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第一章 高校二年生編

第26話 かのんちゃんは楽しみたかった

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 男女グループ……男子が三人で女子が二人、その全員が花音に嫌らしい目を向けて嬉しそうに見ている。
 その嬉しそうな表情は再会の喜びなどでなく、|『』だということはすぐにわかった。

「なに? 本宮、お前本性でも隠して男作ってんの?」

 グループの中の一人の男がそう花音を嘲笑する。
 すると、他の男女も口々に暴言を吐く。

「男子地味だし。……まあ、お前程度ならそれくらいがお似合いか」

「地味でも不釣り合いだって。だって本宮クソだもん」

「体使って誘惑でもしたんじゃないのー?」

「むしろ罰ゲームで付き合わされてるんじゃね?」

 そんなことを口々に言う。
 俺のことも地味にディスられているのはこの際どうでもいいが、あまりにも酷い言われようだ。
 ただ発言から察するに、このグループの全員は花音の知り合い……恐らく中学時代の知り合い、同級生だろうか。

 花音はその暴言に反論しない。
 そして最初に花音に声をかけ、最初に花音のことを悪く言った男が冷たく言い放った。

「マジで、昔の話でもお前のこと好きになったことがあるとか黒歴史だわ」

 酷い言われようだ。
 恋愛したことのない俺にはわからないが、ここまで言うほどのことなのだろうか。
 つい、口から言葉が溢れ出た。

「じゃあ、話しかけなければ?」

「は?」

 初対面の相手に対しての言葉遣いではない。
 わかっていても俺は止まらなかった。

「嫌いなら話しかけなければいいし、なんでわざわざ話しかけたの? 責めたいなら俺がいないところでやればいいじゃん。関係ない俺がいるところにわざわざ声をかけて罵倒して『黒歴史』とかさ、何がしたいの?」

 あまりにも低レベル。

 そう言いかけたが、流石にそこは理性が止めた。
 何があったかわからない。
 花音がそれだけ酷いことをしたのであれば、責められるのは仕方のないことなのかもしれないし、責めてしまっても否定できないのかもしれない。

 ただ、明らかに無関係な俺を巻き込んでまで罵倒するのは、あまりにも低レベルな思考だとしか思えなかった。
 勉強ができない俺でも、無関係の人を巻き込んでいい理由にはならないとわかるのだ。

「かのんちゃん、行こう」

 俺は声をかけて花音の方を見るが、花音は俯いたまま動こうとはしない。
 震えている。
 その震えた手を掴み、花音を罵倒したグループを無視して歩みを進めた。



「……はい、これ」

 俺はあたたかいミルクティーを手渡すと、花音は小さく「ありがとう」と言って受け取った。
 花音を引っ張って帰るにしても花音の家を知らない。
 そうでなくともこのまま帰すわけには行かなかった。

 そのため、花音の家の近くの公園のベンチに座らせ、俺は落ち着かせるために飲み物を買った。
 俺もベンチに腰掛け、自分の分のカフェオレを一口飲むと口を開く。

「話したいなら話してほしいけど、嫌なら無理は言わない。少なくとも、落ち着くまでは一緒に居させてほしい」

 花音が落ち着くまでのことだが、あくまでも花音の側に居たかった。

 友達なのだ。
 花音が嫌と言えばそれまでだが、何ができるのかわからなくても力にはなりたかった。

 頷いただけの花音はしばらく黙りこくっていた。
 五分か十分か、もしかしたらそれ以上かもしれない。
 しかし一瞬にも感じたその沈黙を破ったのは花音の方だ。

「……本当はね、中学の頃のことじゃないけど、帰る前に青木くんと話したいなって思ってた」

 花音は「だから予定も早めにご飯とか早めに済ませたの」と付け加えた。
 言われてみると、花音は少し不自然だった。
 最初からやけにテンションが高く、俺はそれに気がついていたが『デート』……友達と遊ぶのが楽しみだったのだと捉えていた。

 楽しんでくれたのは楽しんでくれたのだろう。
 ただ、終わりが近づくにつれて高いテンションが無理をしているようには見えていた。
 花音が何かを話すために思い詰めていた結果なのかもしれない。

「私ね、ひとりぼっちなんだ」

 花音は一言、そう吐き出した。
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