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終幕
エピローグ
しおりを挟む水しぶきをあげる瀑布には龍影がうつり、水の豊富な御山は生き物と神霊に満ちあふれている。清浄でよき山の奥には禁足地があり、【月読】の当主以外ほとんど足を踏みいれない。しかし月読にとっては慣れた場所、毎日のように訪れる。
滝壺の縁へ立てば、光の玉がふわりふわりと周囲を漂う。
この滝はたくさんの龍の幼生が棲む、彼らは【チ】と呼ばれ勾玉に似た形をしていた。稀に龍とは違うものも混ざってるけれど、ささいな形の違いを神霊たちは気にしない。月読もその内のひとつとして認識されている。
腰かけた岩がのたくって動いた。
「あれ? ああ、タッツンすまない」
『許サヌ』
しゃがれた声で厳しい返答があり、赤茶けた岩のごとき【チ】は月読の尻に踏まれていた。
光の玉たちとは真逆の毒々しい見た目のタッツンは他所から来て滝へ棲みついた。元々どこぞで祀られていた龍だったが力をうしないチの姿で過ごしている。元の名は無くなってしまったので、月読に微妙なあだ名を付けられていた。
いつも座る岩を向こうへ押しやった様子だ。詫びるとチは怒りを鎮めるためのナデナデを要求してきた。ひとしきり撫でたらチは満足して水辺へ帰った。
滝の主が水面から顔を出し、穏やかに此方を見守っていた。
霧につつまれた山道を下る。妖たちには『白霧の山』や『龍の山』などと呼ばれる山は霧ぶかく神気に満ちている。闇龗と呼ばれる巨大な龍神の一端、結界にもなっていて悪しきものを寄せつけない。
日が昇ればうすくなって霧散するけれど、木々の葉へ朝露をたっぷりと滴らせる。
水気をふくんだ霧を抜けると集落へ入る山門が見えた。
習慣としている山の散歩から帰ってきた月読は、居間で寝転がりぼんやりしていた。早朝から起きているとご飯後に眠気がやってくるため、皆が活発に仕事をはじめる時間帯はのんびり過ごす。
節のある単衣の裾が足へ柔らかくまとわりつく。先程までくっ付いていた九郎は烏の当主に呼び出されて出かけた。
入れかわりに亜麻色の髪の男が居間へ腰をおろした。新調された眼鏡のフレームは形状記憶合金で踏まれても元にもどるらしい、転んでもただでは起きないところが彼の良いところだ。
千隼の端末に地図が映し出された。マップが表示され、指が海辺を指し示す。
「今度は海の調査だってぇ? 」
「ええそうです。最近沖で異変があって、小さな石が浮いて流れついたと騒ぎになっています」
「ただの海底噴火だろ? 相談先は私じゃなくて行政じゃないのか? 」
「いいじゃないですか~。僕より月読さまのほうが見識ありますし、いっしょに考えましょうよ~」
先日のできごとを省みていないのか、千隼は懲りずに話を持ってくる。黙っていたらクールな『氷の鬼』と呼ばれる男は満面の笑みを浮かべ、海辺の村から寄せられた相談内容を口にする。
「はぁぁ……それで? 」
やる気のない声を返すものの、千隼は押しぎみに状況を説明しはじめた。
ひとしきり説明を聞いた月読は寝そべった体を起こす。南洋の海底には大昔から海洋民族が崇め祀る巨大な龍神が棲んでいる。軽く持ちこまれた話は大事になりそうな予感がした。
「いちおう確認のために同行しよう。調査はどこまで進んでいるんだ? 」
「やった! それでですね――――」
押し勝った千隼は調査の日程を伝えてきた。調査のためクルーズ船で沖合へ行くようだ。
くわしい説明を聞いていると玄関の扉がひらき、烏の屋敷へ行っていたはずの九郎が姿を現した。
「俺もいっしょに行く」
「九郎、一体どこで話を……」
どこで話しを聞きつけたのか、早いレスポンスの男は太々しく月読の隣を陣取る。
「ちぇっ、月読さまと僕だけの船デートが……」
「おい、千隼もなにか聞こえてるぞ」
またもや調査に協力する羽目になった。まわりの男達に昼行燈の平和なひとときを奪われた月読は大仰に溜息をつく。
世話役の陽太が茶と吉野葛のまんじゅうを座卓へならべる。のどかな昼日中、太陽は燦燦と子午線を通過した。
―――――――――――――――
お読み頂きありがとうございます。
あとがき
ちょっと長めの短編になりましたが「双子の鬼」完結となります。短編は32000字程度だそうです。しかし原稿用紙でもないので、Webでは字数を気にする必要はないのかもしれませんね。
月読さまの弱体化がちょうどよい方向に餌食となってくれました。本編では書かれなかった鬼平と隼英の過去の話でした。双子の彼らが何になったのか、その後はどう活躍したのかご想像にお任せいたします。
風見鶏-Kazamidori-
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風見鶏様、素晴らしい小説ありがとうございます☆彡是非、月読シリーズの続編✨お待ちしています。
刑部さま、コメントありがとうございます!
最初に投稿したものなので読みにくい部分も多々ありましたが、双子の鬼まで読んで頂けたのですね。月読は本編とは違う話を漫画化しようと目論んでいますがこちらは文章より迷走しています。