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第一章 高校二年生編

第51話 この四人は争わない

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「第一回! 千円でどれだけ取れる!? クレーンゲーム対決! いぇーい!」

「い、いえーい」

 若葉のノリに花音は若干引きながらも乗ろうとしていた。
 俺と虎徹は嫌々小さく拳を上げるだけだ。

 実はこれはテイク2で、最初は無反応だった。
 反応があるだけマシと判断したのか、若葉は話を進める。

「ルールは簡単! それぞれ千円を使ってどれだけお菓子を取れるかっていうだけ! 個包装の物は一つとして扱うけど、単体で売ってるようなものは入ってる個数扱いとします! 例だと、チョコのパイのやつは単品で売ってないから一個で、うめー棒が三十本入ってるやつは一本でも売ってるから三十個扱いね」

 的確なルール説明ですぐに理解ができた。

 一つの商品の中に複数個は一個扱いで、一つの商品が複数個はその個数扱いということだ。
 単価が安い景品は取りやすいため、例に出したうめー棒なんかは取りやすい。
 盛られている単品の機体は百円で二、三回できたりもするし、三十本入りの物が置かれている機体は比較的低価格で取れるため、勝つためにはその方法が効率的だ。
 ――あくまでも勝ちにいく前提であればの話だが。

「それじゃあ、よーい……スタート!」

 若葉の掛け声によって対決は始まると、若葉はすでに目星をつけていたのか早速移動した。
 花音もなんとか乗ろうととしてキョロキョロしつつ、いい期待があったのか小走りで向かっていった。
 そして取り残されたのは俺と虎徹だ。

「……ま、俺たちはゆっくりやってくか」

「そうだなー」

 制限時間があるわけでもない。金額も千円と、高校生にしては痛い出費だがクレーンゲームに使うには安い金額だ。
 取れる物も量も限られてくる。

 それにゲームセンターを提案した花音は、『夜に遊ぶ時に食べるお菓子』を取りたいと言った。
 それならもう、取るものは決まっている。
 花音と若葉が何を取るかわからない以上、少なくともパーティーに向いているものを選ぶべきだ。

「まあ、ポテトチップスとかが無難だよな」

「だなー」

 俺たちは特大サイズのポテトチップスが置いてある機体に向かう。
 その隣には食べやすい小さめのサイズだが、六個入りの筒状の箱に入れられている物もあった。

「両方取るか。颯太が好きな方取ってくれ。ぶっちゃけ勝ち負けとかどうでもいいし、俺はどっちでもいいぞ」

「俺も正直どっちでもいい」

 若葉の企画はおもしろそうだとは思った。
 ただ、本来の目的を考えるのであれば、個数よりもパーティーに向いているかだ。
 取れないことだってあるため、一つでも確保することが重要だ。

「まあ、俺は簡単な方がいいかな。虎徹のが上手いし、こっちのが難しいよな?」

 俺は六個入りの方を指差して言う。

「そうだな、特大の方はちょっとずつ動かしていったら取れるし、こっちはフィギュアとかと似たようなもんだから俺がした方がいいか」

 そうやって役割分担を決めた俺たちは、それぞれ硬貨を投入した。
 両方ともポテトチップスとしょっぱいお菓子だ。
 甘いお菓子は女子二人が取ってきてくれると祈り、俺たちはクレーンゲームに集中した。



「あ、二人とも、どうだった?」

 最初の場所に戻ってきた俺たちよりも先に、若葉は戻ってきていた。
 早めに終わったようで、景品の入った半透明なビニール袋を手にしていたが、ゲームセンターに来る直前に買っていた服の入った紙袋が邪魔をして中は見えない。
 俺は一つの袋に入っている特大サイズのポテトチップスと六個入りのポテトチップスを見せた。

「わ、デカイやつじゃん。こっちもちょっとお高いやつだ」

 特大サイズの方はゲームセンターの景品用のサイズのため金額はわからないが、は量の割には値段が高い。
 今回取った小さめのやつだと、一つでも百五十円くらいはしたはずだ。

「それで、どっちがどっちを取ったの?」

「両方颯太」

「え?」

「俺は一個も取ってない」

 虎徹は平然と答えるが、若葉は『信じられない』と言いたげな表情をしている。
 それは虎徹の方が上手いことを知っているからだ。

「なんで?」

「単純に俺がミスっただけ。颯太は千円使わなくても取れたから、残りのお金で俺があとちょっとのところまで動かしたやつを取っただけだ」

 俺の方は七百円で取れたが、虎徹は千円使っても取れなかった。
 あと一息というところまできていたため、余ったうちの二百円を使って俺が取った。
 残った百円は取れるものがなかったが、ルールは千円だったため適当に使うと案の定取れなかった。

「そういう若葉はどうなんだ?」

 俺たちの結果は、俺が七個で虎徹はゼロ個という結果だ。そうなると若葉の結果も気になってくる。
 若葉は「ふっふっふ」と不敵な笑みを浮かべると、自慢げに袋を突き出した。

「じゃん! 私は十五個だよ!」

 そう言って見せてきた袋の中には、うめー棒が十五本入っていた。

「若葉の勝ちだな。おめでとう」

 虎徹は拍手をしながら言うと、若葉は誇らしげな顔をしていた。
 これで終わっておけば何の問題もなかった。

「……でも、うめー棒ってパーティー向けではないよな」

 その言葉に若葉は固まった。
 そして当初の目的を思い出したようだ。

「……多く取ることしか考えてなかったよ。私は卑怯だ……」

 ルール自体は守っていたが、目的としては達成しているとは言い難い。

「いや、まあ、多く取るって話だったし。いいんじゃないかな?」

 虎徹は余計な一言を言ってしまった自覚があるようで、慌てふためきながら若葉を慰める。
 うめー棒は親戚で集まった時などに御盆に乗せられて出てくることもなくはないため、パーティーで出されないわけではない。
 ただ、若葉が取ったのは味によって多いものや少ないものがあるため、全員が楽しめるものではなかった。

「……よく考えたら千円で百五十円分だし、めっちゃ損してるじゃん」

「いや、でもさ、俺たちも個数取るよりもパーティー向けのこと考えてたから、勝ちにいこうとしてたわけじゃないし、多く取ろうとするルール的には違う気がするし」

「……私は勝ちにいこうとしてこれだけだもん」

 何を言っても裏目に出る。
 自分が企画したからこそ、花音の言った本来の目的に添えなかったことがショックなのだ。

「うめー棒うまいから、俺大好きだし」

「……うめー棒は美味しいもん」

 卑屈になっているのか自分を肯定しているのか、若葉は情緒不安定だ。
 ――この状況をなんとか打開したい。
 その思いが通じたのか……そもそも使う金額は同じなためそれぞれ千円を使い終わる時間は似たタイミングになるのは必然だが、花音が戻ってきた。

「終わったよー……って何この状況?」

 俺は慌てふためいており、自己嫌悪している若葉を虎徹が撫でて慰めている状況だ。

「ま、まあ気にしないで。花音の方はどうだったの?」

 俺がそう尋ねると、花音は『待ってました!』と言わんばかりに景品の入った袋を突き出した。

「うわぁ、すごい!」

 それを見て機嫌が戻ったのか、若葉は虎徹の手を押しのけて花音の取ってきたものに食いついて見入っていた。
 ……手の行き場を失った虎徹が不憫でしかたない。

「え、本当にすごいな」

 俺も中を確認すると、そこには大量のチョコレート菓子が入っていた。

「千円でよく取れたね」

「落ちかけてたからいけるかなって」

 そう言って指を差した方を見ると、イメージ通りのクレーンゲームではなく、小さいお菓子を掬って積まれているお菓子を押し出すプッシャー系のものだった。

「他の人がやってる途中かなって思ったけど、全然来なかったし、やってみたら結構簡単に取れちゃった」

 落ちかけの景品を取る、通称ハイエナ行為は普通なら嫌われる行為だが、この機体は戻すのも面倒なのか店員が最初の状態に戻さないこともあった。
 他の人が諦めて帰った後のようだったため、その点は問題ないだろう。

「へぇー、何があるの?」

 若葉は花音が取ったものを見ていく。
 中に特に多く入っていたのは、よく戦争の起きるきのことたけのこのチョコ菓子だ。
 五個ずつくらいだろうか。

「みんなはきのこかたけのこどっちが好き?」

 いきなり戦争が起こりそうなことを若葉は口にする。そして、「せーの……」と掛け声をすると、それぞれつられて反応した。

「「きのこ」」

「「たけのこ」」

 ちょうど二人ずつ。俺と若葉がきのこ派で、虎徹と花音はたけのこ派だ。
 ――不味い。戦争が起こる。
 そう思ったが、それは杞憂に終わった。

「まあ、どっちもうまいよな」

 虎徹の一言で平和に終わる。ただ……、

「結構意外な分かれ方したな」

 そんなことを言った。

「どういうこと?」

「いや、好みの話。この四人で二人ずつ分かれるなら、一番ない組み合わせだと思ってな」

 確かに俺、虎徹、若葉は話す機会が多いとはいえ、若葉とペアになるのであれば虎徹、もしくは女子同士ということで花音だとイメージできる。
 そして花音は呼び方にも出ているように、虎徹とペアになるのは一番想像ができない。

「よく考えたら趣味が合ってるって意味では俺と本宮の好みが被るのはあるのか」

「それでいくと私と颯太は……スポーツ好きとか?」

 そう考えると、だと考えていたはずだが、むしろ好みは合ってる気がする。

 インドア派とアウトドア派。

 きのことたけのこに直結するとは考えにくいが、そういう見方をすると趣味嗜好は似ているのかもしれない。

「でも、一つずつあったら分けあえるし、それはそれで相性が良いと思わない?」

 それもまた違う視点ではあるが、確かに言う通りかもしれない。
 シェアはできないが、お互いがお互いを補うという見方もできる。
 結局戦争は起きなかった。

「じゃあ、気を取り直して次出すね」

 今度はきのこたけのこ戦争の第三勢力として謎の出現をすることがある、チョコレートがコーティングされたビスケット。
 あとはそれらを押すためのコイン型のチョコレートがたくさんだ。

「あとこれも」

 そう言って見せてきたのは、カンガルーのマーチが数個。

「お金も余ってたからやってみたけど、運良く取れちゃった」

 ダメ押しの一発だ。
 それまでのお菓子ですでに勝ちが確定していたが、さらに差を広げられる。

「えっと……、みんなはどうだった?」

 勝ちは確信しているだろう。それでも恐る恐る花音は尋ねる。

「これだけ」

 俺はそう言うと、若葉と一緒に、取ってきたものを見せた。

「……勝ちにいったのに負けました。ごめんなさい」

 勝ちよりもパーティー向けのお菓子を取りに行った俺と虎徹。本来の目的を忘れて勝ちにいった若葉。
 その三人ではなく、本来の目的を忘れずに、なおかつ勝った花音の完全勝利だ。

 花音が二十三個。
 若葉が十五個。
 俺が七個。
 虎徹がゼロ個。

 言い訳のしようがない、俺たちの完敗だ。

「だ、大丈夫! 私、うめー棒好きだから!」

 落ち込む若葉をに花音は慰めの言葉を送る。
 その後、しばらくして復活した若葉が主導して、暗くなるまでの時間をゲームセンターで満喫していた。
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