魔王のパン屋

心絵マシテ

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真夏の夜のテラースコープ

10話

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華やかなパレードも賑やかな楽隊の演奏も用意されていなかった。
パンセルヴァンの職人たちが切磋琢磨する姿を見てもらい、手料理を振る舞う。
ささやかな宴でも盛り上がればいい。
クレスたちがそう願っていた、その時、予想だにしていない事が起きた。

パン作りの実演に触発された魔族たち自ら、祭りの準備に取り掛かりだした。

食堂バールの経営者は店を臨時営業にしながら、屋外にテーブルや椅子を運び出してきた。
誰ともいわず、すぐに他の魔族が手伝いに向かい、それらを大広場に設置していく。

道具屋や鍛冶工房は店の商品で飾り付けられそうなランタンや灯燭具とうしょくぐを持ち出し店頭へ並べていた。

呉服店は特別な衣装を貸し出し、酒場ポピーナは格安でワインやエールを販売する。

歌がなければ皆で合唱し、演奏が欲しければ誰かが得意な楽器をかき鳴らす。
踊りたければ、近くにいる者と手を取り合い社交ダンスに興じる。

通り沿いにある集合住宅ドムスの窓から彩とりどりのカーテンやタオルケットが一斉に放りだされていた。
外へと吊すような恰好で、ロープ状に結びつけられたカーテンやタオルケットが厳かに発光している。
染色の魔法により、闇夜をカラフルに彩り幻想的な空間に人々を誘う。

誰もが皆、祭りが開催されること切望していた。
夏季など関係なく、近年の食料難と先の不安により魔族たちの心は少しずつ苛まれていた。
不況や不幸などで沈んだ気持ちを吹き飛ばすには、やはり活気あるイベントを行うのが一番だ。

誰しも、嫌なことを忘れ大いに飲み食いし盛大に笑い語らう。
同じ時に、同じ空気を吸うことでお互いに英気を養い、明日以降への活力とする。
独りでは心細くとも、皆も懸命に生きている。

そう思えるだけで、どんな困難でも乗り越えられる気がする。
今の魔族たちにとっては、このこそが求める希望だった。

真夏の夜のイベントが最高潮に達しようとした。
オーシャンブルスケッタも好評で、追加を求める声が後を絶たない。

「ランディ君、刺身を追加で!」

「店長代理、キングシーザーの卵が足りなくなりそうです」

「でしたら、ジュエルキャビアを代用しましょう。
ミミコさん、調達お願い!」

「わっかりましたぁー!」

厨房に職人たちの声が飛び交う。
全員が、額の汗しながら笑顔でパンを焼いていた。

「最初は面倒だと思ったけど、パン作りも結構やりがいがあるじゃん」

「ええ、自分たちの作ったパンを食べてお客さんが笑顔になってくれる。
その姿を見るとパン職人である自分に誇りを持てるんです。
なにより、その幸せが他の人たちに広まってくる。
これこそがだと私は思うんです」

「魔法か。だったら、あれも素敵な魔法……いや、サプライズかな?」

クラッドが夜空を指差した。
すると、何もない闇の中から突然、無数の流れ星が軌跡を描くように飛び出してきた。
淡い光に包まれた星が、漆黒の空に円を描く。
何重もの層から成る、しま模様は、まるでカレイドスコープの中を覗いているようだ。

やがて、星々は軌道を変えて様々なカタチへと姿を変えてゆく。
ドラゴン 大輪の花 虹 魔族紋 蝶や小鳥、そしてなぜかクーデールの顔。

夜空の演出に魔族たちから、拍手喝采が沸き起こった。
今まで見たこともない絢爛美麗な光景に、心打たれて涙する者も少なからずいた。

その大舞台の裏側では、飛翔するキマイラに騎乗し闇夜を駆ける若者がいた。
魔王代理のクレスである。
彼のことは、いまだ国民には知れ渡ってはいない。
たんなる、パン屋の店主であるとしか思われていないが、本人は然程気にもしていない様子だ。

ネメシス・ゼロにより奪った太陽のエネルギーを貪欲の壺に込めて巧みに線を描いていく。
帝国領で見た夜空の花火を思い浮かべ、クレスなりにアレンジした空間アートである。

「キレイだな……」肩に座るクーデールがポツリと呟いた。

「そうだな、花火ではないけど似せることはできたと思う。けれど僕は―――」

クレスは視線を真下にむけながら続けて言った。

「僕には、夜空の星々よりも地上の灯りの方がよほど輝いて見えるよ」

魔都の光景を眺める。
そこにあるのは、たとえ一時でも幸福な時間を過ごしている民の姿だった。
思い出は何よりも貴重な宝だと実感しながら、クレスは優しく微笑んだ。

                            FIN
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