18 / 40
18、偽装悪女は悪徳宝石商の悪事を暴く①
しおりを挟む
「アイゼン公爵様。この度はお招きいただき、光栄に存じます。デニール宝石商会のサイラスと申します」
目の前では席を立ったサイラスが、丁寧に腰を曲げてフェリクスに恭しく挨拶をしていた。
「急な召集に応じてくれたこと、感謝する。妻と馴染みのある宝石商を呼んだ方がいいと思ってな」
(白夜公の依頼なら、お父様の差し金ではない……?)
「フォレスト商会とは、昔から懇意にさせていただいております。本日はシンシア様のために、特別な品をお持ちいたしました」
そう言ってこちらに視線を向けてくるサイラスは、にっこりと人当たりの良い笑みを浮かべている。
父と同じように、息を吸うように人を騙すのが得意なサイラスの眼差しが、シンシアは昔から苦手だった。
主に高級織物を取り扱い、貴族から評判を博しているフォレスト商会――しかしその裏で、シンシアの父グスタフは特別な顧客に対して、黒魔法を付与した違法な品を販売していた。
顧客の要望に応じて、精神に干渉する黒魔法を付与した魔法織物。この魔法織物を加工して作った違法な品を、グスタフは高値で裏社会に流通させている。
サイラスは黒魔法の付与に必要となる材料の一部、魔鉱石を調達し、グスタフに融通していた。その見返りとして、サイラスはグスタフから安価で魔法織物製品を購入していた。
光の女神を信仰するセイン王国では、呪いや精神に干渉する黒魔法の使用は固く禁じられている。そのようなものを製作し、販売しているなど知られては極刑も免れない。
だからこそ悪事の証拠を隠滅するために、違法な魔法織物の製作過程で生じる、煮凝りのような闇の残滓を、シンシアはよくグスタフに命じられてヴィスデロペで処理させられていた。
さらに子爵家でのシンシアの扱いを知っているサイラスには、個人的に持ち込んだ廃棄物までをも、処理するよう強要されていた。
『化け物に拒否権なんてないんだよ! 不吉な厄災の力を役立ててやってるのだから、光栄に思え』
サイラスと顔を合わせる度に、そうやって化け物と罵られては尊大な態度を取られ、本当に嫌な記憶しかなかった。
悪夢のような日々が脳裏によみがえり、反射的にフェリクスの右腕に添えていたシンシアの手に、力がこもる。
(動揺してはだめだ。ここは子爵家じゃない。サイラスの命令に従う必要なんて、もうないんだから)
シンシアの微かな動揺を感じ取ったのか、フェリクスはこちらを一瞥して、「では早速準備をしてくれ」とサイラスに促した。
フェリクスに上座の席へ座るようエスコートされて、シンシアはソファに腰を下ろす。その隣に、フェリクスも座った。
その間、サイラスはテーブルに落ち着いたボルドーのクロスを広げると、トランクケースから取り出した宝飾品を専用の飾り台に設置して、テーブルの上に慎重に並べていく。
「こちらは上質なルビーを加工して作らせた、一点ものでございます」
大ぶりのルビーが煌めくネックレスと腕輪、イヤリング。一見すると極上の宝飾品が、テーブルには美しく並べられている。
しかしシンシアの視線は豪華な宝飾品ではなく、飾り台やテーブルクロスに使われた、見覚えのあるベルベッド生地の魔法織物に釘付けとなった。
(相変わらず、悪どい商売してるのね……)
サイラスの宝石商会では、触れた宝石を一定時間美しく輝かせる虚像の魔法織物を使用し、顧客に贋作を最高級の逸品と信じこませ、高値で販売している。
視線を上げて正面に座るサイラスを見ると、彼は相変わらずにっこりと柔和な笑みを浮かべていた。その瞳の奥には、どうせ宝石の価値などわからないだろうという嘲りが見てとれる。
以前のサイラスならリスクを考慮して、上級貴族相手にこのように危ない橋は渡らなかった。贋作を本物と見せかけて高値で販売するのは、あくまでも中流以下の裕福な貴族に対してだけだった。
(まさか公爵家に来て、堂々と騙そうとするなんて……)
今回の顧客がシンシアだからこその侮り。きっとそれがサイラスを増長させて、このような行動をさせたのだろう。
もしこのまま贋作を抵抗せずに買えば、味をしめたサイラスを図に乗せるだけだ。今後も贋作を高値で買うよう、強要される可能性だってある。
それだけじゃない。その情報は間違いなくグスタフの耳にも入り、新たな金づるとして今度は公爵家を利用されるかもしれない。
(もう、搾取されるのは嫌だ。私は操り人形じゃない!)
覚悟を決めて悪女の仮面を被ったシンシアは、静かに反撃の狼煙を上げた。
目の前では席を立ったサイラスが、丁寧に腰を曲げてフェリクスに恭しく挨拶をしていた。
「急な召集に応じてくれたこと、感謝する。妻と馴染みのある宝石商を呼んだ方がいいと思ってな」
(白夜公の依頼なら、お父様の差し金ではない……?)
「フォレスト商会とは、昔から懇意にさせていただいております。本日はシンシア様のために、特別な品をお持ちいたしました」
そう言ってこちらに視線を向けてくるサイラスは、にっこりと人当たりの良い笑みを浮かべている。
父と同じように、息を吸うように人を騙すのが得意なサイラスの眼差しが、シンシアは昔から苦手だった。
主に高級織物を取り扱い、貴族から評判を博しているフォレスト商会――しかしその裏で、シンシアの父グスタフは特別な顧客に対して、黒魔法を付与した違法な品を販売していた。
顧客の要望に応じて、精神に干渉する黒魔法を付与した魔法織物。この魔法織物を加工して作った違法な品を、グスタフは高値で裏社会に流通させている。
サイラスは黒魔法の付与に必要となる材料の一部、魔鉱石を調達し、グスタフに融通していた。その見返りとして、サイラスはグスタフから安価で魔法織物製品を購入していた。
光の女神を信仰するセイン王国では、呪いや精神に干渉する黒魔法の使用は固く禁じられている。そのようなものを製作し、販売しているなど知られては極刑も免れない。
だからこそ悪事の証拠を隠滅するために、違法な魔法織物の製作過程で生じる、煮凝りのような闇の残滓を、シンシアはよくグスタフに命じられてヴィスデロペで処理させられていた。
さらに子爵家でのシンシアの扱いを知っているサイラスには、個人的に持ち込んだ廃棄物までをも、処理するよう強要されていた。
『化け物に拒否権なんてないんだよ! 不吉な厄災の力を役立ててやってるのだから、光栄に思え』
サイラスと顔を合わせる度に、そうやって化け物と罵られては尊大な態度を取られ、本当に嫌な記憶しかなかった。
悪夢のような日々が脳裏によみがえり、反射的にフェリクスの右腕に添えていたシンシアの手に、力がこもる。
(動揺してはだめだ。ここは子爵家じゃない。サイラスの命令に従う必要なんて、もうないんだから)
シンシアの微かな動揺を感じ取ったのか、フェリクスはこちらを一瞥して、「では早速準備をしてくれ」とサイラスに促した。
フェリクスに上座の席へ座るようエスコートされて、シンシアはソファに腰を下ろす。その隣に、フェリクスも座った。
その間、サイラスはテーブルに落ち着いたボルドーのクロスを広げると、トランクケースから取り出した宝飾品を専用の飾り台に設置して、テーブルの上に慎重に並べていく。
「こちらは上質なルビーを加工して作らせた、一点ものでございます」
大ぶりのルビーが煌めくネックレスと腕輪、イヤリング。一見すると極上の宝飾品が、テーブルには美しく並べられている。
しかしシンシアの視線は豪華な宝飾品ではなく、飾り台やテーブルクロスに使われた、見覚えのあるベルベッド生地の魔法織物に釘付けとなった。
(相変わらず、悪どい商売してるのね……)
サイラスの宝石商会では、触れた宝石を一定時間美しく輝かせる虚像の魔法織物を使用し、顧客に贋作を最高級の逸品と信じこませ、高値で販売している。
視線を上げて正面に座るサイラスを見ると、彼は相変わらずにっこりと柔和な笑みを浮かべていた。その瞳の奥には、どうせ宝石の価値などわからないだろうという嘲りが見てとれる。
以前のサイラスならリスクを考慮して、上級貴族相手にこのように危ない橋は渡らなかった。贋作を本物と見せかけて高値で販売するのは、あくまでも中流以下の裕福な貴族に対してだけだった。
(まさか公爵家に来て、堂々と騙そうとするなんて……)
今回の顧客がシンシアだからこその侮り。きっとそれがサイラスを増長させて、このような行動をさせたのだろう。
もしこのまま贋作を抵抗せずに買えば、味をしめたサイラスを図に乗せるだけだ。今後も贋作を高値で買うよう、強要される可能性だってある。
それだけじゃない。その情報は間違いなくグスタフの耳にも入り、新たな金づるとして今度は公爵家を利用されるかもしれない。
(もう、搾取されるのは嫌だ。私は操り人形じゃない!)
覚悟を決めて悪女の仮面を被ったシンシアは、静かに反撃の狼煙を上げた。
10
あなたにおすすめの小説
騎士の妻ではいられない
Rj
恋愛
騎士の娘として育ったリンダは騎士とは結婚しないと決めていた。しかし幼馴染みで騎士のイーサンと結婚したリンダ。結婚した日に新郎は非常召集され、新婦のリンダは結婚を祝う宴に一人残された。二年目の結婚記念日に戻らない夫を待つリンダはもう騎士の妻ではいられないと心を決める。
全23話。
2024/1/29 全体的な加筆修正をしました。話の内容に変わりはありません。
イーサンが主人公の続編『騎士の妻でいてほしい 』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/96163257/36727666)があります。
【完結】真面目系眼鏡女子は、軽薄騎士の求愛から逃げ出したい。
たまこ
恋愛
真面目が信条の眼鏡女子カレンは、昔からちょっかいを掛けてくる、軽薄な近衛騎士ウィリアムの事が大嫌い。いつも令嬢に囲まれているウィリアムを苦々しく思っていたのに、ウィリアムと一夜を共にしてしまい、嫌々ながら婚約を結ぶことに•••。
ウィリアムが仕える王太子や、カレンの友人である公爵令嬢を巻き込みながら、何故か求愛してくるウィリアムと、ウィリアムの真意が分からないカレン。追いかけっこラブストーリー!
【完結】旦那様!単身赴任だけは勘弁して下さい!
たまこ
恋愛
エミリーの大好きな夫、アランは王宮騎士団の副団長。ある日、栄転の為に辺境へ異動することになり、エミリーはてっきり夫婦で引っ越すものだと思い込み、いそいそと荷造りを始める。
だが、アランの部下に「副団長は単身赴任すると言っていた」と聞き、エミリーは呆然としてしまう。アランが大好きで離れたくないエミリーが取った行動とは。
すれ違いのその先に
ごろごろみかん。
恋愛
転がり込んできた政略結婚ではあるが初恋の人と結婚することができたリーフェリアはとても幸せだった。
彼の、血を吐くような本音を聞くまでは。
ほかの女を愛しているーーーそれを聞いたリーフェリアは、彼のために身を引く決意をする。
*愛が重すぎるためそれを隠そうとする王太子と愛されていないと勘違いしてしまった王太子妃のお話
【完結】彼を幸せにする十の方法
玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。
フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。
婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。
しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。
婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。
婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。
誓いを忘れた騎士へ ―私は誰かの花嫁になる
吉乃
恋愛
「帰ってきたら、結婚してくれる?」
――あの日の誓いを胸に、私は待ち続けた。
最初の三年間は幸せだった。
けれど、騎士の務めに赴いた彼は、やがて音信不通となり――
気づけば七年の歳月が流れていた。
二十七歳になった私は、もう結婚をしなければならない。
未来を選ぶ年齢。
だから、別の男性との婚姻を受け入れると決めたのに……。
結婚式を目前にした夜。
失われたはずの声が、突然私の心を打ち砕く。
「……リリアナ。迎えに来た」
七年の沈黙を破って現れた騎士。
赦せるのか、それとも拒むのか。
揺れる心が最後に選ぶのは――
かつての誓いか、それとも新しい愛か。
お知らせ
※すみません、PCの不調で更新が出来なくなってしまいました。
直り次第すぐに更新を再開しますので、少しだけお待ちいただければ幸いです。
1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。
尾道小町
恋愛
登場人物紹介
ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢
17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。
ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。
シェーン・ロングベルク公爵 25歳
結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。
ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳
優秀でシェーンに、こき使われている。
コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳
ヴィヴィアンの幼馴染み。
アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳
シェーンの元婚約者。
ルーク・ダルシュール侯爵25歳
嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。
ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。
ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。
この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。
ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳
ロミオ王太子殿下の婚約者。
ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳
私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。
一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。
正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?
醜女の私と政略結婚した旦那様の様子がおかしい
サトウミ
恋愛
この国一番の醜女である私と結婚したイバン様。眉目秀麗で数多の女性と浮き名を流した彼は、不祥事を起こしたせいで私なんかと結婚することになってしまった。それでも真面目な彼は、必死に私を愛そうと努力してくださる。
──無駄な努力だ。
こんな色白で目と胸の大きい女を、愛せるはずがない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる