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「えっキャンセルとか困るんですけど!」
ふわふわの前髪の下にある無駄に長い睫毛と、ビー玉のような瞳に俺が映る。身長は175cmくらいか?芸能人にいても違和感がないような顔面の造形に、日焼けを知らなそうな真っ白な肌。謎なのは間もなく冬なはずなのに薄着なところ。それを差し引いても、アイドルにいそうな人間だ。うん、クラシメイトが顔面偏差値が高いというのは本当みたいだ。
「誰だっけえっと‥‥。」
「小野風太です!」
「そうそう小野風太さん。申し訳ないんだけど、兄貴が勝手に依頼しただけで俺は契約する気がないんだ。返金とかは特にいらないからさ。」
「無理です無理です。キャンセル不可です。なぜならキャンセルされた途端おれは住む場所が無くなるからです。」
「いや、自分の家に‥‥。」
「売っちゃったんですって!」
「とにかく本当に俺、人と暮らすとか無理なので、お引き取りください。」
「わっ、えっ‥‥ちょっ!」
無理やり追い出して鍵を閉める。ドア越しに「四谷さーん!開けてください!」なんて聞こえたが、10分くらいしたら諦めたのか何も音がしなくなった。
おれは小さくため息をついて玄関に座り込む。ダメだ、あんなのと暮らしたら絶対しんでしまう。正直に言えば顔がかなりタイプ。だからこそ余計に暮らしたくない。
「くそ、まだ火曜日なのに‥‥。」
花の土曜日まではあと3日も仕事に行かなければいけない。憂鬱すぎて再びため息をついた。気分を変えるためにシャワーを浴びる。が、やはり洗濯機の使い方がわからなくてカゴに洗濯物を入れた。
「明日クリーニングに持っていくかあ。」
クソ兄貴め、早く帰ってこい。でも俺も少しは努力してみようと思って今日はスーパーで食材を買って自炊しようと思ったんだ。まあ冷蔵庫に突っ込んで終わったけれど。
「‥‥‥明日でいっか。」
暮らし屋の対応で疲れたので今日はコンビニ弁当でいいや。時刻は既に21時30分。11月の夜はもう冷え込むので、少し厚手の上着を羽織って仕度をする。
いつも通りにドアを開けたはずだった。
「え。」
目の前の光景を見るまでは。
「おま‥‥っ!風邪ひくぞ!」
「ん‥‥あ、よつやさ、ん。」
ドアを開けた先の光景はキャリーケースにもたれかかって体育座りで眠る暮らし屋さんだった。月明かりに照らされて銀色のふわふわの髪がキラキラと光っている。焦って俺が同じ目線にしゃがみ込めば、右手で瞳をゴシゴシ擦って目を覚ました。その手は悴んで赤くなっていて、いかに外で過ごしていたかを物語るには十分だった。
「なんでそんな薄着なんですか!」
「職場に上着忘れちゃって、ただもう出ないと四谷さんの家に19時に間に合う電車に乗れなかったので諦めたんです。」
ふあ、と暮らし屋さんはあくびをすると俺にニコッと笑う。
「四谷さんを説得する為に待ってたんですけど、今日の仕事疲れで寝ちゃいました。」
「う、上着くらい取りに帰ってから来ればよかったじゃないですか‥‥。」
「でもそれじゃあ19時に間に合わないでしょう。暮らし屋として、契約主を心配にさせたりはしたくないので自分より四谷さんを優先しました。」
「どうしてそこまで‥。」
「“いってきます”“ただいま”これを伝えるのが暮らし屋の仕事なので。”ただいま”を言いたかったんです‥‥クシュンッ。」
暮らし屋さんは小さくくしゃみをすると「ティッシュティッシュ」と言いながらキャリーケースを開けようとする。
「‥‥‥。」
俺は自分のポケットからティッシュを取り出し、暮らし屋さんの目の前に差し出した。
「くれるんですか?」
「あげないなら見せませんよ。」
「わあ、ありがとうございます。」
「‥シャワー貸してあげるから一旦入っていいよ。」
「え、1ヶ月暮らしてもいいんですか?」
「暮らしていいとは言ってない。契約はキャンセル。ただ風邪を引かせた原因に少しでも俺が入ってるならシャワーくらいは貸してやるべきだと思うから。」
俺は無理やり部屋の鍵を押し付けると急いでエレベーターホールへと向かった。くそ、どうすればいいんだ。まさか待っているなんて思いもしなかった。
「‥‥‥。」
マンションの一階に併設されているコンビニ。俺はなぜ、飲み物も食べ物も2人分購入しているのだろうか。
「あー、くそ。」
2倍の重さになってしまったコンビニ袋をぶら下げて部屋に戻る。コンビニで色々悩んでいたら22時をすぎていた。
ガチャ、とドアを引いた時だった。
「あ!おかえりなさい!」
奥からパタパタと音がして、濡れた赤髪の暮らし屋さんが俺の元へとやってきた。
「え、あ、はい。」
「シャワーありがとうございました。洗濯物カゴがいっぱいになってたので、今洗濯機回しています。」
「え、暮らし屋さん洗濯機回せるのか?だってクラシメイトは家事重視じゃないって‥‥。」
「家事重視じゃなくても洗濯機くらいは回せますよ。」
暮らし屋さんは俺の手からビニールを奪うと「弁当ですね、今温めます。」と言いリビングに向かう。
「いや、おいちょっと待て!契約はキャンセル、解除だって!」
「わかってますよ。だからこれはシャワーを借りたのでサービスです。」
慌てて暮らし屋さんの背中を追ってリビングに行けば、そこは食欲をそそる香りで溢れていた。
「な、に作って‥‥。」
「冷蔵庫見させていただきました。依頼主のお兄様から料理が苦手ということは聞いておりましたので、3日くらいは食べれる量の豚汁を作りました。」
「お前料理もできるのか‥‥?」
「簡単にですけどね。」
やばい、どうしよう。
ここにきてまさかの最低限の家事ができるスペック。思わず唾をごくり、と飲み込んだ。
「四谷さん、座ってください。今お弁当と豚汁運びます。」
「あ、ああ。」
自分の家なのにまるで自分の家ではないような感覚。少し遠慮するような気持ちも抱えつつ席に座った。
「四谷さんはよく食べるんですね。」
「いや、その弁当1つは暮らし屋さんのです‥‥。」
「え、おれにですか?それは嬉しいです。でもおれの名前は小野風太です。」
「‥小野さんの。」
ふふ、と小野さんは笑うとおれの前に腰掛ける。
「ありがたくいただきますね。」
「いや、こちらこそ。うん、えっと、」
どうしよう、ナチュラルに会話してしまっている。言葉が見つからなくて、豚汁に手をつけた。
「あ、おいしい。」
一口飲んだだけで身に染みる温かさと旨味。こいつ、家事が少しできるっていうレベルじゃないぞ。
「本当ですか?よかったです。豚汁はよく利用者様に喜んでもらえるんですよ。じゃあおれもいただきます。」
「なあ、暮らし屋って本当に利用する人いるのか?」
なんとなく聞いてみたくなった。もちろん昨日ネットで調べたし、実際暮らし屋業界が俺の知らないところで盛んなことはわかったが未だに信じられない部分がある。
俺の質問に暮らし屋さんは、豚汁を飲み込むと口を開いた。
「はい、いらっしゃいますよ。実際今日の朝までは1年契約をされていた方と暮らしていました。」
「1年!?長くないですか!?」
「そうですねえ、長期プランですと1~5年の方もいますしね。」
「へっ、そんなに!?」
「はい。やはり出張とか行かれる方だったり、家族と結婚したと嘘をつかれた方は長くご契約されますね。」
暮らし屋さんはもぐもぐ、という効果音が似合いそうな素振りで橋を口に運ぶ。にしても5年契約って長いな。
「暮らし屋さんは、」
「小野風太です。」
「‥小野さんは、その抵抗とかないんですか?1ヶ月俺と暮らすことに。」
「んー、ないですね。」
俺の質問に清々しい顔で小野さんは言い切る。どうしてこの人は暮らし屋をしているのだろうか?
ふわふわの前髪の下にある無駄に長い睫毛と、ビー玉のような瞳に俺が映る。身長は175cmくらいか?芸能人にいても違和感がないような顔面の造形に、日焼けを知らなそうな真っ白な肌。謎なのは間もなく冬なはずなのに薄着なところ。それを差し引いても、アイドルにいそうな人間だ。うん、クラシメイトが顔面偏差値が高いというのは本当みたいだ。
「誰だっけえっと‥‥。」
「小野風太です!」
「そうそう小野風太さん。申し訳ないんだけど、兄貴が勝手に依頼しただけで俺は契約する気がないんだ。返金とかは特にいらないからさ。」
「無理です無理です。キャンセル不可です。なぜならキャンセルされた途端おれは住む場所が無くなるからです。」
「いや、自分の家に‥‥。」
「売っちゃったんですって!」
「とにかく本当に俺、人と暮らすとか無理なので、お引き取りください。」
「わっ、えっ‥‥ちょっ!」
無理やり追い出して鍵を閉める。ドア越しに「四谷さーん!開けてください!」なんて聞こえたが、10分くらいしたら諦めたのか何も音がしなくなった。
おれは小さくため息をついて玄関に座り込む。ダメだ、あんなのと暮らしたら絶対しんでしまう。正直に言えば顔がかなりタイプ。だからこそ余計に暮らしたくない。
「くそ、まだ火曜日なのに‥‥。」
花の土曜日まではあと3日も仕事に行かなければいけない。憂鬱すぎて再びため息をついた。気分を変えるためにシャワーを浴びる。が、やはり洗濯機の使い方がわからなくてカゴに洗濯物を入れた。
「明日クリーニングに持っていくかあ。」
クソ兄貴め、早く帰ってこい。でも俺も少しは努力してみようと思って今日はスーパーで食材を買って自炊しようと思ったんだ。まあ冷蔵庫に突っ込んで終わったけれど。
「‥‥‥明日でいっか。」
暮らし屋の対応で疲れたので今日はコンビニ弁当でいいや。時刻は既に21時30分。11月の夜はもう冷え込むので、少し厚手の上着を羽織って仕度をする。
いつも通りにドアを開けたはずだった。
「え。」
目の前の光景を見るまでは。
「おま‥‥っ!風邪ひくぞ!」
「ん‥‥あ、よつやさ、ん。」
ドアを開けた先の光景はキャリーケースにもたれかかって体育座りで眠る暮らし屋さんだった。月明かりに照らされて銀色のふわふわの髪がキラキラと光っている。焦って俺が同じ目線にしゃがみ込めば、右手で瞳をゴシゴシ擦って目を覚ました。その手は悴んで赤くなっていて、いかに外で過ごしていたかを物語るには十分だった。
「なんでそんな薄着なんですか!」
「職場に上着忘れちゃって、ただもう出ないと四谷さんの家に19時に間に合う電車に乗れなかったので諦めたんです。」
ふあ、と暮らし屋さんはあくびをすると俺にニコッと笑う。
「四谷さんを説得する為に待ってたんですけど、今日の仕事疲れで寝ちゃいました。」
「う、上着くらい取りに帰ってから来ればよかったじゃないですか‥‥。」
「でもそれじゃあ19時に間に合わないでしょう。暮らし屋として、契約主を心配にさせたりはしたくないので自分より四谷さんを優先しました。」
「どうしてそこまで‥。」
「“いってきます”“ただいま”これを伝えるのが暮らし屋の仕事なので。”ただいま”を言いたかったんです‥‥クシュンッ。」
暮らし屋さんは小さくくしゃみをすると「ティッシュティッシュ」と言いながらキャリーケースを開けようとする。
「‥‥‥。」
俺は自分のポケットからティッシュを取り出し、暮らし屋さんの目の前に差し出した。
「くれるんですか?」
「あげないなら見せませんよ。」
「わあ、ありがとうございます。」
「‥シャワー貸してあげるから一旦入っていいよ。」
「え、1ヶ月暮らしてもいいんですか?」
「暮らしていいとは言ってない。契約はキャンセル。ただ風邪を引かせた原因に少しでも俺が入ってるならシャワーくらいは貸してやるべきだと思うから。」
俺は無理やり部屋の鍵を押し付けると急いでエレベーターホールへと向かった。くそ、どうすればいいんだ。まさか待っているなんて思いもしなかった。
「‥‥‥。」
マンションの一階に併設されているコンビニ。俺はなぜ、飲み物も食べ物も2人分購入しているのだろうか。
「あー、くそ。」
2倍の重さになってしまったコンビニ袋をぶら下げて部屋に戻る。コンビニで色々悩んでいたら22時をすぎていた。
ガチャ、とドアを引いた時だった。
「あ!おかえりなさい!」
奥からパタパタと音がして、濡れた赤髪の暮らし屋さんが俺の元へとやってきた。
「え、あ、はい。」
「シャワーありがとうございました。洗濯物カゴがいっぱいになってたので、今洗濯機回しています。」
「え、暮らし屋さん洗濯機回せるのか?だってクラシメイトは家事重視じゃないって‥‥。」
「家事重視じゃなくても洗濯機くらいは回せますよ。」
暮らし屋さんは俺の手からビニールを奪うと「弁当ですね、今温めます。」と言いリビングに向かう。
「いや、おいちょっと待て!契約はキャンセル、解除だって!」
「わかってますよ。だからこれはシャワーを借りたのでサービスです。」
慌てて暮らし屋さんの背中を追ってリビングに行けば、そこは食欲をそそる香りで溢れていた。
「な、に作って‥‥。」
「冷蔵庫見させていただきました。依頼主のお兄様から料理が苦手ということは聞いておりましたので、3日くらいは食べれる量の豚汁を作りました。」
「お前料理もできるのか‥‥?」
「簡単にですけどね。」
やばい、どうしよう。
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「四谷さん、座ってください。今お弁当と豚汁運びます。」
「あ、ああ。」
自分の家なのにまるで自分の家ではないような感覚。少し遠慮するような気持ちも抱えつつ席に座った。
「四谷さんはよく食べるんですね。」
「いや、その弁当1つは暮らし屋さんのです‥‥。」
「え、おれにですか?それは嬉しいです。でもおれの名前は小野風太です。」
「‥小野さんの。」
ふふ、と小野さんは笑うとおれの前に腰掛ける。
「ありがたくいただきますね。」
「いや、こちらこそ。うん、えっと、」
どうしよう、ナチュラルに会話してしまっている。言葉が見つからなくて、豚汁に手をつけた。
「あ、おいしい。」
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「本当ですか?よかったです。豚汁はよく利用者様に喜んでもらえるんですよ。じゃあおれもいただきます。」
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俺の質問に暮らし屋さんは、豚汁を飲み込むと口を開いた。
「はい、いらっしゃいますよ。実際今日の朝までは1年契約をされていた方と暮らしていました。」
「1年!?長くないですか!?」
「そうですねえ、長期プランですと1~5年の方もいますしね。」
「へっ、そんなに!?」
「はい。やはり出張とか行かれる方だったり、家族と結婚したと嘘をつかれた方は長くご契約されますね。」
暮らし屋さんはもぐもぐ、という効果音が似合いそうな素振りで橋を口に運ぶ。にしても5年契約って長いな。
「暮らし屋さんは、」
「小野風太です。」
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