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第二十七章「クラン戦」(10)
10
二人の大魔導師による双属性大魔法なんていう大技と召喚魔法をことごとく無効化どころか反射され、その使用者を失った敵陣営は一気に守勢に入った。
クラン戦の制限時間切れを狙う作戦なのだろう。
攻城戦であるクラン戦には制限時間があり、攻城側がどれだけ優勢であっても時間になれば守りきったということで防衛側の勝利となる。
だからクラン戦は基本的に防衛側が有利であり、そんな有利を覆して城持ちとなったクランはその実力と人脈を内外に知らしめることとなる。
(やっぱり……あと一手、あと一手が足りないんだよなぁ)
高台に残っている兵が少し多すぎる。
大手クランの驕りで、もう少しこちらに攻めてきてくれると思っていたんだけど、大手クラン
とそれに協力する連中はそこまで甘くなかったようだ。
『メッコリン先生、ケツはどう?』
『お前に言われた通りの手順で矢を抜き、アンナリーザくんにさんざん笑われながら回復魔法してもらったよ……。なにか大切なものを失った気分だ』
『先生は失ってばかりですね』
『髪を失ったみたいに言うな! 頭皮はまだ生きてる!』
メッコリン先生が敏感に反応した。
『ヴェンツェル、ユリシール殿は?』
『君がむしった兜の羽飾りを付け直すと言って、ジョセフィーヌの所に行った。ジョセフィーヌは替えの羽飾りを持っているらしい』
『そ、そう……。その……、ご機嫌は?』
『……ぶりぶり怒っていらっしゃった。しばらくは口をきいてもらえないんじゃないか』
ヴァイリスの至宝、ユリーシャ王女殿下を避雷針にしておいて、口をきいてもらえるとかそういう話で済ませてしまうあたり、ヴェンツェルもいよいよ僕らの色に染まってきた感があるな。
「大丈夫ですの?」
「うん?」
高台の部隊をじっと見つめながら魔法伝達を送っていた僕に、アーデルハイドが声をかけてきた。
「さっきから、ずいぶん手詰まりしているように見えますけど……」
「ふっふっふ、君にはそう見えるのかね」
「な、なんですの……」
僕が笑うと、アーデルハイドが怪訝そうな顔を見せる。
「殿! できましたぞー!!」
その時、ソリマチ隊長の声が後ろから聞こえてきた。
ソリマチ隊長とその部下が、木製の台座のようなものを担いで持ってきた。
見ようによっては、祭祀台に見えなくもない。
……見ようによっては。
「言われちょったもんを大工衆に作らせてみた。……なかなかのもんじゃろう?」
「おお、すごいねー! 予想以上のデキだ。 大工さんたち、よくこの短時間でこんなのが作れるよね」
「運搬用の荷車を片っ端からぶっ壊して作りよったけん、そこら辺にハトのフンとかがこびり付いちょうけど、その辺は勘弁してごせな?」
「上等上等!! 向こうからは見えないし」
僕はその祭祀台を自陣前方の一番中央に配置してもらって、その上に乗ろうとしたところで、ジョセフィーヌに声を掛けられた。
「まつおちゃん、まつおちゃん! ちょっと」
小声で言うジョセフィーヌの方を振り返って、僕は思わず「おわっ」と声を出してしまった。
「ユ、ユリシール殿……それは……」
「……何も言うでない。 槍を頭に刺して歩くよりはマシであろう?」
ユリシール殿が震える声で言った。
ユリシール殿の兜の天辺には、目にも鮮やかな羽飾りがそそり立っている。
……問題は、鮮やかすぎることだった。
見ているだけで目がチカチカするようなどぎついピンク。
限りなく紫色に近いピンク色の羽根は、戦場に赴く騎士というよりは、まるで何かのカーニバルに参加するかのような……。
「よくわからないんだけど、まつおちゃん、そのお立ち台に立ってハッタリをかますんでしょ? だったらホラ、これを持っていきなさい」
僕がそう言って渡されたのは大きな羽扇子だった。
もこもこした、ユリシール殿と同じ、どぎついピンク色の羽根が付いた羽扇子。
「い、嫌だよ!! っていうか、こんなもんどこで買ってくるんだよ!」
「あらやだ、どこにも売ってないわよぉ。アタシのお手製なんだから」
「とにかく、この色は無理! ……せめて白とかないの?」
「ウフフ、さすがまつおちゃん、わかってるわねぇ。本物のいい女は、何者にも染まらない白で勝負するのよね!!」
ジョセフィーヌはそう言うと、奥でごそごそとやり始め、本当に白い羽扇子と、よくわからないキラキラしたものがいっぱい付いた白い毛皮のコートを持ってきた。
僕が唖然としている間に、ジョセフィーヌがウキウキして僕に羽織らせて、右手に白い羽扇子を持たせた。
「君ね……、どうしてこんなものを戦場に持ってきているのかな……」
僕の力ないツッコミなど耳に入らないように、ジョセフィーヌが嬌声を上げた。
「あらぁ! あらあらぁ! さすがまつおちゃんの見立てね! 黒い衣装とのコントラストが映えるわぁ! 東方の大軍師みたいよ!!」
「どこの東方の大軍師がこんなキラキラしたコートを着るんだよ!」
僕とちらっと目が合ったアーデルハイドが慌てて目をそらした。
ユキとメル、アリサ、テレサ、右側用水路側の制圧から戻ってきたミスティ先輩は笑いをこらえ、ジルベールは笑い転げている。
(ちょ、ちょっと、アウローラ! 君のファッションが大変なことになっているぞ! 止めなくていいの?! っていうか止めて!)
『あっはっは!! よく似合っているではないか!!』
アウローラは予想外に上機嫌だった。
(と、とにかく、こんなものを着るわけには……)
慌てて脱ごうとする僕の手を、ユリシール殿がものすごい力でガッシリと掴んだ。
「……」
おのれも道連れじゃ……、着ろ……。
甲冑でお顔は見えないけど、無言の圧力を感じた。
……ま、まぁ、高台の連中からはキラキラしているのは見えないだろうからいいか……。
僕は意を決して、急造の祭祀台へと足を運んだ。
バァァン!!!
(な、なんだぁ?!)
僕が登壇するのに合わせて、屈強な一人のリザーディアンが勝手に空気を読んで、進軍の際は彼が必ず持ち歩くという銅鑼を叩いた音が、戦場全体に響き渡る。
「龍帝陛下の、ご出座ァァァァァァッッッ!!!!」
(わっ、バカ!! ユリーシャ王女殿下の御前で『龍帝陛下』とか言うバカがいるか!!)
勝手に空気を読んだ長老の側近が大声でそう宣言すると……。
バァァン!!!
バン!バン!バン!バン!バン!バン!
ババババババババババババ……!
銅鑼の音に合わせて、いつの間にか、勝手に空気を読んで集結していたリザーディアンの兵士たちが勝手に空気を読んで一斉にひざまずいた。
「な、なんだ……何が始まるんだ……」
「龍帝……、龍帝ってナニ?」
「ベルゲングリューン伯のあの格好……、伯は気でも狂ったのか?」
祭祀台に立つ僕は弓の格好の的なので、メルたちは笑いをこらえながらも警戒してくれているのだけれど、僕の挙動を見て呆気に取られているのか、敵陣営の誰もが固唾を呑んで見守っている。
(やりすぎな気がするけど……こ、こうなったら、腹をくくってやりきっちゃうしかない……)
僕は白い羽扇子を振り上げた。
ふわっとジョセフィーヌの香水のいい匂いがするのが、たまらなく嫌である。
「暁の明星とかいうインチキクランと、そのおこぼれに群がるフンコロガシ諸君!!!」
僕は高らかに叫んだ。
「大手クランの召喚魔法師というから上位竜でも召喚するのかと思えば、安い犬コロ三匹とは、まったくもって興ざめだ!! この神聖なる戦いをなんと心得る!!」
「ア、上位竜だと……? ハッタリすぎるだろ……」
上位竜は金星冒険者が束になって戦っても全滅必至という、ほとんど伝説上の魔物だ。
神龍と呼ばれる水晶の龍の一つ格下が竜族を束ねる竜王、その一つ格下がアークドラゴンだと言えばわかりやすいかもしれない。
「い、いや、でもあいつら、召喚されたヘルハウンド三体を寝返らせて、召喚者を食い殺させてたぞ……」
「召喚獣を寝返らせるって、どんなデタラメだよ……」
それは本当にデタラメだと僕も思う。
鞭を握ったテレサは、たぶん何か別の、獣世界の女王様のような存在になっているに違いない。
「今から私が、真の召喚魔法というものを見せてやろう!! このベルゲングリューンに牙を剥いたこと、末代まで後悔するがいいッ!!」
僕はそう言いながら、白い羽扇子で六芒星を描き始める。
これまでのたくさんの成功とも失敗ともつかない魔法発動で、気がついたことがある。
魔法はイメージ、感情をエネルギーに。
もちろんそうだ。
だが、僕にとって一番重要な要素に気がついた。
それは、重圧だ。
劣等生の僕が、自分の能力以上の力を発揮できた時というのは、身の丈を超えるプレッシャーに晒された時だ。
だから、今回は、それを意図的にやってみることにしたのだ。
ソリマチ隊長たちに急ごしらえで祭祀台を作ってもらい、こうして高らかにハッタリをかますことで、自分に対するハードルを爆上げしてみることにしたのだ。
(下から上に『/』こう書いて、上から下に『\』こうで、右から左に『_』こう書く。次にそこから下に『/』、左から大きく『_』こう書いて、なんだっけ、あ、間違えた)
途中で少し怪しくなったのを適当にごまかしながらも、僕は強引に術式を発動させた。
白い羽扇子が描いた通りに、虚空に六芒星の光が浮かび上がる。
僕はそのまま羽扇子を振りかざして、馬防柵による封鎖線の内側でひしめき合っている敵陣のど真ん中を指した。
「我が召喚に応じ、今こそ現出せよ!! この世で最も恐ろしき者よッッ!!!」
カッ――!!
敵陣営の冒険者たちの足元に、巨大な魔法陣が浮かび上がり、ゆっくりと回転しはじめた。
「お、おいっ、マジで発動してるっぽいぞ……!?」
「あいつ、召喚魔法師どころか冒険者ですらないんだろ!? 何者なんだ……」
「君主が万能職っていう話は聞いたことあるけど、召喚魔法まで使えるなんて……」
「っていうか、召喚陣がめちゃくちゃデカいぞ! ま、まさか、本当に上位竜が……?」
「に、逃げろっ!!」
「だ、だめだ……、もう間に合わん……!」
冒険者たちが大きくどよめく中、バチバチバチと召喚陣に電流のようなものがほとばしり、戦場全体をまばゆい閃光が包み込んだ次の瞬間……。
「おわっ、な、な、なんだ!?」
……イグニア新聞を広げて便器に座ったおっさんが、敵陣のど真ん中に出現した。
「……」
「……」
「……」
「ぷっ」
「「「「「「「「「うわはははははははははははははははははは!!!!!!」」」」」」」」」
緊迫した戦場に、大爆笑が巻き起こった。
「おっさん!! 上位竜どころか、クソ途中のただのおっさん!!」
「うはははは!!! なんで便器ごと召喚してんだよ!! おっさんだけでいいだろ!!!」
「さ、さすが爆笑王……、たしかにこんな魔法使えるのは世界でお前だけだわ……」
敵陣営だけではない。
「殿、殿……、なして殿は毎回、ワシらをこんなに笑わしよるんじゃ……!! し、死ぬ……、笑い死ぬ……っ」
「りゅ、龍帝陛下……、ふ、不敬の極みとは存じますが……、こ、これで笑うなと仰せられるのはあまりにも無体な……ぷ、ぷぷっ……!!」
「し、信じられません! 信じられませんわ!! あ、貴方は魔法というものをどれほどバカにして……ぷっ……あはははははっ!!」
とうとう我慢できずにアーデルハイドが全力で笑った。
素直に笑うところを初めて見たけど、めちゃくちゃ可愛かった。
「殿っ……、ま、真面目にやってくれ……。こ、これでは、まともに弓が撃てんではないか……ぷぷっ……」
……。
だが……。
僕たち士官学校生は、まだよく知らないゾフィアを除いて、誰も笑っていなかった。
ガンツさんたち卒業生もそうだ。
「な、なぁ……。お前がいつもとんでもないことをする奴だとは思っていたけどさ。コレばっかりは、さすがにヤバいんじゃないか?」
「ああ……、そうだね……」
狙撃に備えてくれていたらしく、いつの間にか近くに来ていたキムに、僕は力なく答えた。
「私は知らないからね……、私、絶対に知らないからね……」
ユキが後ろから念仏のように言った。
「ベル……、新学期どうするの……」
メルが、か細い声で言った。
「おっつぁんが……、ソリマチのおっつぁんが悪いんだ」
僕は震える声でつぶやいた。
「荷台を壊して作ったから、ハトのフンがこびりついているとか言うから……」
おっさんは便器に座ったまま、おそろしく落ち着いた様子でイグニア新聞を四つ折りにたたみ、それで股間を隠すと、鋭い眼光で武装した冒険者集団をゆっくりと見渡して……、白いキラキラした毛皮のコートを身に纏い、白いもこもこした羽扇子を持って祭祀台に立っている僕のアホみたいな姿を確認して、短く刈り上げたこめかみにピキピキと極太の青筋を立てた。
「まつお……、またお前か……」
何がアークドラゴンだ。
そんなものより、このおっさんの方がなんぼか恐ろしい。
「また貴様の仕業なのかァァァ……!!!!!」」
「ひ、ひいいいいいいいっ!!!」
おっさんの一喝に、僕は慌てて祭祀台から飛び降りて、メルの後ろに隠れた。
召喚魔法は、決して失敗などしていない。
むしろ、完璧に発動したのだ。
ハトのフンから連想した、「この世で最も恐ろしき者」。
「天下無双」の称号を持ち、戦場で一度も傷を負わなかった男。
戦場で一度も傷を負わなかったのに、僕にケガをさせられた男。
そう。
僕は、斧技講習のロドリゲス教官を召喚してしまったのだった……。
二人の大魔導師による双属性大魔法なんていう大技と召喚魔法をことごとく無効化どころか反射され、その使用者を失った敵陣営は一気に守勢に入った。
クラン戦の制限時間切れを狙う作戦なのだろう。
攻城戦であるクラン戦には制限時間があり、攻城側がどれだけ優勢であっても時間になれば守りきったということで防衛側の勝利となる。
だからクラン戦は基本的に防衛側が有利であり、そんな有利を覆して城持ちとなったクランはその実力と人脈を内外に知らしめることとなる。
(やっぱり……あと一手、あと一手が足りないんだよなぁ)
高台に残っている兵が少し多すぎる。
大手クランの驕りで、もう少しこちらに攻めてきてくれると思っていたんだけど、大手クラン
とそれに協力する連中はそこまで甘くなかったようだ。
『メッコリン先生、ケツはどう?』
『お前に言われた通りの手順で矢を抜き、アンナリーザくんにさんざん笑われながら回復魔法してもらったよ……。なにか大切なものを失った気分だ』
『先生は失ってばかりですね』
『髪を失ったみたいに言うな! 頭皮はまだ生きてる!』
メッコリン先生が敏感に反応した。
『ヴェンツェル、ユリシール殿は?』
『君がむしった兜の羽飾りを付け直すと言って、ジョセフィーヌの所に行った。ジョセフィーヌは替えの羽飾りを持っているらしい』
『そ、そう……。その……、ご機嫌は?』
『……ぶりぶり怒っていらっしゃった。しばらくは口をきいてもらえないんじゃないか』
ヴァイリスの至宝、ユリーシャ王女殿下を避雷針にしておいて、口をきいてもらえるとかそういう話で済ませてしまうあたり、ヴェンツェルもいよいよ僕らの色に染まってきた感があるな。
「大丈夫ですの?」
「うん?」
高台の部隊をじっと見つめながら魔法伝達を送っていた僕に、アーデルハイドが声をかけてきた。
「さっきから、ずいぶん手詰まりしているように見えますけど……」
「ふっふっふ、君にはそう見えるのかね」
「な、なんですの……」
僕が笑うと、アーデルハイドが怪訝そうな顔を見せる。
「殿! できましたぞー!!」
その時、ソリマチ隊長の声が後ろから聞こえてきた。
ソリマチ隊長とその部下が、木製の台座のようなものを担いで持ってきた。
見ようによっては、祭祀台に見えなくもない。
……見ようによっては。
「言われちょったもんを大工衆に作らせてみた。……なかなかのもんじゃろう?」
「おお、すごいねー! 予想以上のデキだ。 大工さんたち、よくこの短時間でこんなのが作れるよね」
「運搬用の荷車を片っ端からぶっ壊して作りよったけん、そこら辺にハトのフンとかがこびり付いちょうけど、その辺は勘弁してごせな?」
「上等上等!! 向こうからは見えないし」
僕はその祭祀台を自陣前方の一番中央に配置してもらって、その上に乗ろうとしたところで、ジョセフィーヌに声を掛けられた。
「まつおちゃん、まつおちゃん! ちょっと」
小声で言うジョセフィーヌの方を振り返って、僕は思わず「おわっ」と声を出してしまった。
「ユ、ユリシール殿……それは……」
「……何も言うでない。 槍を頭に刺して歩くよりはマシであろう?」
ユリシール殿が震える声で言った。
ユリシール殿の兜の天辺には、目にも鮮やかな羽飾りがそそり立っている。
……問題は、鮮やかすぎることだった。
見ているだけで目がチカチカするようなどぎついピンク。
限りなく紫色に近いピンク色の羽根は、戦場に赴く騎士というよりは、まるで何かのカーニバルに参加するかのような……。
「よくわからないんだけど、まつおちゃん、そのお立ち台に立ってハッタリをかますんでしょ? だったらホラ、これを持っていきなさい」
僕がそう言って渡されたのは大きな羽扇子だった。
もこもこした、ユリシール殿と同じ、どぎついピンク色の羽根が付いた羽扇子。
「い、嫌だよ!! っていうか、こんなもんどこで買ってくるんだよ!」
「あらやだ、どこにも売ってないわよぉ。アタシのお手製なんだから」
「とにかく、この色は無理! ……せめて白とかないの?」
「ウフフ、さすがまつおちゃん、わかってるわねぇ。本物のいい女は、何者にも染まらない白で勝負するのよね!!」
ジョセフィーヌはそう言うと、奥でごそごそとやり始め、本当に白い羽扇子と、よくわからないキラキラしたものがいっぱい付いた白い毛皮のコートを持ってきた。
僕が唖然としている間に、ジョセフィーヌがウキウキして僕に羽織らせて、右手に白い羽扇子を持たせた。
「君ね……、どうしてこんなものを戦場に持ってきているのかな……」
僕の力ないツッコミなど耳に入らないように、ジョセフィーヌが嬌声を上げた。
「あらぁ! あらあらぁ! さすがまつおちゃんの見立てね! 黒い衣装とのコントラストが映えるわぁ! 東方の大軍師みたいよ!!」
「どこの東方の大軍師がこんなキラキラしたコートを着るんだよ!」
僕とちらっと目が合ったアーデルハイドが慌てて目をそらした。
ユキとメル、アリサ、テレサ、右側用水路側の制圧から戻ってきたミスティ先輩は笑いをこらえ、ジルベールは笑い転げている。
(ちょ、ちょっと、アウローラ! 君のファッションが大変なことになっているぞ! 止めなくていいの?! っていうか止めて!)
『あっはっは!! よく似合っているではないか!!』
アウローラは予想外に上機嫌だった。
(と、とにかく、こんなものを着るわけには……)
慌てて脱ごうとする僕の手を、ユリシール殿がものすごい力でガッシリと掴んだ。
「……」
おのれも道連れじゃ……、着ろ……。
甲冑でお顔は見えないけど、無言の圧力を感じた。
……ま、まぁ、高台の連中からはキラキラしているのは見えないだろうからいいか……。
僕は意を決して、急造の祭祀台へと足を運んだ。
バァァン!!!
(な、なんだぁ?!)
僕が登壇するのに合わせて、屈強な一人のリザーディアンが勝手に空気を読んで、進軍の際は彼が必ず持ち歩くという銅鑼を叩いた音が、戦場全体に響き渡る。
「龍帝陛下の、ご出座ァァァァァァッッッ!!!!」
(わっ、バカ!! ユリーシャ王女殿下の御前で『龍帝陛下』とか言うバカがいるか!!)
勝手に空気を読んだ長老の側近が大声でそう宣言すると……。
バァァン!!!
バン!バン!バン!バン!バン!バン!
ババババババババババババ……!
銅鑼の音に合わせて、いつの間にか、勝手に空気を読んで集結していたリザーディアンの兵士たちが勝手に空気を読んで一斉にひざまずいた。
「な、なんだ……何が始まるんだ……」
「龍帝……、龍帝ってナニ?」
「ベルゲングリューン伯のあの格好……、伯は気でも狂ったのか?」
祭祀台に立つ僕は弓の格好の的なので、メルたちは笑いをこらえながらも警戒してくれているのだけれど、僕の挙動を見て呆気に取られているのか、敵陣営の誰もが固唾を呑んで見守っている。
(やりすぎな気がするけど……こ、こうなったら、腹をくくってやりきっちゃうしかない……)
僕は白い羽扇子を振り上げた。
ふわっとジョセフィーヌの香水のいい匂いがするのが、たまらなく嫌である。
「暁の明星とかいうインチキクランと、そのおこぼれに群がるフンコロガシ諸君!!!」
僕は高らかに叫んだ。
「大手クランの召喚魔法師というから上位竜でも召喚するのかと思えば、安い犬コロ三匹とは、まったくもって興ざめだ!! この神聖なる戦いをなんと心得る!!」
「ア、上位竜だと……? ハッタリすぎるだろ……」
上位竜は金星冒険者が束になって戦っても全滅必至という、ほとんど伝説上の魔物だ。
神龍と呼ばれる水晶の龍の一つ格下が竜族を束ねる竜王、その一つ格下がアークドラゴンだと言えばわかりやすいかもしれない。
「い、いや、でもあいつら、召喚されたヘルハウンド三体を寝返らせて、召喚者を食い殺させてたぞ……」
「召喚獣を寝返らせるって、どんなデタラメだよ……」
それは本当にデタラメだと僕も思う。
鞭を握ったテレサは、たぶん何か別の、獣世界の女王様のような存在になっているに違いない。
「今から私が、真の召喚魔法というものを見せてやろう!! このベルゲングリューンに牙を剥いたこと、末代まで後悔するがいいッ!!」
僕はそう言いながら、白い羽扇子で六芒星を描き始める。
これまでのたくさんの成功とも失敗ともつかない魔法発動で、気がついたことがある。
魔法はイメージ、感情をエネルギーに。
もちろんそうだ。
だが、僕にとって一番重要な要素に気がついた。
それは、重圧だ。
劣等生の僕が、自分の能力以上の力を発揮できた時というのは、身の丈を超えるプレッシャーに晒された時だ。
だから、今回は、それを意図的にやってみることにしたのだ。
ソリマチ隊長たちに急ごしらえで祭祀台を作ってもらい、こうして高らかにハッタリをかますことで、自分に対するハードルを爆上げしてみることにしたのだ。
(下から上に『/』こう書いて、上から下に『\』こうで、右から左に『_』こう書く。次にそこから下に『/』、左から大きく『_』こう書いて、なんだっけ、あ、間違えた)
途中で少し怪しくなったのを適当にごまかしながらも、僕は強引に術式を発動させた。
白い羽扇子が描いた通りに、虚空に六芒星の光が浮かび上がる。
僕はそのまま羽扇子を振りかざして、馬防柵による封鎖線の内側でひしめき合っている敵陣のど真ん中を指した。
「我が召喚に応じ、今こそ現出せよ!! この世で最も恐ろしき者よッッ!!!」
カッ――!!
敵陣営の冒険者たちの足元に、巨大な魔法陣が浮かび上がり、ゆっくりと回転しはじめた。
「お、おいっ、マジで発動してるっぽいぞ……!?」
「あいつ、召喚魔法師どころか冒険者ですらないんだろ!? 何者なんだ……」
「君主が万能職っていう話は聞いたことあるけど、召喚魔法まで使えるなんて……」
「っていうか、召喚陣がめちゃくちゃデカいぞ! ま、まさか、本当に上位竜が……?」
「に、逃げろっ!!」
「だ、だめだ……、もう間に合わん……!」
冒険者たちが大きくどよめく中、バチバチバチと召喚陣に電流のようなものがほとばしり、戦場全体をまばゆい閃光が包み込んだ次の瞬間……。
「おわっ、な、な、なんだ!?」
……イグニア新聞を広げて便器に座ったおっさんが、敵陣のど真ん中に出現した。
「……」
「……」
「……」
「ぷっ」
「「「「「「「「「うわはははははははははははははははははは!!!!!!」」」」」」」」」
緊迫した戦場に、大爆笑が巻き起こった。
「おっさん!! 上位竜どころか、クソ途中のただのおっさん!!」
「うはははは!!! なんで便器ごと召喚してんだよ!! おっさんだけでいいだろ!!!」
「さ、さすが爆笑王……、たしかにこんな魔法使えるのは世界でお前だけだわ……」
敵陣営だけではない。
「殿、殿……、なして殿は毎回、ワシらをこんなに笑わしよるんじゃ……!! し、死ぬ……、笑い死ぬ……っ」
「りゅ、龍帝陛下……、ふ、不敬の極みとは存じますが……、こ、これで笑うなと仰せられるのはあまりにも無体な……ぷ、ぷぷっ……!!」
「し、信じられません! 信じられませんわ!! あ、貴方は魔法というものをどれほどバカにして……ぷっ……あはははははっ!!」
とうとう我慢できずにアーデルハイドが全力で笑った。
素直に笑うところを初めて見たけど、めちゃくちゃ可愛かった。
「殿っ……、ま、真面目にやってくれ……。こ、これでは、まともに弓が撃てんではないか……ぷぷっ……」
……。
だが……。
僕たち士官学校生は、まだよく知らないゾフィアを除いて、誰も笑っていなかった。
ガンツさんたち卒業生もそうだ。
「な、なぁ……。お前がいつもとんでもないことをする奴だとは思っていたけどさ。コレばっかりは、さすがにヤバいんじゃないか?」
「ああ……、そうだね……」
狙撃に備えてくれていたらしく、いつの間にか近くに来ていたキムに、僕は力なく答えた。
「私は知らないからね……、私、絶対に知らないからね……」
ユキが後ろから念仏のように言った。
「ベル……、新学期どうするの……」
メルが、か細い声で言った。
「おっつぁんが……、ソリマチのおっつぁんが悪いんだ」
僕は震える声でつぶやいた。
「荷台を壊して作ったから、ハトのフンがこびりついているとか言うから……」
おっさんは便器に座ったまま、おそろしく落ち着いた様子でイグニア新聞を四つ折りにたたみ、それで股間を隠すと、鋭い眼光で武装した冒険者集団をゆっくりと見渡して……、白いキラキラした毛皮のコートを身に纏い、白いもこもこした羽扇子を持って祭祀台に立っている僕のアホみたいな姿を確認して、短く刈り上げたこめかみにピキピキと極太の青筋を立てた。
「まつお……、またお前か……」
何がアークドラゴンだ。
そんなものより、このおっさんの方がなんぼか恐ろしい。
「また貴様の仕業なのかァァァ……!!!!!」」
「ひ、ひいいいいいいいっ!!!」
おっさんの一喝に、僕は慌てて祭祀台から飛び降りて、メルの後ろに隠れた。
召喚魔法は、決して失敗などしていない。
むしろ、完璧に発動したのだ。
ハトのフンから連想した、「この世で最も恐ろしき者」。
「天下無双」の称号を持ち、戦場で一度も傷を負わなかった男。
戦場で一度も傷を負わなかったのに、僕にケガをさせられた男。
そう。
僕は、斧技講習のロドリゲス教官を召喚してしまったのだった……。
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最果ての村を現代知識で開拓します 〜死の間際に目覚めた前世の記憶と、森に眠る数千の知識〜
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私自身は全年齢の主人公ハーレムものBLだと思って書いてるけど、全く健全なファンタジー小説だとも言い張れるように書いております。つまり健全なお嬢さんの癖を歪めて火のないところへ煙を感じてほしい。
111話までは毎日更新。
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カクヨムの方が文字数が多く、更新も先です。
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