月読-つくよみ-

風見鶏ーKazamidoriー

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第九章

山間の温泉地

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 天狗の森からもどれば、門徒もんと達の活気づいた声が道場から聞こえる。 頭巾ずきん烏面からすめんを外した九郎は、汗だくの顔をタオルでふき道場へ向かった。

見送ったあと月読はシャワー室の扉を開ける。暑い季節なのに山の麓はひんやり涼しく、冷たいシャワーを頭からかぶって汗を流すと熱のこもっていた体も落ちついた。

未明みめいから起きてたので2度寝しても良かったけれど、布団へ入る気にもならず宿舎の縁側へゴロリと横になってまぶたを閉じる。



 道場から聞こえていた声が近くなり、薄く目を開けた月読は視線を移動させる。合気道あいきどうでなく剣術の修練があったようで、帯刀たいとうした金村かねむらが渡り廊下を歩いていた。金村の剣術はここで習得したと耳にしている。

「九郎さんやっぱ強ぇな! 今度は俺も木刀ぼくとうで相手してもらおうかなぁ? 」

「ふっ、お前ごとき100万年はやい」

 元気の良い声が縁側までとどく、スタスタ歩き去る金村を赤髪の少年が追いかけた。

「ちょっとぉ金村サン!? 待てよ金村ってば! 」

 どうやら此方こちらの関係も良好な様子だ。上半身を起こして欠伸あくびをすれば、朝食の美味しそうな匂いが縁側へただよった。



 瞑想めいそうがてら、縁側でぼんやりしている月読の元へ西之本にしのもとがやってきた。

「やあ、昨日はすまない。無粋ぶすいな事を言ってしまったみたいだね」
「気にしていませんよ。西之本さんの仰られた事は至極しごくもっともな意見ですから」

 横へ腰を下ろした西之本は、水鉢に張り付いたアマガエルを見つめる。

「ゆっくり過ごすのは本当に久しぶりでね、慣れていないのも考え物だ」

 仕事の一環として、一進いっしんから何と言われたのか想像はつく。九郎は昨日訪れた依頼主の仕事へ金村を連れて出掛けた。からす達はどうも働きすぎだと、月読が嘆くと西之本は目を細めて笑う。

「そうだ、午後から観光予定ですが西之本さんも一緒に行きませんか? 」

 応毅おうきの午前授業が終わったら、霊山へ観光に行く予定だった。応毅が案内を志願して、この町に来て1年くらいの宮田みやたと護衛がわりの大伴おおともも加わった。

「とても面白そうな申し出だね」
「決まりですね」
「私達だけで? 九郎君は良いのかい」

 昨日の険悪な反応を見ていれば、気にするのは無理もない。しかし九郎はいつもともにいるので機会はいくらでもある。

「なるほど『月読殿の烏』か……向こうへ戻れば、やっかむ者は沢山いそうだ」

 幼少期からびとであった九郎には今更だが、あっけらかんと西之本は笑う。心当たりがある様な発言に興味をもった月読は尋ねてみた。

「フフ、私も月読家の姫君ひめぎみめとるときは苦労したからね」
 結衣ゆいとのめを誇らしげに語る。そのうち姉にベッタリな姫君を思い出した西之本が湿っぽくなってきたので月読は話題を変えた。



 車は長いトンネルをぬけてクネクネした道路をのぼる。トンネルの向こう側は人間より自然の多い場所で、ブナ林が広がっていた。応毅おうきもこちら側にはあまり来たこと無いと言う。

「秋は紅葉が綺麗だし、いまは雪少ないけど6月でもスキー出来るんだぜ! 」

 冬にスキー場が開いてないのは豪雪地帯だからだ。自然の雪渓せっけいで滑るスキーは上級者向けだろう、駐車場へ車を停めて道を上るとリフトが山頂まで続いている。丘陵へ草花が茂り、一斉に花を咲かせていた。

リフトで上まで行くと、なだらかな山々が続いて月の山が目視できた。

「こっちから登ると、こんな感じなのか」
 清涼な風が吹いて月読の髪を撫でる。このまま我武者羅がむしゃらに走って行けば、夕刻には山頂を越えて反対側へ辿たどり着きそうだ。

「いつか俺も山駈けで頂上を越えるんだ! 」
 応毅がまっすぐ月の山を見つめていた。リフトに近い山の頂へ登ると、磐座いわくらがあった湯の山を見渡せる。

「はあぁ、あっちは多いのですよね……」

 緑に覆われた湯の山を見ていた宮田が呟く。たしかに山駈け時、湯の山へ入ってから数え切れぬほどの存在が息づいていた。

「そりゃあ生きている土地だからな」

 大地には地中と深く繋がり、エネルギーのきでる場所がある。荒々しく噴き出している時は弱いものは近寄れもしないけれど、鎮まって安定したら生命の芽吹く土地になる。
そのような場所には恩恵で姿を現わしたものや、天狗のように満ちあふれるエネルギーを求めてつどうものも多い。時代によって繋がりが切れて枯渇こかつしたり、勿論もちろん新たに誕生する土地もある。

「へえ~そうなのですか……あれ? 月読さんて……ひょっとして見えてたりします? 」

 うなっていた宮田は目を丸くする。隠していても仕方がないので月読が頷けば、キラキラした瞳がこちらを見つめた。

宮田は湯の山で天狗に追い立てられたり、得体のしれない何かに乗っかられ重くて動けなくなった話を打ち明けた。山脈の東側にはあやしい天狗もいるらしい。

「宮田ぁ! 仲間見つけたからって、なに仲良くしようとしてるんだよっ」

 割って入った赤髪の少年は宮田の尻をペシペシ叩いている。痛いと言いつつ嬉しそうな顔の青年は、応毅と年も近くて良い友になりそうだ。
九郎の連れて来た全員が見鬼けんきだと知れば、どんな顔をするのだろうかと考えながら月読は視線を湯の山へ移した。



 スキー場の麓で温泉に入った。

「うわ、すっごい」
 宮田が西之本と大伴の裸を見て呟いている。2人とも烏なので鍛えた身体は筋肉におおわれている。

「こっちもすっごい」
 後ろを振り返ってつぶやく。様子を眺めていた月読とバッチリ目が合って、宮田はひとりで慌てだした。

「ええと身体つきが……違いますっ、変な意味じゃありません! 」

 百面相ひゃくめんそうが面白いので月読が見ていると、後方から応毅にかされる。

「早く温泉に入ろうぜ~。 お~? あきらってよく見たら西之本さん達よりも背ぇ高いし体鍛えてるなぁ。私脱いだらスゴイです、みたいなの……あれ、なんかココ光ってない? 」

「応毅くんっ! さささ触っちゃ駄目ですよ! 」

 月読の裸を見た応毅は率直に感想を述べて、左脇腹をペタペタ触りはじめる。湯に入る前から真っ赤になった宮田は、少年の腕を引っぱって浴場へ入った。



 身体を洗い、月読は熱めの浴槽へ足を浸けた。ザブザブと膝で湯をかき分け大伴たちへ近づくと、心なしか目をらされた。ちゃんと腰にはタオルを巻いている。

「……すいません月読様、何となく見てはいけない気がして」

 物悲ものかなしげなハの字眉毛の月読がたたずんでいると、申し訳なさそうに大伴は答えた。

 大きな窓の外にブナ林が広がって良い眺めだ。しんから温まり、広い浴槽へ座っていた月読は手足を伸ばす。身体をじってストレッチしていたら、やはり目が合った大伴たちの視線は不自然にブナ林を彷徨さまよう。

ザブンと水飛沫みずしぶきが上がり、並んで座っていた月読達はお湯をかぶった。他に入浴客がいないので応毅がバタ足で泳いでいる。頭から水をしたたらせた西之本が、笑顔で行儀ぎょうぎの悪い少年を捕まえ湯へ沈めた。

のぼせた宮田をみつけて脱衣所まで運び、適当に身体を拭いて休憩室へ寝かせた。

「だらしねぇな宮田ぁ、ちょっと湯が熱いだけでのぼせんなよ~」

 横たわった青年は力なく笑い、応毅にパタパタと団扇うちわで扇がれている。



 宮田が復活してから、予約したレストランへ行き早めの夕食をとる。季節がら色とりどりの夏野菜が並ぶ。焼いたヤマメに根曲ねまがり竹のたけのこ、キノコの汁物や山菜の天ぷらに舌鼓したつづみを打つ。

「温泉入って、美味い物たべて……うう禁酒の最中じゃなければなぁ……」

 奥ノ坊には修行で来ているので、月読は禁酒禁欲など目標をかかげていた。料理を運んできた給仕きゅうじに地元の銘柄めいがらを教えてもらい土産みやげにする。

温泉を出るころ夕日は山間部へ落ちて、頭上は橙色と藍のグラデーションに染まっていた。



「宮田はどうして奥ノ坊へ来たんだ? 」
 月読は助手席から後部座席の宮田へ話しかけた。

 彼は親元を離れて奥ノ坊に住みこみ高校へ通っている。宮田は幼少期から見えていて悪い物にかれやすかった。去年憑かれた悪霊の仕業しわざで階段から落ちて入院、心配した祖母の伝手つてで紹介されたという。

「もともと見える家系みたいで……放っておいたら僕が死ぬから、奥ノ坊で払ってもらって修行しろって母と婆ちゃんに言われまして、えへへ」

 宮田にも事情がるのだと納得した。決心して1人親元を離れ暮らしているのは、あんがいきもわっているのかもしれない。はにかんで頬を掻く宮田の横で、バックミラーに映った応毅の顔が夕空を見つめていた。



「仕事終わったのか? おかえり」

 奥ノ坊へ到着して、部屋の扉を開けたら九郎がくつろいでいた。月読の抱えている袋へ九郎の視線が動く。

「いい地酒があってな、帰る途中に酒蔵さかぐらへ寄って送る手配をした。こっちは私用の土産みやげだよ」

 初夏でも開いているスキー場や、山麓さんろくの温泉レストランで食べた料理の話をした。満喫まんきつした月読の様子に九郎は目元をゆるませる。

温泉での出来事を聞いていた九郎が反応して不意に顔を寄せた。

「皆と入ったのか、確かに温泉の匂いだな」

 あまりに唐突だったため月読はパタリと仰向けに倒れ、九郎が両腕をついて見下ろしている。こちらを見つめていた黒い双眸そうぼうが近づいてきたので、月読は腕を突っぱねて押し返した。

「近寄るな、禁欲だってお前が言ってただろ」
「匂いをぐだけだ」

 変質者的な言葉を発した男は、月読の首筋へ顔を埋める。おもみがかさなり、倒錯とうさくした時間が過ぎる。匂いと言っても体臭とは異なって、フェロモンのように互いを誘引して惹きつける。

「…………みょうだな、今日は欲望が治まらない。天狗のしわざか? 」

 耳元で低い声が鼓膜こまくを震わせる。月読は天狗隠しにあった直後もこうして抱きしめられたことを思い出した。触れあった部分から熱が伝わり、体温を感じて心臓は早鐘はやがねを打つ。

「天狗のせいにするなっ、お前は護摩木ごまぎと一緒に欲を燃やしてこい! 」
 九郎を引きはがした月読は、ゴロゴロとたたみを転がりなんをのがれた。
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