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第7話 約束の少女

悲しい思い出

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『パパ、何でこの家を出ていかなくちゃ行けないの?私、直哉君と離れたくないよぉ』

 突然の引越しで直哉と会えなくなる事を知った亜子は、駄々を捏ねて父親を困らせていた。直哉と会えなくなる悲しさで、泣きながら新居へと移って行った。

 小学生になると、直哉との再会を願って毎日日記を書いていた。楽しかった事や泣いた事、友達が出来た等毎日欠かさずに。それは高校生になった今でも続けていた。

 やがて中学に入り男子から告白される事がよくあったが、直哉を忘れられない亜子は全て断ったのだ。

『亜子~、サッカー部のキャプテンの告白断ったんだってぇ~。あんなカッコイイ人なのに何でよぉ』
『もう心に決めた人がいるから・・・・・・』

 全ては直哉と交わした幼い頃の約束の為に、その身を誰にも触れさせたくなかったのだ。そして運命のあの日・・・・・・高校の入学式で、優子と楽しそうにしていた直哉を見かけたのだ。

 すぐにでも声をかけたかった亜子だが、もし覚えていいなかったらと思うと嬉しさより怖さが勝ってしまった。

 あんなに楽しそうな直哉を邪魔したくない、そう思った亜子は十年間の思いを心の奥底にしまい壁を作ってしまったのだ。

 同じクラスとなり、遠くから直哉を眺めそれで満足だった。しかし、次第に直哉のそばにいたいという想いが強くなり、幼なじみの優子と仲良くなったのである。


「どう・・・・・・?これが本当の私よ。ずっと貴方の事を想っていたの。直哉君と会える日をずっと待っていたの。その願いが・・・・・・ようやく叶ったのよ」
「亜子さん・・・・・・。僕は・・・・・・」
「返事はいいわよ。その代わり、これからは亜子って呼んでねっ。私も、直哉って呼ぶから。でないと、キスの事を言い触らすからね」

 子どものように笑う亜子は、普段見せていた大人っぽい亜子とは違った可愛さがあった。

「それじゃ、戻りましょうか。直哉、アパートまでは手を繋いでねっ」
「・・・・・・あ、亜子。行こうか・・・・・・みんなの元へ」

 亜子の手を握る直哉、しかし亜子はお互いの指を絡ませるように繋ぎ直し、嬉しそうな顔でアパートまでの道を戻って行った。

 直哉の恋人でいられる時間はわずかで、魔法が解けてしまえば他の少女達と同じ立場になってしまうだろう。

 それでも亜子は、十年分の想いをそのわずかな時間で満足していた。
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