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混沌の始まり
第三十六話 装甲車でドライブに行こう
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一行は、制限速度がここら一帯では珍しい、制限速度が100kmの高速道路を北上している。そのため、もちろんスピードも出せるのだが弊害もある。重量級の装甲車の安定した振動と、重低音を響かせるエンジン音に眠気を誘われる。これは《意志をつぐ者》からすればそう感じるだけで、普通の人間が乗る分にはものすごく静かな部類に入るだろう。高級車かと間違うほどの静かで安定した走りである。もっとも、装甲車も捉え方を変えれば高級車と言えなくもないが。
《意志をつぐ者》であるコータ達は、人間と同じほどの睡眠は必要としないし、身体も丈夫なので不調になるようなことも滅多にないのである。別に一晩どころか三晩寝ずとも、普段の行動や言ってしまえば戦闘が起きても支障はきたさない。が、眠くならないワケではない。
現に、今も睡魔と戦って破れた者(ワタルと誠二のように戦わずして破れた者もいるが)が浅い眠りに就いている。誠二なんかは、装甲車の座席で横になって寝るために、わざわざミホと場所を交換してもらい、真ん中の席二つの上でうずくまっているほどだ。
「みんな、疲れて寝ちゃったね」
「今日はあのダンゴムシに襲われたのでしょう? 無理もないですよ」
コータの独り言に、斉藤が後ろを振り向きながら返す。この車内で起きているのは、護衛要員兼運転手である花枝と、同じく護衛要員の斉藤。そして、コータとミツルの四人だけだ。コータとミツルは、その索敵能力の大きさを自分たちがよく知っているので、訓練所の外に出たときはいつも警戒にあたっている。自主的にやっていることなので、警戒を変わろうかと他のメンバーに言われても頑なに譲ろうとしない。コータとミツルが警戒をせずに休むよりも、この二人で警戒をして他のメンバーを休めた方が生存率が高くなるのだ。それを悟り始めたのか、他のメンバーも無理に変わろうとはしなくなった。
この二人のおかげで、他のメンバーは気兼ねなく眠ることができるのだ。訓練所の他のチームでは、それほどの索敵能力を持ったメンバーは中々いないので、ローテーションを組んで休憩するのが一般的だ。
「長い一日でしたよ」
「フフッ、まだ終わってませんよ。今日の夜中には北海道に着きますからね」
「長いのはここから、というわけですか」
「ええ、そういうことです」
慰めてくれたのかと思いきや、何を言ってるんだとばかりに軽く笑ってから現実をつきつける斉藤。疲れているのか、特に何の感慨も起きないまま、窓のない装甲車の内部へと目を向ける。窓があれば、外の景色を黄昏れるようにボーッと眺めていただろう。コータにすれば、ダンゴムシに襲われたのは、もう何日も前のように思える。だが、まだ一日も経っていないと考えると先が思いやられる。
それに、この後には戦いが待っているのだ。ただでさえ気が重いコータである。
その後、装甲車は順調に北上し、しばらく時間が流れるが、コータは全く眠気に誘われない。
なぜかって?
ユキが自分の肩にもたれて眠っているからだ。間近に女神のような美貌にあどけない寝顔をさらしているのだ。心臓が昂ぶって眠れるワケがない。そして、この肩越しに伝わってくる体温を意識せずにはいられない。平静を保つために、これほどまでに気力を使ったのは初めてかもしれないと思わずにはいられない。
「コータ」
「ど、どどどうかした?」
珍しくミツルが話しかけてきたので、ミツルの方を向くコータ。平静を保っていたハズなのに、動揺を隠すことはできなかった。ミツルとの間にユキとワタルがいるので、ユキを起こさないように身を乗り出すようにしてミツルの方を見る。ミツルも同じようにしてコータと顔を合わせるが、だらしなく寝ているワタルがミツルに寄りかかってきたので、ミツルは不機嫌顔を余計にしかめて押しのける。かなり強引に押しのけられ、頭を背後の装甲車へとぶつけていたが、ワタルは全く起きる素振りがない。鈍感なのである。
「森で感じた気配だ」
「デイジーのいた森で感じた気配ってこと?」
「そうだ」
「どこにいるかわかる?」
「すまん」
「森でもそうだったけど、珍しいね。ミツルが気配を掴めないなんて」
冷たい表情を困惑に染めて素直に謝罪するミツルを珍しいと思いながら、コータは望みは薄いだろうが気配の探りを始める。案の定コータは気配を全く掴めなかった。こちらはうんともすんとも察知できないので、その分ミツルの方が気配察知には優れている。
しかし、その気配を掴んだあとは、コータの方が優れている。コータの気配察知(索敵能力とも言える)は、対象がどこにいてどのような状態かまで、おおよそ把握できるのだ。例えば、壁の向こうにいる敵が待ち伏せをしているのか、こちらに気付いておらず無警戒でいるのかを識別することができる。
ヒソヒソと会話をする二人を、前に座る花枝と斉藤の二人が不審そうに見つめているが、会話に入ってこようとはしない。彼らなりにコータとミツルの意思を尊重してのことだろう。
「でも、近くにはいるんだよね?」
「恐らくな」
「なら、皆にも伝えておこうか」
「好きにしろ」
どうでもいいというように無愛想に返事を返すミツルに微笑みかけ、他のメンバーとも情報の共有を図ろうとする。情報というのは、知っているというそれだけで多くのメリットがあるのだ。
「そういうのは女にやれ」
ただ、ミツルには微笑みかけるのは不評だったらしく、顔を普段よりもしかめている。ミツルなりの冗談なのか、本人は本気でイヤだったのかわからないが、コータはいつも通りなミツルの反応に笑みが零れる。
ミツルは常にしかめ面だし、無愛想だが、それはほんの一面に過ぎないとコータは思っている。なんだかんだで、ミツルもコミュニケーションが嫌いなワケではないのだ。でなければ、コータに話しかけるようなことはしないだろう。ちゃんと重要性は理解している。ただ、それ以上に面倒なだけで。
もし、本当にイヤだったのなら、問答無用で魔法を飛ばしてくるのがミツルという男だ。
「あ、雪が降ってきましたね。今日は雪降る予報でしたっけ?」
「いえ、そんな予報ではなかったと思いますが」
「まぁ、所詮予報ですしねぇ。にしても、けっこう大粒の雪が降ってますね。 …………今夜は積もりそうですね」
遠隔操作式の銃座のカメラ越しに、外を見ていた斉藤が雪が降ってるの見つけたらしく、隣の花枝に聞く。花枝は雪を珍しそうに眺めながらも、首を傾げる。
コータは、さきほどミツルと話していた気配の件を、まずは起きている斉藤と花枝に伝えようとした。
しかし、そこでミツルの様子がおかしいことに気付く。なにやら、俯いてブツブツと呟いているのだ。
「雪…………あの気配…………いや、まさかな。でも、あり得るか?」
「どうしたの、ミツル。ブツブツと呟いて」
「コータ。この気配の正体がわかったぞ」
「ホント? 一体、誰なのさ?」
「この気配は――――――」
「全員何かに掴まってください!!」
ミツルの冷たい美貌が、コータに気配の正体を告げようとした瞬間、花枝が鋭い声を出す。その言葉に従い、とっさに自分が座っている座席の鉄製の固定部分に掴まり、ユキを抱きかかえるコータ。ミツルは、しまったという顔を一瞬浮かべた後、装甲車の外を厳しい目つきで睨む。
この刹那、装甲車は大きく傾き、後部座席は遠心力により正面向かって右側に引っ張られる。花枝がハンドルを左に切ったためである。
「わわ、なんだなんだ!?」
「一体、何が起こった!?」
「ちょ、どういうこと!?」
「あっ、アブねっ!!」
「あっ、コータ!?」
花枝の鋭い言葉と共に目を覚ました面々が揺さぶられる車内で同時に声を上げる。状況把握能力があまりないワタル、誠二、ミホの三人は車に揺られるがまま悲鳴のような声を上げる。
カオリは向かいのミツルにぶつかりそうになって声を上げるが、その直後にミツルがカオリの肩を抱いて受け止める。
ユキだけは目の前にコータの胸板があり、嬉しそうに顔を赤らめながらだったが。
「花枝、左だ!!」
「はい!!」
「次は右!!」
「はい!!」
斉藤の指示に、花枝は素晴らしい反応速度でハンドルを切る。高速道路の路面を装甲車のタイヤがしっかりと捉えきれていないのか、キュルキュルキュルとスリップしたような音がする。しかし、花枝はレーサーも真っ青な巧みなハンドル捌きで立て直す。
遠心力が働いて右に左に身体が激しく揺さぶられる。だが、後部座席の面々は座席を掴んだり、向かい合って座ってる同士で抱き合ったり(ワタルと誠二)とすでに対処済みである。
前の座席では斉藤が周辺を警戒し、花枝はハンドル操作のみに集中できるという分業体制を敷いているため、先程から指示が飛び交っている。
「斉藤さん、敵はなんです?」
「わかりません。しかし、路面を凍らせてくる攻撃なので、怪物という線は薄そうですね。よほど高位の怪物でない限り、こんなまどろっこしい真似しませんでしょうし」
すでに装甲車が右へ左へと動いているので、事故ではないと判断したコータは敵の存在がいると確信し、斉藤に聞く。何があったかなんて、わかりきったことは聞かなくていいのだ。それをするだけ時間の無駄であるし、反撃するにも無駄な手間を取らないほうがいい。
そう思ったコータは、早速反撃の許可を斉藤に求める。今は遊軍の装甲車に乗せて貰っているのだから、上官である斉藤に指示を仰ぐのが適切だと考えたからだ。
「外に出て応戦しますか?」
「いや、それは得策ではないでしょう。この攻撃から察するに、恐らく敵の狙いは私たちの足を止めることでしょうから。ここで車から降りてしまっては、敵の思うつぼです」
「それもそうですね。でも、このまま中に籠もっていて大丈夫ですか? いくら装甲車と言えど、敵の攻撃をまともに受けたら厳しくないですか」
「確かにコータさんの言うとおりなんですけどねぇ。でも、立ち止まるわけにはいかないので、これはもう振り切るしかないんじゃないかと考えていまして…………」
コータとしては言い分はわかるのだが、煮え切らない態度の斉藤を見て、どうしようかと思案する。斉藤のいう敵を振り切るにしたって、足止めをしなければ振り切れないだろう。訓練所に襲撃があったときのように、魔人が攻撃をしているのかもしれないのだ。もし、そうであれば、振り切るのはかなり困難になる。
こうして考えている間も、装甲車は左右に揺れ、時折道路の上を弾んだように体に振動がくる。花枝も汗で首筋を濡らしており、すでにいくらか消耗しているようだ。
「俺がやる」
感情の感じられない声音が車内に響く。装甲車後部から発せられた、その言葉の主、ミツルは肩を抱いていたカオリをそっと離して立ち上がる。
その言葉の真意を見抜いたコータは、ミツルを制止する。
「何言ってるのさ、それはダメだよ!」
「問題ない」
「みんなで一緒に北海道まで辿り着かなきゃ!!」
真意とは、ミツルが残って一人で敵を食い止めようとしているとコータは考えたのだ。それはなんとしてもやめさせなければ、と思っていたのだが。
「当たり前じゃないか」
「だから、ダメ―――はい?」
「当たり前だと言った」
「一人で残るつもりじゃなかったの?」
「なぜ、俺がこいつらのためにそこまでしなきゃならないんだ?」
「それもそうか…………じゃあ、なにをするの?」
「敵の足を止める」
「さっきと言ってること違うじゃん!」
冷たい視線を交えながら淡々と話すミツルに、コータは勢いを削がれたが、最後のミツルの言葉でまた勢いを盛り返す。しかし、ミツルはコータには取り合わず、斉藤の後ろへと近づく。
「上部ハッチはどこだ?」
「私の座ってる場所の上にありますけど、なにをするんです?」
怪訝な顔をする斉藤に、目もくれずに行動を始めるミツル。
不審そうな顔をする一同をおいて、戸惑うことなく慣れた手つきで上部ハッチを開けて外に出ようとする。
そんな一同を前に、不適にニヤリと笑って応えるミツル。
「足止めをするんだよ」
《意志をつぐ者》であるコータ達は、人間と同じほどの睡眠は必要としないし、身体も丈夫なので不調になるようなことも滅多にないのである。別に一晩どころか三晩寝ずとも、普段の行動や言ってしまえば戦闘が起きても支障はきたさない。が、眠くならないワケではない。
現に、今も睡魔と戦って破れた者(ワタルと誠二のように戦わずして破れた者もいるが)が浅い眠りに就いている。誠二なんかは、装甲車の座席で横になって寝るために、わざわざミホと場所を交換してもらい、真ん中の席二つの上でうずくまっているほどだ。
「みんな、疲れて寝ちゃったね」
「今日はあのダンゴムシに襲われたのでしょう? 無理もないですよ」
コータの独り言に、斉藤が後ろを振り向きながら返す。この車内で起きているのは、護衛要員兼運転手である花枝と、同じく護衛要員の斉藤。そして、コータとミツルの四人だけだ。コータとミツルは、その索敵能力の大きさを自分たちがよく知っているので、訓練所の外に出たときはいつも警戒にあたっている。自主的にやっていることなので、警戒を変わろうかと他のメンバーに言われても頑なに譲ろうとしない。コータとミツルが警戒をせずに休むよりも、この二人で警戒をして他のメンバーを休めた方が生存率が高くなるのだ。それを悟り始めたのか、他のメンバーも無理に変わろうとはしなくなった。
この二人のおかげで、他のメンバーは気兼ねなく眠ることができるのだ。訓練所の他のチームでは、それほどの索敵能力を持ったメンバーは中々いないので、ローテーションを組んで休憩するのが一般的だ。
「長い一日でしたよ」
「フフッ、まだ終わってませんよ。今日の夜中には北海道に着きますからね」
「長いのはここから、というわけですか」
「ええ、そういうことです」
慰めてくれたのかと思いきや、何を言ってるんだとばかりに軽く笑ってから現実をつきつける斉藤。疲れているのか、特に何の感慨も起きないまま、窓のない装甲車の内部へと目を向ける。窓があれば、外の景色を黄昏れるようにボーッと眺めていただろう。コータにすれば、ダンゴムシに襲われたのは、もう何日も前のように思える。だが、まだ一日も経っていないと考えると先が思いやられる。
それに、この後には戦いが待っているのだ。ただでさえ気が重いコータである。
その後、装甲車は順調に北上し、しばらく時間が流れるが、コータは全く眠気に誘われない。
なぜかって?
ユキが自分の肩にもたれて眠っているからだ。間近に女神のような美貌にあどけない寝顔をさらしているのだ。心臓が昂ぶって眠れるワケがない。そして、この肩越しに伝わってくる体温を意識せずにはいられない。平静を保つために、これほどまでに気力を使ったのは初めてかもしれないと思わずにはいられない。
「コータ」
「ど、どどどうかした?」
珍しくミツルが話しかけてきたので、ミツルの方を向くコータ。平静を保っていたハズなのに、動揺を隠すことはできなかった。ミツルとの間にユキとワタルがいるので、ユキを起こさないように身を乗り出すようにしてミツルの方を見る。ミツルも同じようにしてコータと顔を合わせるが、だらしなく寝ているワタルがミツルに寄りかかってきたので、ミツルは不機嫌顔を余計にしかめて押しのける。かなり強引に押しのけられ、頭を背後の装甲車へとぶつけていたが、ワタルは全く起きる素振りがない。鈍感なのである。
「森で感じた気配だ」
「デイジーのいた森で感じた気配ってこと?」
「そうだ」
「どこにいるかわかる?」
「すまん」
「森でもそうだったけど、珍しいね。ミツルが気配を掴めないなんて」
冷たい表情を困惑に染めて素直に謝罪するミツルを珍しいと思いながら、コータは望みは薄いだろうが気配の探りを始める。案の定コータは気配を全く掴めなかった。こちらはうんともすんとも察知できないので、その分ミツルの方が気配察知には優れている。
しかし、その気配を掴んだあとは、コータの方が優れている。コータの気配察知(索敵能力とも言える)は、対象がどこにいてどのような状態かまで、おおよそ把握できるのだ。例えば、壁の向こうにいる敵が待ち伏せをしているのか、こちらに気付いておらず無警戒でいるのかを識別することができる。
ヒソヒソと会話をする二人を、前に座る花枝と斉藤の二人が不審そうに見つめているが、会話に入ってこようとはしない。彼らなりにコータとミツルの意思を尊重してのことだろう。
「でも、近くにはいるんだよね?」
「恐らくな」
「なら、皆にも伝えておこうか」
「好きにしろ」
どうでもいいというように無愛想に返事を返すミツルに微笑みかけ、他のメンバーとも情報の共有を図ろうとする。情報というのは、知っているというそれだけで多くのメリットがあるのだ。
「そういうのは女にやれ」
ただ、ミツルには微笑みかけるのは不評だったらしく、顔を普段よりもしかめている。ミツルなりの冗談なのか、本人は本気でイヤだったのかわからないが、コータはいつも通りなミツルの反応に笑みが零れる。
ミツルは常にしかめ面だし、無愛想だが、それはほんの一面に過ぎないとコータは思っている。なんだかんだで、ミツルもコミュニケーションが嫌いなワケではないのだ。でなければ、コータに話しかけるようなことはしないだろう。ちゃんと重要性は理解している。ただ、それ以上に面倒なだけで。
もし、本当にイヤだったのなら、問答無用で魔法を飛ばしてくるのがミツルという男だ。
「あ、雪が降ってきましたね。今日は雪降る予報でしたっけ?」
「いえ、そんな予報ではなかったと思いますが」
「まぁ、所詮予報ですしねぇ。にしても、けっこう大粒の雪が降ってますね。 …………今夜は積もりそうですね」
遠隔操作式の銃座のカメラ越しに、外を見ていた斉藤が雪が降ってるの見つけたらしく、隣の花枝に聞く。花枝は雪を珍しそうに眺めながらも、首を傾げる。
コータは、さきほどミツルと話していた気配の件を、まずは起きている斉藤と花枝に伝えようとした。
しかし、そこでミツルの様子がおかしいことに気付く。なにやら、俯いてブツブツと呟いているのだ。
「雪…………あの気配…………いや、まさかな。でも、あり得るか?」
「どうしたの、ミツル。ブツブツと呟いて」
「コータ。この気配の正体がわかったぞ」
「ホント? 一体、誰なのさ?」
「この気配は――――――」
「全員何かに掴まってください!!」
ミツルの冷たい美貌が、コータに気配の正体を告げようとした瞬間、花枝が鋭い声を出す。その言葉に従い、とっさに自分が座っている座席の鉄製の固定部分に掴まり、ユキを抱きかかえるコータ。ミツルは、しまったという顔を一瞬浮かべた後、装甲車の外を厳しい目つきで睨む。
この刹那、装甲車は大きく傾き、後部座席は遠心力により正面向かって右側に引っ張られる。花枝がハンドルを左に切ったためである。
「わわ、なんだなんだ!?」
「一体、何が起こった!?」
「ちょ、どういうこと!?」
「あっ、アブねっ!!」
「あっ、コータ!?」
花枝の鋭い言葉と共に目を覚ました面々が揺さぶられる車内で同時に声を上げる。状況把握能力があまりないワタル、誠二、ミホの三人は車に揺られるがまま悲鳴のような声を上げる。
カオリは向かいのミツルにぶつかりそうになって声を上げるが、その直後にミツルがカオリの肩を抱いて受け止める。
ユキだけは目の前にコータの胸板があり、嬉しそうに顔を赤らめながらだったが。
「花枝、左だ!!」
「はい!!」
「次は右!!」
「はい!!」
斉藤の指示に、花枝は素晴らしい反応速度でハンドルを切る。高速道路の路面を装甲車のタイヤがしっかりと捉えきれていないのか、キュルキュルキュルとスリップしたような音がする。しかし、花枝はレーサーも真っ青な巧みなハンドル捌きで立て直す。
遠心力が働いて右に左に身体が激しく揺さぶられる。だが、後部座席の面々は座席を掴んだり、向かい合って座ってる同士で抱き合ったり(ワタルと誠二)とすでに対処済みである。
前の座席では斉藤が周辺を警戒し、花枝はハンドル操作のみに集中できるという分業体制を敷いているため、先程から指示が飛び交っている。
「斉藤さん、敵はなんです?」
「わかりません。しかし、路面を凍らせてくる攻撃なので、怪物という線は薄そうですね。よほど高位の怪物でない限り、こんなまどろっこしい真似しませんでしょうし」
すでに装甲車が右へ左へと動いているので、事故ではないと判断したコータは敵の存在がいると確信し、斉藤に聞く。何があったかなんて、わかりきったことは聞かなくていいのだ。それをするだけ時間の無駄であるし、反撃するにも無駄な手間を取らないほうがいい。
そう思ったコータは、早速反撃の許可を斉藤に求める。今は遊軍の装甲車に乗せて貰っているのだから、上官である斉藤に指示を仰ぐのが適切だと考えたからだ。
「外に出て応戦しますか?」
「いや、それは得策ではないでしょう。この攻撃から察するに、恐らく敵の狙いは私たちの足を止めることでしょうから。ここで車から降りてしまっては、敵の思うつぼです」
「それもそうですね。でも、このまま中に籠もっていて大丈夫ですか? いくら装甲車と言えど、敵の攻撃をまともに受けたら厳しくないですか」
「確かにコータさんの言うとおりなんですけどねぇ。でも、立ち止まるわけにはいかないので、これはもう振り切るしかないんじゃないかと考えていまして…………」
コータとしては言い分はわかるのだが、煮え切らない態度の斉藤を見て、どうしようかと思案する。斉藤のいう敵を振り切るにしたって、足止めをしなければ振り切れないだろう。訓練所に襲撃があったときのように、魔人が攻撃をしているのかもしれないのだ。もし、そうであれば、振り切るのはかなり困難になる。
こうして考えている間も、装甲車は左右に揺れ、時折道路の上を弾んだように体に振動がくる。花枝も汗で首筋を濡らしており、すでにいくらか消耗しているようだ。
「俺がやる」
感情の感じられない声音が車内に響く。装甲車後部から発せられた、その言葉の主、ミツルは肩を抱いていたカオリをそっと離して立ち上がる。
その言葉の真意を見抜いたコータは、ミツルを制止する。
「何言ってるのさ、それはダメだよ!」
「問題ない」
「みんなで一緒に北海道まで辿り着かなきゃ!!」
真意とは、ミツルが残って一人で敵を食い止めようとしているとコータは考えたのだ。それはなんとしてもやめさせなければ、と思っていたのだが。
「当たり前じゃないか」
「だから、ダメ―――はい?」
「当たり前だと言った」
「一人で残るつもりじゃなかったの?」
「なぜ、俺がこいつらのためにそこまでしなきゃならないんだ?」
「それもそうか…………じゃあ、なにをするの?」
「敵の足を止める」
「さっきと言ってること違うじゃん!」
冷たい視線を交えながら淡々と話すミツルに、コータは勢いを削がれたが、最後のミツルの言葉でまた勢いを盛り返す。しかし、ミツルはコータには取り合わず、斉藤の後ろへと近づく。
「上部ハッチはどこだ?」
「私の座ってる場所の上にありますけど、なにをするんです?」
怪訝な顔をする斉藤に、目もくれずに行動を始めるミツル。
不審そうな顔をする一同をおいて、戸惑うことなく慣れた手つきで上部ハッチを開けて外に出ようとする。
そんな一同を前に、不適にニヤリと笑って応えるミツル。
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