暗殺ギルドのリザレクター

心絵マシテ

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黄昏る命

靴屋と戯言 1

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 昨晩までの雨が嘘のように止み、雲一つない晴天の空の下。
 のらりくらりと靴屋の少女が街道を歩いていた。

 パンパン詰め込んだボロのバックパック。
 少女は、ヒョロリとした外見のわりに重そうな荷を軽々と背負っている。
 人は見かけで判断してはいけない。
 細部にまで目を配れば、引き締まった二の腕に強い体幹が見てとれる。

 日頃から身体を鍛えていなければ、こうはならない。

 生まれや育ちが人の運命を決定づける。
 なんて言葉があるけど……それは本当に、くつがえす事ができない物なのか。
 ハッキリと肯定できる者は数少ないだろう。

 靴屋の生い立ちを聞く限り、順当にどん底を突き進んでいる。 
 すでに身寄りがない彼女は、日々の身銭を得るために靴磨きの仕事をしている。
 学もなく人脈もない、資産と呼べる物もさえ持っていない。

 貧困にあえぐ子供たちの大半は、煙突掃除や靴磨きの仕事を与えられる。
 それしか出来ないからと大人たちに決めつけられ、仕事を選択することすら許されない。

 少女にとって、その生き方はあまりに窮屈すぎた。
 誰が決めたのかも分からないルールや価値観を押しつけられることは、自分の意思が何も反映されない。
 だからこそ、彼女は道徳に反してでも暗殺ギルドに飛び込んできた。

「あ―あ……天だけではなく、地にまで嫌われちまったか」

 ぬかった地面を踏みしめ少女は口元を歪めた。
 気色悪い泥の感触に舌打ちの音だけが虚しく響く。

 靴屋は窮地に立たされていた。
 連日の雨で、わずかながらに蓄えた金銭も底を尽きかけていた。
 何としてでも、今日中に仕事を終えなければ、今夜は宿確定だ。

「はぁ―、雨上がりは湿気が多くてかなわない」

 首筋に光る汗をぬぐいながら少女は適当な日陰を見つけた。
 商売道具の下駄椅子を置くと腰かけ一息入れることにした。

 さして距離を歩いていないのに、すぐに歩くのを止めてしまった。
 靴屋は異常なまでの潔癖症だった。
 彼女からすれば泥道を歩くこと自体、拷問に等しいと言う。

 今回の仕事は靴屋にとっては、お手上げだった……。
 片田舎とは、こうも交通の便が悪いものなのかと、ずっと愚痴っている。
 隣街までゆくのに、こうも悪路が続くと徒歩は厳しい。
 木陰で涼んでいた少女はいつしか、ウトウトと微睡だしていた。

 グチャリグチャリと、緩んだ地面を歩く音が聞こえてきた。

「こら、貴様ぁ。こんな場所で何をしておるんどぉぉらぁぁ」

 何かに呼ばれた気がした。
 多分、空耳だろうと……吹き抜ける風を身に浴びて、靴屋は軽く背伸びをした。

「人の話をきけぇぃぃぃ!」

 バシンと鳴る何かが膝上に叩きつけられた。
 痛みで驚いた靴屋が目を向けると、そばに小太りの老人が立っていた。
 ブランド物の背広を着用し、高価な腕時計や貴金属を身につけている。
 一目見れば、富裕層の人間であることは誰にでも分かる。

「何か用入りで? バンゴット伯爵」

 ハンチング帽のツバを正しながら靴屋は尋ねた。

 自身の名を呼ばれた伯爵は、意外と言わんばかり口を半開きにしていた。
 一瞬だけ間が空くと、手に持った乗馬用の鞭をパシッと左手の平で受け止め嬉々として答えた。

「ほぉー、ワシのことを知っているのは殊勝な心掛けだ。
実はだな、ワシの馬車がこの先のぬかるみにはまってしまってなぁぁぁ。
馬車を押す手伝いをしてくれないか、どうせ暇を持て余して何もしていないのだろう?」

 何故に出会ったばかりの相手に遠慮なく手伝えと命令できるのか……。
 上級民の思い上がりに靴屋は理解に苦しんだ。
 おそらくは、老貴族にとっての他者とはでしかない。
 相手を尊重することもせずに、打算的な人間関係を築いてきたのだろう。
 無駄に威張り散らすのが様になっている。

 靴屋はスッと右を挙げた。
 ここでなら、誰にも見られないし頃合いだろう。

「なんの真似だ?」バンゴットが不可解な面持ちで靴屋の方を睨んでいた。

 カランと音を立ててむちが地面に横たわった。
 首に食い込む靴紐を、老貴族は必死で引き離そうとする。
 ビクともしないに締め付けによって、次第にバンゴットの顔が紫色に染まってゆく。
 口から泡を吹きながら、全身を脱力させると彼は尿を垂れ流しながら窒息した。



「聞いていた通りの手際の良さだな……」

 僕が声をかけると、死体の背後から少女が目を向けていた。
 被っていたフードを取り去り、ギルド手帳をみせると、手にしたナイフをしまい彼女はうなづいた。

「……このオヤジ、そうとう頭がイカレてんな。
馬車が動かなくなったことに腹立てて御者を殺していた」

「ソイツは先輩が蘇生してあげなよ。まずは、コレの処分だ」

 泥まみれになった遺体の背を靴屋が踏みつけた。
 すると、窒息死したはずの伯爵が突然、息を吹き返した。

「はぁはぁはぁ……はぁ? ワシは何をしていた。ここはどこどぅぁぁあだ?」

「答えろ、バンゴット。
三か月前に、お前が古美術商から奪い取った思考宝珠チンターマニをどこに隠した?」

 上半身だけを起こした老貴族に、姿勢を屈ませた靴屋が問う。

「知らん……確かにそのような事件はあったな。
でも……どるぉぉぉうしてワシにそれを問う?
そもそも、貴様ぁうらぁぁ。どこの馬の骨か知らんが、ワシえおおど――――」

 乾いた音とともにバンゴットの首があらぬ方向に曲がっていた。
 靴屋は表情を曇らせて僕の方を見つめていた。

「駄目……コイツも空振りだ」

 あっけらかんとした表情で語る。

 感情自体が希薄でどこかぼやけている印象だが……。
 彼女にとってはそれが普通だ。
 幼少のころ、祖父にそうしつけられてきたらしい。
 感情よりも理屈を優先し、物事を円滑に進めなければならない。
 時には無情となり、淡々と仕事をこなす必要があるからと。

 生き残るためなら何でもやるしかない。
 悪党や不正と戦うという大義を抱えるのではない。
 シンプルに理不尽な運命をくつがえすため。
 靴屋でありながら、暗殺者も稼業とする。
 
 それが彼女、ヤイナ・マーハの生き様だ。
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