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第二十四章「ヴァイリス魔法学院」(3)
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3
「うーん」
「……」
「うーん」
「……」
「うーーーん」
「あのな……、君は、本当に落第を免れるつもりがあるのか?」
授業中、僕が隣の席でうんうん唸っていると、とうとう我慢できなくなったヴェンツェルが僕を小突いた。
「途中までうまくいってたハズなのに……、何がダメだったんだろう……」
「……ベル、あれがもし本当に発動できていたら、君は死んでいたかもしれんぞ……」
「え、そうなの?」
「隕石群召喚魔法は最上位魔法の1つだ。熟練の大魔導師でも凄まじい魔力を消耗するだろう。そんなものを未熟な君が使ったら……」
「ああ、なるほど……」
僕は若獅子祭で、Aクラスの連中が、鋼鉄の咆哮を渡河させるために、氾濫している川ごと大魔法で凍らせていた時のことを思い出した。
詠唱していたAクラスの生徒が次から次に倒れていた。
そもそも、なんで詠唱って必要なんだろうか。
アリサとかは無詠唱で聖なる矢を連発で撃てたりするし……。
「それにしても……ぷっ……、君が隕石群召喚魔法の詠唱を始めた時は、私もどうなることかと……」
「ヴェンツェル君! 聞いていますか!」
「あっ、申し訳ありません」
魔法基礎学科の先生に名指しされて、ヴェンツェルは立ち上がって謝罪して、僕の顔をちらっと見た。
僕はヴェンツェルが怒られる数秒前に気配を察して、エレインのような無表情で話を聞いているフリをしていた。
「(おい……、ズルいぞ、ベル)」
「(ほっほっほ、ちゃんと先生の話を聞かないとダメだぞ、ヴェンツェル君)」
僕はいかにも優等生といった感じで、先生の話を聞いている。
あ、目が合ってしまった。
エタンのお母さんにちょっと似てるな……。
「伯!伯! エタンちゃんにこれ以上悪い遊びを教えないで欲しいざます!」
僕とルッ君とエタンの3人で一緒にエタン邸で木登りをしていた時に、木の上で木の実を食べていたエタンを見て顔面蒼白になっていたエタンのお母さんの顔を思い出して、僕は噴き出しそうになってしまった。
「それでは、真面目に話を聞いていたまつおさん」
「は、はい」
くっ……。
僕が笑いをこらえたのを見透かされたな……。
だから魔法科の先生は苦手なんだ。
「ここまでのところで、何か質問はありますか?」
「そうですね……」
先生の話はややこしくて全然頭に入ってこなかったけど、僕はこのあいだからずっと頭に浮かんでいた疑問を素直に聞いてみることにした。
「魔法の詠唱って、口に出して言うのが基本ですけど、あれってナゼなんですか」
「ほう、なかなかいい質問ざますね……」ってエタンのお母さんが言う姿を想像して内心ほくそ笑んでいると、なぜか僕の質問に他の生徒達がどっと爆笑して、ヴェンツェルがやれやれ、という風に肩をすくめた。
「その説明を今したばかりなのですが……」
「す、すいません。ヴェンツェルくんに話しかけられていて、頭に入らなくて……」
「べ、ベル!! 君というやつは……!!」
「ヴェンツェル君!」
またヴェンツェルが怒られて、クラスメイトがどっと湧いた。
ヴェンツェルもみんなと打ち解けたみたいで、よかった。
「コホン、それでは、復習をかねてもう一度説明します。よく聞きなさい」
「お願いします」
「魔法には炎・水・風・土、聖・闇・無、といった様々な属性が存在しますが、このうち聖属性と闇属性、無属性以外の属性は……」
「あー、先生、ストップです」
「ス、ストップですって?!」
僕に制止されて、エタンのお母さんみたいな先生があんぐりと口を開けた。
「もうそれ以上のお話はややこしすぎて、僕が知りたい事を知る前に気付いたら寝てしまうので……」
クラスメイトがまた爆笑して、エタンのお母さんみたいな先生の顔が真っ赤になるけど、僕はけっこう真面目に言っているのだ。
「僕が知りたいのは、詠唱に使う言葉です。どうしてヴァイリス語なんですか?」
「それは神聖なるヴァイリスの……」
「あ、神聖とかもどうでもよくて……」
「ど、どうでも……」
クラスメイトがまた笑って、先生の顔が真っ赤を通り越して青白くなっていく。
これ、僕じゃないぞ。
みんなが笑うから、先生が怒っちゃうんだぞ。
「ジェルディク帝国の人はジェルディク語で詠唱するんじゃないですか?」
「……たしかに、まともな魔法教育を受けていない者の中にはそういう異端者もいるようですが、魔法詠唱は原則として魔法技術の発祥たるヴァイリスの……」
『あの、そういうこともどうでもよくて……』
僕が魔法伝達を全体に発信すると、クラス全体が大きくどよめいた。
「こ、広域魔法伝達ですって……?!」
「これこそ大魔法クラスの魔法じゃないか……」
「や、やっぱりあいつ、やろうと思えば隕石群召喚魔法撃てるんじゃ……」
「た、たしかに……、そもそも発動開始までできて、撃てないはずが……」
「よく考えたら、めっちゃ天候変えてたしな……」
僕が劣等生の中の劣等生だとまだ信じきれない生徒たちが騒ぎ始める。
だけど、僕は真面目に知りたいんだ。
落第がかかっているんだから。
そして、この人の授業をただ真面目に聞いているだけでは、僕は劣等生のままだろうなという確信があった。
『この魔法伝達は、厳密にはヴァイリス語じゃないんですよね。僕はヴァイリスの言葉で話しているように感じているけど、受け手には自国の言葉として聞こえる。だから、僕は入学早々、他の男子生徒諸君が仲良くできなかったエレインといちゃいちゃできているわけですが』
クラスメイトから笑い声とブーイングが起こる。
昨日の石ころメテオストームのおかげで、こういう反応がもらえるぐらいにはみんなと打ち解けた。
『たとえば、この魔法伝達に魔法詠唱を乗せたらどうなるか。もしかしたら無詠唱っぽくならないかって考えたんです』
「っ?!」
ヴェンツェルが驚いた顔でこちらを見た。
「おお、すげぇ!」
「普通は出力の問題で、そんなことできないんだけどな……」
「でも、コイツの魔法伝達は出力も感度も半端じゃない。もしかしたら……」
『ありがとう。……でもやってみて、ダメだったんだ。たぶんだけど、『伝達する対象』が誰なのかがわからないから。みんなにファイアーボールって言っても、みんなが僕の指からファイアーボールを出してくれるわけじゃないでしょ。そこまで考えて、僕はある疑問に達したんです。そもそも、この魔法詠唱は『誰に聞かせているのか』ってね』
「たしかに……」
「そう言われてみれば、そんなことは考えたこともなかったな……」
「静粛に、静粛に!!」
エタンのお母さんみたいな先生が、どよめき始めた生徒たちを必死に鎮めようとする。
「あなたたちはそんな無駄なことは考えず、ただ基礎をしっかりお勉強すればいいんです!」
「先生」
「な、なんです、まつおさん。もう席に……」
「この話をしていて、もう1つ思いついちゃったことがあるんですけど……」
僕は止めようとする先生を手で制した。
思いついてしまったからには、すぐに試してみずにはいられない。
「魔法詠唱がヴァイリス語でもジェルディク語でもなんでも構わないのだとしたら、もしかして、自分で言葉を作っちゃえばいいんじゃないですか?」
「あ、あなた何を言って……、神聖で美しいヴァイリス語の重みある歴史を……」
「たとえば、火球魔法の詠唱の『万物の根源に告ぐ』を『ウン』、『物質に束縛されし力を放ち、我のもとに収束せよ。ファイアーボール』までを『コー』という言葉にするとします」
僕は先生が何かを言い出す前に、言葉を続ける。
「言葉の力っていうのはきっとイメージの力。リンゴという言葉はあのリンゴのことだって、疑いようもなくパッと頭に浮かぶ力だと思うので、頭の中で自分が作った言葉と、そのイメージを強く結びつけて……」
僕はじっと目をつぶりながら、イメージを集中して……。
小鳥遊の柄頭を振りかざして、叫んだ。
「ウン・コー!!!!」
その途端、小鳥遊の柄にある「アウローラの目」から燃え盛る火球が飛び出した。
エタンのお母さんみたいな先生が驚いて杖を振りかざし、ファイアーボールを無効化する。
「う、うわ!!! で、出た!!! ウン・コー出た!!!」
「えっ?!」
うっかり僕がもう一度、ウン・コーと叫んでしまったので、さらに火球が飛び出してしまった。
ファイアーボールの連射という想定外の事態に、先生の反応が間に合わず……。
ボワッ!!!!
……先生の教科書が盛大に炎上した。
「はわわわわわ! 歴史あるヴァイリスの貴重な書物が! 水!! 誰か水を持ってくるざます!!」
そう言いながら、自身でも水魔法を慌てて詠唱しはじめた。
「ミヤザワくん、聞いた? 今先生、『ざます』って言ったよ。『ざます』って……」
「……っ」
何も言わないので心配になって、僕はミヤザワくんの方を向いた。
「…………っ」
ミヤザワくんは、涙と鼻水を垂らしながら、ローブの袖を噛んで必死に笑いをこらえていた。
「うーん」
「……」
「うーん」
「……」
「うーーーん」
「あのな……、君は、本当に落第を免れるつもりがあるのか?」
授業中、僕が隣の席でうんうん唸っていると、とうとう我慢できなくなったヴェンツェルが僕を小突いた。
「途中までうまくいってたハズなのに……、何がダメだったんだろう……」
「……ベル、あれがもし本当に発動できていたら、君は死んでいたかもしれんぞ……」
「え、そうなの?」
「隕石群召喚魔法は最上位魔法の1つだ。熟練の大魔導師でも凄まじい魔力を消耗するだろう。そんなものを未熟な君が使ったら……」
「ああ、なるほど……」
僕は若獅子祭で、Aクラスの連中が、鋼鉄の咆哮を渡河させるために、氾濫している川ごと大魔法で凍らせていた時のことを思い出した。
詠唱していたAクラスの生徒が次から次に倒れていた。
そもそも、なんで詠唱って必要なんだろうか。
アリサとかは無詠唱で聖なる矢を連発で撃てたりするし……。
「それにしても……ぷっ……、君が隕石群召喚魔法の詠唱を始めた時は、私もどうなることかと……」
「ヴェンツェル君! 聞いていますか!」
「あっ、申し訳ありません」
魔法基礎学科の先生に名指しされて、ヴェンツェルは立ち上がって謝罪して、僕の顔をちらっと見た。
僕はヴェンツェルが怒られる数秒前に気配を察して、エレインのような無表情で話を聞いているフリをしていた。
「(おい……、ズルいぞ、ベル)」
「(ほっほっほ、ちゃんと先生の話を聞かないとダメだぞ、ヴェンツェル君)」
僕はいかにも優等生といった感じで、先生の話を聞いている。
あ、目が合ってしまった。
エタンのお母さんにちょっと似てるな……。
「伯!伯! エタンちゃんにこれ以上悪い遊びを教えないで欲しいざます!」
僕とルッ君とエタンの3人で一緒にエタン邸で木登りをしていた時に、木の上で木の実を食べていたエタンを見て顔面蒼白になっていたエタンのお母さんの顔を思い出して、僕は噴き出しそうになってしまった。
「それでは、真面目に話を聞いていたまつおさん」
「は、はい」
くっ……。
僕が笑いをこらえたのを見透かされたな……。
だから魔法科の先生は苦手なんだ。
「ここまでのところで、何か質問はありますか?」
「そうですね……」
先生の話はややこしくて全然頭に入ってこなかったけど、僕はこのあいだからずっと頭に浮かんでいた疑問を素直に聞いてみることにした。
「魔法の詠唱って、口に出して言うのが基本ですけど、あれってナゼなんですか」
「ほう、なかなかいい質問ざますね……」ってエタンのお母さんが言う姿を想像して内心ほくそ笑んでいると、なぜか僕の質問に他の生徒達がどっと爆笑して、ヴェンツェルがやれやれ、という風に肩をすくめた。
「その説明を今したばかりなのですが……」
「す、すいません。ヴェンツェルくんに話しかけられていて、頭に入らなくて……」
「べ、ベル!! 君というやつは……!!」
「ヴェンツェル君!」
またヴェンツェルが怒られて、クラスメイトがどっと湧いた。
ヴェンツェルもみんなと打ち解けたみたいで、よかった。
「コホン、それでは、復習をかねてもう一度説明します。よく聞きなさい」
「お願いします」
「魔法には炎・水・風・土、聖・闇・無、といった様々な属性が存在しますが、このうち聖属性と闇属性、無属性以外の属性は……」
「あー、先生、ストップです」
「ス、ストップですって?!」
僕に制止されて、エタンのお母さんみたいな先生があんぐりと口を開けた。
「もうそれ以上のお話はややこしすぎて、僕が知りたい事を知る前に気付いたら寝てしまうので……」
クラスメイトがまた爆笑して、エタンのお母さんみたいな先生の顔が真っ赤になるけど、僕はけっこう真面目に言っているのだ。
「僕が知りたいのは、詠唱に使う言葉です。どうしてヴァイリス語なんですか?」
「それは神聖なるヴァイリスの……」
「あ、神聖とかもどうでもよくて……」
「ど、どうでも……」
クラスメイトがまた笑って、先生の顔が真っ赤を通り越して青白くなっていく。
これ、僕じゃないぞ。
みんなが笑うから、先生が怒っちゃうんだぞ。
「ジェルディク帝国の人はジェルディク語で詠唱するんじゃないですか?」
「……たしかに、まともな魔法教育を受けていない者の中にはそういう異端者もいるようですが、魔法詠唱は原則として魔法技術の発祥たるヴァイリスの……」
『あの、そういうこともどうでもよくて……』
僕が魔法伝達を全体に発信すると、クラス全体が大きくどよめいた。
「こ、広域魔法伝達ですって……?!」
「これこそ大魔法クラスの魔法じゃないか……」
「や、やっぱりあいつ、やろうと思えば隕石群召喚魔法撃てるんじゃ……」
「た、たしかに……、そもそも発動開始までできて、撃てないはずが……」
「よく考えたら、めっちゃ天候変えてたしな……」
僕が劣等生の中の劣等生だとまだ信じきれない生徒たちが騒ぎ始める。
だけど、僕は真面目に知りたいんだ。
落第がかかっているんだから。
そして、この人の授業をただ真面目に聞いているだけでは、僕は劣等生のままだろうなという確信があった。
『この魔法伝達は、厳密にはヴァイリス語じゃないんですよね。僕はヴァイリスの言葉で話しているように感じているけど、受け手には自国の言葉として聞こえる。だから、僕は入学早々、他の男子生徒諸君が仲良くできなかったエレインといちゃいちゃできているわけですが』
クラスメイトから笑い声とブーイングが起こる。
昨日の石ころメテオストームのおかげで、こういう反応がもらえるぐらいにはみんなと打ち解けた。
『たとえば、この魔法伝達に魔法詠唱を乗せたらどうなるか。もしかしたら無詠唱っぽくならないかって考えたんです』
「っ?!」
ヴェンツェルが驚いた顔でこちらを見た。
「おお、すげぇ!」
「普通は出力の問題で、そんなことできないんだけどな……」
「でも、コイツの魔法伝達は出力も感度も半端じゃない。もしかしたら……」
『ありがとう。……でもやってみて、ダメだったんだ。たぶんだけど、『伝達する対象』が誰なのかがわからないから。みんなにファイアーボールって言っても、みんなが僕の指からファイアーボールを出してくれるわけじゃないでしょ。そこまで考えて、僕はある疑問に達したんです。そもそも、この魔法詠唱は『誰に聞かせているのか』ってね』
「たしかに……」
「そう言われてみれば、そんなことは考えたこともなかったな……」
「静粛に、静粛に!!」
エタンのお母さんみたいな先生が、どよめき始めた生徒たちを必死に鎮めようとする。
「あなたたちはそんな無駄なことは考えず、ただ基礎をしっかりお勉強すればいいんです!」
「先生」
「な、なんです、まつおさん。もう席に……」
「この話をしていて、もう1つ思いついちゃったことがあるんですけど……」
僕は止めようとする先生を手で制した。
思いついてしまったからには、すぐに試してみずにはいられない。
「魔法詠唱がヴァイリス語でもジェルディク語でもなんでも構わないのだとしたら、もしかして、自分で言葉を作っちゃえばいいんじゃないですか?」
「あ、あなた何を言って……、神聖で美しいヴァイリス語の重みある歴史を……」
「たとえば、火球魔法の詠唱の『万物の根源に告ぐ』を『ウン』、『物質に束縛されし力を放ち、我のもとに収束せよ。ファイアーボール』までを『コー』という言葉にするとします」
僕は先生が何かを言い出す前に、言葉を続ける。
「言葉の力っていうのはきっとイメージの力。リンゴという言葉はあのリンゴのことだって、疑いようもなくパッと頭に浮かぶ力だと思うので、頭の中で自分が作った言葉と、そのイメージを強く結びつけて……」
僕はじっと目をつぶりながら、イメージを集中して……。
小鳥遊の柄頭を振りかざして、叫んだ。
「ウン・コー!!!!」
その途端、小鳥遊の柄にある「アウローラの目」から燃え盛る火球が飛び出した。
エタンのお母さんみたいな先生が驚いて杖を振りかざし、ファイアーボールを無効化する。
「う、うわ!!! で、出た!!! ウン・コー出た!!!」
「えっ?!」
うっかり僕がもう一度、ウン・コーと叫んでしまったので、さらに火球が飛び出してしまった。
ファイアーボールの連射という想定外の事態に、先生の反応が間に合わず……。
ボワッ!!!!
……先生の教科書が盛大に炎上した。
「はわわわわわ! 歴史あるヴァイリスの貴重な書物が! 水!! 誰か水を持ってくるざます!!」
そう言いながら、自身でも水魔法を慌てて詠唱しはじめた。
「ミヤザワくん、聞いた? 今先生、『ざます』って言ったよ。『ざます』って……」
「……っ」
何も言わないので心配になって、僕はミヤザワくんの方を向いた。
「…………っ」
ミヤザワくんは、涙と鼻水を垂らしながら、ローブの袖を噛んで必死に笑いをこらえていた。
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