127 / 199
第二十七章「クラン戦」(18)
しおりを挟む
18
「到着が遅くなった。申し訳ない」
天馬から優雅に降り立つと、ゴッドフリート団長は僕とがっちり握手を交わした。
「とんでもない。おかげで助かりました。……何かあったのですか?」
「いや、教皇猊下がご不在で、参加の決裁がなかなか下りなかっただけだ。聖女殿の勇姿を見届けることができなかったことは痛恨の極みだが……」
ゴッドフリート団長はそう言うと、僕の顔を見上げて微笑んだ。
「だが、若獅子祭で因縁があった我々を招いてくれたこと、とても光栄に思う。君はとても心が広い男なのだな」
「いえ、それを言うなら、そんな経緯がありながら参戦してくださった皆さんの方でしょう」
「君の仲間たちから聞いたぞ。君は指揮官という立場でありながら、聖女の危機を救うため、燃え盛る炎の中、単騎で敵陣に斬り込んでいき、見事聖女を救ったのだとか」
「い、いや、まぁ……」
ゴッドフリート団長とその仲間のものすごいテンションに圧倒されながら、僕はなんとか微笑んだ。
「私たちはその話を聞いた時、感動と、そんな君に対してどれだけの無礼を働いてきたのかという後悔と自らの恥、そして、そんな愚かな我々を招いてくれた君の心の広さに、溢れ出る涙を止めることができなかった!」
団長が固く握る握手の強さに、彼らの感動の強さがにじみ出ている。
(この流れで、『聖女に愛されし者』の称号を見られたら僕の人生終わるな……)
僕はその後の会話もなんとか無難にやり取りして、早めに話を切り上げようとした。
「それでは、私たちはそろそろ城内に入りますので。本日はお忙しい中、本当にありがとうございました!」
「ああ、また会おう!! 君は我ら聖天馬騎士団の友だ!!」
(うっ……、ざ、罪悪感……)
と、友は重い……。
友は重いよ……、団長……。
「た……」
「た?」
「た、大変申し訳ありませんでしたああああああっ!!!」
僕はその場でジャンプしながら聖天馬騎士団の面々に土下座をした。
「な、なんだ……!? 急にどうしたのだ……?!」
「ぼ、僕の……魔法情報票を見ていただけると……」
僕の行動を不審に思いながら、団長たちが僕の魔法情報票を確認する。
「な、何っ?! 混沌と破壊の魔女に愛されし者……だと?! 災害級危険指定人物として教皇庁で認定されている、あのアウローラか!?」
(げっ……、そんなものに指定されてたの?)
僕はアウローラに尋ねる。
『まぁ、教皇庁とも色々あってな。……その昔、教皇庁に異端審問官という存在がいたのを知っているか?』
(うん。昔、教皇庁の権威が圧倒的だった時代に、教皇庁の意向に逆らう者をことごとく審問にかけて処刑してきたっていう……)
歴史あるアヴァロニア教皇庁の、決して忘れ去られることのない暗い過去。
教皇庁だけではない。ヴァイリス王国も、ジェルディク帝国も、今のような平穏な時代が訪れるまでには、たくさんの血塗られた、恥ずべき歴史があるのだ。
(それで、その異端審問官がどうしたの?)
『あの異端審問という制度を組織ごと葬り、罪なき男も女も魔女だと言って火炙りにしていた異端審問官どもを全員火炙りにしたついで時の教皇も火炙りにしてやったのは、他でもない私なのだ。わっはっは!』
(わっはっは、じゃねぇよ!! おもいっきり教皇庁の敵じゃないか!)
……終わった。
僕はこのままアヴァロニア教皇庁に連行されて、火炙りにされるんだろうか。
「はっはっは、大した男だとは思っていたが、まさか聖アウローラにまで気に入られているとはな」
「せ、聖アウローラ?!」
僕は思わず、素っ頓狂な声をあげた。
「アウローラという人物に対する評価は、歴史家の間でも未だに意見が分かれていてね。現在の教皇庁では、過去の腐敗し、教義を都合よく歪曲していた教皇庁に対し、神に成り代わって鉄槌を下した聖人と見なされているのだよ」
「そ、そう、なんですか……」
「まぁ、聖アウローラが災害級の危険人物であったことに変わりはないのだがね」
僕はほっと胸を撫で下ろしかけて、まだ根本の問題がまったく解決していないことを思い出した。
「……それとも、君が気にしているのは、その下の称号かな?」
ゴッドフリート団長が、穏やかな声で言った。
「は、はい……」
僕はおそるおそる顔を上げた。
「伯殿。我々が聖女殿を慕い、陰ながら見守らせていただいているのは、彼女の負わされた責務の大きさと、魔の勢力に脅かされかねない存在であるのが所以だ」
団長は静かに言葉を続ける。
「己が勝利を犠牲にしてでも、単身で死地に飛び込み、身を挺して聖女をお守りした君がその称号を授かったとして、それを誰が咎めることができようか」
おお……!!
ゴッドフリート団長、思った以上にアツい男だった……。
看板娘に彼氏ができたら憤慨するような安いファンじゃなかった!!
彼氏と幸せそうにしている看板娘を見て幸せな気持ちになれる、仙人みたいなファンだった!!
「でも、お兄様はアンナリーザ様とチューしてましたよ」
「なっ?!」
「わっ、ばかっ!!」
アリサとの一連のやり取りを決して許容していなかったらしいテレサがぼそっと言った一言で、聖天馬騎士団の連中が大きくよろめいた。
「ま、まぁ……、二人共まだ若いから、若気の至りということもあろう……」
「でも、二回ですからね」
テレサの言葉の槍が、聖天馬騎士団にグサグサと突き刺さる。
「二回、チューしてましたから」
「ぐぐぐっ……。わ、若気の至りが二回ということもあろうから……こ、此度は許してつかわす……」
勇猛果敢、威風堂々で知られる、アヴァロニア教皇庁が誇る聖天馬騎士団は完全に覇気を失った様子で僕たちに挨拶をすると、よろよろとした足取りで、天空に向かって去っていった。
「ああ……、せっかくいい感じの話で終わるところだったのに……」
僕はガックリと膝を付いた。
あんなヨボヨボと天を駆ける天馬たち、見たことがない。
「わっ、お姉様?! ミスティ様も?! ユリシール様まで?!」
「殿を悲しませる不届きな妹には説教が必要だと思うてな」
「そうよ、テレーゼちゃん。今のはダメ」
「どうもそなたは心の中で、年長の女を甘く見ているところがあるな。この際、私が直々に教育してくれよう」
ゾフィア、ミスティ先輩、ユリシール殿がテレサをがっちりと担ぎ上げて、どこかに連れ去っていく。
「お、お姉様! ま、待って! お兄様がちゃんと公平に私にも二回チューしてくださっていれば、このような悲劇は……、お姉様! おねえさまあああ!!」
テレサの悲痛な叫び声が、もはや敵のいない戦場に響き渡った。
「あはははははっ!! もうダメ、もうダメですぅ……!! 記事に書くネタが多すぎて、ヨ、ヨダレが止まらない……」
聖天馬騎士団が雲間に消えるまで見送っていた僕は、鉄仮面卿ことメアリーが、高台の隅で足をじたばたさせながら、何かの箱を握っているのを見付けた。
箱の先端には眼鏡のレンズのようなものがついていて、箱全体がぼんやりと光っている。
「鉄仮面卿、なんだいそれは」
「げぇっ!! べ、べ、べ、ベンゲル……ベン、便……」
「ベンで探ってたら僕の名前に一生たどり着かないぞ」
慌てふためく鉄仮面卿に、僕はのんびりと答える。
「で、なに、それ」
「こ、これはですね、ここのレンズから光を集めて、草木を燃やしたりして遊ぶものでして……」
「へぇ……、やってみせて」
「は、はい?」
「草木を燃やして見せてよ」
「は、はい……」
鉄仮面卿は震える手で、レンズのついた箱を傾けて、必死に草木に当て始めた。
「あ、あれ……、おかしいなぁ……。ちっとも燃えないですね……、もしかして壊れてるのかなぁ……」
「壊れてるなら、僕が破壊しちゃうよ? 味方陣営で急に燃えだしても困るし」
「は、破壊?! い、いえいえいえっ!! き、きっともうすぐ燃えますから!! そ、その、きっと……」
鉄仮面卿が草むらにほとんど顔を埋めながら、必死にレンズを傾け始めた。
僕はそんな彼女に背中を向けて、言った。
「映像を記録するのは構わないんだけど、扱いには十分気を使ってね」
「ぎぇっ……、ご、御存知だったので……」
僕はそれを、リヒタルゼンの古物商で見かけたことがあった。
どんな仕組みかは説明されてもわからなかったけど、箱の中に映像魔法が魔法付与されていて、中の結晶石を入れ替えて撮影した映像を保存したり、再生したりできるという、夢のような宝具だった。
ちょっと興味があったけど、お値段も夢のように途方も無い額だったので、諦めたんだけど。
「それと、もう一つ」
僕は抑揚のない声で言った。
「その仮面を付けている時、君は僕の諜報員なんでしょう?」
「は、はいっ……。独占スクープを報酬に、伯のお役に立ちたいと……」
「だったら、なるべく僕に嘘はつかないほうがいいね。……そう思わない?」
「こ、怖っ!! 怖っ!!! い、いえ、ま、まさにおっしゃる通り!! しかと肝に銘じさせていただきまするぅぅっ!!!」
僕が背中を向けたのも、声に抑揚がなかったのも、これ以上笑いをこらえきれなかったからなんだけど、鉄仮面卿は勝手にビビっていた。
……でも、メアリーにはたぶん、このぐらいに思われていたほうが色々とやりやすいんだろうな。
(それにしても……、ぷぷっ……、本当に射影機のレンズで草を燃やそうとするなよ……。笑い死ぬかと思ったじゃないか……)
「あ、そうそう!!」
「ひっ!? な、なんでしょう?! や、やっぱり消すとかですか!? それも映像じゃなくてお前を消すわとかそういう……」
僕が振り返ると、鉄仮面卿がわたわたと慌て始めた。
漆黒のローブに仮面の姿で手をぶんぶんさせるから、本人以上にコミカルに見える。
「そうじゃなくてさ、クラン戦のことなんだけど……」
「ええ」
「戦闘中に召喚体から戻ってもルール上は問題ないの?」
「ハイ、問題ありません」
メアリーがきっぱり答えた。
「クラン戦で明確な禁止事項として存在するのは、戦場外での戦闘行為です。これはただの傷害と見なされるので、各国の法律に照らし合わせて処罰されます」
「なるほど」
「逆に言えば、戦場に立ち入れば関係者ですから、召喚体であろうとなかろうと、ルール上は関係ないのです」
「ということは、生身の身体でクラン戦をやってもいいってこと?」
「はい。そんなバカいるわけないとお思いでしょうが、実際、クラン同士の抗争から、生身の肉体同士でクラン戦を行い、それはそれは血で血を洗う凄惨な戦闘になったケースが……」
「それ、国が止めなくていいの?」
「逆なんです。ベルゲングリューン伯」
ちっちっち、と鉄仮面卿が指を振った。
……メアリーのこのしぐさ、やっぱり仮面を付けててもちょっとイラっとくるよね。
得意げに説明されるのもしんどいので、僕は頭を働かせることにした。
「ああ、なるほど。街中で派手にやられるよりは、クラン戦でやってもらったほうが治安維持としてはありがたい」
「そうですそうです!! ああ、この一を言えば十理解してくれる感覚、すっごく新鮮!! イグニア出版のお偉方ときたら、一を説明するのに十必要なんですよ!! 伯、信じられます!? ちょっと、伯、聞いてますか?!」
『ヴェンツェル、戦場の遺体って、そろそろ全部消えるのかな?』
『ああ、召喚体だからな。装備品も血液も、跡形もなく消えると思うが……』
『よしよし』
僕はそれだけ確認して、全員に改めて広域魔法伝達を飛ばした。
『はーい、みんな、ちょっといい?』
「おわっ、な、なんですか急に!? いつも思うんですけど、伯の魔法伝達って、いつも耳元でささやかれているみたいで、ちょっとクセになるというか、ゾクゾクしちゃうというかですね、その私の性癖が……」
鉄仮面卿が何かしゃべり続けてているのを一旦無視して、僕は「ごく一部」を除く味方陣営全体への通信を続けた。
『今からこれを聞いている全員で、一回クランホールに戻って、召喚体から生身の身体に戻りまーす!! 聞こえたね―? 全員今すぐ帰還するよ!!』
クラン戦の制限時間まであと数時間。
敵陣営唯一の生存者である暁の明星のリーダー、たった一人を残して、クラン戦の戦場と城内を静寂が包み込むのだった。
「到着が遅くなった。申し訳ない」
天馬から優雅に降り立つと、ゴッドフリート団長は僕とがっちり握手を交わした。
「とんでもない。おかげで助かりました。……何かあったのですか?」
「いや、教皇猊下がご不在で、参加の決裁がなかなか下りなかっただけだ。聖女殿の勇姿を見届けることができなかったことは痛恨の極みだが……」
ゴッドフリート団長はそう言うと、僕の顔を見上げて微笑んだ。
「だが、若獅子祭で因縁があった我々を招いてくれたこと、とても光栄に思う。君はとても心が広い男なのだな」
「いえ、それを言うなら、そんな経緯がありながら参戦してくださった皆さんの方でしょう」
「君の仲間たちから聞いたぞ。君は指揮官という立場でありながら、聖女の危機を救うため、燃え盛る炎の中、単騎で敵陣に斬り込んでいき、見事聖女を救ったのだとか」
「い、いや、まぁ……」
ゴッドフリート団長とその仲間のものすごいテンションに圧倒されながら、僕はなんとか微笑んだ。
「私たちはその話を聞いた時、感動と、そんな君に対してどれだけの無礼を働いてきたのかという後悔と自らの恥、そして、そんな愚かな我々を招いてくれた君の心の広さに、溢れ出る涙を止めることができなかった!」
団長が固く握る握手の強さに、彼らの感動の強さがにじみ出ている。
(この流れで、『聖女に愛されし者』の称号を見られたら僕の人生終わるな……)
僕はその後の会話もなんとか無難にやり取りして、早めに話を切り上げようとした。
「それでは、私たちはそろそろ城内に入りますので。本日はお忙しい中、本当にありがとうございました!」
「ああ、また会おう!! 君は我ら聖天馬騎士団の友だ!!」
(うっ……、ざ、罪悪感……)
と、友は重い……。
友は重いよ……、団長……。
「た……」
「た?」
「た、大変申し訳ありませんでしたああああああっ!!!」
僕はその場でジャンプしながら聖天馬騎士団の面々に土下座をした。
「な、なんだ……!? 急にどうしたのだ……?!」
「ぼ、僕の……魔法情報票を見ていただけると……」
僕の行動を不審に思いながら、団長たちが僕の魔法情報票を確認する。
「な、何っ?! 混沌と破壊の魔女に愛されし者……だと?! 災害級危険指定人物として教皇庁で認定されている、あのアウローラか!?」
(げっ……、そんなものに指定されてたの?)
僕はアウローラに尋ねる。
『まぁ、教皇庁とも色々あってな。……その昔、教皇庁に異端審問官という存在がいたのを知っているか?』
(うん。昔、教皇庁の権威が圧倒的だった時代に、教皇庁の意向に逆らう者をことごとく審問にかけて処刑してきたっていう……)
歴史あるアヴァロニア教皇庁の、決して忘れ去られることのない暗い過去。
教皇庁だけではない。ヴァイリス王国も、ジェルディク帝国も、今のような平穏な時代が訪れるまでには、たくさんの血塗られた、恥ずべき歴史があるのだ。
(それで、その異端審問官がどうしたの?)
『あの異端審問という制度を組織ごと葬り、罪なき男も女も魔女だと言って火炙りにしていた異端審問官どもを全員火炙りにしたついで時の教皇も火炙りにしてやったのは、他でもない私なのだ。わっはっは!』
(わっはっは、じゃねぇよ!! おもいっきり教皇庁の敵じゃないか!)
……終わった。
僕はこのままアヴァロニア教皇庁に連行されて、火炙りにされるんだろうか。
「はっはっは、大した男だとは思っていたが、まさか聖アウローラにまで気に入られているとはな」
「せ、聖アウローラ?!」
僕は思わず、素っ頓狂な声をあげた。
「アウローラという人物に対する評価は、歴史家の間でも未だに意見が分かれていてね。現在の教皇庁では、過去の腐敗し、教義を都合よく歪曲していた教皇庁に対し、神に成り代わって鉄槌を下した聖人と見なされているのだよ」
「そ、そう、なんですか……」
「まぁ、聖アウローラが災害級の危険人物であったことに変わりはないのだがね」
僕はほっと胸を撫で下ろしかけて、まだ根本の問題がまったく解決していないことを思い出した。
「……それとも、君が気にしているのは、その下の称号かな?」
ゴッドフリート団長が、穏やかな声で言った。
「は、はい……」
僕はおそるおそる顔を上げた。
「伯殿。我々が聖女殿を慕い、陰ながら見守らせていただいているのは、彼女の負わされた責務の大きさと、魔の勢力に脅かされかねない存在であるのが所以だ」
団長は静かに言葉を続ける。
「己が勝利を犠牲にしてでも、単身で死地に飛び込み、身を挺して聖女をお守りした君がその称号を授かったとして、それを誰が咎めることができようか」
おお……!!
ゴッドフリート団長、思った以上にアツい男だった……。
看板娘に彼氏ができたら憤慨するような安いファンじゃなかった!!
彼氏と幸せそうにしている看板娘を見て幸せな気持ちになれる、仙人みたいなファンだった!!
「でも、お兄様はアンナリーザ様とチューしてましたよ」
「なっ?!」
「わっ、ばかっ!!」
アリサとの一連のやり取りを決して許容していなかったらしいテレサがぼそっと言った一言で、聖天馬騎士団の連中が大きくよろめいた。
「ま、まぁ……、二人共まだ若いから、若気の至りということもあろう……」
「でも、二回ですからね」
テレサの言葉の槍が、聖天馬騎士団にグサグサと突き刺さる。
「二回、チューしてましたから」
「ぐぐぐっ……。わ、若気の至りが二回ということもあろうから……こ、此度は許してつかわす……」
勇猛果敢、威風堂々で知られる、アヴァロニア教皇庁が誇る聖天馬騎士団は完全に覇気を失った様子で僕たちに挨拶をすると、よろよろとした足取りで、天空に向かって去っていった。
「ああ……、せっかくいい感じの話で終わるところだったのに……」
僕はガックリと膝を付いた。
あんなヨボヨボと天を駆ける天馬たち、見たことがない。
「わっ、お姉様?! ミスティ様も?! ユリシール様まで?!」
「殿を悲しませる不届きな妹には説教が必要だと思うてな」
「そうよ、テレーゼちゃん。今のはダメ」
「どうもそなたは心の中で、年長の女を甘く見ているところがあるな。この際、私が直々に教育してくれよう」
ゾフィア、ミスティ先輩、ユリシール殿がテレサをがっちりと担ぎ上げて、どこかに連れ去っていく。
「お、お姉様! ま、待って! お兄様がちゃんと公平に私にも二回チューしてくださっていれば、このような悲劇は……、お姉様! おねえさまあああ!!」
テレサの悲痛な叫び声が、もはや敵のいない戦場に響き渡った。
「あはははははっ!! もうダメ、もうダメですぅ……!! 記事に書くネタが多すぎて、ヨ、ヨダレが止まらない……」
聖天馬騎士団が雲間に消えるまで見送っていた僕は、鉄仮面卿ことメアリーが、高台の隅で足をじたばたさせながら、何かの箱を握っているのを見付けた。
箱の先端には眼鏡のレンズのようなものがついていて、箱全体がぼんやりと光っている。
「鉄仮面卿、なんだいそれは」
「げぇっ!! べ、べ、べ、ベンゲル……ベン、便……」
「ベンで探ってたら僕の名前に一生たどり着かないぞ」
慌てふためく鉄仮面卿に、僕はのんびりと答える。
「で、なに、それ」
「こ、これはですね、ここのレンズから光を集めて、草木を燃やしたりして遊ぶものでして……」
「へぇ……、やってみせて」
「は、はい?」
「草木を燃やして見せてよ」
「は、はい……」
鉄仮面卿は震える手で、レンズのついた箱を傾けて、必死に草木に当て始めた。
「あ、あれ……、おかしいなぁ……。ちっとも燃えないですね……、もしかして壊れてるのかなぁ……」
「壊れてるなら、僕が破壊しちゃうよ? 味方陣営で急に燃えだしても困るし」
「は、破壊?! い、いえいえいえっ!! き、きっともうすぐ燃えますから!! そ、その、きっと……」
鉄仮面卿が草むらにほとんど顔を埋めながら、必死にレンズを傾け始めた。
僕はそんな彼女に背中を向けて、言った。
「映像を記録するのは構わないんだけど、扱いには十分気を使ってね」
「ぎぇっ……、ご、御存知だったので……」
僕はそれを、リヒタルゼンの古物商で見かけたことがあった。
どんな仕組みかは説明されてもわからなかったけど、箱の中に映像魔法が魔法付与されていて、中の結晶石を入れ替えて撮影した映像を保存したり、再生したりできるという、夢のような宝具だった。
ちょっと興味があったけど、お値段も夢のように途方も無い額だったので、諦めたんだけど。
「それと、もう一つ」
僕は抑揚のない声で言った。
「その仮面を付けている時、君は僕の諜報員なんでしょう?」
「は、はいっ……。独占スクープを報酬に、伯のお役に立ちたいと……」
「だったら、なるべく僕に嘘はつかないほうがいいね。……そう思わない?」
「こ、怖っ!! 怖っ!!! い、いえ、ま、まさにおっしゃる通り!! しかと肝に銘じさせていただきまするぅぅっ!!!」
僕が背中を向けたのも、声に抑揚がなかったのも、これ以上笑いをこらえきれなかったからなんだけど、鉄仮面卿は勝手にビビっていた。
……でも、メアリーにはたぶん、このぐらいに思われていたほうが色々とやりやすいんだろうな。
(それにしても……、ぷぷっ……、本当に射影機のレンズで草を燃やそうとするなよ……。笑い死ぬかと思ったじゃないか……)
「あ、そうそう!!」
「ひっ!? な、なんでしょう?! や、やっぱり消すとかですか!? それも映像じゃなくてお前を消すわとかそういう……」
僕が振り返ると、鉄仮面卿がわたわたと慌て始めた。
漆黒のローブに仮面の姿で手をぶんぶんさせるから、本人以上にコミカルに見える。
「そうじゃなくてさ、クラン戦のことなんだけど……」
「ええ」
「戦闘中に召喚体から戻ってもルール上は問題ないの?」
「ハイ、問題ありません」
メアリーがきっぱり答えた。
「クラン戦で明確な禁止事項として存在するのは、戦場外での戦闘行為です。これはただの傷害と見なされるので、各国の法律に照らし合わせて処罰されます」
「なるほど」
「逆に言えば、戦場に立ち入れば関係者ですから、召喚体であろうとなかろうと、ルール上は関係ないのです」
「ということは、生身の身体でクラン戦をやってもいいってこと?」
「はい。そんなバカいるわけないとお思いでしょうが、実際、クラン同士の抗争から、生身の肉体同士でクラン戦を行い、それはそれは血で血を洗う凄惨な戦闘になったケースが……」
「それ、国が止めなくていいの?」
「逆なんです。ベルゲングリューン伯」
ちっちっち、と鉄仮面卿が指を振った。
……メアリーのこのしぐさ、やっぱり仮面を付けててもちょっとイラっとくるよね。
得意げに説明されるのもしんどいので、僕は頭を働かせることにした。
「ああ、なるほど。街中で派手にやられるよりは、クラン戦でやってもらったほうが治安維持としてはありがたい」
「そうですそうです!! ああ、この一を言えば十理解してくれる感覚、すっごく新鮮!! イグニア出版のお偉方ときたら、一を説明するのに十必要なんですよ!! 伯、信じられます!? ちょっと、伯、聞いてますか?!」
『ヴェンツェル、戦場の遺体って、そろそろ全部消えるのかな?』
『ああ、召喚体だからな。装備品も血液も、跡形もなく消えると思うが……』
『よしよし』
僕はそれだけ確認して、全員に改めて広域魔法伝達を飛ばした。
『はーい、みんな、ちょっといい?』
「おわっ、な、なんですか急に!? いつも思うんですけど、伯の魔法伝達って、いつも耳元でささやかれているみたいで、ちょっとクセになるというか、ゾクゾクしちゃうというかですね、その私の性癖が……」
鉄仮面卿が何かしゃべり続けてているのを一旦無視して、僕は「ごく一部」を除く味方陣営全体への通信を続けた。
『今からこれを聞いている全員で、一回クランホールに戻って、召喚体から生身の身体に戻りまーす!! 聞こえたね―? 全員今すぐ帰還するよ!!』
クラン戦の制限時間まであと数時間。
敵陣営唯一の生存者である暁の明星のリーダー、たった一人を残して、クラン戦の戦場と城内を静寂が包み込むのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
卒業パーティーのその後は
あんど もあ
ファンタジー
乙女ゲームの世界で、ヒロインのサンディに転生してくる人たちをいじめて幸せなエンディングへと導いてきた悪役令嬢のアルテミス。 だが、今回転生してきたサンディには匙を投げた。わがままで身勝手で享楽的、そんな人に私にいじめられる資格は無い。
そんなアルテミスだが、卒業パーティで断罪シーンがやってきて…。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
50歳元艦長、スキル【酒保】と指揮能力で異世界を生き抜く。残り物の狂犬と天然エルフを拾ったら、現代物資と戦術で最強部隊ができあがりました
月神世一
ファンタジー
「命を捨てて勝つな。生きて勝て」
50歳の元イージス艦長が、ブラックコーヒーと海軍カレー、そして『指揮能力』で異世界を席巻する!
海上自衛隊の艦長だった坂上真一(50歳)は、ある日突然、剣と魔法の異世界へ転移してしまう。
再就職先を求めて人材ギルドへ向かうも、受付嬢に言われた言葉は――
「50歳ですか? シルバー求人はやってないんですよね」
途方に暮れる坂上の前にいたのは、誰からも見放された二人の問題児。
子供の泣き声を聞くと殺戮マシーンと化す「狂犬」龍魔呂。
規格外の魔力を持つが、方向音痴で市場を破壊する「天然」エルフのルナ。
「やれやれ。手のかかる部下を持ったもんだ」
坂上は彼らを拾い、ユニークスキル【酒保(PX)】を発動する。
呼び出すのは、自衛隊の補給物資。
高品質な食料、衛生用品、そして戦場の士気を高めるコーヒーと甘味。
魔法は使えない。だが、現代の戦術と無限の補給があれば負けはない。
これは、熟練の指揮官が「残り物」たちを最強の部隊へと育て上げ、美味しいご飯を食べるだけの、大人の冒険譚。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる