『刺青のヒーロー~元女子プロレスラー新人記者「安稀世」のスクープ日誌VOL.2』

M‐赤井翼

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「誘拐」

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「誘拐」

 稀世が昼にメディアクリエイトに戻ると、既に坂井と載田は到着していた。いつものように会議室で太田が大量のプリントとにらめっこしている。
「ただいま帰りました。デスク、好き勝手してしまってすみません…。あの…、先に言い訳しておきますけど、決して私が目立ちたいが故のスタンドプレイとかじゃなくて…。ハッピーハウスにこれ以上迷惑掛からないようにしようと思ったら、つい「敵」をこちらに引きつけるくらいしか思いつかなくて…、この間、デスクがあんな目に遭ったところなのに再度、私が会社名まで出してしまってほんとうにすみませんでした。」
 稀世は会議室に入るなり、145度のお辞儀で謝った。

 「いやいや、安さんがそんなに恐縮する必要はないですよ。皆さんの安全を守るのは我々警察の仕事ですから。それにしても凄いもの見つけて来はりましたねぇ。12年前の「土居将司横領事件」が意図的に作られたものであることが、安さんが持ち帰ったUSBメモリの中のデータで丸わかりですよ。
 しかも、資金の流れの中で「党」や「派閥」に送られていない「闇資金」も把握できそうです。また、データの中にあった、淀屋橋への電話の音声録音が誰によるものなのかを立証するのは難しいですが、証拠として突きつけ「自白」を取り付けられれば、土居への「自死強要」または淀屋橋への「殺人教唆」での逮捕も可能です。まあ、相手は「百戦錬磨」の政治家ですから、「知らぬ」、「存ぜぬ」、「記憶にない」とすんなりとは認めないと思いますけどね。
 しかし、ここで活きてくるのが「生き証人」です。東京検察庁特捜部とどう連携をとるのかにもよりますが、安さんが救ってくれた「関目大介」の証言によっては民自党がひっくり返るかもしれませんよ。」
と坂井が稀世をねぎらってくれた。

 その時、載田のスマホが鳴った。短い連絡を受け載田が3人に今日、向日葵寿司を襲撃したワゴン車の名義は「個人名義」のもので、「天満組」や「反社関連企業」の関係者の名義ではなかったことが伝えられた。これから、向日葵寿司に残された3本の短刀の柄の指紋の犯罪者指紋リストとの照会に入るとのことだった。
 車検証上の登録名義人住所と稀世が車内に投げ込んだメディアプロダクトのスマホのGPS信号が近いことも分かった。GPS信号は東大阪市内の月極駐車場に車が有ることを示していた。

「まあ、どうせ稀世ちゃんと向日葵寿司の大将を襲ったんは、「闇バイト」の素人やろ。素手で短刀を持って襲ってきたって言うんやから、女と寿司屋やったら脅せばすぐに拉致れるって甘いこと考えとったんやろな。
 向日葵寿司の大将はともかく、稀世ちゃんを「普通・・の女の子」と見よったのは奴らの「大失態」や。「ゴジラの尾」を踏んだことを後悔させたらなあかんよな。カラカラカラ。」
と太田が笑うと稀世は真っ赤になって怒った。
「デスク!「ゴジラの尾」ってなんですの!私そんなにイカツクないですよ!プンプン。」
「太田、安さんが怒るのはごもっともやぞ。22歳のかわいい女の子に「ゴジラ」は無いやろ。せめて「ミニラ」くらいにしといたれよ。目がクリクリっとして可愛らしいところなんか安さんに似てるやないか。」
 坂井がフォローするが、「ミニラ」を知らない稀世がスマホでググると、怒りの矛先を坂井に向けた。
「坂井さん!ミニラも嫌です。私、人間ですからねっ!「激おこ」です!」

 1人でプンプンと怒っている稀世を無視して、太田と坂井、載田の打ち合わせは進んでいく。その中で、向日葵寿司に残された「短刀」の指紋の持ち主の一人に補導歴があるものがいたと連絡が入った。ワゴン車の名義人とは違った。
「おっしゃ、こいつは府警で職務質問かけて、任意同行を求めてみるわ。そこで、天満組なんか淀屋橋組なんか、はたまたそれ以外の何かが出てくるかもしれへんからな。わかり次第、太田に連絡する。」
「了解。俺の方は、お前らにできへん仕事をすることにするわ。クライアントが「反社」で実行役が「闇バイト」とするなら、今回の失敗を受けて再度アクションを起こしよるやろ。まずは「陰に隠れてるやつ」が誰なんかを追いかけてみるわな。」

 太田はポケットから「盗聴器」を取り出してと坂井にちらちらと見せると、坂井は「ほどほどにな。」と笑った。
 「あぁ、俺も足2本やられたんやから、「ほどほど」に取り返させてもらわんとな。せっかく、「超プリティーアイドル「ウルトラの母」スクーパー」の稀世ちゃんが掴んだ「大スクープ」の卵や。しっかりと料理させてもらうで!カラカラカラ。」 
 再びググった稀世は「うーん、ゴジラやミニラよりはましですけど「ウルトラの母」っていうのも…。デスクも坂井さんも「昭和のおやじ」だから仕方ないんでしょうけど、女の子に対する「表現」は少し勉強して欲しいですね…。」と微妙な表情を見せた。

 打ち合わせは4時間におよび、「まあ、お守り代わりに「パトカー」は明日まで止めっぱなしにしておいたるわな。それで、ここが襲われるようならよっぽど「やばい奴」っていうこっちゃ。カラカラカラ。」と坂井は笑いながら載田と一緒にメディアプロダクトを後にした。
 残った稀世と太田は日が完全に落ちるのを待って東大阪に向かった。

7月12日午後1時、稀世はランチタイムも終わり、数人の客を残すのみとなった向日葵寿司にいた。昨日の仕返しに備え、開店前から直もカウンター席でビールを飲みながらランチセットの添えのガリをつまんでいる。直と三朗の話からすると、昨日の昼以降、怪しい人影はなく警察の証拠物件の回収の後はいつもの営業状況だったと聞き稀世は少し安心した。
「良かった。サブちゃんを巻き込んでしまって何かあったらどうしようかって思ってたんよ。直さんもありがとうね。
 こっちはこっちで、昨日の「敵」のワゴン車に「盗聴器」や「GPS」仕込みに行って、再度、向こうがアクションを起こすのを待ってる状況なんよ。」
と説明しかかったとき、夏子と陽菜が汗をかいて店に飛び込んできた。

 「稀世姉さん、なんで電話出てくれへんのですか!唯ちゃんが拉致されてしもた!突然、稀世姉さんのマンションに宅配便を装った男たちが来て唯ちゃんを拉致って行ってん。
玄関のドアロックのラッチに瞬間接着剤流し込まれてしもてドア開けへんようにされてしもたから、陽菜ちゃんとベランダから非常用ロープで抜け出してきたんよ。早く助けに行かな!」
「私となっちゃんは、いきなり男にお腹に蹴り入れられて十数秒動かれへんかってん。スタンガンもクマ撃退スプレーも手元に置いてへんかったから、唯ちゃん、さらわれてしもた。犯人は左のドアが思いっきり凹んだ黒いワゴンやった。
それって昨日、稀世姉さんと三朗兄さんを襲った奴らってことですよね!稀世姉さんのスマホ繋がらへんから、会社に電話してここに居るって聞いて自転車飛ばしてきたんです。」
 夏子と陽菜が状況を説明した。稀世は慌ててスマホを見ると電源が落ちたままの状態になっていた。慌てて、電源を入れると太田からも留守番電話とラインメッセージが入っていた。

太田からのメッセージは、GPSと盗聴器を仕込んだワゴン車が移動し始めているという事と盗聴器からの音声で唯が拉致された可能性が高い事が残されていた。慌てて、太田に電話を入れるとスマホから大きな声が漏れた。
「稀世ちゃん、今どこや?どうやら、「敵」は稀世ちゃんのマンションを突き止めて唯ちゃんをさらった可能性が高い。坂井にも連絡してるんやけど、繋がれへん状況や。
 昨日の今日で稀世ちゃんの住所を調べたんやとするならば、弁護士や司法書士による戸籍追跡による調べとちゃう。おそらく、警察内部にも奴らの手が伸びてるはずや。110番することで奴らを刺激してしまうかもしれへんから、引き続き坂井と載田君に連絡を取り続けるから、稀世ちゃんは車の近くまで行って盗聴器で様子をうかがいながら待機しとってくれ。くれぐれも無茶するんやないで!」

 稀世が太田との電話を切ると直が稀世に尋ねた。
「「敵の居場所」はわかるんか?」
稀世はスマホのGPS追跡アプリを立ち上げると、ワゴン車の位置を示すマーカーは門真から中央環状線を南下している。バッグから無線機を取り出し、スイッチを入れると「この娘をさらってどうするんですか?」、「なんかのデータの隠し場所を吐かせるまでが今回の仕事や。」、「吐かせることができへんかったらどないするんや?」、「その時は、「山」に埋めてこいちゅう話や。」と男たちの声が入ってきた。唯の声は聞こえないところを見ると、ガムテープか猿ぐつわで声が出せないようにされているのだろうと直が推測した。
「あかん、緊急事態や!担当刑事が連絡つけへん上に、警察に内通者が居るんやったらわしらで助けるしかあれへんやろ!おい、三朗、わしと稀世ちゃんで助けに行くから車出せや!」
「私らも行くで!連れてって!」と夏子と陽菜も声をあげた。

「僕の車、軽自動車ですから4人しか乗れませんよ!」三朗が言うと「大丈夫や!夏子と陽菜は「お荷物」やから、人間はわしと稀世ちゃんとお前の3人いう事にしとけ!暖簾のれん片付けたらすぐに出るぞ!」と直が三朗の尻に蹴りを入れた。
「直さん酷―い!」夏子が文句を言っている間に、稀世が暖簾を外し店の中に持ち込み、指定の場所にかけ直した。





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