魔王のパン屋

心絵マシテ

文字の大きさ
6 / 86
パン職人編

2-2

しおりを挟む
2-2 回想

「初めまして、小生はミミコと申しますぅ。小生はクレス様をお迎えに参った次第であります」

 ロイヤルホールディングを追い出された三日後。

 食卓に置いてあった壺が突如として輝き出し、中からミミコと名乗る謎の女の子と宝箱が飛び出してきた。

 パール色を基調としたスカートをひるがえし少女は華麗に着地をきめる。
 フリルが多い奇抜な装いは、どこか目のやり場に困る。

 「はい、一名様。魔王城にご案内ぃ~」

 彼女が何者かなどと脳内議論している暇はなかった。

 小柄な見た目に反し、自分よりも一回りも大きいクレスの身体を軽々と持ち上げてくる。

 抵抗する間もなく、宝箱の中に投げ入れられた彼の目が点になっていた。
 
 少女の言ったとおり壺の向こうは、城内だと言われても疑う余地もないほど厳粛な空気が漂う大広間だった。

 ゴージャスなガラスのシャンデリア。汚れ一つ目立たたない白壁や自身の顔が映るほど磨き込まれた床。
 サッパリした室内を華やかに飾るは高価そうな絵画や前衛的すぎて理解できない謎の彫像。

 見る物の情報量が多すぎて、どこを起点として視線を向ければいいのか分からない。
 
 鳩のように左右に頭を動かす。

 すると、後から出てきたミミコが彼の肩を指先で突いて上階へと続く階段の方を指し示した。

「あっちに何があるんだ? というか、本当にここが魔王城なのか!? 魔族城って、もっとさぁ……こう、陰湿でジメジメした印象があるんだけど?」

「偏見が酷すぎませんかぁ~。キノコでも栽培するんですか? 王族たる者、やはり綺麗で豪華な場所に住まなければ威厳は保てませんよ。着いて来てください、お部屋に案内いたしまぁーす!」

「王族……? 一体何の話? 君が俺をどういう意図でここに連れてきたのか知らないけれど、少なくとも身の安全は保障されると考えてもいいん……だよね?」

「詳しいことは担当の者から説明があるので差し控えますが、小生に言えるのはクレス様が魔王軍にとって必要不可欠な存在だということです」

「必要不可欠?」

 クレスは無言のまま階段を上りミミコの後に続いた。

 移動する最中、どうして自分が必要なのか? 頭の中で反芻はんすうしていた。

(自分はパン職人だ。できることと言えば焼きたてのパンを皆に配ることぐらいだ……魔王軍はそれほどまでパン不足に悩まされているのか?)

 普段から、クレスはパンのことばかり考えている。

 パンに対する愛情の強さゆえに物事の捉え方が偏ることもしばしある。

 そのことは本人も問題視している。皮肉にも今回ばかりは、まったくもって的外れというわけでもないが……。

 いずれにせよ、魔王城に連れて来られた理由を聞きたくとも、素直に答えてくれると思わない。

 無理やり答えさせるなど論外だ。
 
 温厚な性格ゆえに強引に聞きだすことには抵抗があり、つい遠慮がちになってしてしまう。
 向こうが後で説明すると言っているのだから従えばいいと、結局は自分に言い聞かせて逃げ道を作ってしまう。

 通路が見えると右手に曲がる。その突き当りに部屋のドアが見えた。

 クレスのために用意された部屋だと言うが、ガタつくドアノブに触れると嫌な予感しかしない。

 扉が開かれると思わず口元と鼻を手で覆う。
 想像以上に室内は劣悪な状態で埃とカビが混じった悪臭が部屋中に蔓延まんえんしていた。

「酷い有様だ。ここは何の部屋なんだ?」片目を瞑りながらクレスは声を荒げた。

 ミミコを責めるつもりはないが、理不尽すぎると文句の一つも言わずにはいられない。

(本当にここを部屋として使えというのか? ならば、家に帰った方がまだマシだ)

 言葉にしなくとも、クレスの顔から不満がにじみ出ていた。

 そんなことは一切気にもせずに、ミミコがツアーガイドように片手で室内を指し示す。

「え――誤解されているかと思いますが……簡潔に申しますと右手に見えます、この部屋はクレス様を守るために用意した場所でございまーす」

「どういう意味だい?」

「クレス様は魔族たちからすれば、魔族なのか、どうかも怪しい新参者。もし、魔王城の中に人間がいると知れれば、人族を敵視する者によって貴方様は八つ裂きにされるでしょう」

「そんな危険な場所に俺は連れてこられたのか……事情を話せば、皆、分かってくれるんじゃないかな?」

「ん――、どうなんでしょ? 彼らを話し合いで納得させるのは難儀なことですからね」

 愕然とし膝を曲げたクレスの顔色は青ざめていた。

 またパンが焼けると期待し帝都から逃亡をはかったところで、またコソコソと周囲を気にして忍ぶ生活を送らないといけない。

 考えただけで精神的にクルものがある。

「まぁ、そう気を落とさないでください。この部屋は先代魔王様が大切にしていた書庫、皆も恐れ多いと部屋に入る者は滅多にいません」

「そうやって放置しているうちに、こんなにも汚れてしまったのか……」
「まぁ、そういうこってす。ナッハハァァ!」


 照れくさそうに笑うミミコを見て、魔族という者が余計に理解できなくなった。

 物は言いようで魔王を敬愛していると言う割には、書庫をぞんざいに扱っているように見受けられる。

 いつか、先代の魔王が復活した時に綺麗な書庫を見て喜んで貰いたいとは思わないのだろうか?

 むろん、これは人間側の感性や考え方で魔族側の見解とは大きく異なる。

 彼らは心情的なことよりも物質的なものを優先する傾向がある。
 例えば希少な一凛の花よりも、労働力となる一人の奴隷の方に魅力を感じてしまうらしい。

「とりあえず、換気だ! あと掃除用具を持ってきてくれないか?」

「かしこまりましぁ~」

 ミミコが迅速に壺の中へと潜り込んで転移した。

 クレスは所持していたハンカチをマスク代わりにすると早速、部屋に足を踏み入れた。

 目につくのは埃をかぶった本棚と茶色く色あせた本の表紙。
 ここまで傷んでは、読むのも困難だろう。

 魔王が目覚めた時、家臣の魔物たちはどう言い逃れするのか……部屋の状況をみる限り何も深くは考えていないのが如実に現れている。

 一先ず、塞がっていた換気口を開いた。
 
 窓があれば造作もないのだが、日除けする為に窓はついていない。

 地道に空気の入れ替えをする他はなさそうだ。

「クレス様、お持たせしましたぁ!」

「君も手伝ってくれ。二人して掃除すればなんとかなりそうだ」

「ふぇぇ~! 私もですか?」

「それとも何か、僕が病気になっても構わないというのかい?」

「わ、分かりましたよぉ~。手伝えばいいんですよね」

 かくして魔王の書庫の大掃除が始まった。

 時間が経つのも忘れて、本棚から本をひたすら外に移す。

 空になった棚を邪魔にならない位置へと移動させてゆく。

 汚れをおとし雑巾をかける。

 それを何度も繰り返し、人もまともに入れなかった書庫は徐々に輝きを取り戻していった。

「ふぅうー、なんとか終わった」

 気づくとすっかり日が暮れていた。

 古びた本はともかく、ようやく書庫が物置部屋から卒業できた。

 喜ばしいことだが、一区切りがついてハラ虫が「ぐうぅぅ~」と騒いでいた。
 そういえば、ここ数日まともな食事をとっていなかった。

 急激に身体を動かしたせいでフラフラとして足下が覚束ない。

「食事をお持ちしますね」

 一旦、壺の中に入るとミミコがすぐに戻ってきた。
 その手に抱えられていた物は、パンとスープ皿がのったトレイだった。

「すみません。本当はもっと豪華なおもてなしをしなくてはいけないですが……こんなモノしか用意できませんでした」

 申し訳なさそうに俯くミミコ、言葉どおり殆ど具のないスープにカチカチのパンは、あまりにも質素過ぎている。

「普段の食事もこうなのか? これでは栄養のバランスが偏るぞ……」

「あの、今は……食料庫がほぼ空の状態になってまして」

「ひょっとして、君はしばらく何も口にしていないんじゃないか!? いや、君だけではなく他の魔族も空腹で動けないとか……?」

 当てずっぽうな考えだったが、ぞんがい的外れでもないらしい。
 クレスの発言に対し、ミミコは気不味そうに視線をそらしていた。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます

天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。 王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。 影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。 私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。

私が生きていたことは秘密にしてください

月山 歩
恋愛
メイベルは婚約者と妹によって、崖に突き落とされ、公爵家の領地に倒れていた。 見つけてくれた彼は一見優しそうだが、行方不明のまま隠れて生きて行こうとする私に驚くような提案をする。 「少年の世話係になってくれ。けれど人に話したら消す。」

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。

織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。 父であるアーヴェント大公に疎まれている―― 噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。

【コミカライズ決定】愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
【コミカライズ決定の情報が解禁されました】 ※レーベル名、漫画家様はのちほどお知らせいたします。 ※配信後は引き下げとなりますので、ご注意くださいませ。 愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

転生騎士団長の歩き方

Akila
ファンタジー
【第2章 完 約13万字】&【第1章 完 約12万字】  たまたま運よく掴んだ功績で第7騎士団の団長になってしまった女性騎士のラモン。そんなラモンの中身は地球から転生した『鈴木ゆり』だった。女神様に転生するに当たってギフトを授かったのだが、これがとっても役立った。ありがとう女神さま! と言う訳で、小娘団長が汗臭い騎士団をどうにか立て直す為、ドーン副団長や団員達とキレイにしたり、旨〜いしたり、キュンキュンしたりするほのぼの物語です。 【第1章 ようこそ第7騎士団へ】 騎士団の中で窓際? 島流し先? と囁かれる第7騎士団を立て直すべく、前世の知識で働き方改革を強行するモラン。 第7は改善されるのか? 副団長のドーンと共にあれこれと毎日大忙しです。   【第2章 王城と私】 第7騎士団での功績が認められて、次は第3騎士団へ行く事になったラモン。勤務地である王城では毎日誰かと何かやらかしてます。第3騎士団には馴染めるかな? って、またまた異動? 果たしてラモンの行き着く先はどこに?  ※誤字脱字マジですみません。懲りずに読んで下さい。

処理中です...