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第1章
第2話<エルフ貴族、新聞に興味津々>
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青年はロワ・コルベールと名乗った。ちょっと歩きましょうかという彼の提案に乗り、屋敷内を散策することにした。
屋敷は3階建て。室内のインテリアは妙に古風で、学生時代に訪れたフランスのさる貴族が所有していたというゴシック様式の城館を思い出す。
螺旋階段を下りながら、ロワは語る。
「あなたのようなこの世ならざる『旅人』はこれまで数人おり、革新的な技術や知識といった様々な恩恵をもたらしたといわれています。ただ、旅人の存在に関しては、私自身父から話を聞いただけでしたが」
「なるほど、『漂流者』とか『緑の人』みたいなものですね」
「?」
「あ、いや、気になさらず…」
屋敷に仕えている執事や給仕たちはみなエルフだった。耳を盗み見るが、やはり作り物には見えない。視線に気づいたのだろう。ロワから触りますか、と耳を差し出されたが丁重に断った。どうせ触るなら男の耳より美少女の耳がいい。
ロワによると、この世界にはヒトやエルフ以外にもドワーフやオークといった他種族が入り混じって生活しているという。
わずかな希望を込めて元の世界に帰る方法をたずねるが、「そんな魔法は聞いたことがありませんね」とつれない答えだった。
敷地をぐるりと一周した後、ロワは突然立ち止まり、口火を切った。
「ところで、あなたはどんな才能をお持ちなんでしょう」
相変わらず微笑は絶やさないが、鋭い目つきに変わっていた。
就活時の面接を思い出す。俺を品定めしようという魂胆らしい。こういう時に文系出身者はつらい。理系ならばポンとこれが専門です、なんて言いやすいのかもしれないが…。しかし、ここで大風呂敷を広げれば、後々面倒にもなりそうだ。
「申し訳ないけれど、単なる新聞記者に過ぎませんよ」
「シンブン、キシャ。そう、先ほども言っていたその単語、どうも翻訳魔法でも置き換えられない。こちらの世界には存在しない言葉のようです」
「簡単に言えば、新聞は人々の関心を集めるような出来事を記事という形で届ける読み物のことです」
「それでは書物と同じにも聞こえますが」
「新聞と書物の違いは、いつ情報を提供するか、という点じゃないでしょうか。書物は時間をかけて深い分析をできますが、新聞は人々が気になるニュースを素早く届ける点に重点を置いています」
俺の発言をじっくりと咀嚼するようにロワは頷く。
「一つ質問させてください。あなたの話を聞く限りでは、新聞は野次馬を喜ばせるに過ぎないようにも感じます。失礼ですが、その存在は社会にとって何の利益につながるのでしょう」
思わず言い淀む。確かに日々提供される多くのニュースは、生きていく上で必ずしも必要とはいえない。それでも、俺はこの仕事を続けてきた。
「ちょっと昔話をさせてください。3年前のちょうどこんな夏の日、川の増水で堤防が決壊して水浸しになった街に取材に行きました」
「被災者には、胸の内を話さずにはいられないという人から、俺に怒りをぶつけてくる人まで、いろいろな人がいました。地道に声を吸い上げていく取材を重ねていくうちに、ある事実が浮き彫りになりました」
「実は住民たちは、20年以上前から行政側に堤防の強化を何度も要望していたんです。この災害で改装したばかりの家を流された老齢の男性の言葉が今も耳に残っています。『俺たちは何度も何度も掛け合っていた。今回の災害は天災でもあるが人災でもある』って」
言葉を重ねる。
「この話を記事にした半年後、市が数十年ぶりにこの街の治水工事に予算を振り当てました。俺の記事が役立ったのかは知りませんが、それでも、被災した住民のやるせない思いを多くの人に伝える役割は果たせたと信じています」
俺が言い終えると、静かに耳を傾けていたロワは顔をグイと近づけ、こう呟いた。
「聞けば聞くほど興味がわいてきました。ぜひ書いてみて下さらないですか。この世界で初めての新聞を」
屋敷は3階建て。室内のインテリアは妙に古風で、学生時代に訪れたフランスのさる貴族が所有していたというゴシック様式の城館を思い出す。
螺旋階段を下りながら、ロワは語る。
「あなたのようなこの世ならざる『旅人』はこれまで数人おり、革新的な技術や知識といった様々な恩恵をもたらしたといわれています。ただ、旅人の存在に関しては、私自身父から話を聞いただけでしたが」
「なるほど、『漂流者』とか『緑の人』みたいなものですね」
「?」
「あ、いや、気になさらず…」
屋敷に仕えている執事や給仕たちはみなエルフだった。耳を盗み見るが、やはり作り物には見えない。視線に気づいたのだろう。ロワから触りますか、と耳を差し出されたが丁重に断った。どうせ触るなら男の耳より美少女の耳がいい。
ロワによると、この世界にはヒトやエルフ以外にもドワーフやオークといった他種族が入り混じって生活しているという。
わずかな希望を込めて元の世界に帰る方法をたずねるが、「そんな魔法は聞いたことがありませんね」とつれない答えだった。
敷地をぐるりと一周した後、ロワは突然立ち止まり、口火を切った。
「ところで、あなたはどんな才能をお持ちなんでしょう」
相変わらず微笑は絶やさないが、鋭い目つきに変わっていた。
就活時の面接を思い出す。俺を品定めしようという魂胆らしい。こういう時に文系出身者はつらい。理系ならばポンとこれが専門です、なんて言いやすいのかもしれないが…。しかし、ここで大風呂敷を広げれば、後々面倒にもなりそうだ。
「申し訳ないけれど、単なる新聞記者に過ぎませんよ」
「シンブン、キシャ。そう、先ほども言っていたその単語、どうも翻訳魔法でも置き換えられない。こちらの世界には存在しない言葉のようです」
「簡単に言えば、新聞は人々の関心を集めるような出来事を記事という形で届ける読み物のことです」
「それでは書物と同じにも聞こえますが」
「新聞と書物の違いは、いつ情報を提供するか、という点じゃないでしょうか。書物は時間をかけて深い分析をできますが、新聞は人々が気になるニュースを素早く届ける点に重点を置いています」
俺の発言をじっくりと咀嚼するようにロワは頷く。
「一つ質問させてください。あなたの話を聞く限りでは、新聞は野次馬を喜ばせるに過ぎないようにも感じます。失礼ですが、その存在は社会にとって何の利益につながるのでしょう」
思わず言い淀む。確かに日々提供される多くのニュースは、生きていく上で必ずしも必要とはいえない。それでも、俺はこの仕事を続けてきた。
「ちょっと昔話をさせてください。3年前のちょうどこんな夏の日、川の増水で堤防が決壊して水浸しになった街に取材に行きました」
「被災者には、胸の内を話さずにはいられないという人から、俺に怒りをぶつけてくる人まで、いろいろな人がいました。地道に声を吸い上げていく取材を重ねていくうちに、ある事実が浮き彫りになりました」
「実は住民たちは、20年以上前から行政側に堤防の強化を何度も要望していたんです。この災害で改装したばかりの家を流された老齢の男性の言葉が今も耳に残っています。『俺たちは何度も何度も掛け合っていた。今回の災害は天災でもあるが人災でもある』って」
言葉を重ねる。
「この話を記事にした半年後、市が数十年ぶりにこの街の治水工事に予算を振り当てました。俺の記事が役立ったのかは知りませんが、それでも、被災した住民のやるせない思いを多くの人に伝える役割は果たせたと信じています」
俺が言い終えると、静かに耳を傾けていたロワは顔をグイと近づけ、こう呟いた。
「聞けば聞くほど興味がわいてきました。ぜひ書いてみて下さらないですか。この世界で初めての新聞を」
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