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淡路島編

⑪「夏子とMK」

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「夏子とMK」
 翌朝午前4時50分。きつい二日酔いの頭痛で夏子は目が覚めた。(あ痛たたた。あー、頭が痛い。そうか昨日、「部屋荒らし」にあった後、このスペシャルルームに部屋を変えてもろて、MKと結構ワイン飲んでしもたんやったなぁ。あぁ、酒癖の悪いとこ見せてしもたから嫌われてしもたかな。陽菜ちゃんから注意されてたのに…。もう、私のバカバカ!)と洗面所に行き、吐いた。黄色い胃液しか出なかった。(熱い風呂でアルコール抜くか…)とユニットバスの水栓を開くと思いもよらぬ大きな音が立ち、ベッドルームから「うるさいぞー。」と陽菜の寝ぼけた声がした。
 (大浴場は5時には開くやろ。陽菜ちゃん起こしたら悪いからでかい風呂でゆっくりつかるとするか…。)ルームキーを持ち、部屋のバスルームからフェイスタオルとバスタオルを手に持つと部屋を出た。

 大浴場のフロアに出ると、廊下はまだ補助照明だけで薄暗かったが、浴場の暖簾が出ているのは見えた。「女湯」であることを確認して暖簾をくぐり脱衣場の引き戸を開けた。スリッパ置き場にスリッパ一足も無く、一番風呂であることが予測できた。「1番」の脱衣籠を引き出すとルームキーを放り込みTシャツを脱いだ。キュロットを脱いだ時、足元にマッチ箱くらいの黒い塊が足元に転がった。摘まみ上げて見たが、夏子の物で無いと確信し、脱衣籠の棚の前にあったくずかごに放り入れた。下着を脱ぐとフェイスタオルだけを持って浴室にむかった。
 無人の大浴場は静まり返り、夏子一人を迎え入れた。「4番サード「掛け湯」」と関西ローカルのおやじギャグを口にして湯をかけた。頭の上にフェイスタオルをのせ肩まで湯船に浸かった。
「あー、昨晩はやらかしてしもたな…。私がべろべろになって明らかに最後の方はMKに避けてたもんな…。朝ご飯の時にきちんと謝ったら許してくれるかな?このまま別れるんは嫌やからきちんと「昨晩は飲みすぎちゃってごめんね。」って謝まろ…。」
と首にかけたネックレスと二つの指輪に向かってぶつぶつと独り言をつぶやきながら、昨晩を反省した。

 十分程、ほっこりと熱めの湯につかっているとようやく頭が回り始めた。(さて、陽菜ちゃんが起きて私が居れへんで心配かけてもあかんから、チャチャっと頭洗って部屋に戻ろか…)と湯船から立ち上がった瞬間、人影が浴室に入ってきた。薄暗い照明の為、顔ははっきりとしないががっしりとした肩幅に股間にだけタオルをあてて入ってくる仕草は明らかに「男」だ。
「きゃーっ!こっちは女湯やぞ!出て行ってー!」
と夏子は叫んだ。男はその場で立ち止まり
「えっ、その声はなっちゃん?夜と浴室入れ替えですから、こっちは今は男湯ですよ。」
とMKの声が浴室にエコーがかかって響いた。(がおっ!入るときに女湯って確認したつもりやったけど、暖簾の入れ替え前やったってこと?ぎゃー、また粗相の現場を見せてしもた…。もうあかんよな…、くすん。)と頭がパニックを起こし、頭の上のタオルを取ると縦に伸ばし胸から股間を隠してそそくさと出て行こうとした。
 目を合わさずにMKの横をすり抜けようとした瞬間、MKに抱きしめられた。「きゃっ!」夏子が叫びそうになると、MKは左手で夏子の口をふさいだ。視線は夏子がタオルで隠した胸元に向き固定されている気がした。
「あっ、すみません。あまりにもなっちゃんが綺麗だったんで…。驚かせて、失礼しました。あ、あの、怒らないでくださいね。あと、できたら、今日もご一緒させてください。ごめんなさい、なっちゃんの大事なところは見えてませんから…。あと、男湯に入ってたことは他の人には言いませんので…。」
と詫びると、MKは振り返ることなく奥の洗い場に行き背中を向けて手桶に湯を張り始めた。

 夏子は速足で脱衣場に戻るとバスタオルでざっと体を拭くと、慌てて下着をつけTシャツに袖を通し、キュロットを履くとルームキーを持って脱衣場の引き戸からきょろきょろと他に人がいないことを確認するとダッシュで「殿方用」と書かれた暖簾をくぐり出た。 
 大浴場横のアイスクリームやビールの自販機の前に置かれたすのこでできたベンチに腰を下ろすと激しく打ち続ける鼓動で息が苦しくなった。(「綺麗だ」って言ってくれた。「今日も一緒に」って言ってくれた。私が間違えて「男湯に入ってたんも内緒にしてくれる」って言ってくれた。嫌われてなんかなかったんや。あーよかった!まだ伊弉諾さんのご加護は続いてるんや。サンキュー、史上初の離婚とDVの神さん!)と一人微笑んで、胸の上のふたつの指輪をぎゅっと握った。
「おいおい、朝も早うから真っ赤な顔してなににやついてんねん。男湯でも覗いとったんか?」
と朝風呂に入りに来た直と稀世、ひまわりとまりあに出くわし、直から「いけず」を言われたが、嫌な顔一つせず夏子は「皆さんおはようございます。今日も一日良い日になりますように。」と笑顔で返した。
「なっちゃん、もう飲んでんのか?それとも湯あたりして頭おかしくなってるんか?」と稀世が夏子のおでこに手を当てた。「熱は無いみたいやけど…」と言うと、まりあが缶ビールを一本買ってくれ、「まあ、頭少し冷ましや!ちょっとあんた昨日からおかしいで…。」と言い手渡してくれた。(昨日から?まあ、朝からビールはちょっと遠慮しとこか…)と一瞬首をひねったが、無意識のうちにステイオンタブを開けてしまっていた。

 (うー、条件反射で開けてしもたからには仕方ないわな…。)と一口あおった。先ほどまでのお湯と心の内面からの火照りが一気に冷やされる感じがして心地よかった。
 二口目を口にすると、男湯から浴衣姿のMKが出てきた。一瞬、逃げようかとも思ったが、MKから寄ってきて夏子の隣に座った。
「なっちゃん、さっきは驚かせてごめんね。それにしても朝からいいもの飲んでるじゃないですか?」
と昨日までと同じ笑顔で微笑みかけられた夏子は、緊張して
「うん、まりあさんが買ってくれてんけど、一本は多すぎるからちょっと飲む?」
と真っ赤になって飲みかけの缶ビールをMKに突き出した。(あっ、しまった…。ここは飲みかけを渡すんじゃなく、買って渡すとこやろ。また、やってしもた…。これは引かれる!)MKは一瞬考え込んで
「まあ、出発までにまだ四時間ありますから一口だけいただいていいですか?今日は、僕がハンドルを握りますのでみんなには内緒にしておいてくださいね。」
と受け取ると、MKは躊躇することなくビールを一口あおった。(きゃっ、間接キッスやん!MKはどない思ってるんやろか…。)と夏子がさらに赤くなると、MKがビールを持つ手と反対の手で夏子のおでこに触れた。ヒヤッとした男の手の感触が心地よい。
「熱があるわけじゃなさそうですね。よかったです。じゃあ、次は朝食会場でお会いしましょう。」
とビールを夏子に返すとMKは立ち上がり、ロビーを抜けエレベーターに乗り込んだ。入れ替わりで羽藤が「夏子さんおはようございます。」と会釈して、大浴場の「男湯」に入っていった。

 六階のコンフォートフロアの特別室に戻ると、その物音で陽菜が目を覚ました。「陽菜ちゃんおはよう。」と機嫌よく夏子があいさつするとまだ眠そうに目をこすりながら陽菜が言った。
「あーなっちゃん、女神から人間に戻ったんやな…。」
「えっ、何それ?女神って…?」
と陽菜に尋ねかけたが、陽菜がそのまま一直線にトイレに駆け込み、「私も朝風呂行ってくるわな。」と陽菜は部屋を出て行ったので結局は聞けずじまいに終わった。
 東の海の向こうから太陽が出きった写真を取り、部屋の綺麗な部分だけに写真撮って「ニュー淡路ホテル別館スイートなう」とSNSにアップさせると、新規フォロアーから昨日の指輪の投稿に「すてきなゆびわですね。ふるいゆびわにきょうみがありますのであっぷのしゃしんをあげてください。」とコメントが入っていた。(まとめ入力の「変換忘れ送信」ってやつやな。まあ、リクエストに応えたるのが人気者の仕事ってやつやな。)とベランダの外で自分の指にはめた二枚と指輪の裏側の文字が書かれた面のアップ写真をあげ「この字が読める人いたらなんて書いてあるのか教えてね!」と書きこんだ。

 午前6時半、朝風呂から長湯の陽菜が戻ってきてふたりでメイクに入った。いつもは十分程で終わる夏子も今日は念入りに倍の時間をかけた。(うん、今日の私は過去最高の私や。今日も頑張るで!)と自己暗示の気合を入れて部屋を出た。
 朝食会場はまだ羽藤と直だけだったので、あえて直とは反対側の向かい合わせの席に着いた。まもなくMKと舩阪が談笑しながら入ってきた。MKは躊躇することなく夏子の隣に座った。やがて稀世家族とまりあが到着し、給仕のおばさんが干物とみそ汁のコンロに火をつけに来た。
 少しでも良いところを見せようと夏子はご飯をよそう役を買って出た。皆に順番にご飯を継いでいき最後にMKに「パンじゃなくて大丈夫?」と尋ねると「日本のご飯は大好きですよ。」と答えたが夏子の耳には「大好きですよ」の部分だけが何度もリフレイン再生されていた。

 一通りの食事が終わり、皆がコーヒーや紅茶を嗜んでいると、MKが夏子に改めて「もう一度、指輪を見せてもらえますか?」と言うので、夏子はネックレスを外し、二つの指輪をMKに渡した。MKは受け取った指輪を夏子の右手に握らせると
「目を閉じてください。何かを感じますか?」
と尋ねた。「いや、別に何も…」と夏子が答えると「はい、そうですか…。目を開けてもらって構わないですよ。」と優しい声で言い、掌の中の指輪を再び手に取ってしげしげと眺めた。
 稀世が向かいの席からMKに「今日はあかんか?」と聞くとMKは黙って首を横に振った。更に稀世が「昨日のなっちゃんの描いた「絵」はなんかわかったん?」と尋ねると、MKはズボンの後ろからスマホを取り出すとアイコンをタップした。日本語で無いミミズのような文字が並んでいて何が書かれているのかはわからないが、星座図が描かれているのはわかる。
「昨日のあの時間はもう日本の大使館は締まってる時間でしたから、本国のしかるべき部局になっちゃんの描いた図をメールしました。そうすると驚くことが分かったんです。」
とのMKの言葉に全員が集まってきた。
「MK君、いったい何がわかったん?」
と稀世が興味津々の顔で前のめりになる。

 MKはアプリの中で星座図と夏子の描いた絵を合成させて見せた。しかしみんなは何が言いたいのかわからない。ましてや夏子は昨晩の記憶がないので皆が何の話をしているのか全くわかってない。MKは満を持して
「昨晩、なっちゃんが書いた図の場所と時間が確定できました。場所は、徳島県美馬市穴吹町口山にある磐境神明神社いわさかしんめいじんじゃで、描かれた点で大きいものは「夏の大三角形」の「ベガ」、「アルタイル」、「デネブ」、それ以外の点は2等星以下の星でなっちゃんが言った「北」と言う言葉と稀世さんが指摘した「北斗七星」から推測し、この星座配置になる状況をAI分析してもらいました。
 その結果、2700年前の神明神社の夏のある日の星座と99.8%で一致したそうです。星は、長期間の視点で見ると近づく星と離れていく星がありますので、年代を経て全く同じ配置になることはないそうです。
 昨晩のなっちゃんの言葉…、ここではあえて誤解を承知で「お告げ」と言わせてもらいますが、なっちゃんの「お告げ」の中であった、失われた12支族のうち「帆船」をトーテムとするゼブルン族が九州から日本に上陸し、「鹿」をトーテムとするナフタリ族が出雲…今でいう島根県に大陸から船で渡ったという研究結果が本国にもありました。
 これは、現在の都市伝説的な「日ユ同祖論」というものではなく、DNA分析の結果、日本の土着民族とされるの「縄文人」に加えて中国大陸や朝鮮半島からの渡来人である「弥生人」に加えて北方からわたってきた女真族や現在のロシア系の渡来人、なぜか、世界にとびとびに存在するチベットやモンゴルを起源とする「青い人種」と言われるモンゴル系の渡来人に加え、少なく見積もっても20%の日本人にアフリカ・中近東由来のDNAを持った人が存在します。
 紀元前722年に滅亡した旧イスラエル帝国から逃げ出したユダヤ人が日本に渡ってきていてもおかしくないという事なんです。文化面で言うと昨日お話ししたヘブライ語と日本語の共通点や、縄文時代に鉄製農具や武器が日本で発見されていることや石材加工でユダヤの石工技術がその時代の日本で見られるということからもその説をバックアップしていると考えられます。
 そこで、皆さんは今日は高松に向かわれるという事ですが、途中、なっちゃんが絵を描いた神明神社にアークが来ていた可能性が高いです。過去にはイスラエル大使のエリ・コーケン氏も神明神社を訪れているそうです。昨晩のなっちゃんのお告げではアークは剣山から神明神社を経由し、ここ淡路島を経てどこなのかはわかりませんが北の方角にある「シナイ山」に向かったってっことですから、皆さんにご迷惑でなければ寄らせてもらってはダメでしょうか?」
 
 熱く語るMKに皆が引き込まれていく中、夏子だけが取り残されている。
「ちょっと待ってよ。「私が言った」とか「私が書いた」とかって何なん?おまけに「お告げ」ってなに?私、全然、記憶にあれへんねんけど…。」
と夏子が言いかけると陽菜がスマホをテーブルの上に出した。写真ホルダから動画ファイルを開き、昨晩の日付のファイルを開いた。
 そこにはVRモニターを装着した夏子が、いきなり神に殉ずる巫女として語りだしている姿が映し出されていた。
「うーん、「イケメンを従える女神様」っていうコマンドは入れたけど、「お宝」とか「アーク」なんてコマンドは入れた覚えがないねんけどな…。まあ、AIが面白くしたろうと思って忖度してくれたんかな?MKの前で言うの恥ずかしいねんけど、ここ数年彼氏の「か」の字も縁が無かったから、単に私が女神さまで、たくさんのイケメンにちやほやされるっていうシチュエーションを希望してただけやねんけど。きゃっ、私何言うてんねやろ!ごめん、今の発言は無しにしてな。でも、ほんまに宝とかは望んでなかったんやけど、今のAIサービスって凄いな…。」
と夏子は一人納得していた。直がそこでまとめに入った。
「まあ、急ぐ旅でもないし、ここはMK君の言う「古代のロマン」につき合うのもええやろ。じゃあ、8時半になったら、「道の駅うずしお」に向けて出発でええな。それから鳴門の渦潮を見て、高松に行く前にちょっと寄り道していこか。」
の一言で全員が同意した。MKは嬉しそうに「なっちゃんのおかげで楽しい旅になりそうです。」と夏子の手を取って喜んだ。十人でごちそうさまをすますと各自部屋に戻っていった。



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