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1章 お嬢生誕
9.魔法とは
しおりを挟む静かな部屋に響く羽根ペンの紙の上を走る音。
この目の前にいる金髪大きな眼鏡をしたの男の人は、私の家庭教師になった人。
名を、エルド・ルァラ・リュカーレ。
「うーん、そうですねー。まあまあですねー」
「まあまあ…」
「ええ。可もなく不可もなく、と言えばよろしいですか?リオネスフィアル様」
紙を見ながらそう言ったエルド。
その手元には、赤いインクで採点の書かれている紙が置かれている。ご丁寧にちゃんと点数が見える。
「飲み込みも早いし教えたこと直ぐに覚えられるけれど、テストとなると何故か駄目ですねぇ?」
「……」
これは困ったと言わんばかりのエルドとしょんぼりとした顔のリオネスフィアル。
そう、昔からそこは変わらない。
テストが苦手で普段は出来るのにも関わらず、テストの点は可もなく不可もなく。不可じゃないだけいいなんて、いつも言い聞かせていた。
「まあまあ、そんな事もあります。テストの点が悪いくらいでなんですか、別にそんな物この先重要ではないですよ。テストはテスト。実技が出来ていれば良いんです。」
一応家庭教師…ですよね?貴方。良いんですかそんなこと言って。
悪びれる風も無く、当たり前とでも言うかのように流暢に話すのを見て軽く眉を顰めたリオネスフィアル。
「ふふ、これは失礼。仮にも今はリオネスフィアル様の家庭教師でした」
ふと、我に帰ったのか何かを思い出したかのように少し大きめの眼鏡越しの目を細め微笑み言った彼。
少し含んだような言葉、とても胡散臭い雰囲気の人としか私の心象はない。胡散臭くて、とても何か隠しているような気がしてならない。
顔は世間で言えばいい方だと思うけれど、その胡散臭そうな笑みのせいで全てが台無しだと思われる。
「そうそう、今日はリグラネルド…君の父上から魔力検査をするよう言われていたんだ。本当は名付けの儀の時にやるのだけど…」
「まりょく、けんさ?」
「この世界アディスゼアには魔法がある。その魔法を使うには自身の魔力が必要なのは教えたね?まあ、自分の魔力一択ではないけどね。大気中にも沢山の魔力があるし…」
魔法は、ついこの間やっと教えてもらったばかりのもので
この世界の魔法は、火、水、地、風これが主。
そしてそれらの最上位が、光聖と闇黒。
複雑に絡ませ、編み命令式を作り上げるのが魔法となる。聖と闇は上位と言うよりはまた別組?
前世で散々見てきた、アニメやらなんやらに出てくるのと同じようなもの。少し仕組みが複雑だけれど。無属性ってのもあったな、確か。
エルドが指を鳴らすと、机の上にゴトリと重たい音を立てて現れた。なみなみと水を湛えた、豪華な装飾のされた杯の様なもの。
覗き込むと、水の入った杯の底は見えず、それどころか点々と輝くものはまるで夜空の様で目を奪われた。
ある筈のない夜空が映る水面。見ていると、一つ輝きが流れて行った。
流れ星?
更に中を覗き込もうとするが、今いる場所からは見えない。
「此処に手を翳して、そうだなぁ…おっと、まず初めてならその前にまず魔力の集め方だ。手を貸してくれるかい?リオネスフィアル」
「……はい?」
杯の中を覗いていると、名前を呼ばれ顔を上げた。すると、目の前に杯の上に差し出された両手。
「手を貸して、集中してみて。今、話聞いていなかったんだろう?」
「う、ぇ…きいて、ま…す」
「怒ってないよ、取り敢えず今は手に集中してくれると助かるよ。無理矢理出来るものでも無いから」
覗くのに必死で話を半分ほど聞いておらず、首を傾げたが直ぐに両手を重ねるように乗せるとふんわりと握られた。
自分よりも断然大きな手に包まれ、徐々に熱が高くなる手に驚いて手を引っ込めた。
「っ、あつ…!」
「おっと、少し加減を間違えた。すまないね…もう一度良いかい?」
「つぎ、あつくしない…?」
「次はしない」
「…じゃあ…」
こちらも驚いたが、相手も驚いたようだ。エルドから少し気持ち離れると、苦笑いしながらもう一度と言われ渋々もう一度手を伸ばした。
視線は手に、意識も全て手に。すると、今度は心地良いぐらいの温かさの何かが手を伝いゆっくりと馴染んでいくような感覚。
温泉やお風呂に入ったときに似ている。ほっこりする様な暖かさ。それが流れている感覚。
「はい、同じ様にやってみてくれるかい?」
「おなじように…おなじように…」
とは言われても、感覚が掴みづらく意識を集中しているとどこからともなく何かが泉のように溢れる。
そんな感覚にソレを、手に全部集中させた瞬間
バチッと大きな音を立てて、エルドの手が弾かれた。
「ごっ、ごめんなさいっ!!!」
煙の出る手は、明らかに赤かったが直ぐに後ろに隠された手に確かめようがなかった。
自分の失態、直ぐに謝るもののいつものように、にこにことして流される。
「ふふ、大丈夫。けど少し力を押さえて欲しかったかなぁ…クレード君」
「…はい」
「ちょっと今日は此処までにするから、リオネスフィアル様をよろしく。集中が切れたみたいだし少し外に連れていってあげて」
「…承知した。リオネスフィアル様、行きます。」
「ま、まって…!エルドさまが、けが…っ」
「大丈夫。」
部屋の入り口にいたクレードが飛んで来て、手の確認をしてくれたのだが生憎私には何も起きていない。痛くもなかった。強いて言えば静電気程度のもの。
いつもの様に笑いクレードに私を連れ出すように言うと、普段ならお父様とお母様以外の言うことを素直に聞かないクレードが素直に私を抱き上げた。
流石に自分で怪我をさせたのに、なにもしないなんて出来ない。かと言って今の私に何か出来るわけでもない。
それでも、と手を伸ばしたが見えたエルドの鋭い目に怯んだ。
クレードに抱き上げられ、部屋を後にした。
今まで見たことのなかったエルドの表情に、罪悪感しか芽生えなく。
胸の中が騒ついて、溢れて止まらなかった
あの感覚が何だったのかは分からない。
あれが魔法だったのだろうか。
***
なにも言わないクレードと俯き何も話さないリオネスフィアルは、そのままクレードの足の向くまま外へと出た。
じわじわと溢れるものを押さえたが、そっとベンチに降ろされ頭に乗る重みに、溢れて止まらなくなった。
「ふっ、うぐ…」
「…リオネスフィアル様は悪くない」
「で、も…わたし…せい…」
溢れ出る涙は止まらなくて、つくづく最近は感情面が身体に近づいている気がする。なんて半分冷静な自分もいたりするが
それでも、身体は別なのか涙は止まらないし罪悪感も消えない。
仲良くなれたと勝手に思っていたからこそ、あの表情が目に焼き付いて消えない。
此処でぐずって、クレードに迷惑をかけても仕方ないと言うのに涙は止まらない。
「……泣かないで下さい、目が腫れますよ…擦らない…」
「だってぇ…えるどに、きらわれちゃ…も、べんきょうおしえてもらえない」
「…そんなことないです。アレがそんな事で気が変わるわけ無いです」
グズグズと無くリオネスフィアルをなだめるよう、軽く頭を撫でるクレードは無意識的な行動のようでそれに気付くと慌てて手を引っ込めた。
散々大泣きして、重たく怠い身体と目蓋にそのまま意識を連れて行かれた。
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