「だから押さえつけるのではなく、別の角度から彼を諌めることにしたのです。一度は隙を作り、私を出し抜いたように見せかけて」
女王様が愛那を見上げた瞬間、あたしは全てを悟っていた。
「……だからレンに白羽の矢を立てたんですね。貴女の存在を知っていて妖精の姿を見られるレンがこの事態を打開してくれることを期待して、貴女の独断をシーシアスにわざと暴かせ、彼を妖精界に送り込む口実を作った……」
いや、もっと前から計画の内だった?
レンがあたしに接触してくる可能性を、妖精女王様は最初から見越していたのかもしれない。
偶然愛那がいたから彼女との契約を利用しただけで、レンを巻き込む手立てを水面下で何通りも考えていたのかもしれない。
「悪いことをしたとは思っています。そちらのお嬢さんに」
妖精女王様に見つめられ、愛那が背筋を伸ばす。
「しかしプリメール。私は貴女と桜庭蓮二に賭けたのです。私に仕え私を誰より理解してくれる貴女と、私の理解を超え私に縛られない彼。
シーシアスと対等な話し合いの場を設け、妖精と人間の可能性を信じてもらうために」
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