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第一章 高校二年生編

第36話 春風双葉は気にしている

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「今日は羽伸ばせたか?」

 ゆっくりと回る観覧車。
 登り始めたばかりだが、徐々に見え始める夜景に目を向けながら双葉の様子を伺った。

「満足です! ありがとうございます!」

 双葉は『ニパーっ』と満面の笑みを浮かべる。
 俺が双葉の誘いを受けた一番の理由である『双葉が羽を伸ばせるように楽しませること』はどうやら達成できたようで、「そうか」と冷静を装いながらも安堵していた。

「これも、ありがとうございます」

 そう言って双葉はまだ包装に入ったままのキーホルダーを胸に抱きしめる。



 お土産コーナーを見て回ると、ぬいぐるみは高すぎて手が出ず、他に気になったものはカップルが買うようなものが多かった。

「それならこれがいいですね」

 双葉はオーソドックスなイルカのキーホルダーを二つ手に取る。

「付き合ってないんでペアは無理ですけど、先輩後輩なんでお揃いくらいはいいですよね?」

「……まあ、そうだな」

 恥ずかしくないと言えば嘘になる。
 女子とお揃いのものを買うなんて、妹の凪沙が小さい頃に買ったくらいだろうか。
 家族旅行先で買った誕生石の埋め込まれたキツネのキーホルダーも、今はもうつけていない。

「とりあえず買うか」

 そう言って俺は双葉の手にあったキーホルダーを手に取るとレジに向かう。
 その間、双葉は唖然と立ち尽くしている。
 会計を済ませて一つを手渡すと、双葉はようやく反応した。

「ちょっと待ってくださいね」

 そう言ってカバンから財布を取り出そうとするが、俺はそれを静止する。

「記念ってことで。あと大会のお守り」

 我ながら理由が適当すぎる気がするが、先輩として一つくらい後輩に何かをしてあげたかったのだ。
 キーホルダーも五百円くらいのため、双葉は小さく「……ありがとうございます」と言うと素直に受け取った。



 お土産コーナーを見て回り、帰路に着こうとする。
 しかし時間はまだ五時だ。
 帰りに一時間半ほどかかるとはいえ、もう少しならゆっくりできると考えていた。

 夜ご飯は家の最寄り駅付近で済ませようという話になっているため、早めに戻っても良いかもしれない。
 だが、双葉は元よりまだ帰るつもりがなかった。

「あれ乗りましょう!」

 そう言って指差したのは観覧車だ。
 水族館の近くには小さな遊園地というのか、ちょっとした遊べる場所がある。
 子供向けの場所ではあるが、その観覧車だけは際立って目立っていた。
 大きな遊園地と遜色ないほど、観覧車だけは立派だったのだ。

「せっかくだし乗るか」

 外から見たことはあるが、実際に乗ったことのない観覧車。
 興味本位で俺は双葉の意見に同意した。

 実際に乗ってみると思いの外すごかった。
 観覧車はあまり乗ったことがないが、この観覧車は全面透明なゴンドラがあり、そこで見る景色は控えめに言って最高だ。

 しばらくは行きの電車と同じように双葉が話題を振って雑談をしていたが、段々口数が減っていき、四分の一を過ぎた頃には無言となっていた。
 重苦しい雰囲気。
 何か言いたそうにしている双葉。
 この状況に加え、水族館を回っている途中の双葉の様子。
 人が多いとはいえ、やたらと距離が近かった。
 それを踏まえて俺は考えた。

 ――これ、告白されるやつじゃね?
 と。

 双葉と恋愛関係になるということは、実のところ全く考えていなかったわけではない。
 それもそのはず、双葉は普通に可愛いのだ。
 花音が万人受けするような……そのように作られた性格ならば、双葉はまた違った意味で万人受けする。

 顔も良く、性格も明るい。
 全員が全員ではないだろうが、少なくとも人気となる要素がふんだんに詰め込まれた欲張りセットのような人間が双葉なのだ。
 後輩というフィルターを通してもなお、一人の女の子として見てしまうほどの魅力が双葉にはあった。

 だからこそ考えたことはある。
 そして、その答えはすでに決まっており、もしここで告白されるようならの準備はできていた。
 そして双葉は、ゆっくりと口を開く。

「先輩って私のことどう思っているんですか?」

 その言葉は俺が考えていたこととは違う言葉だ。
 ただ、答えの決まってる俺は迷わずに答えた。

後輩だよ」

 俺がそう答えると、双葉は続けて聞いてきた。

「本当ですか?」

 探るような聞き方。
 念押しするその言葉は、本音を聞きたいという双葉の気持ちが滲み出ていた。

「本当だ」

 嘘をつく必要もない。
 俺の正直な言葉に、双葉は安堵の表情を浮かべる。

「なんでそんなことを聞くんだ?」

 告白かと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
 そもそも、男子を選べる立場の双葉が俺を選ぶはずないのだ。

 雰囲気に充てられてしまったことに自己嫌悪しながらも俺は理由を尋ねると、双葉は俯いて答えた。

「……正直、ウザがられてないかなって不安になるんです」

 双葉はポツリと話し始めた。

「いつも言ってますけど、私、先輩のことが好きなんで、先輩に構って欲しいって思ってるんですよ。でも、……まあ恥ずかしさとかもあるんで、我ながら結構強引だなっていつも思ってて」

 強引なことは否定できない。
 双葉のわがままに俺が付き合っているという形がほとんどだ。

「後輩だからとか、凪沙ちゃんと仲良くしてるからとか、先輩は仕方なく私といてくれるのかなって思っちゃって不安になるんですよ」

 双葉はポジティブな人間だ。
 しかし、この時ばかりなどちらかと言えばネガティブな俺や虎徹よりもネガティブだと言えるほど、何故か双葉は考え込んでいるようだ。
 そこまで考えているのであれば、俺の方も隠す必要はない。俺はハッキリと言った。

「……まあ正直、生意気だとかうざいとかは思うには思うよ」

 その言葉に双葉は体をビクリと跳ねさせる。
 俺は構わずに言葉を続ける。

「それでも嫌いなわけじゃない。なんだかんだでもう……三年か? 今でも関わりがある人の中でも、双葉は長い方だし、今さら遠慮はしないよ。それに俺はもう部活の先輩ってわけじゃないし、関わらなくてもいいはずだけど、それでも懐いてくれているのは……まあ嬉しいよ」

 恥ずかしさのあまり言葉を濁すが、双葉の表情は少し明るくなった。

「さっきも言ったけど、生意気とかうざいとか……双葉自身言ってたわがままとか、今くらいがちょうど良いよ。度を過ぎてたらそもそも関わりたくないけどさ」

「そう、ですか」

 後輩ではあるが、友達に近い関係。
 それが俺にとって心地がいいのだ。
 生意気でわがままでたまに調子に乗るのが双葉のだと思っている。

 真面目過ぎて堅い後輩というのも、それはそれで良いだろう。
 しかし、双葉は今のような関係でないと張り合いがない。

「先輩って私のこと大好きですねー」

「なっ……!」

 先ほどまでのしおらしい態度とは一変、双葉はニヤニヤとしながらからかってくる。

 ここで引いては負けだ。
 そう直感した俺は仕返しをした。

「ああ! 大好きだよ。むしろ愛してると言ってもいい」

「へぁっ!?」

 俺が言い返すと、双葉は変な声を出し、真っ赤な顔をして固まった。
 恥ずかしがって今まで言わなかったが、恥ずかしい分、満足できる反応が返ってきた。

「……先輩、馬鹿にしてますか?」

「してないしてない」

 大袈裟には言っているが本心だ。
 ただ、からかってくる双葉に仕返しをしてやろうという悪戯心があるのは否定できない。

「もう……」

 そう言って双葉は何かを続けて呟いたが、ちょうど観覧車は一周した。
 扉を開く係員の声によってかき消された。



 先輩……。
 本気にしますよ?
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