双子の鬼(月読シリーズ)

風見鶏ーKazamidoriー

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前編

鬼の砦

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 ぴちょん、ぴちょん。

 しずくが水たまりへ落ち、き火のぜる音が鳴った。

暗い岩窟がんくつの中、月読のまぶたがふるえて開かれる。うすい長着姿で肌寒く、履物はきものもないうえに上着や持ち物はすべて奪い去られていた。

誰かがこちらへ近づき、扉の前まで来た者たちの話し声に月読はきき耳を立てる。

「あ~ぁ、わけぇのは方鬼ほうき様が連れていっちまったぜ。じり者だが、さぞ美味うめぇんだろうなぁ」

「雑じり者の方は、角を持ってるはずだから方鬼様が調べてる最中だろ。それより、こっちに入ってる奴もなかなか美味そうじゃないか?」

多娥丸たがまるが連れてきた奴じゃねえか? おめえ殺されて食われるぞ? 」

「なあに、ちょっとだけさ……味見するくらいバレないだろ? 」

 舌なめずりと下卑げひた笑い声がして格子こうし扉がひらいた。

うすく開けた目に映るのは、千隼ちはやさらった鬼たちの仲間だ。2匹の鬼は近くへ来て月読へ手を這わせる。黒い鬼から受けたダメージが残っていて上手く体を動かせない。動いたら上へ乗られ、腕と足を押さえられた。

不快ふかいさを感じて月読は心の中で舌打ちする。

「起きたみたいだぜ」
「へへ、起きて嫌がったほうが楽しめるってもんさ。男のくせに美味そうじゃないか、おい服もいちまえ」

 月読が息をつめて様子をうかがっていると、足を押さえた鬼は腰帯こしおびを解いて長着のすそをめくった。ザラリとした感触が内もものやわらかい部分を撫で、隙間から侵入しようと爪を布地へ引っかける。

「……っ」

「おとなしくしてりゃ、イイコトしてやるぜ」

 嫌がって身をよじれば、鬼達はますます嬉々ききとして押さえつける腕に力が入る。不快な指は下肢の中心へ進み、付け根へ潜り込もうとした。



 鬼たちを退しりぞけるために、月読は息を吸って腹のあたりへ力をこめた。パンッと音がはじけ、見えない壁が鬼の頭をはじく。

「ぐわぁっ!? なんだこれ――」

 鬼が異変に気づいた刹那せつな、目に見えないスピードのりが鬼の頭を打ちつけた。息を吐き出した月読が足元を見まわせば、2匹の鬼が白目をむいて転がった。

「はぁ、結界けっかいも2匹の鬼をはじくのがやっとか……」
 動けるようになった月読は大きく嘆息たんそくした。

 久しぶりのあやかしとの戦闘で力を消耗しょうもうしてしまい、次に使用できるまで回復には時間が掛かる。おまけに瘴気しょうきのただよう洞窟は相性が悪い。

むかし損傷そんしょうした左脇腹わきばらの辺が急に熱くなった。淡い光は龍鱗りゅうりんを浮かび上がらせてかがやく。そこは隼英がこの世を去る間際まぎわ、神宝と化した彼の角が残されている場所だった。

「熱い……なにかに反応している? お願いだ、今はおとなしく眠っていてくれ」
 なだめるように脇腹をさすれば光はゆっくり治まった。



 岩窟は瘴気が充満じゅうまんして、徐々じょじょに体の力がぬけて頭もかすみがかる。

一刻も早くここから出るため千隼の気配をさぐるが、よどむ瘴気は感知をはばむ。離ればなれに捕らえられ居場所も不明、あまり良い状況に置かれていない様子で月読はまゆをひそめた。

気絶した鬼たちをろうへ閉じこめて周囲を見まわす。岩のくぼみへはめ込まれた木製の格子こうしは、ビクともしない頑丈さがある。しおの匂いがするものの、顔を出せる隙間すきまもなくて窓からの脱出は断念した。

松明でぼんやり照らされた扉の内側から声がする。鬼たちの声だろうか、ワイワイと宴会でもしているように騒がしい。部屋をのぞけばテーブルには酒瓶が転がり、鬼達の数は多く見つからないように通り抜けるのは至難しなんわざだ。



 しのび足のまま引き返して反対側へ進んだ。暗い牢獄ろうごくの通路が続いている。

カラの牢に人骨が転がっていた。往昔おうせき、鬼は人の世界へ行き来していたと鬼平おにへいに聞いた事がある。その時さらわれた者らの哀れむべき末路まつろだろう。

しばらく進むと行き止まりになっていて、月読は目論見もくろみが外れて溜息を吐いた。

「行き止まりか……」

 壁へ背中をもたれかけたら、ズズッと壁がうごき仕掛しかけ扉が現れた。分厚ぶあつい石の壁は簡単にひらき、無明むみょうの闇にまどわすように細い階段がつづく。

視界ゼロだが鬼の気配はない。意を決して真っ暗闇の階段を手さぐりでのぼり始めた。

らせん状の階段先で感触の異なる壁へ突き当たった。下の仕掛け扉と同じ物だと気づき、押す前に耳を付けて外をうかがう。誰もいない様子なので壁を押してみると、ズズッと先程と同じように開き先へ進んだ。
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