意志をつぐ者

タクナ

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混沌の始まり

第二十話 敵襲

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 男は、もう3日も逃げるために走り続けていた。
 その日は「仕事」が長引き、遅くにベッドに入り眠ったのだが、気が付いたら自分の家ではなく、どこにあるかもわからない森に中にいた。
 周りにはもちろん、だれもいなかった。
 否、ヒトはいなかった。
 代わりに、この世界の者ではない者がいた。
 その生き物は複数おり、残虐な笑みを浮かべ、男に一斉に襲い掛かった。
 だが、不幸中の幸いというべきか、男の腰には、いつも「仕事」で使っていた剣が佩かれており、それで対処した。
 一刀の下に首を撥ね、返す刃で胴体を横薙ぎにして真っ二つにする。
 そして、まだ生き残っている他の生物に、男は襲い掛かっていく。

 男は武人であった。
 剣の心得も、魔法も得とくしていた。
 同じような境遇にいる者たちの中でも十分に強かった。
 いや、それでは言葉の相違があるか。
 所属していた組織では最強を誇っていた。
 他の同じような組織の構成員と比べても、彼の強さに勝てる者はそうそういない。
 だが、それも「個人」では、の話だ。
 個々でどれだけ強くても、軍勢を相手にするには少々無理がある。
 彼一人なら、例え1万の軍勢が眼前にいたとしても物怖じせずに、立ち向かっていけるだろう。
 しかし、彼には守るべき存在がいる。
 その存在ゆえに、彼は束縛され、力を使えない。
 この場にはいなくとも、彼が力を振るえば、その存在に対し迷惑がかかる。
 そのような事態は、彼が望まない。
 だから、今こうして、数千の軍勢を前にして、逃避行を演じている。
 数千というのは、男が途中までは気配で数を探っていたのだが、2千を超えたあたりで探るのをやめたからだ。

 「かといって、こうして逃げるだけにも限界があるんだがなぁ」

 低く耳に残るバリトンの声で呟きながら、男は目の前に飛び出してきた生物の頭を直下から振り下ろした剣で割る。
 その生物は、悲鳴をあげるまでもなく頽(くずお)れるが、また次がやってくる。

 「いくら図体がデカいだけの弱いオークが出てきても、俺を止めることは不可能に近いんだが、それがわからんかね?」

 誰ともなく問いかけるが、もちろん誰からも返事はない。
 かわりに、生物もといオークの持つこん棒が男を襲う。

 「まったく、こんなコトならマサルか斉藤に連絡しておくんだった」

 オークのこん棒をひょいと避け、そちらを見もせずにオークに斬撃を浴びせる。
 今度のオークも悲鳴を上げるヒマすらなく、絶命する。
 先ほどから、的確に急所を一撃で切り捨てているので、悲鳴すら上げられないのだ。
 これほどの力量を持つのは、そうそういるものではない。
 それをやっと気づいたのか、オークたちの攻勢が緩まる。

 「やっと力量差を感じ取ったか。 面倒なヤツらめ、今度は逃げ出すくらいの力を見せてやるよ」

 そう言って、自らの魔力を高めていく。
 男を知るものが見たら、手加減しているのがありありと感じられただろうが、眼前のオークたちに命の危険を知らせるには十分だった。
 じりじりと後ずさるオーク達をチラリと見るが、男は全く別のことを考えていた。

 「ここら一帯の森が消えたところで、大丈夫だよな。 なら、いいか」

 そして、一拍の呼吸を間に挟み、朗々と短縮呪文コマンドワードを言葉に乗せる。

 「我が前に立ち塞がる敵を消し去らんとせん、蠢け、ヴァーミリオン・トワイス!!」

 男が魔法を発動すると同時に、辺りから銀朱色の魔力が濁流となり溢れ出す。
 そして、耳障りな悲鳴を発しながらくるりと背中を向けて逃げ出すオーク軍を次々と飲み込んでいく。
 それは、周囲にあった木々や草花も同じであり、濁流の中に沈み込んでいく。
 完璧に沈み込んだモノは一切逃さないらしく、もがいているオークをもろともせずに飲み込み、周囲が銀朱の魔力で染まった。
 濁流となった魔法は、次の獲物を求めようとはせず、その場で蠢き、高い音を発する。

 「ふむ、こんなもんか」

 そう男が言葉を発した瞬間、高い音が鳴り止み、代わりに辺りに閃光と轟音が弾ける。
 男は事前にシールドを張っていたため、全くダメージを受けていないが、周囲には凄まじい爆発が起こったとわかるほどに地面はめくれあがり、生物の痕跡は全く残っていない。

 「この魔法は少し威力が強すぎるんだよな。 味方がいたら、使えないし」

 男はそう残念そうに呟くが、どこか遠くの後ろの方では、残りの軍勢が息せき切ってどこかへ撤退していくのが気配で感じられた。
 そちらに目を向ければ、例え5km先のウサギ一匹だろうがしっかりと捕捉できるほどの視力を持っているのだが、そんな面倒なことはしない主義なのだ。 
 とはいえ、自分の名前の由来なのだが、あまり興味がない。

 「それで、訓練所はどっちの方角かな?」

 マサルの親友である鷲目忍(ホークアイ)は、目的地を目指すべく探測法義魔法を展開し、移動魔法を自らの体にかける。
 ホークアイの体が霞み、風を思わせる速さでその場をあとにした。



 ホークアイが与り知らぬところで戦闘をしていた頃、訓練所にはある一つの報せが届いた。

 「なにぃ? オークの軍勢がここに迫っているぅ~?」

 その知らせを真っ先に受けたワタルがそう素っ頓狂な声を上げる。
 知らせを持ってきてくれたのは、コータさえも知らない先輩訓練生だったが、マサルとは面識があるようで、すぐにここ、本部へと招集された。

 「そうか、ありがとう。 大体、俺が持ってきた情報と同じだな」

 「情報を持って来ていたぁ!?」

 「あぁ、混乱するだろうから言わなかったけどな」

 「そんな時に、俺らと試合やってたのかぁぁぁ!!!」

 「あんなの試合に入らないだろ」

 「ぐっ」

 本部に集まっている面々が驚いている中、マサルは堂々と返す。
 そんなマサルに、ワタルがまた素っ頓狂な声を上げる。
 だが、すぐに何気ないふうにマサルがワタルに対し言い放ったので、言葉に詰まるワタル。

 「まぁまぁ、それはおいといてさ。 その軍勢はホントに訓練所に向かってるの? だって、ここには魔法の結界だってあるのに」

 「それが、敵を率いている大将が相当な実力者らしく、結界の効果がないものと考えられます」

 コータが不思議そうに言ったが、その言葉に偵察に出ていた遊軍の斉藤の部下が応える。
 その言葉に、マサルとアキは厳しい顔つきになる。
 斉藤は、そんな二人の様子に気付いてか気付かずか、明るく声を発する。

 「では、ここにいる全戦力を持って、邀撃しようじゃないか!」

 「軽く言うなぁ~。 敵は古き敵だっていうのに」

 「何言ってるんですか、マサルさん。 あなたなら心配ないでしょう?」

 「あはは、確かにそうなんだけどね~。 なんなら、俺一人でも殲滅できるぜ?」

 「それじゃあ、僕たちの出番がないじゃない!」

 斉藤の言葉に、マサルがニヤリと笑いながら返し、割と本気の声音で自分だけで敵を殲滅しようとする。
 そんなマサルに、コータが苦言を呈す。

 「まぁ、いいや。 それはこのあと決めればいいし」

 そう、話を脇にどけて、神妙な顔つきになり、マサルが言う。

 「それより、問題はディオニュソス様が未だに帰ってこないことだ。 確かに、いつもいなくなるし、気付いたらいなかったり、ふと見ると酒を浴びるように飲んでたりするけど」

 「そんな神様なんですか?」

 「そうだよ。 だから、ミツルが期待するなって、言ったでしょ?」

 「…………なるほど」

 マサルの言葉に、斉藤が横にいるコータに胡散臭い目を向けるが、コータはさも当然とでも言わんばかりに頷く。
 そして、斉藤は多くは言わずに納得する。

 「そんな神様だけど、半日も空けるコトは滅多にない。 しかも、昨日の宴なんてディオニュソスの本領発揮みたいな場面なのに、連絡すら来なかったし」

 「えぇーと、つまりどういうこった?」

 「つまり、神たちが集まって作戦会議でもしてるというワケだよ」

 ワタルが首を傾げ発する言葉に、マサルが簡潔に述べる。
 その言葉に、一同は驚愕するが、誰も否定することはできなかった。
 神々が集まって会議をすること自体は珍しくはないのだが、普段なら夏至と冬至の年に二回しかやらないのだ。
 今の時期では、冬至の会議が近いが、それでもまだ3か月ほどある。
 時期を無視して行うほどの会議は、たいていが悪いニュースが舞い込んできた時だけだ。
 それも、世界の危機が起こりそうなぐらいの危機が。

 「…………ホントに、会議をしているとしたら、私たちも迂闊には動けないわよ。 神様たちが交渉してるかもしれないのに、下手に攻撃したら全面戦争になるもの」

 アキが注意深く、この場にいる全員、特にマサルに対して言う。

 「でもさぁ、この前の大戦のときは、交渉に向かった神を人質に取られて面倒なことになったから今回はないと思うよ?」

 「まぁ、そうですよね。 ヘルメス様だって、そう何度も人質に取られたくないでしょうし」

 アキの言葉に、マサルが衝撃の真実を伝える。
 この場にいるほとんどは知らなかった出来事なので、口を挟めないまま、斉藤もマサルの言葉に賛成する。
 因みに、ヘルメスとは、神々の使者としての役割を司る神で、オリンポス十二神の一柱にも数えられるほどの力のある神だ。
 そんな神が捕らえられたなど、夢にも思わないのが普通だ。

 「ちょっ、初耳なんだけど、その話」

 「もう過ぎたことだし、どうでもいいだろ?」

 「それより、どう戦力を展開するかですよねぇ」

 今まで静かに聞いていた誠二が代表して、マサルに詳しい説明を求めるような目を向けながら言うが、どうでもいいと一蹴するマサル。
 そして、何事もなかったかのように斉藤も話をする。
 誠二は諦めたのか、文句を言わずにそのまま引き下がる。

 「常道で行けば、こういう布陣になるよな」

 そう言って、マサルは懐から取り出した訓練所周辺の地図に、敵軍の位置をやけに正確に描く。
 もう気配で察知してる距離らしい。
 優に10kmは離れているが。
 そして、すらすらと自軍の戦力を訓練所近くの森を背後にするように配置していく。
 なんと、実力者まで把握しているようで比較的強い力を持つ者が前方に配置され、全体的に訓練生が第一陣を担い、その援護として遊軍を背後につかせる形にしてある。

 「そして、俺がここ」

 雑な性格の割に、キレイな戦略図を一通り書き終わったマサルが、自分の名前だけを大きく目立つように自軍の前方100m地点に書く。

 「ちょっと待て、俺らの出番ねぇだろぉぉぉぉ!!!!」

 「そうだよ、戦わせてよ!!」

 「さすがにこれはどうかと思いますよ」

 真っ先にワタルが突っ込みを入れ、コータと斉藤も追従する。
 コータなどは、性格の割に好戦家なので、戦いたくてうずうずしているのだ。

 「いや、これで行こう! 俺は敵の大将しか興味ないから! その他のオークどもの相手なんて面倒だから任せるよ!」

 「えぇー、まぁ、それならいいけどさ」

 「じゃ、そういうことで! 急げ、おまえら!! 敵さんはあと2時間もすれば、この訓練所に着くぞ! その前に1時間で迎撃態勢を整え、奴らの正面に布陣する!! ほら、準備だっ!!」

 ちょうどコータが折れてくれたので、それに乗じて集まっている全員にハッパをかけるマサル。
 嵐のようにいきなり決まったので、目を白黒させる者がほとんどだが、マサルに追い立てられるように部屋を出ていき、あたふたと準備をする。

 「1時間後に正門に集合な~、全員にちゃんと知らせろよ。 遅れたヤツは俺と試合だからなぁ~」

 マサルが本部から出た音も方々にそう触れ回っていたので、みんなの準備はものの20分で終わったのだが、当の本人がジーンズにただのTシャツという恰好に剣をぶら下げているという実に不釣り合いな恰好なので、みんながげんなりしたのは言うまでもない。
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