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第二章 高校三年生編

第109話 井上若葉の想い

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「買ってきたぞ」

「おう、サンキュ」

「颯太も場所取りお疲れ」

 虎徹は花音、双葉と一緒に、俺と若葉が確保していた場所までやってくる。

 両手には屋台で買ったものがあり、俺が頼んだチョコバナナ以外にもたい焼き、みたらし団子も持っている。
 花音と双葉はそれに加えていちご飴を手にしていた。

「はい、若葉ちゃん。あーん」

「わーい」

 花音が親鳥が雛に餌付けでもするように、たい焼きをかぶり付かせる。

「美味しいなー」

 もぐもぐとしながら、若葉は満足そうだ。

 そんな光景を見ていると、虎徹は引き気味で言う。

「……俺はしないからな?」

「別に要らない」

 高校生男子同士の『あーん』なんて、一部の人にしか需要はないだろう。
 むしろ、俺と虎徹のなんて、一部の人にすら需要はない。

「冗談はさておき、まだ時間はあるからな。どうするかだけど……」

「ま、適当に話して時間潰すしかないよな」

 まだ二十分くらいは時間がある。
 しかしこの場から離れるわけにはいかないため、花火の時間になるまでのんびりとしているしかなかった。

「まあまあ、颯太先輩。私がいるじゃないですか?」

「お、おう? ……どゆこと?」

「私と話していたら、時間なんて一瞬で過ぎていきますよね?」

「……それ、本気で言ってたら相当痛いからな?」

 本気ではないとわかっていても、なかなかに痛い発言だ。
 双葉は「あちゃー」と手を頭に当てて言っているが、何が言いたいのかよくわからない。

 ただ、こういうしょうもなく中身のない会話をしているのも楽しいもので、確かにあっという間に時間が過ぎていくというのも本当だ。

「颯太くんって、結局双葉ちゃんのこと好きなの?」

「なんでそうなる……。ただの後輩だって知ってるだろ?」

「知ってるけど、やたらと距離が近いなって」

 それは俺のせいじゃないんだが……。

 双葉が人懐っこいこともあって、距離が近いのは確かだ。
 俺も俺で凪沙と似通っているところがあるため、可愛い後輩で妹のような感覚で接してしまうことは多々ある。
 そのため、双葉の距離感を許容している部分はあった。

「先輩って私のこと好きですもんね!」

「はー……」

「なんでため息つくんですか!?」

 好きか嫌いかと問われれば好きな方だが、ここでそんなことを言えば話がややこしくなって面倒くさくなることは目に見えている。
 ちょっとうざいくらいがちょうどいいとはいえ、それを言えば調子に乗るのが双葉だ。
 言わないのが吉だと考え、俺は言葉をつぐんだ。

 それに俺は、勘違いされたくないのだ。



 ふざけた会話をしていると、あっという間に時間が過ぎる。
 その間に買っていた食べ物はすべて胃袋の中に入ったが、双葉以外は満足しているため追加で買いに行くことはない。
 もう花火は打ち上ろうとしているのだから、目を離したくはなかった。

『長らくお待たせいたしました――』

 そんなアナウンスがかかり、花火が始まった。

 初めに見物客の注目を惹くような、……そして花火の始まりを告げるような大きな花火が一発上がる。
 特大の打ち上げ花火だ。

 続いて下から噴水のようにして数か所から噴き上がる。
 途端に大きな花火が破裂する。噴水のような花火に隠れるようにして打ち上がったのだろう。突然の音に驚いてしまう。

 そして様々な花火がテンポよく打ち上がる。
 連続して上がる花火に、目を奪われる人もいれば写真を撮る人もいた。

 しばらくは休む暇もなく花火が打ち上がり続ける。
 俺はそんな花火に見惚れながらも、興奮しすぎて無意識なのか「わー……」と声を漏らした双葉に視線を向けた。
 双葉だけでなく、花音も若葉も……虎徹も花火に夢中になっていた。

 この連続している花火が終わると、一瞬の間が生まれる。
 若葉は虎徹の袖を引っ張り、「すごいね」と声をかけていた。

 そうしているうちに、今度は河原の左の方から花火が流れ出す。
 まるで滝のように、どこから始まっているのかわからないその花火は、目の前を通って右の方まで到達する。
 その間、左側もまだ花火は流れている。

 終わりはもちろんあり、先に始まった左の方から花火は終わる。
 名残惜しいが、消えていく花火もまた幻想的だ。

 そこからはまた様々な花火が打ち上がるが、今度は花形だけでなく、ハート形や星形などの形も混じっている。
 これには近くにいた子供たちも大喜びしていた。

 その後も様々は花火が打ち上がる。
 俺は花火について詳しくないが、知っている限りの花火は見ただろうというのはわかった。

 そして、もうクライマックスが近づいているのもわかる。

 見物客の気分も高まっているようで、周囲のカップルなんかは仲睦まじくしている。
 ……手をつないだり、くっつき合ったりくらいだが。

 そんな様子を見て、俺は何故か花音と双葉の方に視線を向けてしまった。

 花音の表情はいつもと違い、いつもよりも子供っぽい表情だ。
 色々と考えすぎている花音はどこか無理をしていて、大人っぽく振舞おうとしている。
 そんな花音は素の顔を見せてくれる時と同様に、あどけない表情をしている。
 正確に言えば子供っぽいというよりは、年相応といったところだろう。

 そして双葉は、むしろいつもよりも大人っぽく感じた。
 元気な双葉も花火に見惚れている。
 その横顔は真剣そのもので、いつものあどけない表情はどこにいったのやら、落ち着いた雰囲気をかもし出していた。

 花火に見惚れていたのと同様に、そんな二人にも見惚れてしまう。
 俺は慌てて視線を逸らしながら虎徹と若葉の様子を窺うと、二人はいつの間にかほんの少し離れたところに移動していた。
 言っても一メートルも離れていないが。

 その時、若葉は花火をそっちのけで虎徹に声をかけていた。
 そんな声が微かに聞こえ、花音と双葉も聞こえたのか、二人に視線を向けていた。

「ねえ、虎徹」

「なんだ?」

「私ね、虎徹のこと好きなの」

 若葉の言葉に、虎徹は冷静だ。
 むしろ俺や花音、双葉の方が驚いており、俺たちは目を見合わせていた。

「もちろん恋愛的な意味だよ。付き合ってほしいな?」

 ストレートな告白に、俺たちの方が恥ずかしくなってしまう。

「ありがとう」

 虎徹はそう答えた。
 薄々若葉が虎徹のことを好きなのではないかということは勘付いていたが、幼馴染ということもあって難しかった。

 友達以上恋人未満という言葉が似合いそうな二人。
 その関係も終わりを迎えようとしていた。

 ……そう思っていた。

「ただ、付き合えない」

 虎徹はそう言うと、続けて若葉に何かを伝えた。
 しかし、その言葉は花火の音によってかき消された。

 何かを言い終えた虎徹は、俺に「ちょっとトイレ行ってくるわ」とだけ言い残し、この場から離れた。

 そして、花火は終了する。
 消えていく花火を眺めていた若葉は、花火が消えてなくなった後も、縋るように虚空を見つめていた。

 若葉の思いは、花火とともに弾けて散ったのだ。
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