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第二章 高校三年生編

第88話 春風双葉は走りたい!

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 数日前から気温も上がり、暑い日が続いている六月中旬。
 梅雨が始まる時期だが今日に限っては晴天で、蒸し暑い時期だ。
 そして、新入生たちもすでに学校に慣れ始めたと言える時期でもある。

 そんな様々なことが重なるこの時期には大きな学校行事がある。
 ……学校によりけりかもしれないが、桐ヶ崎高校は毎年この時期に行われているのだ。

「せんぱーい! ファイト!」

「お、おぉう!」

 俺は双葉に応援されながら、綱を引いている。

 しかし、一人の力でどうなるはずもなく、呆気なく負けてしまった。

『赤組の勝ちです』

 グラウンドにはそんなアナウンスが響く。
 俺たち……白組は負けたのだ。



 体育祭。

 それはクラスの団結力が上がると言われている学校行事だ。
 運動部が特に活躍するため、俺は今のところ目立った活躍はしていない。
 元運動部でも、現役運動部には勝てないのだ。

 それに、俺が今出ていた種目は綱引きだ。
 大人数で行う種目のため、俺一人の力ではどうにもならない。
 もちろん本気を出していたが、それだけでどうこう変わることはなかった。

「先輩、お疲れ様です」

「おう、ありがとう。……まあ、負けたけどな」

「でも、体育祭は勝ち負けじゃないので!」

「……余裕があるやつのセリフだな、それは」

 双葉は現役運動部で、スポーツコース。体育祭で輝ける人間だ。
 奇数クラスが赤組、偶数クラスが白組と分けられているため俺と双葉は同じ組だ。

 同じ競技に出ることはないが、一応は応援し合う仲だ。

 唯一、一緒に出る同じ競技は……、

「組別対抗リレー、楽しみですね!」

 最終種目で体育祭の目玉となる、組別対抗リレーがあるのだ。

 そして俺は……、

「……ああ、タノシミダナー」

「なんで棒読みなんですか?」

 その組別対抗リレーに出場することになっている。

 ただ、それは不本意だった。
 いまさら言っても何も変わらないが、俺は不満を吐き出した。

「……だってさ、別に立候補したわけじゃないんだぞ? 運動部はみんな個人競技をしたがるから、『じゃあ、元運動部が出てね!』ってなってじゃんけんに負けただけなんだぞ?」

「ああ、言ってましたね」

 組別対抗リレーは各クラスの男女が一人ずつ出場し、赤組白組と分かれてリレーを行う。
 そして双葉も二年六組の女子代表として組別対抗リレーに出場するため、俺たちは同じチームとして協議に出ることになる。
 ちなみに俺のクラスの女子代表は若葉だ。

 そして組別対抗リレーはクラスも違えば学年も違う生徒たちが集まるため、事前に走順を決めるために打ち合わせがあった。
 その際に、俺が出場することになった経緯を双葉に説明していた。

「でも安心してください! アンカーの私がごぼう抜きしますので!」

「……ホント頼もしいな」

 俺はそう言って双葉の頭を撫でようとすると、「汗臭いのでダメです!」と珍しく拒否られた。

 ただ、赤組のアンカーは全員男子のため、ごぼう抜きなんてできないと思っている。
 ……と言うか、ごぼう抜きも何も、相手は一人なのだが。

 それでも何故か自信満々の双葉を見ていると、そんな赤組のアンカーにも勝てる気がしていた。



『位置について、よーい……』

 そう合図があり、直後に号砲が響く。

 そして双葉は飛び出した。

「ファイトー」

 俺は応援席となっているところから双葉に声をかけていた。
 少し離れたところでは、一年三組の赤組で、敵チームのはずの凪沙も双葉のことを応援していた。

 今は組別対抗リレーではなく、個人種目の200メートル走だ。

 グラウンドを約一周するこの競技で、双葉はもう一人と競っていた。

「あの子、陸上部でも速い方らしいよ」

「……マジか」

 双葉からは視線を外していないが、隣で花音が説明してくれる。
 ――そんな陸上部の速い人と競っている双葉は、いったい何者なのだろうか?

 最後の一直線では力及ばず、双葉は数メートルの差をつけられて負けていた。
 しかし、その数メートルも一秒にも満たない差のため、あと一歩というところだった。

 そして、次に走るのは若葉だ。

 若葉がスタートすると、周りの男子たちの視線を釘付けにした。
 男子的には目を惹く体型をしている若葉だ。仕方がないのかもしれないが、俺はできるだけその部分に視線を向けないように逸らしていた。

「はぁ……」

 花音は何故かため息を吐きながら、胸に手を当てている。
 気付かなかったことにしておこう。

 若葉は結局、双葉と同じように二位だ。
 八クラスあることを考えると十分上位なのだが、ゴールした若葉は悔しそうにしながら双葉に話しかけている。

「……俺の周りの女子って、花音以外運動系だよな」

「確かにそうかも。私も運動は結構好きだけどね。……走る以外は」

 以前、バスケに誘ってきたように、花音はインドア派だが運動が嫌いだとか苦手だとか言うわけではない。
 実際に運動はそこそこできるのだ。

 しかし走る競技は好きではないらしい。
 持久走などは特に苦手らしく、短距離でも好きではないということで、体育祭では玉入れに参加していた。

 ぴょこぴょこ動きながら玉入れをしている花音を見た男子たちの多くは目を奪われていた。その中でも彼女も持ちの男子は、彼女にどつかれているところを目にしたため、俺は心の中で合掌しておいた。

 花音は午後にも借り物競争に出場する予定のため、周りがどんな反応をするのかは見ものだ。

「凪沙ちゃんも運動好きだもんね」

「まあ、バスケ部に入っているくらいだしな」

「夏海ちゃんは?」

「どうだろ? そういう話はしたことないからなぁ」

 よく考えてみれば夏海ちゃんのことはあまり知らない。
 金髪ゆるふわギャルで実は頭がいいということくらいだ。

 ただ、部活には入っていないようで、体育祭でも玉入れとクラス全員で行う大縄跳びくらいしか出ていない。
 運動はあまり好きではないのか、好きでも苦手な可能性は大いにある。

 花音は俺の話を「そうなんだー」と軽く流す。
 興味があるから聞いたのかと思ったが、どうやらそういうわけではないようだ。
 俺が夏海ちゃんと話している時は会話に混ざることもあるが、他の人とはまた違う距離感を取っているように感じるため、正直二人の関係はよくわからなかった。

「あれ、そういえば凪沙ちゃんは200メートル走出ないんだね?」

「ああ、クラス対抗リレーと部活対抗リレーと、あとは組別対抗リレーに出るらしい」

 あと大縄跳びもだが、これはクラス全員のため省いている。

 運動能力は双葉の方が勝っているが、純粋な体力に関しては凪沙の方が上だ。
 改めて考えてみると、この二人に付き合わされることもある俺の体力があまりないというのは何故だろうか?



 200メートル走、女子の部が終わると男子の部に入り、今は三年生の番となっている。
 男子で三年四組代表で出ているのは……虎徹だ。

 虎徹は綱引きや玉入れのような団体種目であれば一つの差で負けた場合の責任が重いと言い、個人種目を狙っていた。
 そして競争率が高かった200メートル走を、見事じゃんけんで勝ち取ったのだ。

「虎徹くーん、がんばー」

「うるせー」

 俺がふざけたヤジを飛ばすと、虎徹にキレられる。
 冗談混じりにキレたふりをしているのだろうが、顔の怖さも相まって舌打ちの幻聴まで聞こえた。
 ……友達相手に若干ビビってしまう。

 そんな虎徹は飄々ひょうひょうと走り、四位になっていた。
 一位二位に関してはスポーツコースの生徒が取っており、三位も普通コースの運動部だ。その中で帰宅部でありながら四位というのは十分すぎるだろう。

 そして200メートル走が終わると、つい先ほどまで話題に出していた部活対抗リレーの準備のアナウンスがかかる。
 双葉はこのリレーにも出るため、双葉も双葉でこの体育祭は走ってばかりだ。凪沙との違いは200メートル走とクラス対抗リレーの違いくらいだろう。

「せーんぱい! 花音先輩も、お疲れ様です!」

「お、おう、お疲れ」

「お疲れ様ー」

 双葉と若葉は競技を終え、俺たちに声をかけてきた。
 少し時間は空いたとはいえ、走った後というのに二人は疲れた様子があまりない。
 流石は運動部と言ったところだ。

 そして双葉は、元気よく敬礼をする。

「もうひとっ走りしてくるので、応援お願いしますね!」

「頑張れよー」

 若葉は次の種目には参加しないため、三人で双葉を見送った。

 部活対抗リレー、女子の部。
 走ることを専門としている陸上部には負けたものの、双葉、凪沙たち女子バスケ部は、見事二位に輝いた。
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