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九話
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「ええい! 邪魔だ、のけぃ」
抱きついてきたギデオンを押し退けるクロイツ。
直後、彼は片膝をつき、そのまま身動きが取れなくなった。
「がふっ!」
口の中から溢れてくる唾液。
拭った手を真っ赤に染め上げていた。
状況が飲み込めず、絶句しているとギデオンが無言で彼を指差した。
「なん……だ。これは、どうして……どうして? 俺の身体に穴が空いているんだぁ――! あああ――――」
「気づいていないようだな。アンタは自分で自分を撃ったんだ。コイツのせいでな」
ギデオンが見せたのは栓の空いた聖水瓶だった。
すでに使用した痕跡として瓶の中身はほとんど残されていなかった。
「なんでだって顔だな。コイツは聖水じゃない、聖水から作った蜜酒だ」
「蜜酒だと! なんでそんなものが」
「マタギスキルの一つ、瞬間蜜造によって出来た品だ。この酒は、そこいらにある物とは全くの別物だ。魔法薬と考えてもいい。一口で快楽に誘い、二口で悦楽に堕とす、最期三口で極楽浄土逝きだ」
「……悪魔だ。悪魔が授けた能力ごほっ!」
「酷い事、言うなぁ。アンタが愛してやまない女神様が授けてくれた能力だぞ。それを否定するなんて信徒失格じゃないか?」
「だ、黙れ! それよりも貴様が何故? 無傷でいる……確かに脇腹に風穴を開けてやった――はずだ」
「勿論、綺麗に開いたよ、アンタの身体もろともな。けれど、然程重傷じゃない。シルクエッタの治癒魔法ですぐに元通りだ! アンタはすでに蜜酒を二口、あおっている。だから、悦楽に浸り能力のコントロールを誤った」
「っはは……やはり、貴様が司教を殺したのではないか……はぁはぁ――――覚えているぞ、あの時も聖水を手にしていたな」
「カン違いするな。司教様の死因は毒によるモノだ。蜜酒は薬にはなっても毒にはならない。ただ、人には美味過ぎて正気を保つことができないだけだ」
「くっ……そぉぉおおお―――――こんな所で、終わるというのか!? 俺はぁああああ!!」
「最期の審判だ。クロイツ、アンタが知っている事、洗いざらい吐け! それが懺悔になる。女神様も、きっと赦して下さるだろう」
懺悔という響きに、クロイツは目を細め口をつく。
「ああ! 我が女神様、どうか貴女の元へ。私、クロイツ・ハウゼンはキンバリー・カイネンに命じられ彼の報復を手伝ってしまいました。仕方なかったのです、世界は貴女様の意思に背き不浄なる者をのさばらせている。何と理不尽。何と不公平。何と穢れている。何と救い難い。私は決意しました。死を傍らに抱きながら、生き延びてきた自分こそ平穏、自堕落を貪っている権力の豚共を抹殺する為の使徒になるべきだと。すべては貴女様の為、善徒としての努め。この身を捧げた私をどうかお赦しください。これを持って私の懺悔と致します」
「それで、司教様を殺したのは誰だ? おい!」
その問いの答えが返ってくる事はなかった。
片膝をついたまま、礼拝堂の方へ顔を向け胸元で両手を合わせる彼の姿は、まさに純然たる信徒そのものだった。
「ギデオン、その人はもう……天に召されたわ」
尚も問いただそうとするギデオンをシルクエッタが宥める。
深いため息をつきながら、彼は苛立ち隠せずにいた。
「くっ……クロイツの遺体を隠さないと不味い事になるぞ。自爆とはいえ、僕と争った痕跡を調べられてしまっては一発でアウトだ」
「痕跡については心配ないわ。ボクが浄化魔法で消すから……」
「本当か! 助かるよ」
「それよりも、彼を遺棄するのは賛同できない。ギデオン、ボクはミルティナス信徒だ。神に仕える者として、死者を冒涜するような真似はできない」
「なら、すべて白日の下にさらせというのか!? そんな事をしたら僕たちは終わりだ! 君だって教会から破門されてしまうんだぞ!!」
「それでもだよ。此処で間違った事をしてしまえば、ボクは自分がこれまでやってきた事を否定してしまう。そうなってしまったら、何の為に祈りを捧げればいいのか分からなくなってしまう」
クロイツの遺体を丁重に寝かせるシルクエッタをギデオンは見ていられなかった。
善行に対する心苦しさや、わだかまりが彼を悩ませているようでもあった。
シルクエッタに悪意がないのは分かりきっている。
けれど、彼自身はもう戻れない所まで来てしまった。
彼女がその事を失念しているのは、致し方のない事だ。
何より彼女には、戻るべき場所がある。
知らずに拡がっていた幼馴染との溝、両者の生き方の違いがギデオンの心を大きく動かした。
「分かった、君の言う通りにしよう」
「君ならそう言ってくれると思ったよ!」
「遺体の事は憲兵に任せるとしよう。現場も調べたいところだが、結界が張られている以上は闇雲に手出しはできない……僕は屋敷に戻るよ、父上の事が心配だ」
「うん。そうしてあげて、ボクはここを片付けてから行くから」
「ああ、気をつけてな」
地下通路を通り、墓地に出る。
灯したランタンが頼りなく感じるほど、辺りは暗くなっていた。
夜空に輝く星々だけが妙に明るい。
その下で彼は誓った。
「さよなら、シルクエッタ」と
抱きついてきたギデオンを押し退けるクロイツ。
直後、彼は片膝をつき、そのまま身動きが取れなくなった。
「がふっ!」
口の中から溢れてくる唾液。
拭った手を真っ赤に染め上げていた。
状況が飲み込めず、絶句しているとギデオンが無言で彼を指差した。
「なん……だ。これは、どうして……どうして? 俺の身体に穴が空いているんだぁ――! あああ――――」
「気づいていないようだな。アンタは自分で自分を撃ったんだ。コイツのせいでな」
ギデオンが見せたのは栓の空いた聖水瓶だった。
すでに使用した痕跡として瓶の中身はほとんど残されていなかった。
「なんでだって顔だな。コイツは聖水じゃない、聖水から作った蜜酒だ」
「蜜酒だと! なんでそんなものが」
「マタギスキルの一つ、瞬間蜜造によって出来た品だ。この酒は、そこいらにある物とは全くの別物だ。魔法薬と考えてもいい。一口で快楽に誘い、二口で悦楽に堕とす、最期三口で極楽浄土逝きだ」
「……悪魔だ。悪魔が授けた能力ごほっ!」
「酷い事、言うなぁ。アンタが愛してやまない女神様が授けてくれた能力だぞ。それを否定するなんて信徒失格じゃないか?」
「だ、黙れ! それよりも貴様が何故? 無傷でいる……確かに脇腹に風穴を開けてやった――はずだ」
「勿論、綺麗に開いたよ、アンタの身体もろともな。けれど、然程重傷じゃない。シルクエッタの治癒魔法ですぐに元通りだ! アンタはすでに蜜酒を二口、あおっている。だから、悦楽に浸り能力のコントロールを誤った」
「っはは……やはり、貴様が司教を殺したのではないか……はぁはぁ――――覚えているぞ、あの時も聖水を手にしていたな」
「カン違いするな。司教様の死因は毒によるモノだ。蜜酒は薬にはなっても毒にはならない。ただ、人には美味過ぎて正気を保つことができないだけだ」
「くっ……そぉぉおおお―――――こんな所で、終わるというのか!? 俺はぁああああ!!」
「最期の審判だ。クロイツ、アンタが知っている事、洗いざらい吐け! それが懺悔になる。女神様も、きっと赦して下さるだろう」
懺悔という響きに、クロイツは目を細め口をつく。
「ああ! 我が女神様、どうか貴女の元へ。私、クロイツ・ハウゼンはキンバリー・カイネンに命じられ彼の報復を手伝ってしまいました。仕方なかったのです、世界は貴女様の意思に背き不浄なる者をのさばらせている。何と理不尽。何と不公平。何と穢れている。何と救い難い。私は決意しました。死を傍らに抱きながら、生き延びてきた自分こそ平穏、自堕落を貪っている権力の豚共を抹殺する為の使徒になるべきだと。すべては貴女様の為、善徒としての努め。この身を捧げた私をどうかお赦しください。これを持って私の懺悔と致します」
「それで、司教様を殺したのは誰だ? おい!」
その問いの答えが返ってくる事はなかった。
片膝をついたまま、礼拝堂の方へ顔を向け胸元で両手を合わせる彼の姿は、まさに純然たる信徒そのものだった。
「ギデオン、その人はもう……天に召されたわ」
尚も問いただそうとするギデオンをシルクエッタが宥める。
深いため息をつきながら、彼は苛立ち隠せずにいた。
「くっ……クロイツの遺体を隠さないと不味い事になるぞ。自爆とはいえ、僕と争った痕跡を調べられてしまっては一発でアウトだ」
「痕跡については心配ないわ。ボクが浄化魔法で消すから……」
「本当か! 助かるよ」
「それよりも、彼を遺棄するのは賛同できない。ギデオン、ボクはミルティナス信徒だ。神に仕える者として、死者を冒涜するような真似はできない」
「なら、すべて白日の下にさらせというのか!? そんな事をしたら僕たちは終わりだ! 君だって教会から破門されてしまうんだぞ!!」
「それでもだよ。此処で間違った事をしてしまえば、ボクは自分がこれまでやってきた事を否定してしまう。そうなってしまったら、何の為に祈りを捧げればいいのか分からなくなってしまう」
クロイツの遺体を丁重に寝かせるシルクエッタをギデオンは見ていられなかった。
善行に対する心苦しさや、わだかまりが彼を悩ませているようでもあった。
シルクエッタに悪意がないのは分かりきっている。
けれど、彼自身はもう戻れない所まで来てしまった。
彼女がその事を失念しているのは、致し方のない事だ。
何より彼女には、戻るべき場所がある。
知らずに拡がっていた幼馴染との溝、両者の生き方の違いがギデオンの心を大きく動かした。
「分かった、君の言う通りにしよう」
「君ならそう言ってくれると思ったよ!」
「遺体の事は憲兵に任せるとしよう。現場も調べたいところだが、結界が張られている以上は闇雲に手出しはできない……僕は屋敷に戻るよ、父上の事が心配だ」
「うん。そうしてあげて、ボクはここを片付けてから行くから」
「ああ、気をつけてな」
地下通路を通り、墓地に出る。
灯したランタンが頼りなく感じるほど、辺りは暗くなっていた。
夜空に輝く星々だけが妙に明るい。
その下で彼は誓った。
「さよなら、シルクエッタ」と
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