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23.新盆
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まんじゅうの生地を薄く伸ばして、丸めた餡を包み込む。端を摘まんで生地を閉じ、手のひらで転がして形を整える。
ミルクが千勢の足首に頭をこすりつけてきた。怪我はすっかり良くなり、最近は元気に走り回るようになった。千勢が下を見ると顔を上げてミィーとひと声あげた。
「あら、みーちゃん。何を作っているのかって?」
ミィー。構って欲しいのかもしれないが、今は手が離せない。
「これはね、蒸しまんじゅうを作っているんだよ。石田さんに差し上げるの」
ミィー。何度もすりすりと甘えてくる。
「ちょっと待ってね」
手早く蒸し器にまんじゅうを並べた。これで10分ほど蒸せば完成だ。
千勢はミルクを抱えて椅子に座った。首元をなでてあげると気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らした。
佑樹に家の話を聞いた次の日、千勢は石田におしょろ塚の作り方を教えて欲しいと頼みに行った。1人では心配だったので涼安和尚と一緒に、瑞雲寺の向かいにある家を訪ねた。
前日から考えた台詞を読み上げるように千勢はおしょろ塚について興味があると話した。なるべく感情的にならないように気を付けた。
「ふーん。あんたが? おしょろ塚を?」
石田の傲慢そうな反応に、佑樹の話を信じた自分がバカだったと後悔した。それでも黙って「たいしたものではないんですが……」と蒸しまんじゅうを差し出した。
最初の挨拶で芋ようかんを渡した時に、石田が甘い物好きだとは分かっていた。だから手土産に和菓子を用意したかったのだが、都内に買い物に行けず仕方なくまんじゅうを手作りした。
「じゃ、遠慮なく」
言葉通り石田はまんじゅうを受け取るとガサガサと包みを開けた。そしてまんじゅうを一つむんずと掴んで食べ始めた。感想などは言わないがうんうんと頷きながら食べている。
呆気にとられ千勢は見ているだけだったが、和尚が話を進めるために助け船を出してくれた。
「楠木さんは新盆になるんですよ。昨年、旦那様を交通事故で亡くされて……」
千勢は内心、その事は触れないでほしいと思った。同情はされたくない。弱みも見せたくない。
「ま、そんなに言うんならな」
すると渋々という感じで石田は引き受けてくれた。その後、日時や段取りを決めて家を辞する時だった。和尚に聞こえないようにこっそり石田がささやいた。
「お礼とかはいらねぇんだけどよ、あのまんじゅう、また作ってくれねぇか」
そして、本日は盆の入り。いよいよ「おしょろ塚」を教わる日だ。お盆の準備と並行して、石田の〝リクエスト〟に応えるために蒸しまんじゅうを作っている。
車が止まる音が聞こえた。慌てて外に出ると石田が「おいっ」と手招きした。千勢は「今日はよろしくお願いします」と一礼する。石田はまたも挨拶がない。
「これ、全部降ろしてくれ」
軽トラの荷物に積んであった砂の袋、竹の棒、草花などを玄関先に運ぶ。ミルクがミィーと出てきて石田に近づく。あ、いけないと思った瞬間、ミルクが石田の足元にすり寄った。
「なんだぁ? 猫ちゃんかぁー」
どこから出るんだという甲高い猫なで声でミルクに話しかけた。ひょいっと抱っこする。なにか恐ろしい、見てはいけないものを見た気がして千勢は目を反らした。元々ミルクは人懐こいが、石田に懐くなんて驚きしかない。
石田はそんな千勢に構わず、ミルクを腕に抱えたまま楠の木の下へ行く。
「じゃあ、ここに作るか」
玄関先のスペースを指して命令する。
「まずは竹の棒で囲いを作る。だいだい30~40センチ四方だな」
千勢は言われた通りに手を動かす。
「で、この砂を盛っていく。枠の内側は平らになるように整えて、その上に富士山に見立てて円錐状に盛るんだ」
袋から砂を出し、シャベルで平らにならしていく。さらに砂を盛って円錐にしようとするがなかなか難しい。千勢は間が持たず、石田に質問を投げかけた。
「そもそも何で〝おしょろ塚〟って言うんですか? 方言ですか?」
「おしょろ様をお迎えするからおしょろ塚。おしょろは漢字で『御精霊』って書くんだ。キュウリの馬とナスの牛も精霊馬(しょうりょうま)って言うだろ。それがなまったんだな。他にも砂盛り、盆塚、辻とか、そのまんま富士山って呼ぶ地域もあるな」
「そんなに地域で差があるんですか?」
「呼び方だけじゃなくて、砂を四角錐に盛ったり四角い箱に入れたりする所もあるな。梯子があるのは共通しているようだが、飾りつけなんかも色々と違ったり。その地域の特徴が出て面白いんだよ。でもまあ、神奈川とか静岡の一部でしか行われていないんだけど」
砂の山は、何となく形は出来たがいびつな感じがする。千勢が手を止めて眺めていると、石田がミルクを降ろして「貸せ」とシャベルを奪った。手慣れた様子で斜面をなでる。みるみるきれいな円錐の山が現れた。
「あとは飾りつけだな。言っていたモノは用意できているか」
「はい。これです」
千勢は言われた通り、牛と馬に見立てた精霊馬、山崎ファームでもらった里芋の葉、細かく刻んだナスなどを準備していた。
「精霊馬に乗って御霊がやってくるのは同じだな。砂山の頂上に里芋の葉を敷いてナスを置くんだ。これは精霊馬の食事なんだよ」
山の手前に精霊馬を置く。ナスを里芋の葉に乗せて頂きに乗せる。そして石田があらかじめ手作りした竹の梯子を砂山にかける。
「梯子をかけるのはさ、御霊が砂山を難なく登れるようにって心配りなんだな」
「あとは……」と言いかけて軽トラの助手席から花を持ち出した。
「盆花にはコレ持ってきた。最近じゃあ造花を使うウチも多いけど。このあたりはせっかくヤマユリがキレイに咲いているから、な」
ふわっとユリ独特の甘い芳香が漂ってきた。大輪の花を飾ると、一気にステージのような華やかな雰囲気になった。
てっきり造花を使うものだと思っていた千勢は、このロマンチックな演出が気に入った。
「よしっ。これで完成だ。夕方になったら迎え火、この前で麦わらを焚くんだ。で、16日には迎え火。これは他の所と同じだな」
「はい。本当にありがとうございました。あの、この前のおまんじゅうを作ったので、良かったら休憩がてらいかがですか?」
にたり。石田が笑った……? そう思った瞬間、いつもの仏頂面に戻った。
「そうか? じゃ、遠慮なく」
言葉はぶっきらぼうだが、まんじゅうを楽しみにしていたのは声で分かった。
ドカドカと家に上がると石田は居間の座卓にまるで主人かのように座った。
「なんだ。女の一人暮らしなのに殺風景だな」
「えぇ……」
確かに将太とミルクの物は増えたが、千勢自身の物はほとんどない。
元大家だから家の間取りを把握しているのは仕方ない。ただ石田にプライベートなことを言われる筋合いはないのではないか。
いや。石田の言動にいちいち苛立ってはいけない。
千勢は思い直して、午前中に作ったおまんじゅうを蒸し器で軽く温め直す。その間にゆっくりとお茶を淹れる。
「今日はありがとうございました。ご所望のおまんじゅうです」
座卓に置くとすぐ、石田は「ん」とおまんじゅうをほお張った。1個を3口で食べ終え、お茶を飲む。そうして3個食べてから石田が口を開いた。
「おしょろ塚の砂は黒かったろ。なんでだか分かるか?」
「いえ……」
「あれはな、富士山の宝永の噴火で降った黒い灰の砂なんだ。噴火でこの辺り、神奈川県の西側の地域だな。降灰で甚大な被害を受けたんだ」
「宝永噴火って富士山が大きくえぐられている部分ですよね」
「そうそう。田畑は灰に埋まり農作物は育たなくなった。元の生活を取り戻すまでに何十年もの長い年月がかかったそうだ。そうした中で亡くなった人を弔う気持ちを込めて、黒い砂をおしょろ塚の台座に使うようになったんだろうよ」
石田はいつになく饒舌だった。
「噴火から300年以上も経ってるけどな。その恐ろしさを伝えるために、こういう風習は大事にせにゃいかん」
「お盆にご先祖様の苦労に思いを馳せることが大切なんですね」
「ま、そういうことだ」
立ち上がった石田が、棚に飾ってある稔の写真に目を止めた。
「旦那さんか。実はな、ウチの婆さんも交通事故で死んじまってな。10年も前の話だけど。まぁ、気持ちは分かるよ。じゃ。ごちそうさん」
「あ……。ありがとうございました」
勇気を出して石田におしょろ塚を教わって良かった。千勢は第一印象とは180度変わった石田の後ろ姿を見送った。
ミルクが千勢の足首に頭をこすりつけてきた。怪我はすっかり良くなり、最近は元気に走り回るようになった。千勢が下を見ると顔を上げてミィーとひと声あげた。
「あら、みーちゃん。何を作っているのかって?」
ミィー。構って欲しいのかもしれないが、今は手が離せない。
「これはね、蒸しまんじゅうを作っているんだよ。石田さんに差し上げるの」
ミィー。何度もすりすりと甘えてくる。
「ちょっと待ってね」
手早く蒸し器にまんじゅうを並べた。これで10分ほど蒸せば完成だ。
千勢はミルクを抱えて椅子に座った。首元をなでてあげると気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らした。
佑樹に家の話を聞いた次の日、千勢は石田におしょろ塚の作り方を教えて欲しいと頼みに行った。1人では心配だったので涼安和尚と一緒に、瑞雲寺の向かいにある家を訪ねた。
前日から考えた台詞を読み上げるように千勢はおしょろ塚について興味があると話した。なるべく感情的にならないように気を付けた。
「ふーん。あんたが? おしょろ塚を?」
石田の傲慢そうな反応に、佑樹の話を信じた自分がバカだったと後悔した。それでも黙って「たいしたものではないんですが……」と蒸しまんじゅうを差し出した。
最初の挨拶で芋ようかんを渡した時に、石田が甘い物好きだとは分かっていた。だから手土産に和菓子を用意したかったのだが、都内に買い物に行けず仕方なくまんじゅうを手作りした。
「じゃ、遠慮なく」
言葉通り石田はまんじゅうを受け取るとガサガサと包みを開けた。そしてまんじゅうを一つむんずと掴んで食べ始めた。感想などは言わないがうんうんと頷きながら食べている。
呆気にとられ千勢は見ているだけだったが、和尚が話を進めるために助け船を出してくれた。
「楠木さんは新盆になるんですよ。昨年、旦那様を交通事故で亡くされて……」
千勢は内心、その事は触れないでほしいと思った。同情はされたくない。弱みも見せたくない。
「ま、そんなに言うんならな」
すると渋々という感じで石田は引き受けてくれた。その後、日時や段取りを決めて家を辞する時だった。和尚に聞こえないようにこっそり石田がささやいた。
「お礼とかはいらねぇんだけどよ、あのまんじゅう、また作ってくれねぇか」
そして、本日は盆の入り。いよいよ「おしょろ塚」を教わる日だ。お盆の準備と並行して、石田の〝リクエスト〟に応えるために蒸しまんじゅうを作っている。
車が止まる音が聞こえた。慌てて外に出ると石田が「おいっ」と手招きした。千勢は「今日はよろしくお願いします」と一礼する。石田はまたも挨拶がない。
「これ、全部降ろしてくれ」
軽トラの荷物に積んであった砂の袋、竹の棒、草花などを玄関先に運ぶ。ミルクがミィーと出てきて石田に近づく。あ、いけないと思った瞬間、ミルクが石田の足元にすり寄った。
「なんだぁ? 猫ちゃんかぁー」
どこから出るんだという甲高い猫なで声でミルクに話しかけた。ひょいっと抱っこする。なにか恐ろしい、見てはいけないものを見た気がして千勢は目を反らした。元々ミルクは人懐こいが、石田に懐くなんて驚きしかない。
石田はそんな千勢に構わず、ミルクを腕に抱えたまま楠の木の下へ行く。
「じゃあ、ここに作るか」
玄関先のスペースを指して命令する。
「まずは竹の棒で囲いを作る。だいだい30~40センチ四方だな」
千勢は言われた通りに手を動かす。
「で、この砂を盛っていく。枠の内側は平らになるように整えて、その上に富士山に見立てて円錐状に盛るんだ」
袋から砂を出し、シャベルで平らにならしていく。さらに砂を盛って円錐にしようとするがなかなか難しい。千勢は間が持たず、石田に質問を投げかけた。
「そもそも何で〝おしょろ塚〟って言うんですか? 方言ですか?」
「おしょろ様をお迎えするからおしょろ塚。おしょろは漢字で『御精霊』って書くんだ。キュウリの馬とナスの牛も精霊馬(しょうりょうま)って言うだろ。それがなまったんだな。他にも砂盛り、盆塚、辻とか、そのまんま富士山って呼ぶ地域もあるな」
「そんなに地域で差があるんですか?」
「呼び方だけじゃなくて、砂を四角錐に盛ったり四角い箱に入れたりする所もあるな。梯子があるのは共通しているようだが、飾りつけなんかも色々と違ったり。その地域の特徴が出て面白いんだよ。でもまあ、神奈川とか静岡の一部でしか行われていないんだけど」
砂の山は、何となく形は出来たがいびつな感じがする。千勢が手を止めて眺めていると、石田がミルクを降ろして「貸せ」とシャベルを奪った。手慣れた様子で斜面をなでる。みるみるきれいな円錐の山が現れた。
「あとは飾りつけだな。言っていたモノは用意できているか」
「はい。これです」
千勢は言われた通り、牛と馬に見立てた精霊馬、山崎ファームでもらった里芋の葉、細かく刻んだナスなどを準備していた。
「精霊馬に乗って御霊がやってくるのは同じだな。砂山の頂上に里芋の葉を敷いてナスを置くんだ。これは精霊馬の食事なんだよ」
山の手前に精霊馬を置く。ナスを里芋の葉に乗せて頂きに乗せる。そして石田があらかじめ手作りした竹の梯子を砂山にかける。
「梯子をかけるのはさ、御霊が砂山を難なく登れるようにって心配りなんだな」
「あとは……」と言いかけて軽トラの助手席から花を持ち出した。
「盆花にはコレ持ってきた。最近じゃあ造花を使うウチも多いけど。このあたりはせっかくヤマユリがキレイに咲いているから、な」
ふわっとユリ独特の甘い芳香が漂ってきた。大輪の花を飾ると、一気にステージのような華やかな雰囲気になった。
てっきり造花を使うものだと思っていた千勢は、このロマンチックな演出が気に入った。
「よしっ。これで完成だ。夕方になったら迎え火、この前で麦わらを焚くんだ。で、16日には迎え火。これは他の所と同じだな」
「はい。本当にありがとうございました。あの、この前のおまんじゅうを作ったので、良かったら休憩がてらいかがですか?」
にたり。石田が笑った……? そう思った瞬間、いつもの仏頂面に戻った。
「そうか? じゃ、遠慮なく」
言葉はぶっきらぼうだが、まんじゅうを楽しみにしていたのは声で分かった。
ドカドカと家に上がると石田は居間の座卓にまるで主人かのように座った。
「なんだ。女の一人暮らしなのに殺風景だな」
「えぇ……」
確かに将太とミルクの物は増えたが、千勢自身の物はほとんどない。
元大家だから家の間取りを把握しているのは仕方ない。ただ石田にプライベートなことを言われる筋合いはないのではないか。
いや。石田の言動にいちいち苛立ってはいけない。
千勢は思い直して、午前中に作ったおまんじゅうを蒸し器で軽く温め直す。その間にゆっくりとお茶を淹れる。
「今日はありがとうございました。ご所望のおまんじゅうです」
座卓に置くとすぐ、石田は「ん」とおまんじゅうをほお張った。1個を3口で食べ終え、お茶を飲む。そうして3個食べてから石田が口を開いた。
「おしょろ塚の砂は黒かったろ。なんでだか分かるか?」
「いえ……」
「あれはな、富士山の宝永の噴火で降った黒い灰の砂なんだ。噴火でこの辺り、神奈川県の西側の地域だな。降灰で甚大な被害を受けたんだ」
「宝永噴火って富士山が大きくえぐられている部分ですよね」
「そうそう。田畑は灰に埋まり農作物は育たなくなった。元の生活を取り戻すまでに何十年もの長い年月がかかったそうだ。そうした中で亡くなった人を弔う気持ちを込めて、黒い砂をおしょろ塚の台座に使うようになったんだろうよ」
石田はいつになく饒舌だった。
「噴火から300年以上も経ってるけどな。その恐ろしさを伝えるために、こういう風習は大事にせにゃいかん」
「お盆にご先祖様の苦労に思いを馳せることが大切なんですね」
「ま、そういうことだ」
立ち上がった石田が、棚に飾ってある稔の写真に目を止めた。
「旦那さんか。実はな、ウチの婆さんも交通事故で死んじまってな。10年も前の話だけど。まぁ、気持ちは分かるよ。じゃ。ごちそうさん」
「あ……。ありがとうございました」
勇気を出して石田におしょろ塚を教わって良かった。千勢は第一印象とは180度変わった石田の後ろ姿を見送った。
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