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トラブルに愛された夫婦!三時間で三度死ぬところやったそうです!

3-4「4月1日雨のち曇り、再び、向日葵寿司」

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「4月1日雨のち曇り、再び、向日葵寿司」
  向日葵寿司のランチタイムに夏子と陽菜が来た。
「三朗兄さん、ランチふたつ…。」
と夏子が注文する。
「えっ?今日は、いつもの上寿司やなくてええの?ランチやと中トロといくら入れへんで。」
三郎が夏子に聞き返した。
「うん、しばらく1000円のランチで…。」
元気なく答えた夏子は、カウンター席で両こぶしを握り締め、プルプル震えている。陽菜は、何も言わず夏子の隣の席に黙って座っている。そこにいつもの勢いで直がやってきた。
「よお、美少女青年実業家!よお儲かってっか?」
夏子の肩をポンポンと叩いた。
「畜生!」
夏子が急に立ち上がり、店中に聞こえる大きな声で叫び、両こぶしでカウンターをたたいた。あがりの湯呑が倒れ、お茶がこぼれた。

  陽菜の話によると、朝一番に坂井と府警の鑑識が夏子達の店に来て、希少動物のはく製のケースから指紋を取った。その後、ケースの中身を確認した後、あれこれ本部と連絡を取り、証拠物件として府警に持って帰られてしまった。
  二時間後、坂井から店に電話があり、預かりの四点がすべて「まがい物」であることがわかったとの事だった。いつもの業者仕入れの「末締めの翌末支払い」の条件ではなく、仕切り価格の交渉の材料として、現金払いを選んだため、仕入れの四百万円の払いは、すでに済んでいるとの事だった。
  説明する陽菜の横の夏子の眼には、悔し涙が浮かんでいた。
「どうやら、エイプリルフールの冗談やなさそうやな…。」
と稀世は呟いた。

 カウンターに突っ伏し、何もしゃべらなくなった夏子に直が声をかける。
「おい、夏子!なに、すねとんねん。やられたら、やり返したらんかい!お前等、ニコニコ商店街の守護の女神「ミニスカポリス」やろが!インチキブローカーには、正義の鉄拳食らわして、お仕置きや!」
  夏子と陽菜にはっぱをかけ、更に続けた。
「今朝、お前等の店に坂井さんら来た時、パトカーで来てはったんか?」
「いや、覆面やった。制服やなくて、コート姿やったし。」
「鑑識もか?」
「うん、制服やなかった。」
「じゃあ、仮に誰に見られとったとしても、坂井さん知るもん以外には、客か警察か判らへんねやな。」
「うん、でもそれが何なん?」
「警察には、仕入れ先の奴らの連絡先は言うたんか?」
「いや、今日は、はく製の現物を証拠物件として引き渡しただけで、仕入先とかについては、また明日来るって坂井さんは言ってた。」
「じゃあ、まだ何とかなるやないか。今日中にケリつけようやないか!そのブローカーとは、連絡とれるんやろ?」
「うん、名刺もあるし、携帯はわかってる。」
「よっしゃ、今すぐ、お前らの店のホームページではく製を全部ソールドアウトに表示を変えろ。そんで、インチキブローカーに連絡するんや。」
三人は、目を合わせ、強く握手した。目に力を取り戻した夏子が元気に言った。
「三朗兄さん、上寿司に変更してんか。直さんにも私のおごりで出したって。」

  そこから、直を中心に夏子と陽菜の作戦会議が上寿司をつまみながら進められた。約三十分、「あーだ」、「こーだ」話し合い、作戦がまとまったようだ。追加の寿司を夏子が注文した。
  夏子、陽菜、直が、稀世を見た。(あぁ、やっぱりそうなるんや…。)稀世は、三朗の方をちらっと見た。三朗は、
「しゃあないですね…。稀世さん、くれぐれもやりすぎんとってくださいよ。」
とあきらめ口調で言いながら、追加注文分の寿司を握った。
  直が、夏子に耳打ちした。夏子は、名刺入れから一枚の名刺を取り出した。「骨董卸・販売の希少堂」と書かれ、大きくフリーダイヤルの番号が書かれている。夏子が、スマホを出して電話を掛けた。
「毎度!「アンティークショップにこにこ」です。先日は、ありがとな。早速全部売れたから、次持って来てほしいやけど。
  地元ライオンズの金持ちで希少動物好きの客掴んだんや。珍しいもんあったら、何でも持ってきたってや。相手は、資産総額三十億の死にかけのじじいやから、はよ売ってしまわんとな。
  今、売り切りの祝いで特上寿司食べに来てるところやから、(・・・)、じゃあ、午後四時には来れるやんな?商品候補は、先にメールで送っておいてくれはります?(・・・)今、受け取りたての一千万の小切手あるから、昼ごはん終わったら、銀行行ってくるわ。仕入れ一千万分、見繕ったってな。今回も現金一括払いの仕入れのつもりやから、仕切りは、前回の4掛けからさらに勉強したってや!じゃあ、楽しみに待ってるわな。」

「アンティークショップにこにこ、4月1日午後四時」
  夏子と陽菜がミニスカポリスの恰好で、ガンガンに暖房が効いた店内のショーケースを鼻歌交じりに拭き掃除している。「キキーッ」と、前面を除き黒いスモークフィルムが張られた、黒いワンボックス車が店の前に停まり、黒いコートにスーツでサングラスの男がふたり降りてきた。
「おっ!早いやないの。待ってたで?」
「いやぁ、夏子さんと陽菜さんの商才には驚きですね。こんなに早く売り切ってしまうとは。」
「あたぼうよ!私らを誰やと思ってんねん!ミニスカポリスパブではアイドル。商店街の中では、超優秀な美少女実業家ってな。なぁ、陽菜ちゃん!」
「せや、なっちゃん!私らにかかったらじじいなんかお釈迦様の手のひらの上のポケットモンキーみたいなもんや。今回の客、元々ミニスカポリスパブの客のエロじじいやねんけど、私が言ったら、「すぐ買う。他にもあんねんやったら、すぐ見たい。」ってなもんや。相続するもんおれへん孤独なじいちゃんやから、趣味に金かけても怒る家族もおれへんし、ええ「鴨」や。いや、売ったんは「朱鷺」やったな。」
「まあ、おっちゃんら、コート掛けとくから脱いでえなぁ。この店、暑いやろ?ミニスカポリスの衣装が制服やから、店内、暖房で二十五度になってんねん。」
  男ふたりはコートを脱ぎ夏子と陽菜に手渡した。(こいつら、何が超優秀な美少女実業家だ。恰好と言い、仕入れ方にしてもアホ丸出しの女二人だな…。まあ、うちにとっては、お前等がええ「鴨」だけどな。そのうちお前らは「鷺(詐欺)」で捕まってしまうやろうが、いましばらくは、甘い汁吸わせてもらおうか。)男は思った。
「さて、ええモノやったら、客からの確約取れ次第、一千万ここで現金一括で払うから、今回は何掛けにしてくれはんの?」
「仕入れる物決める前に、掛け率ですか?参りましたなぁ。」
男の目がサングラスの奥で笑った。

  男は、A4サイズの商品概要書と各商品六枚ずつの拡大写真を机に並べた。正面、両側面、背面、上面からの写真とショーケースに入った写真だった。
「おっちゃん、ショーケースは一個上のランクのもんサービスしたってや。金の淵の奴なんかがええなぁ。」
(あぁ、なんぼでもケースはつけてやりますよ。中身は、二束三文のものですから。大阪風に言うとぼろい商売ですね。)男は思ったが、その感情は微塵にも出さず、頭をかきながら困った顔をして、もみ手で夏子に答えた。
「はい、夏子さんとこは上得意ですから、いいケースをお付けしたうえで、しっかりと勉強させてもらいます。」
  今回は、「タンチョウ鶴」、「アマミノクロウサギ」、「アホウドリ」、「ニホンカモシカ」の商品だった。「ニホンカモシカ」は絶滅種であると同時に商品個体自体が大きいだけに、一体の売値が二千五百万円との事だった。「アマミノクロウサギ」と「アホウドリ」は二百万円、「タンチョウ鶴」は、五百万との事だった。(おっさんらも、よおしれっと値段提示しよんな。からくりが分かった今となっては、笑わへんようにするだけでも大変やわ。)、(なっちゃん、なかなかがめつい大阪の店主の名演技や。いや、これが、本質やろうけど、なかなか悪ノリしとんな!)夏子と陽菜も男たち以上に、腹の中は真っ黒だった。
「タンチョウ、五百万か…。朱鷺の2.5倍すんねんな。」
「はい、縁起物で人気が高いですから。そのプレミアですね。人気商品ですよ。「玄武」とセットで買われる方も多いですね。」
「わたし、ミッフィーやロペ好きやから、アマミノクロウサギは、個人的に持っててもええなぁ。」
「あぁ、いいですねぇ。可愛いでしょ。なかなかお目が高い。さすが夏子さん、いい趣味されてますねぇ。」
「これ、全部、現物見れんの?」
「はい、さすがに降ろすと目立ちますので、車の中で見ていただくのであれば大丈夫ですよ。決まれば、養生梱包して降ろすか、指定の場所に配達しますよ。」
「よっしゃ、じゃあ、まずはモノ見せてもらおか…。写真撮ってクライアントにも送らなあかんしな。陽菜ちゃんは、上司のおっちゃんと値段交渉しとって。水一滴残さんように雑巾絞り頑張るんやで。私は、こっちの若いお兄ちゃんとモノ見てくるわ。」
「あいよ。なっちゃん、しっかりと見て来てや。」
陽菜は上司らしい男と店内に残り、夏子は若い方の男と店の前のワンボックス車に移動した。

  若い男は、リモコンキーでワンボックス車のロックを解除してリアハッチを開き、天井のLED照明をつけた。さっき写真で見た、ケース無しで2.5メートルサイズの四つ足でしっかりと立ち、大きな黒い瞳の顔を左に向けた「ニホンカモシカ」と2メートルサイズの両翼を広げ片足で立った「タンチョウ鶴」のケースが左側に並んでいる。奥に「アマミノクロウサギ」と「アホウドリ」の50センチくらいのケースが並んでいた。
「お兄ちゃん、写真撮らせてもろてええかな?」
「ええ、どうぞ。しっかり撮ってくださいね。」
夏子はスマホを取り出し、(素人の私が見たら、ほんまもんか偽もんか全然わからんわなぁ。ましてや、坂井さんの話やと「ニホンカモシカ」なんか絶滅して何十年もたってんねやったら、ほんまもん見たことのある人もおれへんやろうし、ぼろい商売やなぁ…。)と思いながら、「これ売り切ったら、陽菜ちゃんとホスト十人ぐらいつけて、モルディブ旅行でも行くかな。」などとわざとらしく男に聞こえるようにひとりごとを言いながら、何枚も写真を撮っていた。
  「ガンっ!」車の全面で衝突音が鳴り、車が揺れた。
「お兄ちゃん、なんや、なんかぶつかったみたいやで。」
男が荷室と運転席の間のカーテンを開くと赤いジャージの女が走って反対側に逃げて行くのがフロントガラス越しに見えた。夏子は男に言った。
「写真撮らしてもらってるから、見てきはったら?」
「はい、すみません。ゆっくりご覧くださいね。では、ちょっと失礼します。」
  男は、夏子に一礼してリアハッチから出て行った。夏子はにやりと笑い、ポケットから黒い小さなケースを取り出した。

  若い男は、リアハッチから飛び出し、車の左側の歩道を前に向かって走り出したところ、正面から来た高齢の女性と鉢合わせになった。女性は、後ろに転がり、痛そうにしている。男は、放っておくこともできず、女性に手を差し出した。
「すみませんでした。よく見てなかったです。お怪我はありませんか?」
「ちょっと、腰を強く打ったみたいで…。」
男は、走り去る女を目で追うしかなかった。
  高齢の女性は、ゆっくりと立ち上がりお尻をパンパンとはたいた。逃げた女は、前の交差点の角を左に曲がって見えなくなった。(畜生!逃げられたか…。)男は心の中で舌打ちをした。ぶつかった女性に対しては、十二分に頭を下げ、「少ないですが、お詫びです。警察沙汰は堪忍してください。」と長財布から一万円を渡した。「あと二枚!」女性が言うのでしぶしぶ払った。車の前を見ると前ホイールが三角につぶれたママチャリが倒れ、フロントグリルに大きなへこみができていた。(くそアマ、やりやがったな!)男は、道に「ぺっ!」唾を吐いた。
「お兄さーん。写真、オッケーです。あーりがーとさーん!」
夏子が降りてきて、三万円を持ってニヤニヤする高齢女性とすれ違った。高齢女性は、夏子に向けて「ふふっ」っとほほ笑んだ。夏子は、車の前に行き、フロントグリルを見て嘆いた。
「あちゃー、チャリンコの当て逃げでっか。あーあ、防犯登録のシールも無いし、こりゃ当てられ損の逃げられ損ですわなぁ。まぁ、ええ写真撮らしてもらったんで、客のじじいもええ返事してくれると思うし、今回の売り上げで修理したってくださいな。」
と男を慰めた。
  店の中では、陽菜が上役の男と値交渉で盛り上がっていた。「なっちゃん、聞いたってよ。35掛けやねんて。前回が四百万の仕入れで4掛け。今回、一千万の仕入れで35掛けって誠意が無いよなぁ。で、モノはどうやったん?」
  上役の男のサングラスが夏子に向く。
「まあ、四点とももらおうと思ってる。まあ、もうちょっとかっこええケースにしてもらって、全部で一千万やな。」
「えぇー、それじゃうちの利益が出ませんよ。ケースは、ワンランク上げて35掛けの千百九十万を千百五十万にしますんでそれでお願いしますよ。」
とわざとらしい半泣きの声で夏子にこびた。
  夏子は、事務室の金庫から、銀行の帯封が十字にかかった一千万の札束を持って来てカウンターに置いた。
「今晩、じじいがうちらのパブに来よるから、写真とおっちゃんらが持ってきた商品仕様書見せたら多分即決になると思うわ。決定次第連絡入れるから、明日の朝一に現金一括払いで丸めて一千万円やな!そないしょ!決めた。それ以外は無いわ。今後もあるし、それで行っといてんか!今回の客、まだまだ買いよるで。なんせ資産三十億の爺やからな。」
「…。わ、わかりました、負けましたよ。(ほんまがめつい女やな。まあ、かまわないですが…。)では、一千万で。」
「ありがとう、話の早い男は好きやで。お礼に、これ持って帰ってな。商売繁盛の効き目一万%やで」
と店の売り物の招きネコをカウンターに置いた。「¥3000」とシールが貼ってある。夏子は胸ポケットからボールペンを取り出し「万」と書き足した。
「はい、三千万円の招きネコ一匹サービスしとくわ。これで、うちは、じじいにはく製四つ売って三千万の売り上げ。仕入れが一千万で、三千万の招きネコサービスやから一千万の赤字か…。あー、損してしもたな。まぁ、ボランティアやと思って今回はやろか。」
と笑いながら、招きネコを大阪スポーツでくるんでコンビニ袋に雑に入れると
「はい、ええことあるよ。今晩、また連絡しますわな。」
とウインクして渡した。(この女、とことん馬鹿だな。まあ、いい商売になったな。)男は、「参りました」とばかりに、大げさに残念そうな身振りをして店を出て行った。
  男が出て行き、ワンボックス車が走って行き、見えなくなると稀世と直が入ってきた。
「作戦通りやな。夏子、陽菜、うまく行ったんやろな?」
「そりゃ、モチのロン!直さんの作戦で抜かりなしや。」
「稀世姉さんもナイスタイミングでしたわ。前タイヤのホイール三角になってましたけど、ケガはありませんの?」
「あたぼうよ!ワンボックスくらいなんやいな。戦車に突っ込んだって私は大丈夫やで!なんてったって、不死身の嫁やで!」
「そりゃないな!」
四人で腹を抱えて笑った。

「東大阪、希少堂。午後六時曇りのち晴れ、「敵は希少堂にあり!」。突撃ミニスカポリス団」
  「アンティークショップにこにこ」の中で、夏子と陽菜が二台のノートパソコンを開いている。一台は、地図アプリが開いている。赤いマーカーを中心にマップがスクロールしていく。
「ワンボックス車に、二つGPSつけてんねん。一個は、車の荷室のフロアーシートの下。これは、車の場所確認用。もう一個は、カモシカのはく製のお尻の穴の中。奴らがケースに入れるところまで持って行くやろうから、作業場か倉庫の場所確認用やな。」
「お尻の穴って、えぐい所に隠すんやなぁ。ちょっと引くで。なっちゃん。」
「いや、本体の目立てへんとこっていう、直さんの指示やから。鶴とアホウドリとうさぎはケースに入ってたから、カモシカしかセットできへんかったんや。耳の中やったら、揺れたら落ちてまうと思ったから、お尻の穴しか思いつけへんかったんよ。」
「うーん、指、きちんと洗って来てや。」
「大丈夫やろ…。はく製やし。一度、臭い嗅いでみよか?うわっ!臭―い!ほらほら、あんたも嗅いでみぃ!」
  夏子が陽菜の鼻の前に人差し指を突き出した。
「ぎゃおっ!カモシカのお尻って、コアラのお腹の袋の匂いがする!ゲロゲロやな!なっちゃん、その指で私のパソコンさわってたやろ!しっかりと指、消毒して来てや。追跡は、やっておくから。」
夏子は洗面所へ走った。
「もう一台のパソコンは何なん?」
稀世が陽菜に聞いた。
「稀世姉さん、こっちは盗聴器の受信用。コートの方は、着替える可能性があるから、念のためにプレゼントで渡した招きネコにもPHS仕込んでんねん。USBバッテリーつなげてるから三十時間は聞いてられるで。」
「ところで、陽菜、奴らの会話はどうや?お前のイヤホンでしか聞かれへんのやから、わしや稀世ちゃんにもわかるように教えてくれや。」
「そりゃ、腹立つで!私となっちゃんの悪口ばっかり。車乗ると同時に「バカ」、「アホ」って千回くらい言われてるわ。絶対にしばき倒したんねん!まあ、「アホやけどかわいい」って言うてるから、2%は遠慮したるけどな。」
「あいつらの、言うこと当たっとるやないか。まぁ、「かわいい」ちゅうのは、ようわからんけどな。」
と直が笑っていると、洗面所から夏子が帰ってきた。
「えっ?直さん何馬鹿笑いしてんの?なんかおもろいことあった?」

  午後六時。追跡用GPSをフロアーシートの下につけた車も二ホンカモシカのお尻の穴の中に仕込んだGPSも同じ場所でパソコンのモニターに表示されている。午後四時半以降は移動していない。招きネコのPHSと男のコートに仕込んだ盗聴器から、どうやら希少堂の名刺の住所とは違う、東大阪市北部の倉庫がアジトになっていることが分かった。
  男たちの仲間は、半分は日本語でない言葉で話している。鳥やネコ、犬の鳴き声も聞こえる。商品の梱包作業や別商品の仕込みや制作にかかわっている者も含めて、夕食の出前の発注数から、十人の仲間がいることが想像できた。「こいつが売れたら、次はあのバカ女たちに、「パンダ」と「ホワイトタイガー」を三千万で売ってやりましょう。」、「あいつら馬鹿だから、その次は一億で「イエティ」と「赤ちゃんネッシー」でも売りつけるか。「チュパカブラ」と「リトルグレイ」でも買いそうだな。ぎゃはははは。」夏子と陽菜への罵詈雑言がひたすら続いていた。
「あいつら、全員しばき倒したろな、陽菜ちゃん!」
「せやな、一生忘れられへん日本の思い出作ったろな、なっちゃん!」
夏子と陽菜は。強い殺意を持ってアジト襲撃の準備に入った。直が、念を入れてふたりに聞いた。
「相手、十人おるけどお前ら大丈夫か?前のヤクザビル行ったときは、お前等何の役にも立てへんかったやないか…。あの時の相手は六人。わしらに加えて、まりあちゃんと粋華がおったから楽勝やったけど。まあ、今回も、わしと稀世ちゃんが五人ずつ面倒見たらお終いやけどな。お前ら、足手まといにだけはなるなよ。」
稀世が横で大きく頷いている。
「へへーん、大丈夫ですよー。今回は、私らには必殺の武器がありますからねー。今までの夏&陽菜やと思わんとってくださいよ。」
「そうそう、直さんや稀世姉さんと違って、私らは肉体労働者やないですから。頭使って勝ちますよ!ニューミニスカポリスの出動やで!」
「じゃあ、私と陽菜ちゃんちょっと準備してきますんで。稀世姉さんも「犬阪警察」の婦警の制服に着替えとってくださいね。今日もズボンにしてますから、安心してくださいね。直さんもミニスカポリスやらはりますか?」
  自信満々に夏子と陽菜が答えた。(ふーん、何か隠し玉に持ってんねんやろな。頭使う言うても「ヘッドバット」や「ダイビングヘッド」やないやろうし。まぁ、なっちゃんと陽菜ちゃん、ひとりずつくらいは倒してほしいな…。)稀世は思った。
  直は、「あほか!」と一言だけ返して、暴れるのを楽しみに柔軟体操をしている。しばらくすると夏子と陽菜はいつものミニスカポリスと変わらない恰好にWEBカメラ付きの大きいサングラス姿で出てきた。にわかに胸が大きくなったように見える。腰のベルトの左右に今まで見たことのないホルダーがついている以外は、腕から手先迄アームカバーのようなものが加わっているくらいだった。稀世と直に軽金属の手錠を三つずつ渡した。ボールギャグも用意してある。
「なんや、お前等SMショップでも始めたんか?」
 直が茶化して言った。
「そうやで。今度、稀世姉さんも三朗兄さんと使うんやったら、お安くしとくで!」
と夏子と陽菜は笑顔で返した。
「さあ、「敵は希少堂にあり」や!出陣やーっ!」
  直が声をかけ、夏子の軽自動車に乗り込んだ。
  中央環状線を南に走って約十分。GPSが示す倉庫の前に着いた。黒いワンボックスもフェンスの中に見える。陽菜がレンズサーチャーで監視カメラの位置を確認した。カメラは、入り口前に向かっていて、門を映している物はなさそうだった。夏子が門錠をピッキングで外した。カメラの死角から、入り口前まで夏子と陽菜が先行し、ふたりで肩車をすると、カメラのケーブルをチタン刃の剪定鋏でカットした。稀世と直が入り口前まで来て、段取りを確認する。
  「ピンポーン」稀世がインターフォンの呼び出しボタンを押す。直と夏井、陽菜は物陰に隠れた。
「すみませーん。お宅の敷地から、ウサギが飛び出てきたんですけど。このままにしてたら、車にはねられてしまう思ってお預かりしてるんで、受け取ってもらえますか。」
  中では、監視カメラが映らない為、夏子の店を訪れた若い男が表に出ることとなり、「ちょっと待っててください。」と返事があった。男が出てきた瞬間、一瞬、婦警姿の稀世を見て引いたが、気を取り直して稀世に聞いた。
「ご苦労様です。ところでうちから逃げたウサギっていうのは?」
「あぁ、この子なんです。車道で車にはねられそうになったのか、すっかり怯えてしまってますけど。」
と黒いうさぎを男の前に差し出した。
「あぁ、そりゃどうも(中から、ウサギが逃げた形跡は無いんだがなぁ。数え間違いってこともあるし、ちゃちゃっと受け取るか。)、ありがとうございます…。」
と両手を出した。
「おしっこ漏らしちゃってるみたいですよ。」
稀世が、ウサギを男の手に乗せる。(ん?ぬいぐるみ?)男が思った瞬間、「バリバリバリバリッ!」と黒いうさぎのぬいぐるみから閃光が瞬き、男の全身が痙攣し、そのまま後ろに倒れた。
「はい、いっちょ上がり!「アンティークショップニコニコ」特注の「ウサチュー」10万ボルトや!痺れたやろう。」
夏子が出て来て、ウサギのぬいぐるみの中からスタンガンを取り出した。気を失った男を陽菜が引きずって入り口の死角に引きずっていくと、手錠とボールギャグをはめ、ガムテープで目をぐるぐる巻きにし、靴紐を左右堅結びにし、両足首をガムテープで巻いた。
「私らの事、あほあほ言いやがって!あほにやられるお前は、もっとあほじゃ。」
陽菜が言い捨てた。「ピンポーン」。更に、稀世がインターフォンを押す。次に出た男の声に聞き覚えは無い・。
「はい、なんですか?今一人そちらに向かわせましたけど…。」
「はい、こちらに出てきたんですけど、突然奇声を上げて道路の向こうに走って行っちゃたんです。普通の人、対応してもらえませんか?」
「はぁ、すみません。すぐ出ます。」
  中でごじゃごじゃ言う声が聞こえたが、「しかたない、お前行ってウサギ受け取って来い。あのバカを探すのは後でいい。」と上司格の男の声が聞こえた。
「すみません。お待たせしました。」
と男が出てきた瞬間、陽菜が麻袋を男の頭からかけ、直がバケツの水をかけた。男は、何が起こったかわからず、「がおっ!なんだ?」と叫んだ瞬間、夏子が袋越しに首筋にスタンガンをスパークさせた。麻袋の焦げる臭いと一緒に男は倒れた。袋をさっと取り、段取りよく、最初の男同様に処理した。
「はいはい、おっしゃ、ふたり目も楽勝!稀世姉さん、ネクストプリーズ!」
陽菜が楽しそうに言った。
 三度目の「ピンポン」では、さすがに怪しさを感じたのか、奥の部屋から男がふたりで出てくるのが見えた。「今度はふたりやで。作戦フェーズ2やで。」稀世が小声で合図を送る。扉の左右に夏子と陽菜は別れ、ウサギのぬいぐるみを抱いた直と警官姿の稀世が開いた扉の前で立っていた。
 男たちは、警戒心をあらわにゆっくりと近づいてきた。奥の部屋から、別のふたりが入り口を覗いている。先のふたりのようには、いかないことが分かった。
「こちらのご婦人がウサギを保護してくれてまして…。」
と稀世が言うやいなや男の手首を掴んで引っ張り出し、レインメーカーから、高速バックドロップで後ろに投げ捨てた。後頭部から落ちた男に、すかさず夏子がスタンガンを当て、催涙スプレーを目に振りかける。
 あわてて、稀世に掴みかかるもう一人の男に対し、直が間に入り、小手返しから立ち上がったところ表四方投げを半回転で抑え男を頭から床に落とした。あおむけに倒れた男に陽菜がスタンガンを当て、男の顔全体にカプサイシンスプレーを直噴する。
 それを見た、建物内の男ふたりが、「敵だ!」と叫ぶと、大青龍刀とヌンチャクを持って飛び出してきた。
「夏子、陽菜、先にそのふたりに手錠かけとけよ!掛けたら、お前等も来い!」
直が叫ぶと、我先にと中に飛び込み、稀世が後に続いた。大青龍刀で切りかかる男を軽くいなすと、手首のツボをついた。「ぐわっ!」と男は呻き、刀を床に落とした。「稀世ちゃん、そいつ頼むで!」、「はい!」直が、刀の男の脇をすっと抜けヌンチャクの男に挑む。男はヌンチャクを二回直の頭上にクロスする形で振り回すも狭い廊下で、ヌンチャクが壁に当たり反動で男の頭を直撃する。稀世は、大きく前転からひねりを加えたニーアタックを男の顔面に叩き込み、ふらつく男に延髄切り、前に倒れそうになる男の膝を起点にサマーソルトキックで男の顎を蹴り上げた。
「はい、なっちゃんよろしく!」
稀世が叫んだ。直は、ヌンチャクの男がヌンチャクを捨て殴りかかってきたところを左手でパーリングすると、体を入れ替え正面打ち入り身投げで男を壁に叩き付けた。直の計算通り、壁に叩き付けられた男は脳天から床に落ち、廊下に崩れ落ちた。
「陽菜!後始末頼む!あと四人や!」
  直と稀世は、さらに奥にダッシュした・
「はーい!任しといて!姉さん、無理しすぎんようにしてくださいよ!」
「あいよ!最後ひとりくらいは残しとってくださいよー!」
右手にスタンガン、左手にスプレーを持って手際よく流れ作業で処理していく。
 
 直と稀世が奥の扉を抜けるとそこは奥に広い倉庫だった。今日、アンティークショップニコニコで見た写真のニホンカモシカやタンチョウ鶴以外にも、ツキノワグマ、パンダ、ホワイトタイガー、シマウマ、ダチョウなどの大型のはく製が並び、倉庫の奥には、ペットゲージや檻に入った生きた動物たちが目に入った。
 今日、夏子たちの店に来た上司風の男を含む四人の男が直と稀世の前に立ちはだかった。各々が、長棒や三節根、大青龍刀などの拳法の武器を携えている。(こいつら、できるぞ!)直の直感から、背筋に冷たいものが走った。稀世も同じく、残った男たちがただものではないことを感じた。
「ニューミニスカポリス参上!」
と、そこに、夏子と陽菜が飛び込んできた。
「夏子、陽菜、こいつらはお前らの手に負える奴らと違う。ここは、わしと稀世ちゃんに任せて、坂井はんに連絡せえ!」
直の大声が倉庫内に響いた。
「いや、私らかて、いつまでもお荷物ちゃうねん!」
「直さんも稀世姉さんも年で疲れたやろ!ここからは、私らが主役や!」
と夏子と陽菜が稀世、直を差し置いて前に出た。(あかん、なっちゃん、陽菜ちゃん武器もちの男にあんたらじゃ勝たれへん!)稀世が思ったときにはもう遅かった。夏子と陽菜は、直と稀世の前、10メートルを四人の男たちに向かって走って行った。

 その後、五秒で想像もしない光景が稀世と直の前に展開した。四人の男たちが、床に這いつくばり、せき込み、あがき、苦しんでいる。(いったい何が起こったんや!あほの夏子と陽菜に何が起こったんや?)、(えっ?なっちゃんと陽菜ちゃんで四人を瞬殺!それにしても、なんか目がしばしばする…。)直と稀世は何が起こったかわからず、目をパチクリさせている。
「へへーん!瞬殺は、稀世姉さんと直さんの専売特許とちゃいますよ!今日からニコニコ商店街の女神は私らかな!」
「私らも、本気出したらこんなもんですわ!ちょっとは見直してくれました?はいはい、直さん、稀世姉さん、ぼーっとしてんとさっさと手錠かけて、坂井さんに連絡してよ!」
どや顔で偉そうに話す夏子と陽菜が少し鼻につくが、結果は見ての通り、夏子陽菜組の大勝利だった。夏子と陽菜はハイタッチを交わした瞬間、「ぐおぉぉぉぉっ!」と上司っぽい男がサングラスを外し立ち上がると、大青龍刀を右手に持ち、夏子と陽菜の背後から襲い掛かった。
「なっちゃん、陽菜ちゃん、後ろ!」
と稀世が叫んだ。男は振り向いた夏子と陽菜にX字にふたりを袈裟切りにした。(あぁーっ!こいつー、なっちゃんと陽菜ちゃんの仇は私が取ったる!)稀世が男に向かって走り出すと、夏子と陽菜は倒れもせず、右手で腰のホルダーから缶を取り出すと、男に向けて噴射した。辺り一面に唐辛子を通り越して、ハバネロかデスソースのようなの香りが漂った。男はもんどりうって叫び倒れた。
「そういえば、あんた、私らの事、一万回くらい「アホ」や「バカ」って言うてくれてたなぁ。」
「あんた、出身は四川省か?いや、四川省出身者いうことにしたろ。せやったら、辛いもん好きやろ。違ったらごめんな。まぁ、乙女相手に「アホ」、「アホ」いう悪い口にはお仕置きが必要なや!」
陽菜が男を羽交い絞めにし、夏子が男の口にスプレー缶をつっこみ、引き金を引いた。「プシャーッ!」高圧の放射音が倉庫内に二秒響いた。男は、よだれを垂らし、動かなくなった。夏子が、
「こいつだけは、私らで手錠かけたらな気が済まんわな。」
と言い、陽菜と一緒に手と足に手錠をかけた。

 直と稀世が残り三人に手錠をかけ、足を縛った。稀世が坂井に電話をした。
「なっちゃん、陽菜ちゃん、いったい何を使ったん?男四人、瞬殺やったやん。今のスプレー何?なんかすごい唐辛子の臭いするけど。」
「あぁ、これ?私のは、ティーエムエムトレーディングのB-609っていう国公立機関や地方自治体正式採用のツキノワグマ用のカプサイシンスプレー!通常の催涙スプレーなんか目やないよ!ちなみになっちゃんのは、UDAPっていって、アメリカ森林整備隊ご用達のヒグマ用のさらに強烈な奴やねん!」
「へーえ、なっちゃんと陽菜ちゃんの自信の武器はスタンガンだけやなかったんやな。ちょっとそれ見せて。」
陽菜が、稀世にB-609を渡す。しげしげと缶を見つめる。
「ところで、夏子、陽菜、お前らあのでっかい中国刀で切られて大丈夫やったんか?もうアカンって思ったよなぁ、稀世ちゃん。」
  振り向いた、夏子と陽菜のミニスカポリスの上着は斜めにぱっくりと切り裂かれているが、出血はなさそうだ。陽菜が上着をめくるとグレーの下着が見えた。
「これ、防刃ウエアやねん。「日本刀で切りつけられても大丈夫」ってやつやで。街中で、ピストルは無いと思ったから。これ着てたら無敵やん!」
夏子が答えた。
「お前ら、なんでそんなもん持ってんねん?」
「売りもんやん。店になんぼでもあるわ。」
「ちょうど昨日十着入ってきたところやってん。これで自信もって売れるわ。」
夏子と陽菜が悪びれずに言った。
「そんなもんあるんやったら、わしらにも出さんかい!」
直が右手を二回転させると夏子と陽菜がくるっと一回転して床にたたきつけられた。瞬殺だった…。

 五台のパトカーが到着した。坂井を先頭に三十人近い警官が倉庫に入ってきた。十人のブローカーたちは次々とパトカーに乗せられて行った。五人の刑事らしき私服警官は、事務室で資料や顧客リストを押収している。鑑識の制服を着た警官は、はく製とケージの中の動物たちの写真を撮っている。夏子と陽菜は、こっそりと坂井に三日前にブローカーたちに四百万円渡してることを話した。上司格の男が残っていたので、夏子が熊撃退スプレーを前に男に、
「おっちゃん、クーリングオフに応じてくれたら、うちらは告訴せえへんけど協力してくれるやんなぁ。それとも、もう一回本場四川の味を楽しむ?」
と夏子が言うと、素直にネットバンクから、夏子たちの店の口座に四百万円を振り込む手続きをした。それ以上については、坂井が認めなかったので、諦めた。坂井が男を連行して事務所を出た瞬間、
「陽菜ちゃん、今日のスタンガンの電池代とカプサイシンスプレーと私らの衣装と招きネコ分は経費としてもらっとかなあかんよな。」
といって、希少堂のノートパソコンとポケットWi-Fiをこっそりとカバンに入れたのを稀世は見逃さなかったが、(まぁ、見んかったことにしたろか…。)と三朗に「今終わったから、今から帰って店手伝うわな。」と電話を入れた。

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