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第四話 突然の呼び出し

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「おはよう、成海さん」
「うん、おはよう」
「ねぇ、成海さんって早乙女君や笠原君とどういう関係なの?」

 教室に入って席に着くなりかけられた言葉。
 どういう関係かと聞かれても、私的には無関係。そうありたいと切に願うもので、それ以上でも以下でもない。

「昨日の朝とか、早乙女君と仲良さそうに喧嘩してたし、笠原君からは何かもらってたよね?」

 アハハ……よくご存知で。下手に言い訳しても変な噂が立つだけだと思い、ことの成り行きを私は正直に話した。

「それは災難だったね。でもいいな~私も笠原君に優しくされたい」
「でも怖いから早乙女君には関わりたくないよね」
「それは同感。どうにかして笠原君と話せないかな~」

 納得したのか、クラスメイトは去っていった。

「噂の二人と話した強者として朝から大変だな、蓮華」
「リクちゃん、出来るなら私だって関わりたくないよ」

 昨日のことを思いだし、思わずため息が漏れた。

 その時、派手な音を立てて早乙女君が教室へ入ってきた。その後ろに笠原君も続く。

 教室はシンと静まりかえった。
 恐る恐るドアの方へ皆の視線が集まる。

「チラチラ見てんじゃねぇよ」

 ギロッと効果音がしそうな感じて早乙女君が教室をひと睨みすると、皆は慌てて視線を逸らして下を向く。
 視線を逸らし損ねた私はバッチリ早乙女君と目が合った。
 
 やば、地雷踏んだかも。

 一瞬嫌な顔をした後、ニヤリと口角を上げて早乙女君が近づいてきた。

「おい、そこのバカ女。昼休み──屋上まで面貸せ。逃げたら容赦しねぇからな」

 ああ、これがヤンキー漫画によくある屋上への呼び出し!

 屋上へ行くと柄の悪そうな不良が釘バットを持って待ち構えている。
 一人で来た勇気をかってタイマン勝負してやるとか言いつつ、突然の背後からの襲撃。
 私が恐ろしいビジョンを思い浮かべていると、爽やかな笑顔で笠原君が声をかけてきた

「ごめんね、成海さん。でも来てもらえると助かるな」

 う、裏番長にまで呼びだされた!

 早乙女君が表に君臨する番長だとすると、笠原君は裏で指図をする裏番長ではないだろうか。
 笠原君があの俺様野郎を止める場面を何度か見てきた。
 それを思い出すと、あの笑顔が急に恐ろしくなってきた。

「どうした皆、席につけ。朝のHR始めるぞ!」

 担任の登場により、HRが始まったものの私は昼休みのことで頭が一杯だった。

 ど、どうすればこの危機を回避できるのか。同じクラスである以上、そもそも回避するのは不可能だ。

 ここは腹をくくって対応策を考えよう。
 相手の出方が分からない以上、それにも限界があるが最悪の事態に備えて逃げるシミュレートだけはしておこう。
 屋上のドアは逃げやすいように完璧には閉めず、ハンカチを挟んで隙間を作る。そうすればドアノブを回す時間を短縮できるはず。
 後は相手の隙を作るにはどうするべきか……

 考えが纏まらないまま、四限目の終了を告げるチャイムが鳴る。授業の内容など全く入ってこなかった。

「案ずるな蓮華、私もついていくとしよう。お前一人を危険な場所へ行かせはせんさ」

 そこへ、リクちゃんから嬉しい申し出が。
 私は思わず、彼女の手をとりブンブンと振ってお礼を言った。

「でもその前に、腹ごしらえしてからだな」

 どこまでも男らしいリクちゃんに私は一生付いていきます!
 昼食を済ませ、いざ向かうのは屋上という名の決戦の場。私は屋上のドアにすかさずハンカチを挟み込ませた。
 リクちゃんに訝しげな目で見られても気にしない。
 警戒しながら奥へと足を運ぶけど──

「あれ、誰も居ない……もしかして、騙された?」

 辺りを見回しても閑散とした屋上には人の気配がない。
 不良集団が居ないことに少し安堵する。

「わざわざここまで足を運んで義理は果たしたのだ。呼び出しといて居らぬ方が悪い。戻るか」

 拍子抜けして私たちは踵を返してドアに向かう。

 しかし次の瞬間──誰かがいきなり頭上から飛び降りて来た。
 目の前に現れたのは、鮮やかな金髪をなびかせ不機嫌そうに顔をしかめる早乙女君だった。

 どこから現れたのか思わず上を確認した。
 すると、立ち入り禁止と書かれたペントハウスには、笠原君が腰を掛けていた。

「チッ、やっと来やがった。遅ぇぞ、バカ女!」
「い、いきなり上から飛び降りて来るなんて危ないじゃない!」
「ァア? 別に俺様がどこにいようがテメェには関係ねぇだろ」
「そっちから呼び出したんだから、ちゃんと分かりやすい場所に居なさいよ!」

 お互い一歩も引かずに、バチバチと火花が飛び散る。
 そこへ、申し訳なさそうに笠原君がペントハウスから降りてくる。

「ごめんね成海さん──あれ、そっちの子は誰?」

 予想外の人物の登場に警戒しているのか、笠原君の表情が心なしか硬いようだ。

「蓮華の友人の椎名璃玖斗だ。女子相手に二対一ではいささか不粋であろうと付いてきた」

 表面上は穏やかに見えるリクちゃんだけど、相手に向けた眼差しはどこか厳しい。

「誤解しないで。成海さんを呼んだのは、ちょっと聞きたい事があっただけなんだ」

 う、裏番長が自から出てきて聞きたいことって……思わず私は一歩後ずさってしまった。

 リクちゃんがすかさず笠原君を牽制してくれた。

「それは、教室では聞けぬことなのか?」
「別に教室でもよかったんだけど、俺と話してると色々変な噂が立てられて迷惑がかかると思って。だから、代わりに若が──」
「三琴!  余計な事は言わなくていい」

 私はその言葉の真意を確かめようと、じっと笠原君を見る。
 苦笑いをして、どこか寂しそうな表情からは全く悪意というものが感じられない。
 むしろ、隣の金髪の人が悪の根源だとしたら、笠原君は善人の塊のようにしか見えなかった。

 えーと、つまり……ここに呼び出したのは気遣ってのことか。

 状況を整理すると、教室で話をすると周りが変な誤解をする可能性がある。
 だから、わざわざ屋上まで呼んだ。
 そして、呼び出しを早乙女君が行うことで周りへ牽制した。

 裏番長なんて思っててごめんなさい。私は心の中で誠心誠意、笠原君に謝った。

「わざわざ気遣ってくれてありがとう。あの、それで聞きたいことって何?」
「桜華公園で昔、弾き語りのとても上手な女の子を見たことがあるんだ。それってもしかして成海さん?」
「え~っと、うん、まぁ、その……」

 あまりにも予想外の質問に私はうまく返事が出来ない。

 まさか、聞かれてたの?!

「ああ、それなら蓮華に相違な……」
「わー!!」
「どうした蓮華、それはおま……」
「わー!!」
「わーわー言ってねぇではっきりしろ!  どっちなんだよ?!」

 痺れを切らした様子で早乙女君がキレた。

「人違いじゃないかな? あそこで歌ってる人結構いるし!」

 なるべく目立たない所で練習してたのに、まさか聞かれてたとは。

「俺も遠目でしか見てないから確証は持てないんだけど、君が持ってたギターケースが似てる気がしたんだ」
「あーあのケースって結構頑丈だし、軽いし、使い勝手いいし、持ってる人多いんじゃないかな?」

 可愛くデコレーションしたギターケースは私が作った唯一無二のもの。苦し紛れの言い訳だけども……

「そうなんだ?   じゃあ俺の見間違いみたいだね」

 よかった、何とか誤魔化しきれた。

「だから言っただろ三琴! 龍さんが上手いと認めた奴が、こんなバカ女なわけないだろ?  そこらのガキの方がきっと上手いぜ」

 早乙女君の言葉が癪に触るが、ここは我慢だ
 しかし、ハンと鼻であしらう早乙女君の言葉に、リクちゃんが黙ってはいなかった。

「それは聞き捨てならぬな。蓮華の演奏を聞きもせず愚弄するなど許さぬぞ」

 きっと竹刀があれば、リクちゃんは相手の喉元までそれを突きつけている事だろう。
 それほど鋭い眼光で睨むリクちゃんを見て、早乙女君はニヤリと口角を上げて不敵に笑った。
 どこか勝ち誇ったような早乙女君の顔に私は違和感を感じた。

 あの自己中が、自分の意見を否定されて笑うなんて──ハメられた! と私が悟った時には既に遅かった。

「ほぅ、そこまで言うならさぞかし上手いんだろうな?」
「無論、蓮華より上手い奴などそうそう居らぬ。私が保証しよう」
「なら、その実力試させてもらおう」
「ああ、望むところだ。蓮華、奴等にお前の弾き語りを聴かせてやれ。ぐうの音も出ぬほどにな!」

 熱く拳を握りながらリクちゃんにそう言われてしまっては、私に断る事など出来なかった。
 ここで大切な友人の顔に泥を塗るわけなどいかない。
 リクちゃんを連れてきてしまったことが仇になるとは、完璧に私の誤算だった。

「リクちゃんがそこまで言ってくれるなら。でもギターは教室にあるし、お昼休みはもうすぐ終わるし今は無理だよ」
「心配するな、最高の場所を用意してやる。せいぜい首を洗って待ってるんだな」

 こうして、早乙女君の策略にハメられた私は次の土曜日、バンド練習スタジオ『R-beat』にて弾き語りを披露することになってしまった。
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