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「準幸結婚パートナー紹介システムズ」

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「準幸結婚パートナー紹介システムズ」
 令和4年8月1日から幸の準幸結婚パートナーシステムズでの勤務が始まった。大阪の「そこそこいい大学」と言われる私立の4年制大学を卒業し居酒屋チェーンを営む大手外食産業の上場会社に入社して4年経ち店長として頑張って毎日を過ごしていた。順調に職級も上がり、あと一年販売ノルマを達成できれば本部の店舗管理部のエリアマネージャーの卵として店舗勤務から店舗指導の仕事に移れるはずだった。

 そんな中、東京オリンピックを来年に控える令和元年の年末に発生が確認され、翌年には日本を含む世界中に拡散しパンデミックを起こした新型ウイルスによる世界的な外出自粛の流れを受け、幸の勤めていた会社は大きな痛手を受けた。
 感染経路として飲食店がやり玉にあげるマスコミ報道を受け、政府と地方自治体による「営業自粛」を求められた。令和2年4月7日から5月21日まで続いた最初の緊急事態宣言は大阪の夜の街の飲食店を直撃した。緊急事態宣言が解除された後も、一グループ4人までとか酒類の提供は午後8時までの自主ルールが半ば半強制的に押し付けられ、大手であるがゆえに率先して自粛せざるを得なかった。

 調理ができるものは、ランチ営業や弁当・配食で居酒屋店舗で活動できたが、幸のように「調理師免許」を持たない「管理職候補生」の4大卒の職員は、仕入先開拓の購買部や販路開拓の営業部に便宜上放り込まれた。幸も慣れない販路開拓で営業部に配属されたが、そもそも「外出自粛」の空気が流れ得る中、外出時に着用すべきマスクも手に入らず、電話やオンラインによる営業活動がうまくいくはずはなかった。
 そんな中、年が明けた令和3年1月14日から2月28日まで2回目の緊急事態宣言が発令された。営業部で全く成績が上がらなかった幸は、あからさまにリストラ対象となった。
 短期間で仕入先への出向での農作業や水産物加工場での作業を命じられ、慣れない仕事と厳しい肉体労働に身体が音を上げ、自主退社することとなった。(まあ、流行り病が収まるまでは失業保険とアルバイトで食いつないで、世間様が落ち着いたら就職活動すればいいか…。)と甘く見ていたのだが、緊急事態宣言は「まん延防止等重点措置期間」と言葉を変え、「緊急事態宣言」と交互に発令され4月5日から9月30日までの半年間、夜の外食産業は死んだも同然だった。それは、最後の「まん防」が解除される令和4年3月21日まで続いた。

 幸の預金残高は減少の一途で、やむを得ず「派遣登録」をするも、事務に関する資格は何も持たず、所属していた会社のシステム以外コンピューターが触れるわけでない幸に「業務更新」の辞令は出ず、短期での解雇と就職活動を繰り返すこととなった。
 令和4年の夏を迎え、いよいよ預金残高が来月の家賃を払うとゼロになるところまで追い詰められた。7月30日、ハローワークに毎日のように通う中、総合案内所の前で偶然ぶつかった大きなサングラスに派手な真っ赤なスーツの女が、「求人募集票」を床に落としたのを見た。「女子事務員1名。正社員。」の条件が目に入った。今のマンションから徒歩圏内の事業所所在地だった。給料も満足とは言えないが「派遣」以上、「元の職場」以下の金額だった。
「すみません、私、求職で通ってるんですけど「正社員」募集なんですね?門真市駅が最寄駅です。4大卒で大手居酒屋チェーンの正社員をリストラされちゃったんですけど雇ってもらえませんか?」
 思わず大きな声で女に申し出た。女は、何も言わず幸の右手の掌を覗き込んだ。
「ふーん、ちょっと話しようか?」

 幸は藁にも縋る気持ちで、女についていった。ハローワークの駐車場で浮いた存在の真っ赤なベンツに女は乗り込むと、幸を助手席に座らせた。ベンツは北にむかって約5分走り、門真市駅の近くの月極駐車場に入庫した。黙って前を歩く女に幸はついていった。
 駅前ロータリーの奥の雑居ビルに女は入っていった。サラ金、不動産屋、〇〇組と建築業なのか反社なのか判断に窮する看板も上がっている。(さっきの真っ赤なベンツに派手な真っ赤なスーツ!やくざのあねさんってことはないわよね。就職を断ったら「指詰めろ!」って…。ええい、腹を決めるのよ!ここで決まらなかったら、来月にはマンションも出てホームレスになるしかないんだからね…。)幸は覚悟を決めて女の後ろをついていった。

 「準幸結婚パートナー紹介システムズ」とステンレスのプレートがかかったドアを女は開けた。(ん?「結婚相談所」ってやつ?げろげろ、未婚で過去27年間彼氏どころか男友達すらいたことのない私に「結婚相談所」は無理やろ!い、いや、私が「求婚」しに来たわけやないし、あくまで「事務員」ってことや。後学のためにも話は聞いておいて損はないやろ。)幸は一礼して入り口をくぐった。
「あー、社長、お帰りー!ハローワーク、お疲れさまでしたー!」
とグリーンのジャケットを着たイケメン中年男性が出て来て女に抱き着いた。
「ただいまー、早速だけど、就職したいっていう女の子を拾ってきたよ。ちょっと、一緒に面談してくれる?」
と女は男に言うと、
「もう、社長は決めちゃってるんでしょ?見たんでしょ?」
男は尋ね、女は小さく頷いた。

 幸は男に導かれてこぎれいに片づけられた応接室に通された。壁一面のスチールラックに分厚いコクヨのファイルが「あ」から「わ」まで書き込まれ、何冊も並んでいる。ソファー横のブックラックには、「婚活もの」と思われる「エッセイ本」や「コミック」が並び、その横に手書きで「婚活卒業ノート」と太マジックで大きく書かれた大学ノートが十冊以上置かれている。テーブルの上には、タブレット端末が2台とノートパソコンが2台入り口と反対向きに置かれている。テーブルの右の席にはなぜか「占い師」が使うような大きな水晶玉が紫色のシルクの敷かれた台座の上に鎮座している。その横には「四柱推命」と書かれた分厚い本と、陰陽師が使うような「五行図」が描かれた半透明の星型のプレートが2枚重ねて中央で留められたボードが置いてある。

 女は右の席に、男は左の席に座り、幸は向かいの3人掛けのソファーに案内された。
女と男がスーツの胸ポケットから、ワニ皮の高級そうな名刺入れからそっと名刺を幸の前に差し出した。女の名刺は真っ赤な用紙に、金色で「やっぱ情熱の赤やね!」、「(株)準幸結婚パートナー紹介システムズ 代表取締役 縁結 紅音えんむすび・あかね」、男の名刺は緑の用紙で「長続きする縁を応援します!」、「(株)準幸結婚パートナー紹介システムズ 専務取締役 縁結 緑えんむすび・みどり」と書かれていた。
 幸は慌てて、カバンから手書きの履歴書と職務経歴書を取り出し、二人の間に置いた。二人は幸の置いた2枚の書類には目もくれなかった。(えっ、履歴書も職務経歴書も見ないの?)と思っていると、男が2枚の色紙とマジックを取り出した。一枚は白い普通の色紙。もう一枚は色紙に「目」の無い赤い達磨が描かれている。
「この色紙にあなたのフルネームと生年月日とわかれば時間も。そして出生地を書いて。そして、達磨の絵には思うように「目」を入れて、あと「手足」を描き加えてな。」
と渡された。

 (なにこれ、心理テスト?バウムテストみたいなやつ?)と思いつつ、先に色紙に名前と生年月日を書き入れて、いったん手元に置くと達磨の目に大きく黒目を入れると、左右の手は真横に、両足は中央から大きく開き、「大の字」になるように手足を書き込んだ。
「はい、これでいいですか?」
と幸が手渡すと、女が優しく言った。
「今から2分であなたのことを聞かせて。かしこまらなくていいわよ。素のあなたの事を話してくれたらいいからね。」
 幸は、門真で生まれ育ち、4年生の私立大学を卒業したのち、大手居酒屋チェーンを持つ外食企業に就職したが、「新型ウイルス」蔓延をきっかけで職を失い、その後の「派遣社員」契約も長続きせず、来月の家賃が払えない状況だと「馬鹿正直」に話した。



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