異世界アウトレンジ ーワイルドハンター、ギデ世界を狩るー

心絵マシテ

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百七十六話

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「ごめん、先行ってて……」

 プツリと切れた靴紐をシゼルは、結び直そうとした。
 人混みの中で立ち止るわけにもいかず、そそくさと屋台の脇へと移動する。
 ガルベナールがいるコンサートホールまではあと少し。
 迎賓館から遠くはない距離だ。魔導四輪に乗れれば、ここまで時間をかけずに来れただろう。
 しかし、今夜はパレードがある。大通りや歓楽街は歩行者以外の進入を禁止している。

「先に行ってくれと」言われても、そうもいかない。
 ナズィール市民ではないシルクエッタにとって、どこをどう進めば、正解なのか見当もつかなかった。
 それに……空気の淀みを感じる。
 人の数が多すぎて、場所が特定できない。
 近いようで遠い曖昧な感覚。なのに……不穏な気配を絶えず感じる。
 不安ではあるが、今朝のような、おぞましさはない。
 それだけが彼女の心を落ち着かせていた。

 人の流れをかき分けて、シゼルのいる方へ向かうと、一羽のオウムが金の翼を羽ばたかせて彼女の肩に止まったのが見えた。
 まだ、怪我が完治しきっていないというのに、主のところに無理して飛んできたようだ。
 シゼルもそのことに驚いているようだった。

「それ、ホントなの? キュピちゃん」

「ほんと、ほんと、ほんと、ほととんと。ヒュイ! キュピちゃん見た、獣娘笛持ってでていったぁ」

「なんだって! キュピちゃん、彼女がどこへ向かったのか? 分かるかい?」

 笛と聞いて龍番りゅうつがいの笛だと悟ったシルクエッタは、咄嗟に二人の会話に割って入った。
 キュピちゃんの言っていることが紛れもない真実だとしたら、それは一大事だ。
 あの笛は、危険すぎるため、クォリスと一緒に迎賓館にある金庫へとしまった。
 ……解錠番号も知らないフローレンスに開けられるはずもない。
 もし、それを可能にするとしたら誰かが手引きしたことになる。
 が……気にしていても時間を浪費するだけだ。
 今、重要なのはフローレンスを見つけ、笛を取り戻すことだ。

「ついてこい、コッチ」
 シルクエッタの質問にキュピちゃんがすぐに飛び立った。

「シルクン、追おう。カン違いでなければ、キュピちゃんの話は事実だから!」

「うん。すぐにフローレンスさんが見つかるといいけど……急ごう」

 ナズィール地区が大惨事に見舞われる……ふと、ミチルシィの予知がシルクエッタの脳裏によぎった。
 あれは予言ではなく、予知だ。内容がはっきりしていなくとも、ミチルシィに視えたものは現実となる。
 不吉が予感が、胸の内をかき回していた。
 シルクエッタとシゼルはただ一心不乱にキュピちゃんの背中を追いかけ続ていた。
 大通りを出て脇道を通り、住宅街へと入る。

「うぃっく、おう! そこの姉ちゃんたち! 俺らと一緒に酒れもろう」

「おいおい。呂律ろれつが回ってねぇーじゃねぇっか、よ! ガハハアア!!」

 すでに出来上がっている酔っ払いを無視して、道端に置かれた花屋のワゴンを避けながら右折する。
 そこを進むと河岸が見えてきた。

「いた……!! あそこだ」

 河にかかる橋の下に人影が見えた。
 彼女の獣耳は、遠くからでも目立つ、一目で人影がフローレンスだと判明した。

「シルクン、もう一人誰かいるよ!」

「この男が、淀みの正体……そこの二人、動かないで!」

 シルクエッタたちが、かけつけてもフローレンスは見向きもしない。
 ジッと対面に立つ中年男を凝視していた。

「おや? お友だちですか? こんばんわ」
 シルクハットを取り、彼女たちへお辞儀する中年。
 気品を漂わせるが、この密会ともとれない状況では何をやっても裏目にでる。
 シルクエッタたちの視線がより厳しいモノになるだけだった。

「フローレンス先輩、こんな所で何してんですか?」
 真顔のシゼルが問うも、楽器ケースを大事そうに抱えたまま、フローレンスは沈黙していた。
 応答のない様子に、自分のこめかみを中指でかじりながらシゼルは続ける。

「ふぅ、その楽器ケースを返してくれませんか? それは持ち出し禁止の奴ですよ!」

「シゼルさん、近づいちゃ駄目だ! フローレンスさんの様子が普通じゃない!!」

 楽器ケースを掴もうとするシゼルにフローレンスの肘打ちが入った。
 脇腹を強打されたシゼルは痛みで屈み込んだまま動かない。

「シゼルさん! しっかりして」すぐに治癒魔法を施しながら、シルクエッタは男の方を睨みつけた。

「お前は一体、何者なんだ!? ……フローレンスさんにかけた精神魔法を解け。でなければ、ボクが祓う!」

「何を言っている? 君たちこそ、いきなりやってきて失礼じゃないか? ふむ、見た感じ君は神官のようだけど、実は僕も神官なんだ」

 聖職者の証であるペンダントを見せつけるようにして、男は優雅に微笑みかけてきた。
 とってつけた言葉を信用するほど、シルクエッタは甘くない。
 ここは確認を取るべきだと、彼女は考え神官を名乗る男に尋ねた。


「ならば、問います。貴方の主神は誰ですか? どの神様が貴方に加護の力を授けてくれたのですか?」 
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