士官学校の爆笑王 ~ヴァイリス英雄譚~

まつおさん

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第十章「ヴァイリスの至宝」(4)

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「おおよその話はわかった。おもてをあげよ」
「ははっ……」

 肘掛け椅子に座ったユリーシャ王女殿下に言われて、僕は土下座した頭を上げた。
 王女殿下が座ると、冒険者ギルドのおんぼろな肘掛け椅子が玉座に見えてくる。

 肌寒いと仰せのユリーシャ王女殿下は今、純白のシルクのローブの上から僕の外套コートを羽織っている。なるべくホコリや汚れを払ったけど、大丈夫だろうか……汗臭くないだろうか。 

 廃屋敷の顛末はすべて話し終わった。
 ただ、野生動物のうんこを燃やしたことだけは伏せておいた。
 想定外のこととはいえ、僕は棺桶の中で眠っていた「ヴァイリスの至宝」たるユリーシャ王女殿下をうんこの煙でいぶし続けていたということになるからだ。

 ……そんな話を知られたら即死級のファイアーボールを1万発撃たれてもおかしくない。

「まずはそなたに謝罪を。わたくしは救国の英雄にして命の恩人たるそなたをこの手で葬るところであった」

 ユリーシャ王女殿下が僕を見つめる。
 この場合、目を合わせるのは失礼なんだろうか。それともそらすのが失礼なんだろうか。
 いや、そもそも最初から目を伏せて話すのが正しい作法だったんだと思うんだけど、その紅玉ルビーのような瞳と一度目を合わせてしまうと吸い寄せられるように目をそらすことができなかった。

「い、いえ。王女殿下と知らず無礼な口を利いたのは僕……私ですので……」
「よい。賊の一味と思えばこそ、そなたの言は万死に値すると思ったが、今にして思えば、そなたの言葉はなかなかに心地よい」
「は、はぁ」

 ユリーシャ王女殿下は、両手を頬に当てて、さきほどのやりとりを思い出すように目を閉じた。

「私をニンゲンか、と問うたな。こんなきれいな生き物は見たことがないと」
「は、はい……」

 僕は顔から血の気が引くのを感じながら、答える。
 ヴァイリスの至宝に僕はなんということを言ってしまったんだ。

「ふふ……、わたくしのことを美しいと言わぬ者に会ったことはない。幼少のみぎりより聞き飽きておるから、そう言われてもわたくしの心には何も響かぬ。特に男共から言われてもわずらわしいと思うことこそあれ、嬉しく思ったことなどない」
「はい……」

 ユリーシャ王女の言葉に、何の傲慢さも感じない。
 きっと、その通りなんだろうな、と感じた。 

「だが、そなたの言葉は、どんな王侯貴族どもが並べ立てる美辞麗句よりも情熱的で、心に響いたぞ」

 ユリーシャ王女はそう言うと、ひざまずく僕の髪をわしわしとなでた。
 なんというか、飼い犬をかわいがっているみたいだ。

「あ、ありがとうございます」

 こういう時は、もったいなきお言葉とか、もっと選ぶべき言葉があるんだろうけど、せっかく王侯貴族と比べられているんだから、僕は自分の言い慣れた言葉で敬意を示そう。

「それにしても……、くすくす、そなたはずいぶんと大胆不敵なのだな。宰相共が潜伏している屋敷の前で肉を焼き、火災を装うなど……」
「詳しい事情はわかりませんでしたが、詳しい事情がわからないこちらにはおそらく手を出さないだろうと判断しました」
「しかし、間一髪だったのだろう? デュラハンの追手があったとか」
「あれは誤算でした……。本気で死ぬかと思いました」
「だが、それも撃破してわたくしを守ってみせた。そなたは勇敢なのだな」

 いや、あれはほとんど運とアリサと太陽のおかげなんだけど……。
 上機嫌に微笑むユリーシャ王女殿下を見ていると水を差す気になれず、頭を垂れた。

「きっとそなたとその仲間たちには、父王より褒美が下されよう。士官候補生に過分な褒美を与えれば冒険者共に不満も出ようから、わたくしを救った功績に見合うだけのものを与えてやれるとは思えぬが……」
(あっ……)

 ……そうだ。
 ユリーシャ王女殿下の言葉に、僕はあることに思い至って暗鬱な気分になった。

 知らなかったとはいえ、今回のユリーシャ王女誘拐は、銀星シルバースター冒険者以上の緊急大口依頼で、一人あたり金貨5000枚という破格の報酬だったんだ。

 そんな高額報酬を狙って各国から駆けつけた冒険者たちを、士官学校に入ったばかりの僕たちが出し抜いてしまったことになるわけで……。

(いろいろやばいかもしれん……)

 ま、まぁいいや。
 とりあえず、後のことは後で考えよう。

「それ以外に、そなたの方から特に希望はあるか? なんなら私の方から父王に口添えしてやってもよいが?」
「いえ、特にそのような……あっ」

 僕はそこまで言って、さっき見た夢のことを思い出した。

「今回の作戦で、その、キム……仲間の思い出の盾を勝手に使って……、その、ひどく汚してしまったので、もしできればその回収と修繕をお願いしたく……」
「無欲な男だな、そのぐらい造作もない」

 きっと王女殿下に命令されて回収した人はそう思わないだろうな……。
 でもこれで、キムに殺されなくて済みそうだ。

「そういえば、例のお屋敷や周囲の森は、今後どうなるのでしょうか?」
「旧伯爵のベルゲングリューンの領地か。100年以上前に断絶しておるからどうにもならんな」
「ある人から、今回のことで王国の警備が厳重になり、立入禁止になるかもしれないと聞かされたのですが……」
「それは間違いなくそうだろうな」

 ユリーシャ王女殿下がきっぱりと答えた。
 やっぱりか……。
 野盗程度ならともかく、よりによってヴァイリスの至宝が誘拐された現場なのだ。
 今後そのままにしておくということはないだろう。
 
「あの場所がどうかしたのか?」
「い、いえ、その……」

 僕は少し言いよどんだ。

「かまわぬ。申してみよ」
「はい。今回、ユリーシャ王女殿下をお救いすることができたのは完全に偶然ですが、そのきっかけを作ったのは子供たちです。
「ああ、そうであったな」
「秘密の遊び場だったあの場所での異変に気づき、子供たちが僕に相談してくれたのです」
「兵士共や冒険者に相談しておったら、子供の戯言と耳を貸さなかったであろうな。よく事の重大性に気付いたものだ」
「ありがとうございます。ですが……、結果として僕は、あの子達に頼まれたのに、あの子達の遊び場を奪ってしまったことになります……」
「……なるほど」

 ユリーシャ王女殿下は小さな顎の下に指を添えて、少し考える仕草をした。
 そんな仕草一つとっても、すばらしい肖像画が描けるだろうと思えるほどに優雅で美しい。

「私に名案がある」
「名案」
「ああ。わたくしにすべて任せておくがよい」

 ユリーシャ王女殿下はそう言ってにっこり笑うと、愛犬の頭をなでるように僕の髪をごしごしとなでた。
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