士官学校の爆笑王 ~ヴァイリス英雄譚~

まつおさん

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第三部 第二章「ゴブリンとの死闘」(3)

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「ああん、もう! ヒドい目に遭っちゃったわよぉ」

 ゴブリンの毒矢で離脱していたちびジョセフィーヌが戦線に復帰した。
 思った以上のダメージだったのか、顔色が見たことがないぐらい白く、少しやつれたように見える。

 まるで……。

「毛をむしったニワトリみたい」
「んもう! 病み上がりのレディになんてこと言うのぉ! せめて毛をむしった孔雀と言ってくれる?」
「いでぇっ!!」

 ちびジョセフィーヌが、女子が男子とじゃれ合うみたいに僕の背中をはたいた。
 普通の女子と違うのは、そのはたいたダメージが尋常じゃないところだ。

「まだ顔色が良くないみたいだけど、復帰して本当に大丈夫なの?」
「ふっふっふ、まつおちゃん、よく聞いてくれたわね」

 ちびジョセフィーヌが腕を組んで、得意げにニンマリと笑った。

「ワタシの魔法情報票インフォメーションをぺろっと見てくれるかしらん」
「ぺろっと……」

 ちびジョセフィーヌに促されて、僕は魔法情報票インフォメーションを覗き込んだ。

「……猛毒耐性◎……なんじゃこれ……」
「つ・い・ちゃった」
「す、すごくない?!」

 ちびユキが思わず叫んだ。

 ゴブリンの矢についていたよくわからない毒のおかげで、ちびジョセフィーヌは毒全般に対する抗体ができたらしい。 
 猛毒の針や爪、牙を持つ魔物モンスターはかなり多く、それで毎年数多くのベテランを含む冒険者が命を落としている。

 通常は、各種解毒薬の常備はもちろんのこと、猛毒を持つ魔物モンスターが生息する場所に行く時には毒に耐性のある装備なんかで対策をしたりするんだけど、生身の身体に耐性が付くというのは、けっこうものすごいことだ。

 ニンジャのようなごく一部の上位職業ハイクラスは同じような耐性を持っているみたいだけど、ジョセフィーヌのようなおもいっきり近接戦闘をするような戦士が耐性持ちというのは、ちょっと聞いたことがない。

「おまえ、ポイズンジャイアントと戦ってみたら?」
「花京院……あんたねぇ……あいつ毒がなくてもめちゃくちゃ強いのよ……」
 
 ちび花京院のむちゃくちゃな提案をちびジョセフィーヌが即座に却下する。
 ゴブリンたちに袋叩きにされて戦線離脱した花京院も、アリサの回復魔法ヒールのおかげで、いつも通りの元気な姿に戻っていた。

「そんなめちゃくちゃ強いポイズンジャイアントの顔面にしょんべんぶっかけた猛者がここにいるんだぞ」
「まつおちゃんの基準で物事を考えていたら、ワタシなんて秒で死んじゃうわよ」
「いやぁ、あんときはマジで生きた心地がしなかったわ……」

 ちび花京院とちびジョセフィーヌの会話に、ちびルッ君が加わった。

「僕のおしっこより、ルッ君が履いたサンダルの方が効いてたみたいだけどね」

 僕が言った。

「くすっ、さっきから何の話をしているのよ」

 ちびアリサが笑いながらこちらにやってきた。

「その帽子、めちゃくちゃかわいいけど、どうしたの?」
「教会の子供のために作ってたニットなんだけど、小さくなったからちょうどいいかなって」

 アリサは白い毛糸のニットを被っていた。
 てっぺんにもこもこしたポンポンがついていて、めちゃくちゃかわいい。

 いつもは紫に近い藍色の髪をゆるめのボブに目元もしっかりメイクした姿がとても似合っているんだけど、小型化に合わせたのかナチュラルメイクになっていて、普段より幼く見える。

「かわいいでしょ、これ」
「小さい頃にクラスにこんな子がいたら男子は全員好きになってそう」
「あーら、相変わらず褒め上手ですこと」 

 まんざらでもない風にアリサが言った。

「……なぁ、二人でイチャこいとるとこ悪いねんけど……」

 僕の後ろから、ノームがやってきた。

「掃除せなあかんなーおもて道具探しとったら、知らん間にさっきまでぐちょぐちょでメタメタやったゴブリン共の死体がいっこもあらへんねんけど……どないしたん?」
「そうそう、それをこの人がやってくれたんだよ」

 僕はアリサに手のひらを向けながら言った。

「うん、今ちょうど全部終わったとこ。『浄化』完了よ」
「ほあぁ……そないなことができるんや……」

 アヴァロニアの神話によれば、人間や亜人たちは神様によって作られた存在で、魔物たちは魔王によって作られた存在らしい。

 正直、僕はその辺をあんまり信じていないんだけど、たしかに神聖魔法は死んだ魔物モンスターを浄化することができる。

 アヴァロニア教会の文言によれば、不浄の存在から魂を救済するのだそうだけど、とりあえず、現象として確認できるのは、「きれいさっぱりいなくなる」ということだ。

 神聖魔法のこの能力、地味だけど実はものすごく重要で、回復魔法ヒールと同じかそれ以上に、アヴァロニア大陸に住む人々とアヴァロニア教会が切っても切れない関係である理由の一つなのだ。

 なぜなら、死んだ魔物は、こないだの士官学校ギルド発足の時の古代迷宮にいたアンデッドコボルドのように、放置していると死霊化したり、ゾンビ化してしまうことがあるからだ。

 そんなわけで、アリサの浄化魔法によって、キムタンクの大活躍で死屍累々の様相を呈していたゴブリンの遺体はキレイになくなり、ノーム達の工房は完全に原状復帰することができたのだ。

「よっしゃー! とりあえず、これでワシらの工房も機能回復やー!!」
「ヨッ!! 待ってましたッ!!」
「とりあえず火や! 炉に火を入れるんや!!」

 工房がすっかり元通りになって、ノームたちが大喜びでせかせかと工房の設備をいじりはじめている。

「ヴェンツェル、どう思う?」

 僕はちびヴェンツェルに尋ねた。
 もともと美少女みたいな見た目のヴェンツェルは、ちびになるとさらに凶悪なまでに美少女さが増している。

「君が私に聞いているのは、防衛についてだろうな」

 ……長い付き合いになって、僕とヴェンツェルはだいたいお互いの考えることがわかるようになってきている。

 って僕が言うと、ヴェンツェルに「それは君の方だけだ」って言われたけど、やっぱりこうして、ちゃんと聞きたいことをわかってくれているじゃないか。

「やっぱり、攻めてくると思う?」
「そこまではわからないが、君がさっき指摘した通り、この場所は防衛には向かない。大群で来られては対処のしようがないだろうな」
「キムタンクも使えないしなぁ……」

 僕がちらっと、ちびジルベールとちびゾフィアを見ると、二人はさりげなく視線をそらした。

 さっきのキムの末路を見て、「自分もやってみたい!」とか言ってしまったことを後悔しているらしい。
 視線をそらしながら、全力で「やりたくないです」オーラを出している。

 ちなみに大活躍のキムには、お城で休んでもらっている。
 今頃はアサヒのクッキーでも食べてご満悦だと思う。

「ミヤザワくん、いる?」
「ここだよー、ここ!」

 走り回るノームたちの群れに巻き込まれて、身動きが取れなくなっていたちびミヤザワくんが手を振った。

「あ、いたいた」
「はぁ、はぁ……、ノームさんたちって、すごいね……、全部で何人ぐらいいるんだろ」

 なんとか駆け寄ってきたミヤザワくんが言った。

「なんぼでもおるで」

 ノームの一人がミヤザワくんの言葉を耳ざとく聞きつけて、こちらの会話に割って入った。

「あんたら他の種族はあれやろ、すけべして子供作るんやろ? ワシらはアレや、木の実から生まれるんやで。だからいっぺんにぎょうさん生まれるんや」
「すけべしてって言い方、もう少しどうにかならない……?」

 僕がげんなりしながらノームに言った。

「ワシらは木の精霊って言われるぐらいやからな、すけべせんでも子供ができるんや。たぶん、他の種族の一歩上をいってるんや! ほんまやったらあんたら、ワシらをあがたてまつらんとあかんのと違うか」
「うーん……」

 ノームの言葉に、僕は腕を組んで考えた。

「でもさ、それって、果樹の雄花おばな雌花めばながくっついて、木の実ができるわけでしょ?」
「……お、おい、自分、何言おうとしとんねん……」
「つまり、花と花がすけべしたから君たちがいるわけじゃん」
「うわー!! そんな話聞きたない!!」
「花と花がすけべするんだったら、自分たちですけべしたほうが……」
「う、うっさいわ!! ノームの神秘性を台無しにしよってからに!!」

 半泣きになったノームが、ボケー!!っていう捨て台詞と共にどっかに走り去っていった。

「うーん……」
「どうしたの?」

 そんなノームの背中を見ながら僕が唸っていると、ミヤザワくんがたずねた。

「いや、すけべしないんだったら、どうしてノームの男にちんちんがついてるのかなって」
「さ、さぁ……、おしっこをするためとか……?」
「あら、女だっておしっこするわよ」

 なぜか話に加わってきたアリサがそう言うと、ミヤザワくんが顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。

「アリサ……、こいつらの話に付き合ってるとアホが伝染うつるわよ……」

 呆れたようなユキの言葉が飛んできた。

「……ユキ、僕のことをアホ呼ばわりするのはいいけど、巻き込まれただけのミヤザワくんはかわいそうだからやめてあげてくれる?」
「男なんてみーんなアホなのよ」

 ちびユキが言った。
 そうかもしれない。

「それで、ヴェンツェル、どう思う?」
「ふむ、それを論じるには、我々はノームのちんちんに対する知見が足りない。ヴァイリスにある文献によれば……」
「い、いや、ちんちんの話はもう良くて……、防衛の話」

 僕がそう言うと、ヴェンツェルは顔を少し赤くして、そ、そうか、と言った。
 
「ほら、みんなアホでしょ」

 ユキがぼそっとツッコんだ。
 やっぱり、僕とヴェンツェルはまだ完全にお互いの考えがわかるわけではなさそうだった。

「どうしたのルッ君、さっきから難しい顔をして」

 ユキの後ろで腕を組んで、ものすごく難しい問題を解こうとしているような顔をしたルッ君に声をかける。

「いや……、なんでなんだろうなって思って」
「なんでって、なにが?」

 少し嫌な予感がしながらも、ルッ君に尋ねる。

「なんでお前は女子とちんちんの話をしても、変態扱いされないのかなって……」
「ね、アホでしょ」
「アホだね」
「アホだわ」
「アホだな」
「なっ!? なんでギルサナスまで言うんだよ!」

 ルッ君が顔を赤くして振り返ると、ギルサナスがにこにこ笑っていた。
 なんだかんだ、ギルサナスもすっかりみんなと打ち解けたよなぁと思う。

「おかえり、ギルサナス。復帰できそう?」
「ああ。魔力の枯渇なんて幼年時代ぶりだから、びっくりしたよ」

 ギルサナスが苦笑しながら近づいてきた。

「暗黒剣は普通に使うだけでも魔力を使うから、小型化して戦うのには向かないね。あまり役に立てなそうですまない」
「普通の剣ならどう?」
「ああ、それなら問題ないだろう」
「オッケー、それなら後でノームたちにお願いして用立ててもらおう」
「ドワーフと並んで名工と名高いノーム製の剣が扱えるなんて、光栄だね」
「おう、そこのイケメン兄ちゃん、わかっとるやないかい!」

 今度は違うノームが会話に割り込んできた。
 白いひげもじゃのユキイ爺さんと違って、黒いあごひげと、墨で塗ったように太い眉毛のノームだった。
 他のノームみたいに三角帽子をかぶらずに、はげ頭に、ジェルディク帝国の飛空艇乗りが使うようなゴーグルを乗せている。

「ちぃと残念なのは、ドワーフみたいなパチもんとワシらを比べたっちゅうとこやな!」
「パチもん……」
「パチもんって何?」
「ノームの言葉で、人気の商品に便乗した偽物とか、まがいもののことを言うんだって」

 アリサの質問に、僕が答える。

「……なんでそんなことをベルが知ってるの?」
「今、アウローラが教えてくれた」

 僕は答える。

「そもそもな、力自慢で脳みそが筋肉でできとるようなドワーフの連中に鍛冶や細工を教えたったんは、ワシらのご先祖様なんやで?」
「あー、そういうの、僕、あんまり興味ないんだよね」
「なんやと?!」

 ヒゲ面のノームが僕の言葉にギョッと目を丸くする。

「ヴァイリスのお菓子とかでもさ、『元祖なんちゃら』と『本家なんちゃら』が、どっちが発祥だとかで何十年もモメてるらしいんだけど、僕が一番美味しいと思うのは、元祖でも本家でもない、アルミノの露店でヨボヨボのおじいさんが売ってる……」
「こらこらこらこら!! 『神工』と呼ばれたワシらの仕事をそないなもんと一緒にすな!!」

 ヒゲ面のノームが全力で僕にツッコんだ。

「だって、君たちのご先祖様がドワーフに工法を教えたんでしょ? それが本当だとして、君たちのご先祖様が教えたものをパチもんっていうなら、君たちの工法もパチもんってことじゃん」
「親方、あかん……、このガキ、口げんか強すぎますわ……」

 隣にいた弟子らしきノームに耳打ちされて、ヒゲ面のノームがぐぬぬ、とうなった。

「……ワシの言い方が悪かった。たしかに、ドワーフの仕事はなかなかのもんや。しかしな、ワシらノームの仕事はもっとすごいんや!」
「おお、どうすごいの?」

 嫌味とかではなく、僕は本当に気になって尋ねてみた。

「それはな、科学や」
「かがく……?」
「せや」

 ヒゲ面のノームは胸を張ってそう言うと、おでこの上に乗せていたゴーグルを外して、僕に手渡した。

「かけてみい」
「えー、やめとくよ。汚そうだし」
「ええからかけてみい!」

 ヒゲ面のノームに言われて、僕は渋々ゴーグルをかけてみた。
 
「でや?」
「でやって何?」
「どうや、って意味や!」
「いや、普通なんだけど……」
「せやろ」

 僕がそう言うと、ヒゲ面のノームが僕の身体をぐい、と引っ張った。

「次はあそこの炉の中を見てみい」

 僕は言われるままに、ノームたちが点火して高温でメラメラと燃えている炉を見た。
 絶対にまぶしいと思ったので思わず目を細めたその瞬間、ゴーグルの視界が一気に暗くなった。

「おお、すごい! 炎の中まで見える!!」
「でや! すごいやろ!! これが科学っちゅうやつじゃ!!」

 僕がゴーグルを外すと、ドヤ顔……、いや、でや顔のヒゲ面ノームがニカッと笑った。

「ドワーフの連中は鍛造も細工も一流やが、こういうことはでけへん。あいつらは溶接とかやる時に真っ黒いメガネを使うんや。でも、そうすると今度は手元が見えへんようなるやろ? これやったら、手元を見る時は普通の明るさで見えるっちゅうスグレモンなんや!」
「へぇー! よくわからんけど、すごい」
「せやろ!」

 でや顔のノームのおっさんの顔を眺めながら、僕はふと、別のことを考えた。

「なぁ、おっちゃん」
「なんや? ワシのことはボンゴルって呼んだらええ」

 僕はボンゴルと名乗るヒゲ面のノーム職人に尋ねた。

「これの逆のことって、できないかな」
「逆……? どういうこっちゃ」
「えっと、つまりね……」

 僕はボンゴルさんに自分の考えを説明する。

「あんた、むちゃくちゃなこと考えよるな……」

 隣で聞いていた弟子が僕に言った。

「やっぱ、無理だよね」
「いや、おもろい!! めっちゃおもろいわ、それ!」

 ボンゴルさんは少年のように目を輝かせて笑ったので、弟子たちがびっくりして彼を見る。

「親方、そないなことホンマにできるんでっか?」
「わからん。わからんけどな、おもろい。おもろいっちゅうのはワシらの仕事で一番大事なことや」

 ボンゴルさんは弟子にそう言うと、僕の方を向いた。

「2、3日くれへんか。その間に、あんたが言うたアイディア、なんとか形にしてみるさかい」
「うーん、2日が限界かなぁ……」

 僕は考えながら言った。
 それ以上この場所をゴブリンの猛攻から防衛するのは、ちょっと現実的じゃない気がする。

 そうだ、防衛。
 防衛について考えなきゃいけないんだった。

「よっしゃ、わかった! 2日でなんとかしたる!!」
「ちょ、ちょっと、親方、ホンマに大丈夫なんでっか?! やくざ相手にそんな安請け合いしてもうて……」
「アホンダラ! ここでノーム職人の意地を見せんで、どこで見せるちゅうねん!」
「せ、せやかて……」
「今日から徹夜や!! お前も今のうちに休んどけ!」
「ひぃぃー」

 ボンゴルさんの弟子がうめいている横で、僕はふと、ミヤザワくんの方を見た。

「ミヤザワくん、ブッチャーって今どこにいる?」
「さすがだなベル。私も同じことを考えていた」

 ヴェンツェルがニヤリと笑って言った。
 
 小型化して弱体化した僕らと違って、ミヤザワくんのペット兼召喚獣である幼竜型の幻獣、ブッチャーは元からあのサイズ。
 そしてあの火炎ブレスの威力だ。
 
 うまく運用できたら、ゴブリンなんて敵じゃないはずだ。

 そんな期待の目を向ける僕とヴェンツェルを見て、ミヤザワくんが少し気まずそうにうつむいた。

「入り口のキムくんのお肉を全部食べたら、満足して消えちゃった……」
「そ、そう」
「こちらから呼んだりはできないのか?」

 ヴェンツェルが尋ねる。

「どうなんだろう……。やってみるね」

 ミヤザワくんはすーっと深呼吸してから、両手を口に当てて叫んだ。

「ブッチャー!! おいでー!! ブッチャー!! 戻ってきてー!!」

 しぃぃぃぃぃぃん……。

 ミヤザワくんの呼びかけに、ノームたちが「なんやなんや?」「ブッチャーって誰や」って反応しただけで、ブッチャーの反応はまったくなかった。

「はは……、ごめんね。やっぱりダメみたい……」

 ミヤザワくんが頭を下げる。

「いや、ミヤザワ君が謝るようなことは何も……」

 ヴェンツェルがミヤザワくんにそう言っている横で、僕も呼びかけてみることにした。

「ブッチャー!! ごはんだよー!! お肉がいっぱいあるよー!!」
「ぐえ」
「うわっ!!」

 ミヤザワくんの足元にブッチャーが唐突に現れて、ミヤザワくんが声を上げた。

「す、すごい……一瞬で来た」
「まるでキムみたい」
「キムね」

 感嘆の声をあげるミヤザワくんに続いて、ユキとアリサが感想を述べる。

「ぐえぐえ?」

 呼び出されたブッチャーは、太い首を左右にかしげて、僕の方を見上げる。
 どことなく物欲しそうな、つぶらな瞳。

「あ、ご、ごめんね。まさか本当に来るとは思ってなくて……、何も用意してないんだ……。ははは……」
「…………」

 3秒間ぐらいだろうか。
 ブッチャーと視線が交差した。

「ぐえっ!!」

 ぶおおおおおっ!!!

「うわぁぁぁぁぁっ!??」

 僕が慌てて飛び下がると、僕の顔があった場所にブッチャーの火炎の息ファイアーブレスが飛んできて、僕の前髪をチリチリと焼いた。

「用意する!! あとでちゃんと用意するから!! おいしいごはんを!!」
「ぐえ」

 僕がそう言うと、ブッチャーは満足したようにおとなしくなって、ミヤザワくんの足元にぼて、とおなかを付けた。

「完全にキムじゃないか……」
「もうこの際、キムラMkⅢって名前にしたらどうかしら」
「ぷっ」

 いつの間にか合流したミスティ先輩の言葉に、ユキが思わず吹き出した。

「キムのことをブッチャーって呼ぶのもアリだとは思わんか」
「あははっ!! ヒルダ先輩まで!」

 同じく合流したヒルダ先輩の言葉に、ユキがげらげら笑う。

「キム殿は食い意地さえ張っていなければ、殿に次ぐ良き武人だと思うのだが……」
「あら、お姉さまはキム様のような殿方がタイプなんですの?」
「いや、それはないな」

 ヒルダ先輩に続くように、ゾフィア・テレサ姉妹がやってきた。

「あんなに体張ったのにいじられるなんて……。なんてかわいそうなキム……」
「あんたがやらせたんでしょ!」

 ユキはげらげら笑いながらもしっかりツッコミを入れてくる。

「それで、ブッチャーをどうするの?」

 ひとしきりみんなで笑ったところで、ミヤザワくんが尋ねた。

「今のミヤザワくんのサイズならさ、乗れるんじゃない?」
「えっ?」
「ブッチャーの上に、騎乗できるんじゃない?」
「うおおおおっ、まつおさん、すげぇこと考えるな!! 竜騎士じゃん!!!」

 花京院が興奮したように会話に参加する。

「ノームの職人さんたちに、既存の甲冑を加工してもらって、ブッチャーの鎧を作るでしょ? で、その上にミヤザワくんが乗って、盾を構えながら火薬袋をぼんぼん投げて、ブッチャーが火炎の息ファイアーブレスをすれば……」
「え……、え……? 勝ちじゃない? それもう勝ちじゃない?!」

 超ハイテンションで言う花京院に、僕は苦笑しながら首を振った。

「いや、花京院、攻めは無理だよ。やるとしたら守り専用」
「えー、なんでだよう!? めっちゃ攻撃力高そうじゃん!!」
「たしかに、攻撃力は高いだろうけどさ……」

 僕が話している横で、ミヤザワくんがおそるおそる、ブッチャーの背中にまたがった。

「ぐえ」

 ブッチャーは軽く声を上げたけれど、特に嫌がる風でもなく、ミヤザワくんをまたがらせた。

「おおおおっ……!!」

 花京院だけでなく、僕たちもその光景に感動を覚えた。
 竜にまたがる魔法使いウィザード

 ずいぶん小型化されていて、一部ずいぶん太っているけれど、それはまぎれもなく、おとぎ話に出てくる光景に違いなかった。

「あーん、まつおちゃんったら、ステキなこと考えるじゃなーい!」

 ジョセフィーヌが大喜びだ。

「もっと時間があったら、ブッチャーちゃんに素敵な羽飾りを付けてあげるのにぃ」

 たぶん、ものすごく濃いピンクとか紫とか、そういう色の羽飾りなんだと思う。

「ほら、やっぱり完璧じゃんか! ミヤザワが火薬投げたり魔法撃って、こいつがブレス吐いたら、ゴブリンの一匹二匹……」

 うん、そう。
 そうなんだよね。

 だけど……。

「ミヤザワくん、前進させられる?」

 僕はミヤザワくんに尋ねる。

「うん、やってみる。ブッチャー、前に行って!」
「ぐえ」

 ブッチャーはミヤザワくんの言葉をちゃんと理解しているらしく、めんどくさそうにしながらも、言われたとおりに翼をぱたぱたさせて前進する。

 するのだが……。

「うわぁ……」
「おっそ!! おっそ!!!」

 ミヤザワくんを乗せたブッチャーは、みんながドン引きするぐらい遅かった。
 お腹が地面に付くか付かないかのすれすれの、超超低空飛行で空を飛んで、歩いたほうが何倍も速いレベルで前に進んでいる。

「花京院。ブッチャーが地中深くのノーム王国に到達するのに、下手したら一年はかかると思わない?」
「思う。……っていうか、こいつ、前に見た時よりさらにデブくなってない?」
「そ、そうかな? 一応、食事の量には気を使っているんだけど……」

 ミヤザワくんの釈明を、その場に居合わせた誰も信じなかった。

「ぎゃははははは!! なんやこいつ!! めっちゃトロいやんけ!!」
「めっさおもろい!めっさおもろい!! 笑わしよんなー!!!」

 前方にいたノーム二人が、ミヤザワくんを乗せたブッチャーの接近に気づいて爆笑する。

「ぐえ」

 ぶおおおおおっ!!!

「ひ、ひぃぃぃぃぃぃっ!!!!」

 ブッチャーの火炎の息ファイアーブレスの先端が軽く触れると、ノームたちの派手な色の服がボッ、と引火し、ノーム二人はあわてて金属を冷やすための水を張ったタライにダイブした。

「うんうん、やっぱり攻撃力は十分みたいだね」

 そんなノームたちの様子を見て、僕はうなずいた。
 その時。

「た、た、た、大変や!!! 大変やぁぁぁぁぁぁ!!!」

 黒縁メガネのノームが、血相を変えて工房に飛び込んできた。

「ヤッサン、どないしたんや、そない慌ててからに」

 ノーム職人たちに指示を出していたユキイ爺さんが、ヤッサンに向かって言った。

「キー坊! そない落ち着いとる場合ちゃうねん!! 大変やでしかし!!」
「誰がキー坊やねん」

 ユキイ爺さんのツッコミにも構わず、ヤッサンは黒縁メガネを人差し指で押し上げながら言った。

「ゴブリンの大群がもうすぐこっちに来よるで!! ここにおった奴らなんか比べもんにならん数や!! 正味しょうみの話、はよ逃げんと全員ここで死んでしまうで!」
「な、な、なんやてー!!!」

 途端にノームたちが大騒ぎをしはじめた。

「うーん、思ったより早いなぁ……」
「ベル、どうする?」

 ヴェンツェルが僕に尋ねる。
 こんな状況でも落ち着いているのは軍師らしいけど、どうする?って聞いてくる軍師はそうそういないと思う。

「今からノームを全員連れて撤退するのは無理だから、ここに立て籠もるしかないよね」
「それはそうなんだが、頼みのミヤザワくんとブッチャーも、装甲が用意できない以上実戦投入はできないだろう」

 ヴェンツェルが考え込んだ。
 だけど、考える時間はそれほど残されていない。

 僕は頬をぱんぱん、と叩いて、みんなに宣言した。

「よし、とりあえず腹をくくろう! みんなでここを死守するんだ!!」
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ファンタジー
​「命を捨てて勝つな。生きて勝て」 50歳の元イージス艦長が、ブラックコーヒーと海軍カレー、そして『指揮能力』で異世界を席巻する! ​海上自衛隊の艦長だった坂上真一(50歳)は、ある日突然、剣と魔法の異世界へ転移してしまう。 再就職先を求めて人材ギルドへ向かうも、受付嬢に言われた言葉は―― 「50歳ですか? シルバー求人はやってないんですよね」 ​途方に暮れる坂上の前にいたのは、誰からも見放された二人の問題児。 子供の泣き声を聞くと殺戮マシーンと化す「狂犬」龍魔呂。 規格外の魔力を持つが、方向音痴で市場を破壊する「天然」エルフのルナ。 ​「やれやれ。手のかかる部下を持ったもんだ」 ​坂上は彼らを拾い、ユニークスキル【酒保(PX)】を発動する。 呼び出すのは、自衛隊の補給物資。 高品質な食料、衛生用品、そして戦場の士気を高めるコーヒーと甘味。 ​魔法は使えない。だが、現代の戦術と無限の補給があれば負けはない。 これは、熟練の指揮官が「残り物」たちを最強の部隊へと育て上げ、美味しいご飯を食べるだけの、大人の冒険譚。

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