バレンタインの恋(女性主人公バージョン)

朽木昴

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ビターな恋

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 あれから一年。今日は記念日でもあり、バレンタインデーでもある。今でも、あの日の出来事は忘れない。だってあの日は──。


「今日はバレンタインだよっ。ちゃんと、あの人にミオの気持ちを伝えないとねっ。でも、やっぱり緊張するなぁ……」

 憧れのあの人を遠くから眺めているしか出来なかった。
 この一年間ずっと……。
 だから私、舞星美緒まいぼしみおは……この手紙に自分の気持ちを託したのだ。

 まだ誰も登校してないこの時間。
 何度も引き返しやっと辿り着いた彼の下駄箱。
 想いを込めたバレンタインチョコをそっと仕舞う。

 すでに心音は大きなリズムを奏でている。
 胸が締め付けらる感覚が、私を襲い苦しめていた。

「こ、これで大丈夫……大丈夫よ、ミオ! アナタの想いは必ず届くからっ」

 ゆっくり深呼吸をして、私は心を落ち着かせる。
 本当は彼の反応を見たかったけれど、そんなのは恥ずかしくて出来ない。
 後ろ髪に引かれつつも、静かにその場をあとにした。

「ねぇ、美緒は誰にチョコあげるの~?」

 ニヤけるクラスメイトが、私が作ったチョコの行方を聞いてくる。
 思わず顔を赤く染めてしまい、上手く誤魔化そうとしたのだ。

「べ、別に誰にもあげないわよっ。ミオは誰にもあげる気がないんだからねっ」
「またまたー、学校で一番モテる美緒が、誰にあげるのか。みんな興味津々だよー」
「ほ、本当に誰にもあげないんだからっ」

 必死で否定していると、教室の入口が騒がしくなる。
 目の前のクラスメイトは、顔が満面の笑みとなり私を見つめていた。
 運命に引かれ、私はその方向へ視線を向けたのだ。
 すると──。

「舞星美緒さん、て、手紙読みましたっ! あ、あの、こんな僕で良ければ付き合ってくださいっ」

 中性な顔立ちの彼が、公開告白を平然とやってのけた。
 教室は一層騒がしくなり、視線が私へと集まっている。
 すでに頭の中は真っ白となり、流れに身を任せてしまった。

「へぇー、美緒のタイプって、こういう人だったんだねー。手紙まで添えるだなんて、やるじゃないっ」
「えっ、わ、ミオは……」
「そんな隠さなくたっていいじゃないのっ。今日はバレンタインデーなんだし。しかも、こんな堂々と告白するなんて、彼、結構度胸があるねー」

 真剣に私を見つめる彼の瞳。
 私の返事を見届けるクラスメイト。
 そしてクラスが注目する中、私が出した答えは──。

「は、はい……」

 私が振り絞ってだせた唯一の言葉であった。
 女子からは黄色い声援が私に飛び、男子からは嫉妬心が彼に向けられていた。
 こうして私と彼は、クラス中から祝福(主に女子から)を受け付き合うこととなったのだ。


 これが私の人生を大きく変えた一年前の出来事。
 でも、私は……このバレンタインデーが苦手なのだ。
 なぜなら──。

「あれから一年かぁ。長かったような、短かったような。で、でも、大丈夫、大丈夫よミオ。今度こそ、今度こそ・・・・・は失敗しないんだからねっ」

 前日の夜に部屋で、私は彼へのバレンタインチョコを用意していた。
 もちろん、手紙も添えて。

「あとは、下駄箱にこのバレンタインチョコを入れるだけよ。うん、それだけなんだから。落ち着けば大丈夫よ」

 そう、私は彼に直接渡すのではなく、下駄箱に渡してもらおうと考えていた。
 彼に会うときっと緊張して、また失敗するのが目に見えているから。

 机に用意された二つ・・のチョコと二通・・の手紙。
 もちろん、彼へのチョコは──。

 『義理』と大きく書かれた特注品。
 有名店で一週間前に頼んだモノである。

 そして、肝心の手紙には自分の想いを込めていた。

『あれから一年。やっぱり、私には無理でした。好きでもない人と付き合うなんて、耐えられません。あの日、一年前に入れる下駄箱を間違え、断るに断れなくなって、仕方なく付き合ったのです。ですから、二度と話しかけないでくださいねっ』

「これで完璧ね。本当にこの一年辛かったのよ。私が好きなのは、彼じゃなくて、柏崎碧君なんだからっ。手紙も間違えずにいれたし、あとは……」

 よく見ると、彼へのチョコには値札がつけっぱなしだった。その金額は……八百円。

「……まっ、いっか」

 私が彼へ抱く感情はその程度なのだ。

「よし、チョコを下駄箱に入れてっと。これで準備万端ねっ。あとは、柏崎君からの返事を待つだけだわっ。きゃー」

 こうして私は、二度目で本当の告白をバレンタインにした。
 その結果は……私だけの秘密なのだ。
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