士官学校の爆笑王 ~ヴァイリス英雄譚~

まつおさん

文字の大きさ
108 / 199

第二十六章「ベルゲングリューン城」(2)

しおりを挟む


「ふぁぁっ……」

 窓から差し込む陽光を浴びて、僕は目を覚ました。
 身体の形に合せたように沈み込むベッドに名残惜しさを感じながら、身体を起こす。

(えっと……どこだっけ……)

 映像魔法スクリーンでしか見たことがないような、超高級宿屋の豪華な特別室のような部屋をぼんやりと眺めて、僕はゆうべの記憶を呼び起こした。

 ああ、そうだ。
 ここはベルゲングリューン城の寝室だ。
 昨日はこんな城に住めるかと思ったけど、このベッドの寝心地を知ってしまっては、もう正直、戻れる気がしない。

(人間とは、罪深い生き物なんだなぁ……)

 そんなことをしみじみと考えながら、僕は服を脱いで、併設してある浴室に入った。
 蛇口の栓をひねると、勢いよくあたたかいシャワーが流れてくる。
 魔法石による温水と、リップマン子爵設計の汲み上げ技術、それから領内の豊富な水源によってもたらされるすばらしい恩恵。
 昨日はこんな城に住めるかと思ったけど、この温水シャワーの気持ちよさを知ってしまってからは、もう正直、戻れる気がしない。

(人間とは、罪深い生き物なんだなぁ……)

 身体と髪を乾かし、身支度を整える。

(ねぇ、アウローラ)
『今朝もそなたの裸、なかなか眼福であった』
(いや、そういうのはもういいからさ……)

 最初はものすごく恥ずかしかったけど、いちいち恥ずかしがっていてはアウローラの思うツボなので、最近では平然とぶらんぶらんさせることにしていた。

(君の呪いでこの服が脱げないのはわかったけど、せめて変化させたりできないの?)

 できないはずがない。
 アウローラは变化の達人だとエレインのお祖母さんも言っていたし、彼女は水晶龍にすら変身できるのだから。

『可能だ』
(じゃ、ちょっと服変えてくれない? 今日はいろんな人と会うからさぁ)
『かまわんが、私が私の趣味で見繕った服にしか変えないぞ』
(ええー、誰もいない時は、僕が好きなダボダボのズボンとか、楽ちんなハーフパンツとかさぁ)
『絶対にダメだ。一流の男というものは、誰も見ていない時でも身だしなみは整えているべきだ』
(だから、その感覚、古いんだよ。アウローラは3000年前のセンスなんだよ。今の若い人ってのはさぁ……)
『ふふん、ババア扱いして傷つくのは300歳までだ。3000年というのはすでに不老だから、私は常に若くて美しくて、バインバインのムッチムチでピッチピチなのだ。だから、先日テレーゼとかいう小娘が『3000歳の年増女』とかほざいても、私はちっとも気になどしていない』
(しっかり覚えとるがな……)
『今日は会合であったな。であれば、こんな感じだな』

 アウローラがそう言った瞬間、僕の黒地に金の刺繍の入った軍服のような衣装が、グレーの三つ揃えのスーツへと変化した。
 いかにも仕立ての良さそうな、青みがかった光沢のあるチャコールグレーのジャケットにはさりげなくシャドーストライプが入り、ベストジレの生地は、より色の深いチャコールグレー、白いシャツの襟はキュッと短く、ややピッチ幅の短いネクタイもベストジレに近い色味ながら、生地自体にうっすらと小紋が入り、その上を、銀色の小さい小紋柄が上品に並んでいる。
 そして、グレーがより引き立つような美しい黒革の靴に、さりげなくダイヤが入ったシルバーのカフスにネクタイピン。

(……いや、だからさ。やりすぎなんだってば……。3000年前のセンスなんだってば……。今どきこんな『ビシッ!!』と決めた人を町中で見かけないでしょ? 今はもう少しこう、ドレスとカジュアルが7対3ぐらいの感じにするのがオシャレの鉄則……)
『何を言う。これが伝統トラディショナルというものだ。真の伝統トラディショナルは3000年経っても決して色褪いろあせない。ふふ、まるで私のようにな……』

 自分の仕事に満足そうなアウローラにげんなりしながら腕を上げると、シャツの袖から銀色に光る何かが覗いた。

(うわ、時計まであるじゃん!? い、いや、たしかにこれ、めちゃくちゃカッコいいけどさ……)

 まるでブレスレットのような、なめらかな曲線を描いた、美しい銀色の時計。
 黒地に、限りなく黒に近いグレーのストライプがうっすらと入った文字盤の針や文字はとてもシンプルなデザインで、そのシンプルさが、かえって時計全体の高級感を感じさせる。
 なるほど、カフスが華やかだから、腕時計は抑えめにしてあるのか。

『なんだ、ドワーフの名工、ピアージェを知らんのか』
(知らないよ……っていうか、アウローラの魔法で作ったんでしょこれ? だったらダメじゃんこれ、偽ブランドってことでしょ?)
『バカを言うな。普段そなたが着ているのと同様、それは私の私物だ。一点物だからな、失くすんじゃないぞ。……といっても、まぁ、そなたの意思では外せぬから、失くしようがないのだがな。あっはっは』
(……)
『思い出せ。そなたが私の衣装をまとった時に、それを見たそなたの仲間たちが笑ったのは最初だけであったろう? 魔法学院でそなたの姿を笑う者はいなかった』
(……たしかに)
『自分はその衣装にふさわしいと確信し、そう振る舞っておれば、誰もそなたの姿をおかしいとは思わぬ』

 うーん、うまく言いくるめられているような気がしないでもないけど、わかる気もする。

『それにな、覚えておくといい』

 アウローラのささやくような声が脳に響く。
 ……あんまり認めたくないんだけど、アウローラの声はいつも、ゾクゾクするほど色っぽい。

伝統トラディショナルを好まぬ女などこの世には存在せぬ。それを着ている男が、それにふさわしい限りはな』

 ……相変わらず、この魔女はむちゃくちゃかっこいいことを言う。

『ほら、姿見を見ろ。そして男の顔を作れ。自分がその姿にふさわしいと思えるまでな』
(わ、わかった)

 僕は髪型をととのえ、スーツの襟と袖口を直してから、姿見を見た。
 混沌と破壊の魔女によってコーディネートされたスタイルは、指先から足元に至るまで一分の隙もなく、まるで僕の身体を採寸して仕立てたようにシルエットも美しい。

 男の顔を作る。
 自分がその姿にふさわしいと思えるような、男の顔を。
 僕はアウローラの言葉を思い出して、姿見に向かってキリッと顔を作った。

『ぷっ……』

 ……アウローラが噴き出す音が聞こえた。

「笑ったな!! お前、やっぱり僕のことをバカにして遊んでるだろー!!」

 僕は思わず口に出してそう叫んだ。

『あははははっ、違う違う、すまない。つい、可愛いなと思ってしまってな。これもそなたへの愛ゆえだ、許せ』
「まったく……」

 僕はぶつぶつとぼやきながら何気なくポケットに手を入れると、何かが入っていた。
 取り出してみると、シルクの光沢が美しい、真紅のポケットチーフだった。
 
「だから、3000年前のファッションなんだってば……」

 いずれにしても、僕に選択肢はない。
 僕は一生、彼女の見立てた服を着なくてはならないのだから。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

卒業パーティーのその後は

あんど もあ
ファンタジー
乙女ゲームの世界で、ヒロインのサンディに転生してくる人たちをいじめて幸せなエンディングへと導いてきた悪役令嬢のアルテミス。  だが、今回転生してきたサンディには匙を投げた。わがままで身勝手で享楽的、そんな人に私にいじめられる資格は無い。   そんなアルテミスだが、卒業パーティで断罪シーンがやってきて…。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...