獣耳男子と恋人契約

花宵

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第七章 すれ違う歯車

日本語って難しい

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 このままでは、まともにカナちゃんの顔が見れない。
 それに、コハクのさっきの悲しそうな顔も気になる。
 そして微妙に流れる重苦しい空気が、なお重くのし掛かる。

 とりあえず、高台に来た私達はそこで私服バージョンの『痛めちゃった系ポーズ』を撮ることにした。
 制服バージョンと微妙に手の位置が違ったりして、とても細やかなリストを見て指示しながら撮影を進める。
 スマホの画面越しに交わるカナちゃんの視線でさえ、妙に恥ずかしく感じる。
 次のポーズは……カメラ目線で脇をしめた左手で髪をかきあげて、色気を漂わせながら挑発するような艶っぽい表情をした頭痛めちゃったポーズ。
 無理だ。恥ずかしくて直視できないせいで照準が定まらず、シャッターがうまく切れない。

「貸して、桜。僕が代わりに撮るよ」

 私の異変に気付いたコハクが、そう言って手を差し出してきた。

「ごめん、ありがとう」

 スマホを彼に託し、私は指示を出すだけにした。
 制服の時はすんなり終わったのに、今回は結構時間がかかってしまった。
 気が付くともうお昼を回っている。
 私達は近くのファミレスに入り、それぞれ好きなセットメニューを注文した。
 ここのファミレスはセットメニューを頼むと、ドリンクバーが無料でついてくるので少しお買い得だ。

「私、飲み物取ってくるね。皆何がいい?」

私が立ち上がると、「僕も行くよ」とすかさずコハクも立ち上がった。

「大丈夫、コハク。疲れただろうから座ってて」

 ただでさえ、毎日撮影に付き合ってもらって無理させている。せめてこれくらいはさせて欲しい。
 その思いが伝わったのか、コハクはお礼を言って優しく微笑むと席についた。

「俺、いつものやつ」
「了解、コハクは何がいい?」
「じゃあ、烏龍茶にしようかな」
「分かった、すぐ取ってくるね」

 コハクの烏龍茶と、カナちゃんのコーラ、自分用にメロンソーダをそれぞれ氷と共にグラスに注いで持っていった。

「やっぱ動いた後はこれに限んで」
「昔からよく飲んでたもんね」

 炭酸をよくあそこまで一気に飲めるものだと感心していたら、「桜は相変わらず、お子ちゃまのまんまやな」と言ってカナちゃんが意地悪な笑みを浮かべてこちらを見ている。

「メロンソーダは美味しいんだよ」

 彼からプイッと視線を逸らして一口飲むと、しゅわっとした爽やかな甘みが口内に広がった。
 大丈夫だ、変に意識しなければカナちゃんと普通に話せる。

「アイスがのってへんだけ少しは成長したってことやな」

 人の気も知らず、ニシシと笑って小バカにしてくるカナちゃん。

「そんな事言ってると、スペシャルブレンド飲ませるよ」
「あかん、それだけは堪忍して!」

 焦ったように間髪入れずに否定したカナちゃんは、椅子の隅まで逃げると小動物のようにプルプルと震え出した。
 そんなに私のスペシャルブレンドが怖いのか。お主もまだまだ子供よのう。

「スペシャルブレンドって何?」

 きょとんとした顔で尋ねるコハクに「あ、コハッ君飲む? 特別に俺がブレンドして作ってきてやんで」と、カナちゃんはものすごく澄んだ瞳で害がない事をアピールしながら飲ませようとしている。

「駄目、コハクに変なもの勧めないで」

 すかさず私が牽制すると、「ええんや、男は皆あれ飲んで強くなんやて。どや?」なんて変な持論を持ち出し、コハクを毒牙にはめようとしている。
 毎回それで自爆するのはどこの誰だよ、と思わず心の中で突っ込む。

「止めといたがいいよ……」

 コハクの苦しむ姿を見たくない。
 自爆するのはカナちゃんだけで十分だ。
 しかしそんな私の思いとは裏腹に、コハクは心配して見つめる私の頭をポンポンと撫でて優しく微笑んだ後、「じゃあ、それの早飲み対決しようか西園寺君」と言ってカナちゃんに満面の笑みを向けた。

「え、いや……俺は……ええかな」

 思わぬ方向へ話が進み、引きつった笑みを浮かべるカナちゃんに「『ええ』って『いいよ』って意味だよね? 桜、お願い出来る?」とコハクはさして気にせず話を進めていく。

「コハクがそう言うなら……」
「ちょ、おま! 『ええ』の意味はき違えとんがな! 今のは『結構です』の方や!」
「『結構です』って『いいよ』って事だよね」
「ちょ、またはき違えとんがな! 待って、桜行かんといて」

 私が席を立った後、後方からひどく焦ったカナちゃんの悲痛な叫びと、楽しそうなコハクの声が聞こえてきた。
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