34 / 40
34、偽装悪女は侍女長を懐柔する①
しおりを挟む
部屋に入ると、シンシアは優雅にソファに腰掛けて、入口で立ち尽くしたままのローザに話しかける。
「さて、ドレスの相談だったわね、……でもその前に」
シンシアはゆったりと足を組み、扇子でテーブルを指し示した。
「その籠を、ここへ置きなさい」
ローザの笑顔がピクリと固まる。
「……奥様。こちらは土が付いたままの汚れ物です。高価なテーブルの上には……」
「聞こえなかったの? 早く置きなさい」
ローザの言葉を遮り、シンシアは再度命令する。
逃げ道を塞がれたローザは観念したように歩み寄ると、籠をテーブルに置いた。しんとした空間にコト……という音が響く。
身を乗り出したシンシアは、被せられていた布を無造作に剥ぎ取った。
そこには、一本の植物――紫色の花をつけた『ジキタリス』が入っていた。
籠に収まるよう、長い茎は無惨にも三等分に切り分けられ、詰め込まれていた。
(こんなに目立つ時間に、この量のジキタリスを採取するなんて……)
夕食に仕込む毒が足りなかったのだろうか?
ローザの独断か、それとも指示を実行した者がいるのか、探る必要がある。
「貴女の髪のように、綺麗な紫色。……ねぇローザ、これは何?」
シンシアが無邪気に問いかけると、ローザは一瞬言葉に詰まり、視線を泳がせた。
「こ、こちらは……リラックス効果のあるハーブでございます。お茶にするととても香りが良く……」
さっきはレイスの指示で採取した薬草だと言っていた。
ちぐはぐな回答をするのは、この場を切り抜けるために、ローザも必死なのだろう。
(仕方ない。まずは言い逃れできないように、その罪を認めさせるしかないわね)
「そう、それならちょうどよかったわ」
シンシアはパンッと手を打ち、極上の笑みをローザに向けた。
「わたくし、喉が乾いたの。その『カットされたハーブ』を使って、お茶を淹れてちょうだい」
「…………っ!」
その瞬間、ローザの表情から笑顔が抜け落ちた。
自分でついた嘘が、首を閉める輪となって返ってきたのだ。
「お、奥様。先程も申し上げたとおり、こちらはまず乾燥棚へ……」
「セイラが教えてくれたわ、フレッシュハーブティも美味しいって」
逃げ道は塞いだ。
けれど、ローザもすぐに機転を利かせて、次の逃げ道を探し出した。
「……かしこまりました。一度給湯室へ戻り、すぐに準備をしてまいります」
「待ちなさい」
籠を持って部屋を出ようとしたローザを、シンシアが冷ややかな声で呼び止める。
「お湯なら呼び鈴を鳴らして、セイラに持ってきてもらえばいいわ」
シンシアの手が、サイドテーブルにある呼び鈴へと伸びる。
その瞬間、ローザの顔色がさっと青ざめた。
「……っ、お待ちください……!」
「急に声を荒げて、どうしたの?」
セイラは凄腕のティーブレンダーだ。もし不審な植物を見れば、一目でお茶にはできない毒草だと見抜くだろう。
ローザにとって、第三者――特に知識のあるセイラの介入は破滅を意味する。
シンシアは呼び鈴から手を離すと、閉じた扇子の先端を顎に当て、小首を傾げてにっこりと笑った。
「そんなに焦らなくても、大丈夫よ。だって――」
さも何でもないことのように、シンシアはさらりと爆弾を投下する。
「毎日夕食には入ってるんだもの。少しぐらい飲んでも、死にはしないわ」
そして、『貴女のやっていることは全てお見通しよ』と、シンシアは不敵に笑って見せる。
「――――ッ⁉」
ローザが息を呑み、大きく目を見開いた。
「……申し訳、ございませんでした……っ」
進むも地獄、退くも地獄。
そう全てを悟ったローザは、糸が切れた人形のように力なくその場に膝をつき、深く頭を垂れた。
「しっ」
シンシアが短く鋭い音を立てると、ビクリと肩を震わせたローザが、おずおずと顔を上げる。
シンシアは自身の唇に人差し指を当てて、『内緒』のジェスチャーをして見せた。
そして床に散らばった毒草を、扇子で指し示す。
「まずはそれを籠に戻しなさい。誰かに見られたら、言い訳できないわよ」
「っ、はい……!」
ローザは慌てて床を這い、震える手を伸ばした。
その指先が、散らばった葉に触れようとした瞬間――。
「待ちなさい」
「…………⁉」
「素手で触るつもり? 手が被れるわよ」
シンシアの冷静な指摘に、ローザはヒュッと息を呑んで手を引っ込めた。
動揺のあまり、毒草の扱いという基本すら頭から飛んでいるようだ。
「そこに落ちている布を使いなさい」
「は、はい……申し訳ございません……ッ」
ローザは慌てて落ちていた布を使い、ジキタリスをかき集めた。
証拠をすべて籠に戻し、布をかけ直す。
「では、そこに座りなさい」
シンシアが扇子でソファを指すと、ローザは強張った動作で腰を下ろした。
犯行を暴かれてから、ローザは始終怯えていた。
もしこれがローザの私情による単独犯なら、開きなおったり、恨みの孕んだ眼差をこちらに向けるはずだ。
でもそれが、一切なかった。絶望に染まるその瞳は、自分の破滅よりもっと別の何かに怯えるような、むしろ被害者の目のように思えた。
(やはり、後ろで糸を引いている人物がいるのね)
目立つ時間に一本のジキタリスを採取するなんて派手な行動、普通ならしないだろう。なぜ今、それほど急ぐ必要があったのか――そこから導き出された答えは一つ。
「さて、ドレスの相談だったわね、……でもその前に」
シンシアはゆったりと足を組み、扇子でテーブルを指し示した。
「その籠を、ここへ置きなさい」
ローザの笑顔がピクリと固まる。
「……奥様。こちらは土が付いたままの汚れ物です。高価なテーブルの上には……」
「聞こえなかったの? 早く置きなさい」
ローザの言葉を遮り、シンシアは再度命令する。
逃げ道を塞がれたローザは観念したように歩み寄ると、籠をテーブルに置いた。しんとした空間にコト……という音が響く。
身を乗り出したシンシアは、被せられていた布を無造作に剥ぎ取った。
そこには、一本の植物――紫色の花をつけた『ジキタリス』が入っていた。
籠に収まるよう、長い茎は無惨にも三等分に切り分けられ、詰め込まれていた。
(こんなに目立つ時間に、この量のジキタリスを採取するなんて……)
夕食に仕込む毒が足りなかったのだろうか?
ローザの独断か、それとも指示を実行した者がいるのか、探る必要がある。
「貴女の髪のように、綺麗な紫色。……ねぇローザ、これは何?」
シンシアが無邪気に問いかけると、ローザは一瞬言葉に詰まり、視線を泳がせた。
「こ、こちらは……リラックス効果のあるハーブでございます。お茶にするととても香りが良く……」
さっきはレイスの指示で採取した薬草だと言っていた。
ちぐはぐな回答をするのは、この場を切り抜けるために、ローザも必死なのだろう。
(仕方ない。まずは言い逃れできないように、その罪を認めさせるしかないわね)
「そう、それならちょうどよかったわ」
シンシアはパンッと手を打ち、極上の笑みをローザに向けた。
「わたくし、喉が乾いたの。その『カットされたハーブ』を使って、お茶を淹れてちょうだい」
「…………っ!」
その瞬間、ローザの表情から笑顔が抜け落ちた。
自分でついた嘘が、首を閉める輪となって返ってきたのだ。
「お、奥様。先程も申し上げたとおり、こちらはまず乾燥棚へ……」
「セイラが教えてくれたわ、フレッシュハーブティも美味しいって」
逃げ道は塞いだ。
けれど、ローザもすぐに機転を利かせて、次の逃げ道を探し出した。
「……かしこまりました。一度給湯室へ戻り、すぐに準備をしてまいります」
「待ちなさい」
籠を持って部屋を出ようとしたローザを、シンシアが冷ややかな声で呼び止める。
「お湯なら呼び鈴を鳴らして、セイラに持ってきてもらえばいいわ」
シンシアの手が、サイドテーブルにある呼び鈴へと伸びる。
その瞬間、ローザの顔色がさっと青ざめた。
「……っ、お待ちください……!」
「急に声を荒げて、どうしたの?」
セイラは凄腕のティーブレンダーだ。もし不審な植物を見れば、一目でお茶にはできない毒草だと見抜くだろう。
ローザにとって、第三者――特に知識のあるセイラの介入は破滅を意味する。
シンシアは呼び鈴から手を離すと、閉じた扇子の先端を顎に当て、小首を傾げてにっこりと笑った。
「そんなに焦らなくても、大丈夫よ。だって――」
さも何でもないことのように、シンシアはさらりと爆弾を投下する。
「毎日夕食には入ってるんだもの。少しぐらい飲んでも、死にはしないわ」
そして、『貴女のやっていることは全てお見通しよ』と、シンシアは不敵に笑って見せる。
「――――ッ⁉」
ローザが息を呑み、大きく目を見開いた。
「……申し訳、ございませんでした……っ」
進むも地獄、退くも地獄。
そう全てを悟ったローザは、糸が切れた人形のように力なくその場に膝をつき、深く頭を垂れた。
「しっ」
シンシアが短く鋭い音を立てると、ビクリと肩を震わせたローザが、おずおずと顔を上げる。
シンシアは自身の唇に人差し指を当てて、『内緒』のジェスチャーをして見せた。
そして床に散らばった毒草を、扇子で指し示す。
「まずはそれを籠に戻しなさい。誰かに見られたら、言い訳できないわよ」
「っ、はい……!」
ローザは慌てて床を這い、震える手を伸ばした。
その指先が、散らばった葉に触れようとした瞬間――。
「待ちなさい」
「…………⁉」
「素手で触るつもり? 手が被れるわよ」
シンシアの冷静な指摘に、ローザはヒュッと息を呑んで手を引っ込めた。
動揺のあまり、毒草の扱いという基本すら頭から飛んでいるようだ。
「そこに落ちている布を使いなさい」
「は、はい……申し訳ございません……ッ」
ローザは慌てて落ちていた布を使い、ジキタリスをかき集めた。
証拠をすべて籠に戻し、布をかけ直す。
「では、そこに座りなさい」
シンシアが扇子でソファを指すと、ローザは強張った動作で腰を下ろした。
犯行を暴かれてから、ローザは始終怯えていた。
もしこれがローザの私情による単独犯なら、開きなおったり、恨みの孕んだ眼差をこちらに向けるはずだ。
でもそれが、一切なかった。絶望に染まるその瞳は、自分の破滅よりもっと別の何かに怯えるような、むしろ被害者の目のように思えた。
(やはり、後ろで糸を引いている人物がいるのね)
目立つ時間に一本のジキタリスを採取するなんて派手な行動、普通ならしないだろう。なぜ今、それほど急ぐ必要があったのか――そこから導き出された答えは一つ。
10
あなたにおすすめの小説
騎士の妻ではいられない
Rj
恋愛
騎士の娘として育ったリンダは騎士とは結婚しないと決めていた。しかし幼馴染みで騎士のイーサンと結婚したリンダ。結婚した日に新郎は非常召集され、新婦のリンダは結婚を祝う宴に一人残された。二年目の結婚記念日に戻らない夫を待つリンダはもう騎士の妻ではいられないと心を決める。
全23話。
2024/1/29 全体的な加筆修正をしました。話の内容に変わりはありません。
イーサンが主人公の続編『騎士の妻でいてほしい 』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/96163257/36727666)があります。
【完結】真面目系眼鏡女子は、軽薄騎士の求愛から逃げ出したい。
たまこ
恋愛
真面目が信条の眼鏡女子カレンは、昔からちょっかいを掛けてくる、軽薄な近衛騎士ウィリアムの事が大嫌い。いつも令嬢に囲まれているウィリアムを苦々しく思っていたのに、ウィリアムと一夜を共にしてしまい、嫌々ながら婚約を結ぶことに•••。
ウィリアムが仕える王太子や、カレンの友人である公爵令嬢を巻き込みながら、何故か求愛してくるウィリアムと、ウィリアムの真意が分からないカレン。追いかけっこラブストーリー!
【完結】旦那様!単身赴任だけは勘弁して下さい!
たまこ
恋愛
エミリーの大好きな夫、アランは王宮騎士団の副団長。ある日、栄転の為に辺境へ異動することになり、エミリーはてっきり夫婦で引っ越すものだと思い込み、いそいそと荷造りを始める。
だが、アランの部下に「副団長は単身赴任すると言っていた」と聞き、エミリーは呆然としてしまう。アランが大好きで離れたくないエミリーが取った行動とは。
すれ違いのその先に
ごろごろみかん。
恋愛
転がり込んできた政略結婚ではあるが初恋の人と結婚することができたリーフェリアはとても幸せだった。
彼の、血を吐くような本音を聞くまでは。
ほかの女を愛しているーーーそれを聞いたリーフェリアは、彼のために身を引く決意をする。
*愛が重すぎるためそれを隠そうとする王太子と愛されていないと勘違いしてしまった王太子妃のお話
【完結】彼を幸せにする十の方法
玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。
フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。
婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。
しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。
婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。
婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。
誓いを忘れた騎士へ ―私は誰かの花嫁になる
吉乃
恋愛
「帰ってきたら、結婚してくれる?」
――あの日の誓いを胸に、私は待ち続けた。
最初の三年間は幸せだった。
けれど、騎士の務めに赴いた彼は、やがて音信不通となり――
気づけば七年の歳月が流れていた。
二十七歳になった私は、もう結婚をしなければならない。
未来を選ぶ年齢。
だから、別の男性との婚姻を受け入れると決めたのに……。
結婚式を目前にした夜。
失われたはずの声が、突然私の心を打ち砕く。
「……リリアナ。迎えに来た」
七年の沈黙を破って現れた騎士。
赦せるのか、それとも拒むのか。
揺れる心が最後に選ぶのは――
かつての誓いか、それとも新しい愛か。
お知らせ
※すみません、PCの不調で更新が出来なくなってしまいました。
直り次第すぐに更新を再開しますので、少しだけお待ちいただければ幸いです。
1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。
尾道小町
恋愛
登場人物紹介
ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢
17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。
ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。
シェーン・ロングベルク公爵 25歳
結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。
ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳
優秀でシェーンに、こき使われている。
コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳
ヴィヴィアンの幼馴染み。
アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳
シェーンの元婚約者。
ルーク・ダルシュール侯爵25歳
嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。
ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。
ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。
この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。
ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳
ロミオ王太子殿下の婚約者。
ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳
私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。
一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。
正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?
醜女の私と政略結婚した旦那様の様子がおかしい
サトウミ
恋愛
この国一番の醜女である私と結婚したイバン様。眉目秀麗で数多の女性と浮き名を流した彼は、不祥事を起こしたせいで私なんかと結婚することになってしまった。それでも真面目な彼は、必死に私を愛そうと努力してくださる。
──無駄な努力だ。
こんな色白で目と胸の大きい女を、愛せるはずがない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる