『「愛した」、「尽くした」、でも「報われなかった」孤独な「ヤングケアラー」と不思議な「交換留学生」の1週間の物語』

M‐赤井翼

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「喧嘩」

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「喧嘩」

 病院に戻ると、那依は「合宿」など「夢のまた夢」とばかりに、現実に引き戻された。病室に入る前にナースステーションで呼び止められた。麻衣の身に何があったのか看護師は口にしなかったが、情緒不安定な状態になったという事で精神安定剤を点滴に入れ、今は眠りについていると説明を受けた。様子を見に行った際、カーテンの隙間から見えた隣の「主」と呼ばれる患者が不気味に微笑んでいた。

 那依はナースステーションに戻り、葵から聞いた介護保険とショートステイの事を聞きたい旨を伝えると、
「介護保険の制度や「一時預かりサービス」なんかを聞きたいんやったらうちの相談員と話すのがええかな。」
と「地域連携室」の「CSWコミュニティー・ソーシャルワーカー」を談話室に呼び出してくれた。
 現れたのは、那依と年の変わらない様子だった。名札には「CSW」の記載と名前が書き込まれていた女の子は自信なさそうに那依に挨拶した。
「すみません。「社会福祉士」資格の先輩たちは外来患者の相談受けていますで、新人ですけど用件はお伺いさせていただきます。専門的な事は「ケアマネージャー」のご紹介もさせていただきますのでよろしくお願いします。」

 那依が温太の時のように在宅での介護になったときにはヘルパーを介護保険で使えるのかという事と、ショートステイの利用要件について質問をした。
 新人CSWは分厚いテキストを開きながら
「幸賀さんのお母様の場合は「身体介護」になりますので介護保険適用は「65歳」からですね。ですから、介護保険の適用でのショートステイは利用できません。在宅介護のヘルパーも同じです。サービスを使用する際には「10割負担」の実費になります。」
と絶望的な返事が返ってきた。
 
 (あれ?お父さんの時は介護保険使えたのにお母さんはあかんの?保険が使えないとすると、全て私が介護するしかないのか…。そんなことできるんやろか…。)一気に不安に押しつぶされそうになったところ、麻衣と同じ年くらいの中年女性が声をかけて来た。
「ちょっと、聞くともなしに耳に入って来たんでお節介させてもらうわね。「居宅介護」のケアマネージャーの「世話焼裕子せわやき・ゆうこ」です。
 「身体介護」は65歳から介護保険適用っていうのはある意味事実なんだけど、例外的に国が指定した16種の「特定疾病」に該当すれば「身体介護」でも40歳からの適用も可能なのよ。あなたのお母さんの病名と状況を教えてくれる?」

 優しく問いかけてくれた世話焼に那依は微かな希望を託して、麻衣の状況を説明した。
「うーん、「発症」して1週間ちょっとか…。脳梗塞での言語障害に身体の麻痺が出てるのね。まだ症状が固定していないみたいだからすぐの介護認定は難しいわね。冷たく聞こえるかもしれないけど、今のお母さんの身体条件では介護保険は使えないわね…。
まあ、変な言い方になるけど「脳梗塞」を含む「脳疾患」は「40歳」からでも介護保険適用になる「特定16疾病」に入ってるから、この先、お母さんの容態によっては使える可能性もあるわね。とりあえずあなた高校生ってことだからこれから夏休みよね。大変だと思うけどとりあえずは頑張ってみて。でも一人で何でも背負い込まないでね。2学期が始まるまでに連絡くれたら「介護認定調査」はするからね。
介護保険が使えるようになれば、「ヘルパー」や「デイサービス」そしてあなたが言う「ショートステイ」も保険適用で「1割負担」で使えるようになるからね。それ以外にも何か悩んだり、困ったり、不安があればいつでも、何でも相談してくれたらいいからね。」
と那依に名刺をくれた。
その後、参考までに聞かせてもらった「自費」での「ショートステイ」は「幸賀家」の今の財布状況では「無理」であることは確実という事だけは那依にもわかった。

(結局、介護保険はこの合宿には間に合わないし、インターハイ出場も現実的にお母さんを放っていくことから1週間の大会に出場はできないわよね…。葵たちになんていえばいいんだろう…。)那依は、世話焼が立ち去った後も談話室にひとり残り、女バスメンバーにこの「現実」をどう伝えるか一人で悩み続けた。
しかし結論が出る事は無かった。ふと時計を見ると1時間が過ぎていたので、病室に向かった。
カーテンを開け、麻衣の顔を見るとゆっくりと目を開けた。最初に出た言葉は
「那依…、も・・う、ここにいた・・くない。ここにい・るの・はもういや。早・く、お父さ・んの待つ、‥家に帰・りたいよ…。」
だった。ちょうど、主治医がその場にやってきた時だった。

 麻衣の脈を取り、酸素飽和度を確認し、聴診器を胸と背中に何度か当てると那依に言った。
「お母さんも帰りたいと言ってることですし「退院」しますか。今のところ転院となると幸賀さんの自宅住所からかなり離れた病院しか空きがないみたいなんですよ。娘さんもこれから夏休みでしょ?お母さん、車いすでの生活になりますけど、娘さんの体格を見るに「寝たきり」の介護って訳じゃありませんから大丈夫でしょう。家で面倒見てあげてください。
 一ケ月後に来院いただき様子を見て、「介護認定」ということにしましょう。学校が始まるころに「回復」してるのがベスト。そうでなければ「介護保険」で「居宅介護」のスタートですね。」
 つい先程、世話焼が教えてくれたことと医師の言う事が被っていたので那依も納得せざるを得なかった。

わずか5分の会話で「那依」の「家庭内介護」が決まった。医師から「幸賀家」の環境が確認された。
「今のお話ですと玄関の段差をスロープでキャンセルできれば1階だけで生活できそうですね。退院後の通院や住宅改修等の細やかなサービスについては後程、ソーシャルワーカーに説明させますから。」
と言い残し、病室を出ると、10分後にはベテランそうな「ソーシャルワーカー」が病室にやってきた。今度のネームタグには「社会福祉士」の名称が入っていた。約30分話をした後、
「介護認定とケアプラン作成はお父さんの時のケアマネさんにお願いする?」
と尋ねられたので、先程、丁寧に説明してくれた「世話焼」を指名した。
 再度、世話焼もやってきて、ソーシャルワーカーと世話焼きと打ち合わせを進め、「あれよあれよ」といううちに、退院日は明後日と決まり、世話焼が介護用品として電動ベッドと車いすを手配してくれた。
「まあ、特別に40日間の「試用」ってことで借りてあげるわね。お盆が明けたらお母さんの状況を再度チェックさせてもらい、介護認定が可能か判断しましょうね。」
 世話焼きの笑顔に少し救われた気がした那依は、女バスを退部する決意をし、葵に電話を入れた。

 未だにファミレスに居座り、合宿をネタにした女子会を継続中の4人を前にして那依なりに言葉を選びながら、那依は「退部」することを伝えた。
 那依の退部は「円満」なものでなく「遺恨」を残す「辞め方」になったが、那依は(みんなに迷惑や負担をかけさせへんためには、「これ」しかないんや…。)と苦肉の策を選び、みんなからの「敵意」と「反感」を買い、普通であれば「頑張れ」や「頼ってよ」との優しい言葉をかけられることがない「喧嘩別れ」となった。
 那依はファミレスを出ると大声で泣きながら走って病院に戻った。

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